5 第二のクエスト
「Dランク昇格おめでとうございます、マグナさん」
ギルドのクエスト受注窓口に行くなり、窓口嬢がにっこりとほほ笑んだ。
「Dランク? ああ、そういえば……」
この間のオーガ討伐で俺のランクが上がっていたんだった。
ちなみにギルドの冒険者ランクは週一での更新だ。
オーガ七体を俺とキャロルの二人で(実際は俺一人だが)倒した、ということで、一気に昇格が決まったらしい。
キャロルも同じくDランクに上がっているそうだ。
「ありがとう。何年もずっと底辺だったから、あらためて考えると感慨深いよ」
「よかったですね」
礼を言う俺に、窓口嬢も嬉しそうにうなずく。
「今日は新しいクエストを受注しに来たんだ」
と、本題に入った。
「あ、それならいくつか新規案件がありますよ。近隣の森に──」
「マグナ・クラウドっていうのは、お前か?」
窓口嬢の言葉をさえぎるように、背後から声をかけてくる者がいた。
振り返ると、筋骨隆々とした戦士風の男が立っている。
「俺はCランクパーティをやっているジャイルってもんだ。よかったら俺たちのパーティに加わらないか?」
お、今までずっとぼっちだったのに、昇格したとたんパーティに誘われるとは。
やっぱり冒険者は実力の世界だよなー、と今さらながらに実感する。
「なんでもオーガ七体を瞬殺するほどの攻撃力があるらしいじゃねーか。俺たちのパーティはアタッカーが不足していてな。お前みたいな奴なら大歓迎だ」
と、ジャイル。
「俺たちは戦士1、魔法使い3、僧侶1って構成だ。前衛が不足してるんだよ」
五人パーティか。
確かにクエストをこなすには、人数の多いパーティに加入した方が何かとはかどるからな。
「前向きに考えさせてもらう。あ、俺にはもう一人、仲間がいるんだけど。そいつも一緒に、ってことでいいんだよな?」
「あー……お前のことは事前に調べさせてもらったんだ。ツレってただの人数合わせっていうか……要はコレだろ?」
ジャイルが小指を立てる。
時代遅れなジェスチャーだが、意味は知ってる。
キャロルが俺の愛人とか情婦だって言いたいのか。
「俺たちが求めてるのは凄腕だけだ。お前一人でいいんだよ。足手まといはいらねー」
「お断りだ」
「お、おい」
鼻白んだようなジャイルを、俺はひとにらみした。
「お前とは仲間になれない。じゃあな」
言って、俺は窓口に向き直る。
「話の腰を折って悪かった。さっきの新規案件の話を教えてくれ」
「次のクエストを受けてきたぞ」
俺は、ギルド内の待合室にいるキャロルの元に戻った。
「はいなのです」
うなずいて、キャロルが俺を見つめる。
「……本当に、あたしが相棒でいいのですか?」
どこか自信がなさそうに告げるキャロル。
「えっ」
「実は、ちょっと気になって──マグナさんの様子を見に行ってしまったのです。すみません。ちょうどマグナさんが勧誘されているところを見てしまって……」
「……聞いてたのか、あの話」
「はいなのです……」
しゅん、とうなだれるキャロル。
「マグナさんの実力なら、もっとすごい冒険者パーティに入れるのです」
「何言ってんだ。俺の仲間はキャロルしかいない」
「でも、あたしには大した力はないのです。いちおう【九尾の狐】の眷属の端くれで、ちょっとした治癒能力は持ってますけど──他に特技らしい特技なんて」
「キャロルには素晴らしいモフモフがあるだろ」
俺はそうフォローしておいた。
……いや、フォローになっているのかどうか、微妙に疑問ではあるが。
「とにかく、これからも一緒にがんばろう。な?」
「……ありがとうございます」
「というわけで、クエストの説明をするぞ。今回も討伐系だ」
スキル【ブラックホール】は、やはりモンスター討伐にもっとも効果を発揮すると思う。
たとえば、採集系のクエストに【ブラックホール】を使っても、目当ての素材以外のものもまとめて吸いこんでしまうだろう。
あるいは探索型のクエストなんかは、【ブラックホール】では直接の役には立たない。
