1 エルザの盾
数百メートル先から、十体の『闇の剣士』が押し寄せてくる。
以前に戦ったダークメイガスと同じ下級魔族だ。
ただし、こちらは名前の通りの剣士タイプ。
全員が黒い全身鎧をまとい、フルフェイスの兜をかぶっている。
兜の隙間からもれる十対の赤い眼光が、俺を見据えた。
うおおおおおおんっ!
雄叫びとともに、じりじりと詰め寄るダークブレイダーたち。
さすがに十体そろうと、そのプレッシャーはすごい。
だけど俺は慌てず騒がず、スキルを【常時発動防御モード】から【通常モード】に切り替えた。
後は悠然と待つのみ。
しゅおんっ……!
やがて500メートルの有効射程に入ったところで三十体の魔族はすべて【ブラックホール】に吸いこまれ、消えた。
「残るは向こうだけだな」
俺はキャロルやエルザとともに振り返った。
反対側からは三体のダークブレイダーが走ってくる。
おそらく前方の十体で俺たちの意識を引き付け、こちらで不意打ちのつもりだったんだろう。
だけど、気配に敏感なキャロルが事前にそれを察知し、俺たちに警告してくれていた。
「【常時発動防御モード】に切り替え。防御対象から、エルザを外す」
スキルにそう指示した。
「やれるか、エルザ?」
「当然よ。勇者の力、見せてあげるわ! おーっほっほっほ!」
高笑いとともに一歩前に出るエルザ。
俺はその動きを注意深く見つめる。
ちょっとでも危ないと思ったら、すぐにスキルで助けられるように。
「がんばってくださいなのです、エルザさん」
「任せてっ」
エルザは神の武具たる盾──『奇蹟兵装スヴェル』を手に駆け出した。
同時に、ダークブレイダー三体が剣を手に向かってくる。
「スキル発動、【聖なる障壁】!」
エルザが叫んだ。
六角形の盾『スヴェル』が輝き、青白い障壁が生み出される。
あらゆる魔を退ける、聖なる障壁。
優れた使い手ならば、三分という限定的な時間ながら、あらゆるものを防ぐ無敵の盾となる。
エルザはかつて、そう言っていた。
今の彼女ではまだその力を引き出せないとも言っていたが、その後の修業でどこまで力を上げたか──。
「がんばれ、エルザ!」
俺は声援を送った。
ダークブレイダーたちの斬撃が青白い障壁に打ちこまれる。
一撃、二撃──五撃、十撃。
ビクともしない。
青白い障壁は揺らぎもしない。
まさに無敵の盾だ。
が、二分ほど経ったところで、
「くっ……うぅぅ」
エルザが顔をしかめ、展開されている障壁が大きく揺らめいた。
持続時間の限界が来たらしい。
ダークブレイダーがさらに斬撃を繰り出し、【聖なる障壁】に無数の亀裂が走る。
ここまで、か。
俺は【ブラックホール】を【通常モード】に切り替えた──。
ダークブレイダー討伐クエストを終えて、俺たちはアルトタウンの冒険者ギルドに戻ってきた。
週明けのせいか、窓口がかなり混雑している。
おなじみの窓口嬢ナターシャも忙しそうだった。
俺たちは順番待ちの札を取り、待合用の場所にいる。
「あーもう、悔しいっ」
エルザはさっきの戦いを思い出したように言った。
「前よりも持続時間も伸びてるし、また鍛えればいいよ」
俺は彼女を慰めた。
実際、以前は一分程度しか【聖なる障壁】を展開できなかったのだ。
それが、今回は二分。
確実に進歩している。
「分かってるけど! うううう……」
エルザはまだ悔しそうだ。
唇を噛みしめつつ、俺をチラッと見て、
「……いつもありがと、マグナ」
「礼なんていいよ。仲間だろ」
「それでも……ありがとう」
エルザが微笑んだ。
強気な彼女が時折見せる、柔らかな笑み。
「い、いや、別に」
そのギャップはなかなかの破壊力で、俺は思わず照れてしまう。
「やっぱり、マグナのスキルはすごいわね」
「なのです」
エルザの言葉に同調するキャロル。
ちなみに今回の討伐で【ブラックホール】はレベル12まで上がった。
九尾の里から戻って一週間ほど。
その間、討伐を続けているうちに、それだけレベルアップしたのだ。
だけど、追加のスキル効果とか、スキル効果自体のパワーアップみたいなのは何もなかった。
次はレベルいくつまで上がれば、スキルが強くなるんだろう。
自分のスキルだというのに、詳細はいまだに分からない。
何よりも──。
九尾の里から帰ってきた日の夜に見た、あの光景。
【ブラックホール】の中に潜む、何者か。
あれは、なんだったんだろう?
本当に、このスキルについては分からないことばかりだ。
と、
「もっと……強くならなきゃ」
エルザはまだ悔しがっている。
いつもとちょっと様子が違うな。
「焦ってるのか、エルザ?」
「そりゃあ……」
俺が声をかけると、彼女はうつむいた。
「私は、最強の勇者になるはずなのに。クゥエルの家名を高めるはずなのに」
「家名……」
「姉さんみたいに頭がいいわけでも、男の人にモテるわけでもないから。でも私には勇者の素質があった。だから、この道で──」
告げるエルザ。
「そうすれば、父上や母上も私を認めてくれるわ」
彼女には彼女の、がんばる理由があるんだ。
俺も何かエルザの練習の役に立てたら──。
そう思わずにはいられない。
と、
「久しぶりね、エルザ・クゥエル」
「冒険者になったっていう噂は本当だったのか」
十代後半くらいの男女二人組が俺たちの元に歩み寄ってきた。
「あなたたち──」
エルザがハッとした顔になる。
「知り合いか?」
「ええ」
彼女の表情は険しい。
「アイラとキーラ。勇者ギルドの養成機関で同期だった双子の姉弟勇者よ」
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