第二話
数年の後、琵琶湖畔に壮大な安土城を築いた信長は、大広間に家臣を集めて新年の宴を催した。
築城総奉行の大任を無事務め、信長の覚も目出度い宿老の丹羽長秀がまず賀詞を延べる。
「よい、面を挙げよ。この天守からの眺めを見よ。このように完璧で壮大な建造物は、我らの故郷のヨーロッパでも見ることはめったにないと伴天連どもが騒いでおった。ゆっくり味わうがよい。」
能が披露され、上機嫌な主君に安堵しつつ宴はたけなわとなる。
贅を尽くした佳肴を味わい美酒に酔い宴は続く。
「皆々様、こちらをご覧くださりませ!」
突然森蘭丸の甲高い声が響くや、華やかな宴の席が一瞬にして静寂につつまれる。
いつの間にか端座した蘭丸の背後の襖が音もなく開くと、諸将が驚いたのは、さらに現れた贅を尽くした大広間に毛氈を敷き並べ、その上に置かれた名物茶器の数々。
おそらく今日のためにしつらえられた茶席には、信長に召し出された天下三宗匠の今井宗久、津田宗及、千宗易が茶頭として控える。
「御上洛の折より集まりし天下に隠れもなき名物、一国一城にも替え難き品々に御座います。これもひとえに上様の御威光があればこそ、格別のお許しにより手に取り御覧なされませ。又、御茶道様に一服仕るも随意でござります」
この日の信長は格別に機嫌が良かったようである。
「藤吉郎、光秀これに」
「へへェー!御前に!」転がり込むように平伏する秀吉、室町礼法を外すことなく
ゆるりと進み出る光秀。
「我が家中に人あれども、その方どもの働き他に比類がない。いずれ加増の沙汰もあろうが、引き出物を取らせる。藤吉朗にこれを」
側近に命じ、背後に掛けた唐渡りの墨蹟を巻き取り与える。
まさに一国にも替え難い名物に喜悦の色を隠さない。
「上様にご拝領の墨蹟を掲げての茶事、身に余る冥加にござりまする!」
「ばかめ、茶事にかまけてご奉公をおろそかにすまい。その分においては必ず成敗いたす。」
信長の言葉に戯言はない。
「ヘッ…へェー!」平伏した額から汗がふきだす。
「よい、励め」 信長の声が頭上より響く。
「光秀にはこれを取らせる。元鞍馬寺の寺宝にして義経公の佩刀と伝える剣である。銘は三条宗近。剣先に欠けがあるが良き味わいである。」
「いにしえより伝わる名刀に限り、刀身の傷や欠けは、遠き日の戦場の記憶として珍重されるものに御座います。かくのごとき禦剣を賜り、武門の誉れ。これにすぐるものはございません。」
これも喜悦を隠さずに申し上げる。
「有職故実に通じたその方なればこそ、上洛の折もなにかと口やかましい殿上人、公家ども相手の進退、宴席の取り持ちも気の利いたるものであつた。京の抑えは其の方あればこそじゃ。」
居並ぶ諸将の中、面目を施して下がる両名。
君臣相和して、和やかな時は過行く。
本能寺の変はあと数年の後である。