“撃ち合い”終了 更衣室とシャワー室へ
ロッカールームに戻ったわたし達は、汗だくになった戦闘服を脱ぎます。これ嫌です。
汗で張り付きそうなTシャツを脱げば、下着だけになります。これもやだ。急いでバスタオルで体を包むようにします。隣のシャワールームに入りました。ここは安心です。
シャワーを浴びれば、生き返るようです。ネエネエ先輩は、隣のブースでシャワーを浴びています。シャワー音のなか、ネエネエ先輩の声は、鈴のように通ります。
「ねえねえ、楽しかった?」
「はい、楽しかったです」
シャワー中に話しかけるな、口にお湯入った。けれども気になりません。
「撃ち合い部に入って欲しいな、でも、保護者の許可下りるかだよね」
「そうですね」
シャワーの湯をお腹にかけながら、先輩に首を傾げます。
「本人は入部を希望しても、親が反対して入部できない子いるの」
「酷い……」
少子高齢化が進み15歳で成人なのに。未だ高校では多くのことに、保護者の許可が必要です。
シャワーを浴び終え、バスタオルで水滴を拭き取りました。下着だけつけ、洗面台に歩きます。
鏡に映る自分の顔は、清々しさに満ち溢れています。髪は乾ききってます。
先輩を撃ち倒した快楽は、心から消えません。
撃ち合い室の前で、入部願を受け取り、ネエネエ先輩と一緒に帰ることにしました。
***
空が茜色に染まりかけです。昼の暑さが過ぎて、少し肌寒いです。通学バッグを肩から下げ、すこぶる顔色が良い先輩が、コンビニを指差します。
「ねえねえ、軽くおごるから寄っていかない?」
入るかもしれない撃ち合い部の先輩。拒否れない、わたしがいました。
相槌を打ちます。
コンビニに入って、先輩がポテチとビスケットを買い物カゴに入れています。
「ジュース飲む?」
「それだけで充分です」
レジに並ぶ先輩に、スマホを出して、払いますアピールしました。
「この前、ここのコンビニクジで、当たりが出たの」
先輩は紙の当たり券を数枚だして、会計をすませます。紙のクジ、アナログなコンビニです。
ポテチとビスケットを、コンビニ袋ごと受け取ります。
「ありがとうございました」
店員さんのように、わたしは、ぺこぺこしていました。
変える方向が違うので、ネエネエ先輩とは、ここでお別れです。
「また明日ね」
「家に帰ってから、いただきます。失礼します。今日は先輩と戦えて楽しかったです」
***
「ただいまー」
「こんな時間まで、どこ行ってたの、心配したでしょう。スマホに電話しても繋がらないから、心配してたのよ」
しまった。門限の午後3時を過ぎていました。
「撃ち合い部のネエネエ先輩じゃなかった。先輩と撃ち合いをしてたの」
「もしかして、男性?」
「違うよ。女子の先輩、美人でプロポーションの良さをひけらかした、生意気な人。撃ち合い部の人で部活の勧誘されたの。撃ち合い室で一対一で戦って、倒してやった」
母は大喜びで、胸の前でガッツポーズをしています。
「その先輩の名前は?」
「忘れた」
わたしがリビングで、ソファーに身を沈めます。母が横に座ってスマホを使ってます。うちの高校の“撃ち合い部”を熱心に調べていました。わたしに首を巡らせます。
「ヘッドショット決めたの? 相手のお名前は分かる?」
「うん、待ち伏せして接近戦に持ち込んで……。名前分かったら、どうせお礼の電話するんでしょう」
ネエネエ先輩のお母さんが出たら、わたしの欠点ばかり言って、相手をヨイショヨイショする電話。「うちの娘と違って、しっかりしている」「うちの子に親切」あの会話が、意味不明。
「親切」「優しい」「しっかり」誰にでも使える、マジックフレーズ。しかも、“うちの娘と比べれば”という相対基準です。
