ギルド本部の門番NPCに八つ当たりしてしまいました
どーせNPCです。もし戦闘状態になっても、わたしなら、この二人を秒殺できます。わたしにも踵を鳴らし、敬礼する門番オッサン。さっきの怖い、お姉さんにできなかった、八つ当たりをします。
「君! 敬礼の仕方がなってない」
わたしの一般サーバーでの、ギルド本部にも、こういうNPCは存在します。NPCなので、敬礼動作は完璧を突き抜け、毎回同じです。因縁をつけてやりました。
わたしの声に応じて、もう一度、完璧な敬礼をしています。初めて、『共トレ』をしたときを、思い出します。NPCの門番が、わたしが通る度に、敬礼をしてくれて快感でした。
何度もUターンして、門を出たり入ったりしました。その都度、くるっと、回れ右をして、敬礼してくれるのです。例え相手がニセ人間でも、人の上に立てるのは、気分爽快です。
「ネコパンチ!」
わたしは両手を軽くグーにして、両肩がこってるおじいちゃんのように、両腕をぶんぶん回転させます。
グーの先が門番オッサンの鼻先で、寸止めです。風圧で門番オッサンの頬が、プルンと震えていました。
「ねえねえ、やめたようよ、早く行こう」
立ち止まって振り返るネエネエ先輩の声は、聞こえてないことにしました。
楽しくなり、下駄のつま先みたいな角で、門番オッサンの向うずねを蹴る振りをしました。
「アホ、バカ、さっきの怒りを思い知ったか」
門番オッサンは、頬を少し赤らめています。わたしは、はっと我に返り、手と足をとめ、頭を下げます。
「八つ当たりしてごめんなさい」
あごひげをした、門番オッサンの一人がわたしの前で、跪きます。
あれ、ダメージ与えないよう、寸止めで当てなかったのに? 門番オッサンは、わたしへ、何かを求めるような視線で見上げ、走っているような、荒い息をしています。
「私めより、若い女性に叩かれたり、罵ら、れうれしいのです。どうか、もっと、もと、いじめてください」
はぁ、と変な息をしながら、わたしの下駄に顔を近づけます。今日、い、い、一番怖い。
「キモい」
「鬱陶しがられ、う、うれしいです、お嬢さま、わたくしめを、もっと罵ってください」
震える足を引っ込めます。
門番オッサンに振り返らず、ネエネエ先輩まで走ります。心臓が脈を打ってます。膝に手を置いて、立ち止まりました。
「ねえねえ、だから止めたの。あのNPCさん、ギルドメンバーがね、ジョークで、性格設定をドMにしてあるの」
一般サーバーでは、NPCの性格設定に、ドMはありません。21歳以上サーバーの、恐ろしさを、また知りました。
大きな屋敷へネエネエ先輩と歩きます。庭には手入れされた大樹が並んでいます。仕様なので、庭師さんは不要です。
花壇には色取り取りの、花が咲き誇ってます。これも一度買えば、年中枯れることはありません。
やっと心臓の脈拍音が止まり、いえ、聞こえなくなり、先輩の横を歩きます。
「これだけの、庭を入手するのって、かなりのゲーム内マネーか、課金が必要ですよね」
「うんうん、庭や建物はこのサーバーで、一位か二位の立派さだよ」
「ほかにも、これだけの立派なお屋敷持つギルドあるんですか?」
「――ある」
玄関の前に立てば、四階建ての大邸宅です。ちょうど、わたしの学校の校舎くらいの大きさです。玄関の脇には、ライフルを持ったNPC女性兵士がいます。ビシっと敬礼をしていました。
また変な性格だと怖いので、真顔で会釈します。
「こんばんは、初めましてこちらの風に音と書く方に、親切にしてもらっている者です」
ログインした直後に、ネエネエ先輩を、カゼオトとしっかり発音したのですが、とりあえず、ごまかします。
NPC女性兵士の唇は、糸で結んだように動きません。
「先輩早く中へ行きましょう」
「うん」
重厚感のある、木製の高そうな両開きのドアが自動で開いたと思ったんです。でも、メイドさんと執事さんが出てきました。