だから、今後のクエストはそれ系のものを中心に選ぶつもりだった。
「今回のターゲットは『レッサーデーモン』だ」
「レッサーデーモン……下級魔族ですね」
魔族というのは、こことは違う闇の世界──『魔界』の住人である。
魔王エストラームやその腹心クラスは、神や天使に匹敵する力を持つ強大な存在だ。
それに次ぐ上級や中級の魔族も、圧倒的な力を持っている。
立ち向かえるのは、最強の『SSSランク冒険者』や、上位クラスの『勇者』くらいだろう。
ただし、下級魔族であるレッサーデーモンにはそこまでの力はない。
個体差もあるけど、ほとんど獣同然の知能しか持たない、ただのモンスターだ。
もちろん、並のモンスターよりはずっと強力なんだけど……。
俺たちは近隣の森にやって来た。
「この森の奥にレッサーデーモンの巣があるそうだ。近づいて、【ブラックホール】で吸いこむぞ」
「はい、マグナさん。思いついたことがあるのです」
ひょいっ、と片手を上げるキャロル。
まるで学校の生徒みたいなノリだ。
「なんだ、言ってみたまえ、キャロルくん」
俺も、なんとなく学校の教師っぽく言ってみた。
「わざわざ近づかなくても、ここから直接吸いこめばいいのでは?」
「なるほど」
言われてみれば、その通りだ。
「【ブラックホール】、森の奥にいるレッサーデーモンを吸いこめ」
言いつつ、スキルを展開する。
俺の前方に黒い穴が出現し──、
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現在、スキルの吸引対象は『術者が敵と認定した者』に設定されています。
吸引対象が射程距離外にいます。
【虚空の封環・LV2】の射程距離は100メートルです。
スキルレベルを上げて射程を広げるか、現在の有効射程である100メートル内まで近づいてから、再度スキルを使用してください。
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「なんだ、射程距離外って……?」
もしかして、レッサーデーモンが【ブラックホール】の効果範囲の外にいるってことか?
もっと近づかないと吸いこめない、とか?
うーん、無敵のスキルではあるけど、さすがに万能ではないんだな。
その辺は俺の立ち回りでなんとかするべき領分、ってことか。
「行こう、キャロル。俺も気を付けるから、お前も周囲に気を配ってくれ」
俺はキャロルとともに歩き出す。
「レッサーデーモンがどこかにいたら、すぐに合図を。俺が即スキルを発動して吸いこむ」
「らじゃーなのです」
というわけで、俺たちは森の中を進む。
幸い、敵の不意打ちはなかった。
「あれがレッサーデーモンの巣か」
俺は前方を指さした。
森の茂みの奥に、小さな廃屋がある。
昔は人が住んでいたようだが、今は無人らしい。
あるいは──レッサーデーモンに、すでに殺されてしまったのか。
小屋の近くに黒い影が見えた。
ヤギの頭に筋肉質な人型の体、コウモリ状の翼、長い尾──といった姿をしている。
「さっそく【ブラックホール】で吸いこむぞ」
俺は足元に黒い穴を出現させる。
そこから吹き出した風がレッサーデーモンを絡め取り、一瞬で穴の中に吸いこんだ。
討伐、完了。
あらためて見ると、確かにレッサーデーモン以外のものは何も吸いこんでいなかった。
俺やキャロルはもちろん、前方の廃屋も、周囲の木々や地面も。
──現在、スキルの吸引対象は『術者が敵と認定した者』に設定されています。
スキルの説明通りだ。
そういえば、以前にキャロルに絡んできた冒険者とのいざこざでも、【ブラックホール】は効果を発揮したっけ。
あれも『俺が敵と認定した』からなんだろう。
「スキルの効果にもいくつかのルールがあるんだな」
射程距離も含め、今回のクエストでいろいろと学ぶことができた。
この調子で【ブラックホール】を使いこなし、どんどんクエストをこなしていこう。
キャロルと一緒に。
冒険者パーティとして、一歩一歩成長していくんだ──。