玄関ドアの閉まる音がしました。祖父が、リビングに入るなり、安堵顔で立ち止まってます。
「3時になっても帰ってこないから、車で探してたんだよ」
「あ、おじいちゃん、ゴメン、部活の見学で遅くなったの」
祖父は心配性です。良かった、とか言い、大きく息を吐いています。70歳過ぎですが元気です。平均寿命が極端に伸び、働くお年寄りが増えました。
医学の進歩と一緒に、学校で習うことです。祖父は会社員をしています。土日休みでなく、4週12休です。
「心配して車で探し回ったんだよ。これからは、門限遅れそうなときは、一本電話してね」
「うん、おじいちゃん」
祖父はシステムキッチンの前に立ちます。水道の蛇口から、水を出してコップで飲んでいます。
「おじいちゃん、お茶出しますから」
母は腰を浮かせました。母にとっては義理の父です。祖父は手のひらを軽く見せて、いい、とか言います。
わたしの家庭では、日常風景です。母と祖父は、心の距離を置いているのに、表面は仲良し。
見ていて楽しいです。
「姉貴、勉強中、静かにしてくれよ」
「悪かったな」
リビングの壁のドアが開きます。弟の部屋です。1年年下のクセに姉に文句を言うなど、生意気なヤツです。
「受験生だから勉強頑張れよ」
表面上は応援、わたしも去年中3で高校受験だったのです。テレビとかで、タレントさんが、受験生のみなさん、勉強頑張ってください。
これが心理的にわたしは重かったんです。同じ思いを経験させてやりたかったのです。
「ああ、うん」
弟は落ち込んだような面持で、扉を静かに閉めました。心理ダメージを与えられました。イケメン男子の友達を家に連れてきたら、弟を褒めてやります。
床に置いたスクールバッグに手を突っ込みました。マシンガンが揺れます。
撃ち合い部の入部案内と入部届を手にします。
「撃ち合い部の先輩から、勧誘されたの。入って良いでしょう」
母は自慢の娘を見るようです。足をこっちへ運ぶ、おじいちゃんは顔の皺が深くなります。首を横に振りました。
「ユニフォーム代や練習費用はどうするんだい?」
まだ高校生です。保護者が出すのが当然でしょう。母が遠慮しがちに、祖父へ話を切り出します。
「入りたい部活に、入れてあげたいんです」
「この前、マシンガンを買って上げたばかりです」
「高校に入学したら、マシンガンを買って上げるって約束したからです」
母が祖父を説得し始めました。母と祖父の言い合いは、わくわくします。わたしは口をつぐんで、姿勢を正します。
「他の部活動なら、おじいちゃんが費用を出して上げよう。しかし、撃ち合い部なら出せない」
「おじいちゃんは、撃ち合い部に反対ですか?」
「反対です」
わたしは中立の意思表示で、どちらの意見にも顔を向けます。賛成と受け取られないよう、頷かないようにしないと。祖父は昭和生まれで、やや頑固です。
このままでは、母が折れる可能性大です。わたしは首を傾げながら、質問することにします。
「おじいちゃんって、若い頃、自衛隊にいたんでしょう?」
「いたよ。おじいちゃんの考えは、古いかもしれないけど、国民のためと思って自衛隊に入ったんだよ」
「古くないと思うけど、自衛隊でも撃ち合いの訓練したんでしょう?」
「実銃の話かな? そういう訓練もあった。しかし、国民を守るためにだよ。今の学生の撃ち合い部とは、意味が違う」
母がわたしに肘を軽く当てます。母にバトンタッチです。“学生”でなく、高校生のわたしは“生徒”です。
「おじいちゃん、自衛隊では有事を想定して、大砲や航空機を飛ばしての演習場での訓練もありますよね」
「そうです」
