10 超魔獣兵迎撃戦4
俺はヴルムさんやブリジットの元へ走っていた。
スキルの有効射程である500メートル内まで近づけば、勝負はあっさり終わるだろう。
ただ、どうやら俺がスキルを使うまでもなく、二人の勝利で終わったらしかった。
巨大な火蜥蜴──『サラマンダーボルケーノ』とやらは、ヴルムさんの一撃で喉を切り裂かれ、倒れている。
剣だけで、あんな巨大な化け物を倒してしまうとは。
もちろん、ブリジットの援護の力もあるんだろう。
さすがはSSSランク冒険者たち。
さすがは『炎竜殺し』と『魔弾の射手』といったところか。
とはいえ、まだ千単位の敵兵が残っている。
俺のスキルが必要な局面もあるはずだ。
いや──。
「まだだ……!」
俺は前方を見つめ直した。
倒れたはずのサラマンダーがゆっくりと体を起こしていく。
致命傷を負ったように見えるのに、まだ戦えるのか……!?
※
ヴルムの眼前でサラマンダーの巨体が起き上がった。
深々と切り裂いた喉の傷は、すでに塞がっている。
「絶命させたはずだが、タフじゃのう」
苦笑交じりに双剣を構え直すヴルム。
「まあいい」
確かに驚いたが、別に不死身の化け物と戦うのが初めてというわけではない。
「本当に何をやっても死なないならともかく──単に耐久力がけた違いだというだけなら、お前が完全に活動停止するまで斬り続けるだけじゃわい……ひゅふぅっ……」
ふたたび、細く、長く、鋭く、呼気を吐き出す。
気功武闘法によって身体能力を加速。
大きく跳び上がって、サラマンダーの頭部に、胸部に、前脚に、後脚に──次々と斬りつける。
「援護するよ、ヴルム」
さらにブリジットも、その攻撃を邪魔しないタイミングで数百単位の矢を浴びせている。
だが──サラマンダーは倒れなかった。
「頑丈な奴」
「本当に不死身かもしれないな」
ブリジットがつぶやく。
と、
「海王魔獣──超魔獣兵のテストタイプをあっさり倒した者がこの国にいることは分かっていた」
指揮官が得意げに笑った。
「だからこそ、陛下はさらに耐久力を高めたタイプ──この『サラマンダーボルケーノ』を送り出されたのだ。そいつの力をより正確に測るために」
「威力偵察、といったところか」
ヴルムがうなる。
ならば今回の侵攻は、帝国にとってはまだ小手調べの段階かもしれない。
「本格的な侵攻は、これからか……」
これから世界に訪れるであろう本格的な戦乱を予感し、険しい表情を浮かべるヴルム。
「……まあ、今はこいつを倒すことだけに集中するとしよう。ブリジット嬢、援護は任せるぞ」
「了解」
「ひゅうっ……ふおおぉっ!」
独特の呼気を吐き出し、ヴルムは双剣を繰り出した。
斬撃は無数の閃光と化し、数百数千単位で巨大魔獣に撃ちこまれる。
鮮血がしぶき、サラマンダーがよろめく。
だが、倒れない。
すぐにその傷が再生し、ふたたび向かってきた。
炎を吐き出し、尾を振り回し、体当たりを繰り出し──。
その猛攻に、ヴルムもいったん後退する。
「斬っても斬っても倒れん……どころか、むしろ元気になってきておる」
「倒されるたびに強くなる──九号タイプ以降に初めて搭載された、魔導機構だ」
指揮官が得意げに笑う。
「こいつは……きついかのう」
苦笑するヴルム。
「いったん撤退するのが妥当だな」
と、ブリジットが言った。
「これは仕事。命を捨てる義理はない」
「まあ、そうなんじゃが」
少なくとも友軍が撤退を終えるまで、奴らを食い止める必要があるだろう。
「ブリジット嬢、君は王国軍にこのことを伝えに行ってくれ。ワシはその間、奴と遊んでいよう」
「……了解。気を付けて」
「うむ」
気遣うブリジットに、ヴルムはニヤリとうなずいた。
「さて、もうちょっと付き合ってもらうとしようか」
不敵に笑って、向き直る老剣士
たとえ倒せない敵だとしても、攻撃力ではこちらが上。
食い止めることは十分に可能だ。
ただし、その先は──。
「どう倒すか、じゃな。このまま人の多い街まで侵入を許したくはない」
かといって、ここで戦い続けても、いずれヴルムも疲労するだろう。
そうなれば──一発でも攻撃を食らえば、いくら彼とて致命的なダメージを受ける。
「厄介じゃの」
ため息をついた、そのときだった。
目の前から、魔獣の姿が跡形もなく消えた。
「な、何……!?」
さすがのヴルムも呆然と立ち尽くす。
「えっ、嘘……!?」
振り向くと、ブリジットも普段のクールさを忘れたようにポカンと口を開けていた。
「二人とも、大丈夫でしたか」
彼女のさらに背後から、一人の青年が駆けてくる。
「マグナくん……か?」
ヴルムがうめいた。
まさか、彼が為したことなのか?
不死身とも思える耐久力を持った魔獣を、一瞬で消し去ったというのか──。





