眠りを妨げる遠吠え
今宵は満月だ .
狼の魔物である俺達の魔力が一層高まる日でもある .
故に , 遠くから , 狼の遠吠えが何時もより煩く聞こえるのは , そのせいなのだろうか .
それだけであるのならば , 興奮した奴らが仲間争いでもしたのかもしれないな , 程度だ .
なにしろ , 文字通り , 俺は一匹狼 , とやらだ .
同族であれ , 奴らは仲間ではない .
例え奴らが全滅しようと構わないと思っている .
だがしかし .
この異常な奴らの生命反応の減りようは何なのだろうか ...?
奴らとて狼の魔物 .
中には上位種もいるだろうし , 群れを統一しているリ - ダ - 役の個体等にも強力な者が居た筈だが .
基本的な魔法であるといえる , 周囲の敵性反応や生命反応を調べることの出来る【察知】で , 岩山を一つ挟んだ向こう側の同族の様子を観察し続ける .
どうやら , 『冒険者』とやらが岩山の狼達の領域に入り込んで , 同族達をバッタバッタを薙ぎ倒している様だった .
にしても冒険者というのは大抵5 , 6名でパ - ティ - というものを組んでいるらしいが , 今回の冒険者の反応は2人分しかない .
随分な手練れなのか ... それとも愉快犯かなにかか .
何れにしろ , そろそろ同族達の煩い遠吠えに応えるように , 増援達が冒険者達の地点へと合流しようとしている .
あと数分で , 冒険者達の魂はこの世界を去るだろう .
しかしまぁ , これだけ同族を騒がせて , 俺の安眠まで邪魔してくれたと言うのだ ...
一つ , 冒険者達の最後くらいは見届けておくか , と , 俺は腰を上げた .
同族とは違い , 銀色ではなく艶のない真っ黒な毛皮に , 魔物とは思えない金色の瞳 .
... 俺が忌み嫌われ , 同族から ... 初めは家族から見放され , 蔑まれ , 疎まれてきた身体を , 一歩 , 一歩と冒険者達の反応へ近づけていく .
小規模の森の , 少し開けた広場のような場所 .
そこが冒険者達と同族達の争いの中心地だった .
... 異様だな , と感じる .
増援の同族達の生命反応が殆ど消えかかっている .
狼達の群れはほぼ壊滅だ .
1000に近い数が居たと思うが ... どうやら全てやられたらしい .
同族の血の香りが , 酷く漂ってくる .
これだけ強く香っていれば , 明日には別の魔物達がこの地に餌を求めて ... 強力な狼の死骸を求めて訪れるだろうな , と予測する .
香が強くなる .
視界の端に数10頭の同族の死骸を見かけた .
切り刻まれたかの様な傷口 .
恐らく斬殺 .
相手は刃物系の武器を持っているのだろう .
ざっと見た傷口から大したことはわからないが , 小型の武器の様な気がする .
自然と刷り込まれた狼の野生の感か , あるいは知恵に似たなにかか .
これは , 見てみる甲斐がありそうだ .
最悪 , 俺が冒険者にやられるかもしれないが , それならそれで好都合 .
こんな世界など , とっととおさらばして , 出来れば前世のように , 機械とインタ - ネットが普及した便利な世の中の人間に ...
... 少し考え ... 否 , 妄想のしすぎか .
もしやられなかったとしても , ここまで同族を殺戮できるとしたら相当食いごたえがありそうなものだ .
目的地は近い .
─
... 血の湖畔を見た .
それもそう , と割り切ってしまえば良いのだろうか .
無数に広がる同族であった“モノ” .
木々には返り血がかかり , 地面には赤黒い湖が出来 , あちらこちらに浮いているような塊は間違いなく肉塊 .
よく , ここまで切り刻んでおいて気持ち悪くならないな ...
冒険者にはまともな精神がないのかもしれない .
いや , 当たり前だろうか .
そもそもまともな精神の持ち主であったら自ら魔物と戦おうなどと思わないのだろうか.
仲間でないといえ , 長年の間疎まれていたとはいえ , 大量の斬殺死体を改めて見てしまうと , なかなかショックだ .
