中学時代、教育実習生の先生が可哀想でした。
ナレーションのセバスチャンが静かに話しています。
「『共トレ』で顔見知り同士は、撃ち合いをすれば、みなすぐ友人になれます。で、こうして花束を売る女性との、会話にも花が咲き誇ったのであった」
わたしが暴力振るわれたことは、再現ドラマでは完全にカットです。友人同士のプレゼントで花束を少し貰い、親友のように、再会を約束して別れました。
わたし役とネエネエ先輩役は、このギルド本部へ、やっと向います。
ギルド本部の門では、男性門番NPCがビシッと敬礼。ドM設定なのも再現ドラマではありません。
それどころか、わたし役が、わたしに敬礼は省いていいよ、とか気遣いをしています。
現実なら大変です。中学の撃ち合い部で、2年なのに、1年の後輩にこんなこと言ったら、あとが怖いです。1年の子が“先輩に敬礼を省いていい”と勘違いして、3年に敬礼をしなかったとします。1年の子が“わたしから”敬礼を省略していいって言われた、と3年に告げかねません!
3年で気難しいのが一人でもいたら、間違った指導をしてと、わたしが睨まれます。
本音を漏らすせるのは、部活動では3年のみ。最上級生だけです。『共トレ』内でも、ギルドによっては、同じです。
屋内に入り、素晴らしい花瓶ですわ、中世フランス製ですね、とか、わたし役の美人メイドNPCさんが芝居をしています。そんな美術品の知識ねーよ。
せいぜい、1789年にフランスで人権宣言とか、同時期に日本で何があったとか、世界史で覚える程度です。
そもそも、フランス革命と日本国内のできごと、無関係なはずです。世界史の問題は、意地悪クイズみたいです。
ジャン=ジャック・ルソー先生の著書『社会契約論』は知っています。しかし、先生のお名前と、著書のあらすじを知ってるだけです。恥ずかしながら、読んだことないです。
床に落として、割って元に戻せるか、チェックする動作がなくなっています。わたし役とネエネエ先輩役のNPCメイドさんが、階段を昇り、ギルド長室に入ります。
固唾を呑んで、再現ドラマに見入ります。ここかがセクハラされた場所だからです。
天蓋付きの大きなベッドがあり、ネエネエ先輩役とわたし役、二人きりになりました。
ネエネエ先輩役のメイドさんが、目を輝かしています。
「ギルド長さんが、素晴らしいお召し物をくださるわ」
わたし役のメイドさんが、少し恥ずかしそうに、後退りしながら、扉にもたれます。恥ずかしそうに、顔を俯かせています。
「トイレに行きたいな」
わたし役のメイドさんが告げれば、ガラケー型コンソールを手にしています。『共トレ』運営さんに、GMコールをします。
「お待たせしました。GMタネガシマです。どうしましたか?」
即座にGMに繋がった! ありえない。
「お手洗いに行きたいの」
「ただちに緊急ログアウトの手配をさせていただきます。正当な理由ですので、ログアウトしても、ペナルティーなどは、ございません」
GMタネガシマさん、苛立ちを隠すような、イントネーションがありません。改変されてます。
「ありがとう」
わたし役のメイドさんは、ネエネエ先輩役のメイドさんに手を振ってます。ログアウトしてギルド長室から、すっと消えました。わたしここで、ログアウトしてない!
わたしは、口にしてたストローを前歯で切断しました。食べても大丈夫なストローなので、ガム代わりです。クチャクチャ、隣のエロネエネエ先輩へ、聞こえるように噛んでやりました。
ストローだったモノを飲みこんでから、また、画面を見ます。
わたし役のメイドさんがまたギルド長室にログインして、佇んでいます。
だから、ログアウトもログインもしてないの!