フリル付きエプロンをしたメイドさんは、ドアの隅に立ちます。体の前で手を合わせています。姿勢の良い執事さんが、恭しく、ネエネエ先輩とわたしに、頭を下げています。英国紳士風です。ドMだと怖いので、ネエネエ先輩の背中に隠れるようにしていました。
「ギルド副長、お待ちしておりました」
「ねえねえ、セバスチャン、ギルド長いる?」
「例え副長さまであっても、ギルド長さまのプライバシーに関することは、お答えできません。ギルド長室までご案内します」
イギリス紳士風執事さんです。名前はセバスチャン。ここのギルド長は、かなりの通でしょう。わたしは、素っ頓きょうに声が裏返ります。
「怖いから、案内しなくて良いです。先輩早く行きましょう」
ネエネエ先輩が、白髪の紳士セバスチャンに目配せします。
「畏まりました」
ネエネエ先輩は、ニュースで見る国会のような、赤い絨毯の上を歩いて進みます。わたしは落ち着きなく、きょろきょろ屋内を見渡します。
高そうな調度品が飾られ、ドアも高価そうな白塗りの木製です。歩みを進め、近くの台の上にあった、豪華で素敵な絵が描いてあるヨーロッパ製風の花瓶を手にしました。
現実なら、こういう花瓶は、メイド・イン・チャイナやメイド・イン・ジャパンかもしれません。花瓶の裏をチラ見ましたが、シールは貼ってありません。
両手で持ち上げ、床に落とします。床の上で無残に粉々になってから、数秒後には、もとの場所に花瓶が現れました。先輩が顔だけ振り向いて、揺れた長い髪を手でかき上げています。
「ねえねえ、何してるの?」
「壊れるけど、もと通りになるか、念のため調べてたんです」
「意味分かる。でも、ここ、ゲーム内とはいえ、他の方が作ったギルドだから、次からは、一言、許可取ったほうが良いかもね」
「すみません」
「謝らないで、全然気にしてないよ。勉強熱心だなって思ってる」
明るい笑顔のネエネエ先輩は、この変態ギルド副長なのです。ここでは先輩に従うべき。本能が叫びます。先輩は何人もが横一列で並べれるような、階段を昇って行きます。わたしも後を追いかけます。広い踊り場の壁に、美術番組でみたような油絵が飾ってありました。
「先輩、この絵叩いても良いですか?」
「この屋敷内調度品は全て、外せれて、壊せれて、またもとの場所に戻る仕様」
うっかりして、油絵に手のひらを当てていましたが、そっと引っ込めました。ネエネエ先輩は前を見ており、気付きません。
「エレベーターないんですか?」
手で唇を挟みます。また、変態ギルドの副長、ネエネエ先輩を、刺激するような言葉を発してしまいました。アバターなので疲れませんが、階段を歩くのは気分的に面倒なんです。
「バロック様式の建築にしたの。建物の雰囲気壊すから、設置してないんだ」
バロック建築、ロココ建築、名前は知ってますが、わたしには見分けつきません。大人の対応で質問はしません。
手すりに手を書けながら、赤絨毯の敷かれた階段を昇りきりました。四階に出て、広い階段の両脇に、両開きで背の高い大きな扉が並んでいます。わたしは贅沢さに、口をぽかんと開いてしまいました。
「この廊下の奥がギルド長室」
ネエネエ先輩が指を指すのは、廊下の一番奥です。疑問をぶつけます。
「多くの部屋があるんですが、ギルドメンバーさんの部屋ですか?」
「ギルドメンバーの部屋だけど、ほぼ空き部屋だよ」
また余計なことを唇が勝手に言ちゃったよ。でも、こんなに大きな建物なら、一階にギルド長室作れって。大きなマンションで、管理人さんの部屋が最上階にあるか。マンションの入っているテナントのお店が、最上階にあるようなモノです。考え事をしてたので、廊下を歩くネエネエ先輩の足が止まれば、背中に、思いっきり、ぶつかりかけました。
「緊張しなくていいよ。ここが私の個室」
「素敵なお部屋ですね」
ほかの部屋と同じ、白く塗られた両開きの扉が視界にあります。室内見てないのに、うっかりミスです。