3 狐っ娘キャロル
「あたし、冒険者になるために里を出てきたのです」
キャロルは、ぴょこ、ぴょこ、と狐耳や尾を揺らしながら語った。
その様子がいちいち可愛らしくて、まさに眼福だ。
「今年は、里が干ばつで食糧難なのです。このままでは飢え死にする者が出そうなのです……」
悲しげに語るキャロル。
「だから大金を稼いで、食べ物をたくさん買うことになったのです」
「要は、手っ取り早く稼ぐためか」
「はいなのです。冒険者なら一攫千金も夢ではないと聞きまして!」
俺の問いにキャロルがうなずいた。
なかなか健気な動機だ。
ただ、冒険者で一攫千金を狙う者は多いけど、現実はそう甘くない。
とはいえ、不可能というわけでもない。
彼女が大金を得られることを願うばかりだ。
「冒険者登録をするためにギルドを目指していたんですけど、道に迷ってしまって……おまけにドラゴンさんに襲われて、死ぬかと思ったのです」
「なるほど、それがさっきの状況だな?」
「はいなのです。マグナさんに出会わなければ、今ごろドラゴンさんのお食事になっていたのです。本当にありがとうございました」
キャロルがぺこりと頭を下げた。
「あの、この辺りにギルド支部があると聞いたのですが、場所をご存知でしたら教えていただけるとありがたいのです」
「ああ、山のふもとの町にある。よかったら案内しようか? 俺もギルドに行って新しいクエストを受けようと思っていたし」
そう、このスキルがあれば、今までよりもずっと高難度のモンスター討伐クエストだってクリアできるはずだ。
何せドラゴンすら瞬殺だからな。
「わあ、とっても助かるのです!」
キャロルはぴょんと跳び上がって喜んだ。
一緒に、狐耳と尾も揺れた。
「? どうかしたのです?」
「悪い。あまりにも狐耳と尾が可愛くて、尊くて」
「あたしの耳と尾が?」
「モフモフの誘惑に駆られる」
「も、もふもふですか?」
キョトンと首をかしげるキャロル。
初対面なのに、何をぶっちゃけてるんだ、俺は。
「……すまん、忘れてくれ」
「ふふ、マグナさんって面白い方なのです」
キャロルがにっこり笑った。
俺たちは山を下り、ふもとの町にやって来た。
「へえ、ここが人間の町なのですね」
「もしかして、初めて来たのか?」
「普段は里に住んでいて、そこから出ないので」
と、キャロル。
「ずっと昔に母様に連れられて、一度だけ人間の町に来たことがあるのです。ただ、そのときは子どもだったので、あんまり覚えてなくて──」
「実質、初めてみたいなもんか」
「はいなのです」
俺はキャロルをギルド支部まで案内した。
「ここがギルドの建物だ。冒険者登録したいなら、入って突き当たりの『登録窓口』に──」
言いかけたところで、キャロルがいきなり反対方向に歩き出す。
「って、どこ行くんだよ!? こっちだ」
「あ、間違えました」
言いながら、今度はまた違う方向に歩き出すキャロル。
俺はふたたび彼女を引きとめた。
「……お前、もしかしてかなりの方向音痴じゃないか」
「えへへへ、それほどでも」
「いや、褒めてないからな」
俺はこのまま『クエスト受注窓口』に行くつもりだったけど、彼女を放っておくのは心配だ。
しょうがない、一緒に行くか。
「俺が案内するから、ついて来てくれ」
「ありがとうございます」
にっこりほほ笑むキャロル。
──俺たちはギルドの『登録窓口』にやって来た。
受付カウンターにキャロルを連れて行く。
「わあ、ありがとうございます! マグナさんって、親切なのです」
「さすがに放っておけなかったからな」
「ふふ、お優しいのですね」
にっこりと言われて、ちょっと照れた。
……なんだか立ち去りがたくて、そのまま彼女を見守る。
で、キャロルは無事に冒険者登録を終えた。
最初は最低ランクのEからだ。
つまり、俺と同じランクである。
「あとは大金が入るようなクエストを受注すればいいのですね?」
「ああ。ただ難度が高いクエストほど危険が伴うからな」
説明する俺。
「キャロルって戦いはどれくらいできるんだ?」
「スライムやゴブリンくらいなら倒せるのです」
「倒せるって何匹くらいだ?」
「一匹ならなんとか!」
なぜか得意げに胸を張るキャロル。
「……それだと最低ランクのクエストしか受けられないんじゃないか」
「最低ランクですか」
「大金を稼ぐのは難しいな」
「うう……冒険者の世界も厳しいのです」
キャロルはたちまち落ちこんだ。
「……里のみんな、ごめんなさいです。まずは地道に稼ぎます」
と──、
「そういうことなら、うってつけのクエストがあるぜ」
「そうそう、娼館で働くのはどうだ?」
「狐娘なんて珍しくて、高く売れるんじゃねーの?」
冒険者の一団が、俺たちの話を聞いていたのか、馬鹿にしたように笑った。
……なんだ、こいつら。
ニヤニヤと好色そうな目でキャロルを見つめる男たち。
俺は彼らの視線からかばうように、キャロルの前に出た。
「そういうお前らはどんなクエストをやるんだ?」
ムカついて、奴らをにらみつける。
「ん? オーガ討伐だが?」
言って、男の一人がキャロルに視線をやる。
「なんなら、その報酬でお前を一晩買ってやろうか? ぐへへ」
スケベオヤジそのものだ。
キャロルを見ると、泣きそうな顔をしていた。
──許せない。
さすがに腹に据えかねた。
「なあ、競争しないか?」
俺はそう提案した。
「競争だと?」
「マグナさん?」
不審げな冒険者パーティと、戸惑ったようなキャロル。
「俺たちも同じクエストを受注する。先に達成した方が勝ちだ。もし俺たちが勝ったら──」
俺は奴らを順番に見据えた。
「キャロルに謝れ!」
普段の俺ならビビっていたかもしれないし、なあなあで済ませていたかもしれない。
だけど今は、キャロルを侮辱された怒りで燃えていた。
一歩も引きたくなかった。
「おいおい、誰に向かって口聞いてんだ? 調子に乗ってんじゃねーぞ」
冒険者の一人が苛立ったように殴りかかってくる。
「【ブラックホール】」
俺は足元に黒い穴を生み出した。
「う、うわっ!?」
圧倒的な吸引力によろめく男。
俺はすぐに【ブラックホール】を解除する。
そのままだと、中に吸いこんじゃうからな。
バランスを崩した男は、無様に倒れた。
すかさず、そいつにのしかかる俺。
たぶん正面からやりあえば、こいつの方が格闘能力は高いと思う。
だけど、こうやってマウントポジションを取ってしまえば、俺の方が圧倒的に有利。
威嚇するように、思いっきり拳を振り上げる。
よっぽど殴ってやろうかと思ったが自重した。
「くっ……」
男が悔しげににらんでくる。
俺が殴らなかったことが、かえって屈辱感を与えたんだろうか。
「約束だからな。お前たちが負けたら、ちゃんと謝罪するんだ」
言って、俺は男から離れた。
「……ちっ」
気勢をそがれた冒険者たちは、逃げるようにその場から去っていった。
「マグナさん、さっきはどうしてあんなことを?」
彼らが去った後、キャロルが怪訝そうにたずねる。
「あいつらの態度が許せなかっただけだ」
俺はキャロルに言った。
「それに──俺も落ちこぼれ冒険者だから、ああいう類にはよく馬鹿にされててさ。なんか他人事に思えなかったっていうか」
「……ありがとうございます、なのです」
キャロルは深々と頭を下げた。