第一話
数日の後、信長の呼び出しにより参上した招巴に、
「此度の扇は格別の馳走であった。洛中も静謐にして逃避した町人共も戻り、もとの賑わいに戻りしは真にめでたい」との言葉と共に下された物があった。
「…武家の棟梁様に対し、不調法の程お詫びもうしあげます。卑しき町人のこととてお許しをいただきますよう、お願い申し上げます」
平伏のまま招巴はひたすら恐縮の体である。
「よい、そこもとの機略は武士の軍略に勝るとも劣らぬ物じゃ。して次の間にひかえし客人はどなたか」
上機嫌で信長は問いかける。
供があれば一緒に連れてくるがよい、拝謁を許すとの信長の格別の計らいである。
すかさず招巴が、
「私供と同じ町人にござりますが拝謁願わしゅう存じ上げます。」
道服姿の長者の風格が、身を縮め膝行する。
「刀の鑑定を生業といたします本阿弥光悦と申すものにて…」
その刹那、
「控えよ!」
森蘭丸が信長の前におどり出る。
つかんだ脇差に反りを打たせ抜き打ちの構えで立ちはだかると大音声で誰何した。
「持参せし刀をその場におくが良い。動かば切る!」
小姓として常に信長の身近に侍る森蘭丸、主君より全幅の信頼を獲るこの寵童は、その美貌だけで側近第一の地位を得ているわけではない。
鋭利な頭脳、剣法は達人の域に達し、常に主君に尽くすこと万事に遺漏がない。
「初めて御意を得ますことはなはだ幸甚に存じます。それがし禁中の刀御用を務めます光悦でございます。役目柄昇殿のおりも刀持込勝手を許されております。信長様の此度の御上洛、久しく京洛の者供の待ち望みしところで御座います。持参せし一振りを、お祝いとして献上仕ります。」
蘭丸が目に入らぬが如く、信長に正対して肝太く言ってのけた。
更に続く、
「九朗判官源義経公が衣川の館にて佩用と伝える、今剣でございます。
「鞍馬寺の別当東光坊蓮忍が、三条宗近に打たせしものにて、当時鞍馬寺に預かり中の身の牛若丸様がご自身の出自を知るに及び源氏再興の願を立て奥州藤原氏をたよりに出奔を企て給いし折り、これを察した蓮忍が守り刀として与えし刀にて奥州中尊寺に永く秘蔵されいつの頃よりか京に戻り当家にわたりしもの。特に剣先の姿は代々の当主の好みしところで御座います。」
信長も蘭丸も共に戦国に生きる武士であり、義経が自刃に使用したと伝える刀を忌むことはない。
信長が手招きする。
「お蘭、その刀これに持て」
蘭丸より受け取った刀を興深げにながめつつ信長は呟く。
「刃をあらためてみたいものなれど、この場でかような無粋な真似はすまい。お蘭、しっかりとしまっておけ」