あとがき・『令和』
この地は空前の観光ブームに見舞われている。
狭い路地の奥にまで大挙して押し寄せる観光バス、路上には自家用車があふれ、観光客の人々は歩道と車道の区別もなく練り歩く。
寺院の拝殿はおろか、仏像に寄り添い写メを撮り合う外国人カップルたち。
彼らにとって異国の神たちはもはや信仰の対象ですらあり得ない。
タピオカドリンク、軽食を手に陽気で楽し気な人々。
そんな喧噪もこの場所にまではさすがに届かない。
その寺域の奥に一宇の寺院がひっそりと鎮まっている。
人跡を拒否した場所ではない。
耳をすませばかすかに聞こえてくる人の声、ざわめきの気配がある。
隣接する瀟洒な庫裏は、最近に建て替えられたものであろうか。
エアコンの室外機が数台無造作に並び、低い音をたてている。
カーポートにはアメリカンスタイルの大型バイクが置かれている。
総本山から特別に派遣される住職は、60 年の任期をこの地で過ごす。
一般の人々の参拝は許されないと言うこの寺は、十二年ごとに例祭、六十年に大祭が挙行されるが、参加者は本山の僧侶と特に縁の人々だけであるという。
本尊は秘仏で公開されることはない…
が、非公開とはいえ極秘というわけでもないらしい。
ある年、雑誌社の取材に関係者が応じたことがあるという。
断片的ではあるがその話によると、総本山の貫主を始め、高位の僧侶達が多数参列する中で、例祭を仕切る住職の身分は、総本山の貫主に次ぐ格式の人であるという。
内陣になぜか木製の大盾と剣を安置するこの寺院には、数年に一度本阿弥家の末裔の当主が、そして時に信長の縁者の訪問もあるということであった。