「撃ち合い部は、大砲も航空機も使いません。実戦とは関係ない、純粋なスポーツです。柔道、剣道、弓道も、戦国時代は、お侍さんが合戦をする技術でした。今は安全に配慮して、スポーツとして行われています」
「柔道、剣道、弓道なら反対しません。弓道やアーチェリーはどうかな?」
祖父は撃ち合い部に関しては、頭が金属性のマシンガンより硬いみたいです。わたしは思うことを、一気に喋ります。
「柔道は禁じ手が多いし、剣道は真剣使えないし、弓道やアーチェリーは、丸い的を打つだけ。撃ち合い部なら、直接、人と撃ち合える」
「おじいちゃんはね、そういう考え方が反対の原因。ある統計によれば、撃ち合いは攻撃性が増す……」
おじいちゃんは、頭痛でもあるの。目をつむって、こめかみに手を当てています。
「統計なんか、あてにならない。入試でも全国一斉学力模擬試験で、攻撃性は科目にないし、測れないよ」
学力と違うから当たり前です。もし、わたしの攻撃性が、全国で上位なら隠します。
「そもそも、おじいちゃんは、マシンガンを買うことに、あまり賛成ではなったんだよ」
「つまり反対だったんだ」
優しいおじいちゃんが、かわいいマシンガンを、そんな風に言うなんて。傷つきました。
わたしは、スクールバッグを手に、無言で床を蹴るように立ち上がりました。祖父は気難しい顔で、立ちはだかります。
「おじいちゃんは、撃ち合い部は認めない。更衣室で着替えるのが……」
おじいちゃんは思考回路が、コードで繋がっているのでしょうか。若手社員だったのは平成時代。アナログ人間過ぎです。
怒りで出ないはずの声が漏れました。
「おじいちゃんの考え、古すぎっ!」
部屋の空気が一変しました。母がソファーから、立ち上がります。
「おじいちゃんに謝って! 年長者に対する礼儀がなってない」
母に振り向きます。
「少子高齢化で若い世代が少ないんでしょう。わたしのような、若い人が大事にされるべき。言い過ぎたなら、ごめんなさい」
「おじいちゃんに謝りなさい!」
わたしは、ヤバッ自分がサイテーなヤツ、と悔し涙が頬を伝わります。おじいちゃんをスルーして、自室に戻ります。
母や祖父がドア開けようとするでしょう。ドアに背中を預けました。
「話は終ってないわよ。出てきなさい」
母のくぐもった声がしますが、後ろ手でロックを探し、手が泳ぎます。
部屋の明かりのスイッチを押してしまいました。その後、内側からロックしました。
「話したくない」
もう寝る! カーテンを手荒く閉めました。
制服のまま、ベッドで横たわります。自分が恥ずかしくて、涙が枕を濡らし、頬が少し冷たいです。
弟の声が壁越しに、放っておけば、その一言が、わたしの鼓膜を震わせます。弟への復讐心が湧き上がりました。
***
目がさめました。部屋の照明を消し忘れてました。白い天井が見えます。ベッドサイドのデジタル時計は、深夜3時です。
「分からず屋!」
ベッドから上体だけ起き上がります。念のため、カーテンを確認します。誰も見てないので、スカートの裾は気にしません。マットレスの上で反動をつけて起き上がり、ドアまで歩きます。
ドアを少しだけ開け、顔を半分だします。もう、母も祖父も弟も寝静まったようです。リビングの食卓には、わたしの夕食が置かれてました。ラップが張ってあります。
「心が傷ついて、朝起きた振りをした方が、有利!」
忍び足で、こっそり、浴室に前の脱衣所に向います。照明は一切つけません。感の鋭い、母や祖父に見つからないためです。
仏壇のある部屋に体を向けました。わたしが中学のとき、亡くなった祖母に手を合わせます。祖母がいてくれたら、祖父を説得してくれたでしょう。
でも、撃ち合い室で、隠密任務をしている気分です。
