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1 そうだ里、いこう

「なんだか、久しぶりに帰ってきた気がするな」


 ラムド王国、アルトタウン。

 俺たちが冒険者稼業の拠点としている町だ。


 俺はキャロル、エルザとともに十日ほどのレムフィール滞在を終えて、この町に戻ってきた。


「聞きましたよ、マグナさん。レムフィールで大活躍したそうですね!」


 冒険者ギルドの窓口に行くと、窓口嬢のナターシャが満面の笑顔で出迎えてくれた。


「私までなんだか誇らしいです! おめでとうございます!」

「ありがとう、ナターシャ」


 やたらと嬉しそうな彼女に微笑む俺。


「よかったら、仕事の後に私と二人でお祝いの食事でも──」

「ナターシャさん、どさくさに紛れてマグナさんを誘わないでほしいのです」

「意外と積極的よね、ナターシャって」


 キャロルとエルザがずいっと身を乗り出して、ナターシャに言った。

 なんか、三人の間で妙な火花が散っているような……?

 と、


「おい、あれ……マグナ・クラウドじゃないか?」

「Aランク冒険者のマグナ……」

「どんなモンスターでも跡形もなく消し去るとか……」

「噂じゃSSSランク冒険者からも一目置かれてるらしい……」


 気がつけば、周囲の冒険者たちがヒソヒソと噂していた。

 レムフィールにいたのは十日程度だけど、その間に随分と評判が上がったもんだ。


「……なんだか、マグナさんが遠い人になってしまったのです」


 キャロルが寂しげな顔で俺を見た。


「こうやって、今まで以上に評判になってるのを見ると……ね」


 エルザもしんみりとしていた。


 そんなに──変わったんだろうか。


虚空の封環(ブラックホール)】というスキルを身に着け、戦術や戦績は飛躍的に変わったけれど。

 俺自身のステータスが変わったわけじゃないから、実感に乏しい。


 なんだか周囲の評判だけがどんどん変わっている感じで、妙に現実感が薄かった。


「俺は何も変わらないって」


 俺は二人に微笑んだ。


「今まで通り三人で、またクエストをどんどんこなしていこう」

「でも、マグナさんだって、もっと強い人たちとパーティを組みたくないのですか?」

「私たちじゃ物足りないんじゃない?」


 心配そうにたずねるキャロルとエルザ。


「物足りなくなんて、ない」


 俺は首を左右に振った。


「そもそも、俺はちょっと前までは最底辺だったし、その日暮らしができればいいや、くらいのスタンスだからな。上昇志向もないし、平穏に暮らせればそれでいいよ」


 俺は二人ににっこり笑った。


「冒険者生活は適度に刺激があるし、今のままで十分だ」

「ありがとうございます。あたし、少しでもマグナさんのお役に立てるようにがんばるのです」


 ぺこり、と頭を下げるキャロル。


「この前だって天馬騎士団を治癒してたし、何よりもキャロルには俺とエルザにもふもふという素晴らしい癒しを届けてくれてるだろ」


 もう十分──いや、十二分に役に立ってくれている。


「私は修業して、もっと強くなるわ。冒険者としても勇者としても一人前になれるようにねっ」


 エルザが拳を振り上げた。


「あなたがどんどんランクアップするのを見ると、やっぱり刺激になるし。いずれ史上最強の勇者になって見せるわ、おーっほっほっほ!」


 久々に聞く彼女の高笑い。

 うん、エルザはこうでないとな。


 それぞれに、それぞれの目標があっていい。




「里から手紙が届いたのです」


 翌日の朝、キャロルが俺とエルザに言った。


「里って、キャロルの故郷のことだよな?」

「はいなのです。冒険者での稼ぎで食料を買って、いっぱい送っているので、そのお礼が。特にマグナさんには丁重に礼を言っておいてほしい、と長老からの伝言なのです」

「里のほうはどうなんだ? 最初に会ったとき、干ばつで食糧危機って言ってたよな?」

「おかげさまで、完全に持ち直したそうなのです」


 キャロルがにっこり笑った。


「よかったじゃない」


 エルザがにっこり笑顔でキャロルの頭を撫でた。

 ついでに狐耳もさわさわとしていた。


 あ、自分だけずるいぞ!


「きゃふぅ」


 キャロルはちょっとくすぐったそうに目を細めた。


「ありがとうございます、なのです。これで冒険者になった目的は達成なのです」


 本当に嬉しそうなキャロルを見ていると、俺も嬉しくなる。


 と、そこであることに気づいた。

 ん、冒険者になった目的は達成って……?


「もしかして──キャロルも里に帰るのか?」


 たずねる俺。


「はいなのです。手紙にも『そろそろ戻ってこい』と書いてあったのです」


 あっさりと言われて、俺は正直ショックを受けた。

 そうか、これでキャロルとお別れなのか。


「ん、どうしたのです?」

「いや、寂しくなるな、って」


 俺はしんみりとした気持ちで言った。


「キャロル、せっかくお友だちになれたのに……うう」


 エルザなんて早くも涙ぐんでいる。


「?????」


 キャロルはきょとんと首をかしげた。


「だって里に帰るんだろ?」

「お別れなのよね?」

「お別れ?」


 ますます、きょとんとした様子のキャロル。


 それから、ぽん、と両手を叩き、


「もしかして、勘違いされてるのです? あたし、ちょっと里の様子を見に行くだけで、すぐに戻るつもりなのです」


 あ……早とちりだったか。


「なんだ、もう会えないのかと思ったわ」


 エルザが涙を拭きながら、


「ま、まぎらわしいこと言わないでよね、もうっ」


 照れ隠しなのか、ふん、と鼻を鳴らす。


「ごめんなさい、なのです」


 キャロルは頭を下げ、


「あの……よかったら、お二人も来ませんか?」


 狐耳と尻尾をぴょこっと動かして提案した。


「行くって──」

「あたしの故郷『九尾の狐の里』へ、なのです」

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