7 進化するスキル戦術
魔法使いタイプの下級魔族──『闇の魔術師』は付近の山にひそみ、夜になるとふもとの村を襲うのだという。
俺たちは夜になるのを待ち、村の入り口でこれを迎撃する作戦を取ることになった。
「じゃあ、作戦前に確認タイムといこう」
俺はキャロルとエルザに言った。
「今回のターゲットは十人前後のダークメイガス。お互いの攻撃手段から考えて、遠距離主体の戦いになるはずだ」
基本的にモンスター討伐系のクエストは、スキル【ブラックホール】の力で吸いこめば終わる。
非常にイージーな任務である。
ただ、それは先制攻撃を仕掛けられる状況に限る。
【ブラックホール】はあくまでも攻撃スキルであり、防御能力は有していない。
もし相手からの先制攻撃を許すことになれば、俺がスキルを使う間もなく殺されることだって、最悪あり得る。
その状況は絶対に避けなきゃならない。
「マグナさんのスキルには相性がよくないかも、なのです」
「だな」
「相性がよくない?」
エルザが首をかしげる。
「ああ、俺のスキル【ブラックホール】は──」
彼女に俺のスキルについて簡単に説明する。
・ドラゴンだろうと一瞬で吸いこんでしまうほどの吸引力があること。
・素材回収モードを使えば、モンスターを吸いこんだ後、素材だけを取り出せること。
・有効射程距離は100メートルであること。
「──といった感じだ」
「すごいじゃない!」
俺の説明にエルザは目を輝かせた。
「ドラゴンでも簡単に吸いこんじゃうなんて規格外よ。最上位の神の武具でもそんな力はないわ。ただ……防御能力は皆無ってことね?」
「だから、エルザには敵の先制攻撃から俺たちを守ってほしい」
俺はあらためて作戦を打ち合わせる。
「傷を負ったときは、キャロルの治癒能力で回復してもらう」
「分かったわ。私が防御、彼女が回復、あなたが攻撃──という役割分担ね」
「ああ」
エルザにうなずく俺。
あらためて考えると、けっこうバランスがいいパーティかもしれない。
「じゃあ、まずはこの私に任せることね」
胸を張るエルザ。
「神に選ばれし私の力、存分に見せてあげる。その偉大さに震えなさい! 称えなさい! 跪きなさい!」
高らかに宣言した。
とりあえず、頼りにしていい……のかな?
夜になった。
月が雲間に隠れ、周囲はほぼ暗闇である。
俺たちは村の入り口に陣取り、ダークメイガスの襲撃を待ち構えていた。
「そろそろ、敵が来るかもしれないのです」
キャロルが警告した。
先ほどから、周囲を油断なく見回している。
獣人族であるキャロルは、俺たち人間よりも視覚も聴覚が優れている。
その力で索敵役をしてくれていた。
「何か見つけたのか、キャロル?」
「──います」
俺の言葉に、キャロルの狐耳が、ぴょこっ、と動いた。
こんなときだけど可愛い。
でも、その可愛さに見とれる場合じゃなかった。
「前方に四。右に一、左に二──」
いずれもダークメイガスだろう。
俺は前面に黒い闇──【ブラックホール】を展開した。
ただし、敵はやはり有効射程外にいるらしく、吸いこむことはできない。
想定通り、先制攻撃を受けることになりそうだ。
「攻撃魔法が来たら、私が『スヴェル』で防ぐわね」
エルザもさすがに真顔になって、盾を構えた。
白く輝く六角形の盾。
神の力を具現化するという、勇者だけが扱える武具だ。
同時に、闇の中でキラッと何かが光った。
「『ファイア』!」
「『サンダー』!」
前方から複数の呪文が響く。
轟!
いくつもの火球や雷撃が飛んできた。
「頼む、エルザ!」
「任せなさい!」
エルザが縦ロールの金髪を、ふぁさっ、とかき上げ、進み出る。
「『スヴェル』、スキル発動──【聖なる障壁】!」
盾が輝き、前方に青白い結界を生み出した。
聖なる力による防御壁だ。
「これが勇者の力か!」
「頼もしいのです、エルザさん!」
「おほほほほ、もっと褒めてもいいわよ!」
俺とキャロルの賞賛に、エルザは得意げだ。
火球や雷撃はいずれも結界に当たり、
ぱりーん。
甲高い音を立て、結界が粉々に砕け散る!
「おい、全然防御できてないぞ!?」
「全然頼もしくないのです!」
抗議する俺とキャロル。
せっかく盾使いを仲間に加えたのに、ここまで脆いとは予想外だった。
「し、しょうがないじゃない! 私の武具は天使級──九つの位階の中で最下級なんだし!」
エルザが顔を赤くして叫んだ。
「……つまり一番弱いランクってことか?」
「そうよ。下級魔族の攻撃も防げないくらい弱いのよ……」
「最初に言えよ!?」
「見栄張ったのよ! うう……ごめんなさいぃぃ」
いきなり涙声になって謝るエルザ。
まったく、とんだダメっ娘勇者だ。
──なんて掛け合いをしている間にも、火球や雷撃が俺たちに迫る。
どうする……!?
俺は緊張に身をこわばらせ、
「そうだ、もしかして──」
ふと、一つの方策を思いつく。
「スキルの吸引対象を変更することはできるか?」
俺は中空に向かってたずねる。
以前、スキルメッセージにはこう表示されていた。
──現在、スキルの吸引対象は『術者が敵と認定した者』に設定されています、と。
だったら、その設定を変えることはできないだろうか?
「対象を『俺が敵と認定した者』だけじゃなく、『俺や俺が仲間と認識した者に対する攻撃』をプラスしたい」
────────────────────
術者の設定変更意志を確認しました。
スキルの吸引対象を『術者が敵と認定した者』『術者や術者が仲間と認識した者に対する攻撃』に変更します。
────────────────────
思ったとおり、メッセージが表示された。
いいぞ、上手くいった。
次の瞬間、
しゅんっ……!
迫る火球はすべて俺が展開している【ブラックホール】に吸いこまれた。
「マグナさん、これは……?」
「何よ、これ──」
驚くキャロルとエルザに、俺はニッと笑った。
「俺のスキルが吸いこむ対象を変化させた。敵の攻撃はもう通じない」
ふたたび闇の向こうから赤や金の光がまたたく。
次の火球と雷撃が来たのだ。
今度は前方と左右の三方向から。
だけど、
しゅんっ……!
【ブラックホール】が三つの火球をすべて吸いこむ。
どうやら方向にかかわらず、俺に向かってくる攻撃は全部吸い取ってくれるらしい。
まさしく、無敵の盾。
いや、単なる盾じゃない。
これは攻防一体の、無双のスキルだ──。
「仕上げだ」
俺はゆっくりと前進する。
一歩一歩、確実に距離を縮めていく。
この闇ではダークメイガスたちの正確な居場所は分からない。
だけど、分からなくてもいい。
適当に距離を詰めていけば、やがて奴らは俺のスキルの有効射程に入るだろう。
やがて、
「ひいっ!?」
前方から悲鳴が聞こえたかと思うと、ダークメイガスたちはあっという間に【ブラックホール】に吸いこまれていった。
ちょうど俺が射程まで近づいたらしい。
討伐、完了──。