ちょっといらない事を考えすぎたのも , そのせいかもしれない .
湖の様になった広場へと足を踏み入れる .
するとそこには , 意外にも─ ...
「 ... あれ , 黒い狼さんだぁ」
...
舌っ足らずな声に , 小柄な体付きの ... いや , 間違いなくそれは子供だった .
白銀の髪は返り血でべとべとしているが , 頭のてっぺんからは二つの三角錐の耳 ... 文字通り , 猫耳が生えており , 返り血でもはや殆ど元の生地の色がわからなくなったブラウスは袖が長すぎて少女の手元を隠していた ... が , その手には明らかに凶器と思われる刃物 ... 前世の記憶からすると確かクナイ , といったもので , 忍者とか暗殺者とかが使っていたイメ - ジがある ... が握られていた .
尾だと思われるものは , 先端が曲がった鍵尻尾だ .
とりあえず , この子供が前衛として同族を大量虐殺していた事はほぼ間違いないだろう .
返り血と凶器がなければ冗談か戯れか狂言にしか聞こえないような事だが .
同族だって決して弱くは無い筈だ .
しかしまぁ , なんというか ...
獣人 , と ... 恐らく少女はそう呼ばれる部類だろう .
しかし , 何やら笑みを浮かべる少女の瞳は , 右目は赤黒くまるで血のようだが , 反対は今宵の満月を閉じ込めたような金色をしている .
ただの獣人 , とは思えない .
紅い瞳と言えば真っ先に思いつくのは魔物だが ...
金色の瞳を持つ者は , 無論魔物の中で出会った事もなく , 人間やその他種族も数多見たが , 獣人に数人時たま居る程度であまり見かけない .
そして , 金色の瞳を持つ獣人は大抵戦闘能力 ... 特に肉弾戦や近距離物流戦なんかに強く , 奴隷として扱われていたりする事が多かった .
... が , 片方か赤黒く染まったオッドアイは初めて見た .
やはり見に来て正解だったのかもしれない .
面白いものが見れた , という事にしておこう .
問題は , この目の前の冒険者達が , 俺を襲ってくるかどうかだが .
「父様 - , ほら , あの子だけ毛の色が違うよ , それに ...」
と , 少女が声を掛けた先に居たのは , 黒い魔術師のロ - ブに身を包んだ , これまた小柄な ... 少年の様な印象を受ける , ぱっつんの白髪に糸目 , そして丸眼鏡をかけた“獣人”が居た .
猫耳型の黒い帽子を被っていて猫耳も見えないし , ロ - ブの下に隠れているのか尻尾も見えない .
糸目のおかげで瞳の色もわからないと来たが , 俺は狼の魔物である .
なんとなく匂いで察しはついた .
... しかし父様はないだろう .
本気でいっているのだとしたら , 少年は大きくとも4 , 5歳で娘をつくったことになる .
いくらなんでも冗談だろう .
さて , そんな事を俺が考えているなんて思ってもいないであろう冒険者の少年は , 苦笑と取れる笑みを浮かべて ,
「そうですね ... それにしても , 見境なく襲いかかってこないとは , 他の狼よりは賢いようだ .
見たところ , 上位種といった所でしょうか .」
と言葉を零した .
... あれ , 俺って上位種だったんだろうか .
今までそんな事気にしてなかったし興味が無かったから全く調べてなかったが , これは一通り自分のことを再確認する必要があるかもしれない .
「魔物って , 稀に仲間になってくれるんだよね .??
この狼さん , 仲間になってくれないかなぁ ...」
期待に満ちた瞳で , 少女が俺に近寄る .
片方だけの金の瞳が輝いて見える .
... 丁度いい機会かもしれなかった .
傍らに転がる , 狼の魔物の死骸 ...
我が母の斬殺死体を改めて見てみても , なにも沸き上がってこないし , 何も感じない .
異常なのは , 俺自身なのだろう .
恐らくは , 生まれ落ちた時から ...
『 ... キュィン』
鼻が鳴る .
喉が詰まったような , 可笑しな声が出た .
それに気付いた少女が , 死骸と俺を交互み見てから ,
「ごめん , 君の母様 , 殺しちゃったね .」
そう , 呟いた .