両開きの扉が黒い手袋の手で開かれます。良く見れば、前腕は細く女性の腕だけの出演です。さっき怖いお姉さん役をしていた、メイドさんが腕まくりしているだけみたいです。
セバスチャンが、穏やかな声でナレーションをしています。
「こうして、慈悲深く、義理と人情が溢れんばかりの、ギルド長さまが現れました。めでたし、めでたし」
全然違うわ! うっかり、隣に座るネエネエ先輩と、顔を見合わせてしまいます。
わたしは鼻を鳴らして、モニターに向き直ります。
モニターに映る再現ドラマは、エンディングになります。アニメ版『共トレ』のエンディング曲が流れます。
完全にアニメ版の流用ですが、やはり、アニメ版の登場人物は出ません。わたし役とネエネエ先輩役が、演技してます。
場所はギルド長室です。満面の笑みで、灰色を基調とした迷彩服を着ているわたし役がいます。その傍らで腰の後ろ手でを組みながら、体を動かして、満足そうに背中をのぞくネエネエ先輩。
わたし役は、バレリーナさんのように、くるっと回転して迷彩服を見せつけています。
エンドロールまで流れ、配役も出ています。わたし役は、モニカさんです。かわいいNPCメイドさんの名前でしょう。わたし役以外のNPCは名前など、いちいち覚えてられません。
配役の最後は、ナレーション・セバスチャンでした。少しだけほかのNPCより、字が大きいです。
曲の終わりとともに、エンディングも終わります。最後に黒い画面に白文字で、お断り書きが、数秒出ました。
〈オリジナリティを尊重しつつ、ドラマとして再構成したものです〉
わたしとネエネエ先輩のキャラクター名が出て、AIソフトが書いた感謝の文字。字がきれいですが、コピペした定型文で、心がこもってない。
「これにて、再現ドラマは終わりとさせていただきます。並々ならぬ、プレイヤーのみなさまのご声援、ありがとうございました」
セバスチャンが、また中学校の卒業式に出席している来賓さまみたいな、硬い口調で告げます。また、提供クレジットが出て、拡張パッケージのCMに入りました。
「課金しました」
新美先生ことギルド長の一声で、CM消えました。拡張パッケージのCM見たかった。
CMも大事な情報なのに。セバスチャンが、モニターのリモコンを切れば、画面は黒一色で染まります。
メイド三人組が、再現ドラマが始まる前と同じ位置に、ふりふりエプロン姿で魔法のように現れます。
三人が手を繋ぎながら、深く頭を下げます。新美先生ことギルド長と、タミヤ自動車撃ち合い部の植田監督が、惜しみない拍手を送っています。
わたしも拍手をしてしまいました。ネエネエ先輩は、力なく数回、手を鳴らしただけです。
頭をやっと上げたメイド三人から、モニカさんがわたしに近寄ります。
「誠に恐れ多いことながら、プレイヤーさまの役をさせていただき、NPCとして最高の栄誉でございます。本当にありがとうございました。不遜な申し出ですが、サインをいただけないでしょうか?」
わたしはガラケー型コンソールを出します。課金アイテムですが、色紙を二枚、運営さんから買います。
メイドさんたちは、感涙にむせびます。まるで、湯気で舞い上り、ふたがポンッと取れたケトルのようです。つまり、大げさだって。
セバスチャンは、瞳はネジを締めるな色を宿しています。教育実習生の先生が、生徒の前でうっかり余計な話をして、後で怒られるような雰囲気です。
目を瞑れば、あとで、生徒の前で、自発的に教育実習生の先生が、ごめんなさいをいわされる光景が、瞼に浮かびます。
***
中学生のとき、給食の時間、女子大生の教育実習の先生とお話したんです。
「先生、高校の教育実習は、赤沢学園第二高校って言ってましたが、わたし、赤沢二高が第一志望なんです」
志望校を口にしたのは、ほかの生徒が近くにいなかったからです。無論小声でです。
「あそこの学食っておいしいですよね」
「うん、おいしかったよ」
「この中学の給食より、おいしいですよね?」
「うん」
「ここだけの話にしてください、この中学の給食って、おいしくないですよね」
「うん、中学、給食おいしくない……、あら?」
そこにひょっこりほかの女子生徒が、会話に混ざってきたんです。担任の先生は、目だけをこっちへ向けていたんです。
授業終了後のホームルームで、教育実習生の先生がクラスのみんなの前で、