静かな深夜は少しの物音でも響きます。脱衣所で、衣擦れの音が鬱陶しいのですが、裸になりました。
浴室では、シャワーヘッドを切り替えました。ちょろちょろ出るモードです。すすぎが大変です。
普段はしないのですが、タイルの床の上で、ぺったり、三角座りをしました。
「つめた……」
反射的に出た言葉に、口元を片手で押さえます。右手はシャワーノズルを自分に向けて保持します。ゆっくり慎重に蛇口のレバーを、肘でお湯に動かします。上に少しだけ上げました。
「ぐっ……」
胸に水が当たり、手で押さえつけます。片腕を伸ばし、ノズルを離します。
ドドドッと心臓が高鳴り、体が苦しいです。
お湯が左なのか右なのか、判断ミスです。今度はレバーをお湯にします。行きつけの美容院の美容師さんをまねます。ノズルから流れるのが、お湯であるのを、手でチャックしました。
わずか量のリンスインシャンプーを手につけます。少ないお湯、すすぎ残しがないことを、優先しました。
ボディーソープもワンプッシュしないようにします。ほんの少しのプッシュ。柔らかなシャワーで、全身を洗いました。
最低限の水音で全身を洗い終えます。バスタオルで体を拭きます。脱衣所で、洗濯が終わった下着を身につけます。部屋着に袖を通しました。
寝巻着を使ったら、母、祖父が、着替えた認定をして、安心してしまうからです。脱いだ洗濯物は、洗濯機に入れません。シャワー浴びたバレ、してしまいます。
洗面台での、ヘアドライヤーは音がして、時間がかかるので諦めです。
アコーディオンカーテンを開けたら、トイレに明かりがついてました。ドアが開けば、弟が半分寝たような顔をしています。
「トイレ流して」
「流した」
わたしが、トイレをチェックしたら、ちゃんと流してありました。
ドアノブを触ったので、わたしは洗面台で手を洗ってます。弟は自分の部屋に戻ったようです。
嫌ですが、脱いだ下着類は胸の前で抱えます。制服と触れないよう苦労して、自室に持ち帰りました。コンビニで、ネエネエ先輩からもらったモノを探します。
中身のポテチやビスケットを出します。コンビニ袋に押し込みました。
汗の匂いが漏れると嫌です。ぎゅっと結び目を作って、床の片隅に放り投げます。
ハンガーに制服を吊るして、ミトン式のアイロンで適当に皺を直しました。
いつもは寝る前に食べない派ですが、ポテチとビスケットを頬張りました。
ポテチの空き袋に、ビスケットの空き箱を押しつぶすように入れます。ポテチの袋は、学習机の引き出しに、一時、隠します。
床にあるスクールバッグを一発蹴りました。八つ当たりです。
***
朝、目覚まし時計が鳴ります。早めに寝たので、体はすっきりです。太陽の光で全体が明るくなったカーテンに、隙間がないか、また入念に調べます。隙間はありません。
「他にコンビニ袋ない」
スクールバッグを探しても、適当な透明でない袋はありません。部屋着を脱ぎ、昨日のビニール袋に折りたたんで入れます。下着と一緒なのが気になります。洗濯機では一緒に洗うモノ、と自分に言い聞かせます。
鏡の前で制服に着替えてます。髪のボサボサ感がハンパないです。いかにも眠たそうに目を擦りながら、自室のドアを開きます。
「お早う」
「あ、お母さん、お早う」
朝食は並べ終えてありました。母はヘアブラシを手にして、わたしに近寄ります。
「制服のまま寝ちゃったんだ。昨日はごめんね」
無言で俯き、母の振る舞いを見極めます。夫婦喧嘩した翌日のような、優しすぎる態度は、味方確定です。
弟は朝食を食べ終えており、すっかり身支度を整え、中学へ出かけます。野球部の朝練があるようです。
「いってらっしゃい」
母は弟にも優しい声です。