子ども時代、亡き祖母の家に遊びに行きました。
「炭酸抜けたよ」
祖父は笑っていましたが、わたしは憮然としました。
「おじいちゃんがストロー差し込んで、つばついた」
祖父は目玉を左右に動かしながら、
「ストローで飲んでない」
言い張りました。
「わたし見てたもん、おばあちゃんも見てたでしょう?」
祖母まで、おじいちゃんはストローさしてないと、うそをつきます。
どうしてうそつくの! 嫌だなーって思いながらも、喉渇いていたので、コーラを飲みました。
数泊して、母が車で迎えに来ました。敬語でお礼を言って、わたしと弟にもお礼を言わせます。
帰りの車のなかで、母にコーラのことを言いました。運転に集中している母が口を滑らせました。
「おじいちゃん、そういうこと気にしないから。人のコーラにストロー入れて飲んで汚いね」
「うん! お母さんも汚いって思うよ」
母だけは味方だって思ったんです。帰宅してからすぐ、祖父と祖母から、わたしと弟に電話がありました。
さっき、話したばかりなのに、どうしてって思ったんです。祖父と祖母は代わる代わる、わたしと話します。声が聞きたいと言う、祖父と祖母にしっかり、伝えました。
「コーラの炭酸抜きだけど、お母さんが、おじいちゃんがストロー入れて飲むの汚いって言ってったよ」
隣に立つ、弟も、「言ってたー」と叫んでいました。
最後に受話器を手にした母が、早口で祖父と祖母にお礼や、子供が失礼なことを言ってすみません、とか、言います。電話を切った母が、吊り上がった目でわたしと弟に、おかんむりです。
「お母さんが、言ってないことを、言ったと言わないの」
わたしは、お母さん汚いって言ったよー、と泣き出したことを思い出します。
***
そんなわたしの子ども時代のような幼稚な人が、ギルド長室にいます。ネエネエ先輩です。コーラのグラスを床に落として、割れて床が水浸しになる。そして、すっと零れたコーラも割れたグラスも消える。また、楕円卓上に、グラスに入ったコーラが出現する。そして、また、そのコーラ入りのグラスを床に落とすを繰り返しています。
「炭酸を抜きました」
セバスチャンが、炭酸抜きのコーラのグラスをわたしの前に置きます。一度さっきのグラスを変な四角い金属製の、ドリンク運ぶのに、置いて、美人メイドさんが、シェーカーみたいなので、カシャカシャやってました。
わたしは冷たいグラスを手に取り、差し込んだストローを口に運びます。
「うん、炭酸抜けてる。どうやって炭酸を抜いたの?」
「当ギルドの執事として、このくらいできて当然で御座います」
「どうもどうも」
今は炭酸抜かなくても、コーラ飲めるけど、確かめたかったのです。うーん、冷たさが維持されて、おいしい。小さな声で白髪紳士のNPCに言います。
「ねえ、執事さん、えーっとセバスチャンだっけ、嘘をついてイジけてる人、何とかして」
うっとうしい。嘘をつくなら、突き通せば。くいっとあごで、ネエネエ先輩を示します。
セバスチャンがネエネエ先輩の横に、背筋を正して近寄ります。ネエネエ先輩が、払いのけようとしたグラスを持ち上げます。
「セバスチャン、信じてよ」
「多くの機知に富む方々にお仕えしましたが、どんな素晴らしい方にも、行き違いや思い込みがあるのででは?」
誰が何と言おうとも、わたしの言い分が正しい。AIは、ミスしないと言いたげなの? わたしは、美人メイドさんに顔を巡らせます。セバスチャンもメイドさんも、NPCで見ない顔です。ガラケー型コンソールを膝の上に出します。
ゲーム内SNSで、ギルド長こと新美先生と、文字メッセージのやり取りをします。
〈ギルド長へ セバスチャンとメイドさんの顔って課金。しかも期間限定ガチャですか?〉
〈ギルド長より その通り。期間限定ガチャを何回も回して、顔を手に入れました〉
「ねえねえ、やってもいないことを、したって言われたらどうしたら良いの?」
ネエネエ先輩を無視して、ギルド長の新美先生と、文字メッセージをします。
〈ギルド長へ 課金ガチャを多く回せば、リアルマネーの円やドルが多く必要。つまり、共トレ21歳以上サーバーというコミュニティの繁栄に、経済的に協力することです〉
〈ギルド長より 良いこというね! 私が学科担任をしたら、通知表は10か9を期待してください〉
〈ギルド長へ 『共トレ』上のやりとりなので、後で10や9出さなくても、「あれはゲーム内の冗談」。知らないと言い張れますよね〉
〈ギルド長より もちろん、当たり前です〉
ギルド長の新美先生は、国語・書道の教員免許を持ってます。うちの高校で教えているのは、書道のみです。理由は知りません。
書道は、中学生の頃、母の勤め先の習い事教室に通って得意です。書道の春休み講習会、夏休み講習会があります。春休み講習会は受講者が少なく、ノルマ達成がどうとか言ってて、通わされました。
わたしに限っては、字はうまくなりましたが、漢字を読む能力は上達しませんでした。
中学の頃、国語で教科書を読んでいて、漢字の読み間違いが多かったです。休み時間、誰も触れないのに、男子生徒でいっつも、しつこく茶化してくるのがいました。
クラス委員をしている女子生徒から、「私から悪口言うなって文句言ってやる」と息巻いてました。
悔しくて、スマホの漢字学習アプリで、家でムキになり、自習していた頃です。「ああいうのは、完全に相手しないつもり」と告げたら、「わ、大人だ!」って、とても驚いた顔をしてました。
「面倒臭いから、撃ち合って勝った方の言い分を正解としようか?」
ギルド長の新美先生が、楕円卓に両足をのせて、下唇を突き出しています。
ネエネエ先輩と撃ち合いをして、引き分けだったら、正解2つ。中間や期末テストだったら、「この問題は全員正解とする」とかで、ありがたいです。
しかし、事情が全然違います。セクハラについては、わたしが正義なのです。絶対に負けれない。
タミヤ自動車の植田監督が、吸殻で一杯になった灰皿で、吸っていたタバコをもみ消します。
「同じ学校の生徒さん同士で、わだかまりが残るは好ましくない。生徒さんお二人のご様子を見てても、どちらも本音で話していると思いました。新美、防犯カメラの映像を見ればいいだろう」
灰皿は美人メイドさんが、新しいのと交換しています。
「う、うん、そうしましょう」
ギルド長の新美先生は、半分口を開いたままです。植田監督には、一目も二目も置いているようです。こういう力関係や発言力を見極めることも、現実でも『共トレ』でも大事です。ギルド長の新美先生が襟を正しています。
「セバスチャン、防犯カメラの映像を全員に見える位置に出してくれ」
「畏まりました」
というか、ギルド本部に防犯カメラあったのに驚きです。あれは設置するのに、リアルマネーの円やドルが必ず必要で、高くつくのです。
両開きのドアが開きます。新たな美人メイドさんが二人で、キャスター付きの大きな液晶モニターを押しています。
モニターはドアと同じ高さに見えます。しかし、上のドア枠をぶつからず、すり抜けました。バグでなく仕様でしょう。