「給食の時間、『給食をおいしくない』と言いましたが、給食を作ってくれた方々に大変失礼な発言でした」
謝ってました。絶対、担任の先生から注意されたなーって思ったんです。
クラスの一部で、わたしがまた、余計なことを言った、と噂されました。陰口などスルーが一番です。帰宅して相談したら、母が言ってたからです。
当時、クラスメイトで、性的なことで分かった風な口をきく子が、貸してくれたやーらしい雑誌で読んでました。
自宅のケーブルテレビを朝つけたら、大人向けチャンネルのままだったんです。人を苛めれて嬉しい、奇妙な黒い皮製の水着お姉さんが語っていました。
母が慌てて、チャンネルを切り替えました。今思えば、父が大人向けチャンネルを、夜見てていつものチャンネルルを切り替え忘れたのかも。
おいしくないのに、本音を踏みつけられ、おいしいと言わされるのです。変態的な汚さで全身が総毛立ちました。担任の男性教諭にグロテスクな感情を、抱いてしまいました。当時はあっち系のこと、今よりも知識なかったんです。今でも心も体も発展途上です。担任の先生に、心で誤解してゴメンなさい、恥ずかしくて顔も見せられません。思い出しているだけなのですが。
***
「サインするのに、長い時間かけてゴメンね。完成しました」
担任の先生に悪いことしてしまった。落ち込みながら、瞬きをしていました。自分でも、キザで歯が浮くセリフです。
楕円卓の上に色紙が置かれました。モニカさんへ、と書いてサインをして渡します。
モニカさんも、白い色紙とペンを渡します。モニカさんのサインも、もらいました。
ぜーぜーはーはー、モニカさんが、わたしに緊張している姿が気の毒です。
隣のネエネエ先輩のもとにも、高身長美人メイドさんが近づき、同じことをしています。
ネエネエ先輩は目が点に、なっています。まるで、メイドに言われるままの、操り人形のように相槌を何度も、打ち続けています。買った色紙に、ぼーっとした表情で、名前を書いていました。
相対する、高身長メイドさんも、ネエネエ先輩にサインを求められ、メッチャ緊張して書いていました。
***
わたしは中学のとき、理科委員で全校集会で話をする羽目になりました。鉄製のスピーチする人が乗る台に上がったら、心臓がドドドッと急激に高鳴りました。
多くの生徒の前で、苦しくなり、声だけでなく、マイクを持つ手が震え、メモを読み上げだけなのに、何回も読み間違えました。
大笑いする生徒たちに、担任の先生が、「笑うな! 今笑った者、前に出て多くの人が見ている朝礼台の前で話してみろ! 緊張して当たり前だ」と、怒鳴りつけてくれてました。
あの台を、朝礼台と言うんだと知ったときでもありました。
担任の先生は、「先生も始めて朝礼台の上で話したとき、全身が緊張で震えました」と全校生徒の前で話されました。今でもその先生のお名前と顔は、忘れれません。教育実習のとき、あさっての方向に誤解した自分が恥ずかしいです。
***
「セバスチャン、モニカさんを注意しないでね」
「私めの真意を、ご賢察でしたか、承りました」
「これでわだかまりは解けましたね」
新美先生こと、ギルド長は、勝手に肩の荷が下りたようです。
「セバスチャン、再現ドラマは、ギルドの記録になるので保管しておくように」
「畏まりました」
どこがだ、ちょっと待て! わたしは両腕を上げて左右に振ります。
再現ドラマと実際の違いは、高校のパンフレットの写真と、実際の目で見た高校の風景。少なくとも、パンフレットと一緒におまけでついてきた、高校生活の映像資料と、実際の高校生活くらい違います。
「再現ドラマの内容、全然違います! 繁華街でエロそうなお店あったし、広場あんなに広くないし、怖いお姉さんに暴力振るわれたし、ギルドの男の門番はドMでキモかった。そもそも、セクハラの事実認定はどうなるんですか?」
「仰っている意味は、分かります。しかしながら、誇り高きギルドの執事として、未来永劫残る映像資料である、再現ドラマには、ふさわしくない内容かと、愚考します」
「わたし帰る!」
腹立つわ。わたしが嘘つきってわけですか? 椅子を蹴るように立ち上がったら、ネエネエ先輩に、手首を握られました。いきなりすぎて、腕の関節が伸びて痛いわ。
物憂いげな表情で、ネエネエ先輩がわたしを見上げます。




