第6話 勇者は残り少なかった評判を破壊される。
お待たせしました。
「くそっ、いったい誰なんだあのメイドはっ!!」
突然現れて、家主である俺を追い出したメイドに悪態を吐く。
というか、本当に見たことも会ったことも無いぞあんな子とはっ!!
そう思いつつも俺が忘れているだけかも知れないと思いつつ、思い出してみる。
……けれどやっぱり俺は、あの少女とは会ったことはない――はずだ。
「いや、俺が忘れているだけかも知れないし、もう一度姿を思い出しながら思い返してみるか……」
呟きつつ、あの少女の姿を思い返してみる。
腰まで届いているであろう黒く綺麗な髪、少し幼さが残る顔立ち、釣り上がった目元と、そこから覗く金色の瞳。
黒い髪に金色の瞳なんて珍しい容姿。それに美女になる可能性を秘めた顔立ちなんて、やっぱり忘れられないと思う。
幼かったころだとしても、覚えている……だろう。
それに、あのメイド服。
「思い出したけどあのメイド服、ヴァルゴ王国の王城で見た物にそっくりなんだ……」
つまりは、あの少女はヴァルゴ王国王城からの送られたっていうのか?
いや、それは無い。だって俺はもうあいつらからはいらない存在なんだからな……。
俺はもう、勇者じゃないのだから――。
「あ、ブレイブさん。手紙が届いていますので、受け取りのサインください」
「え――あ。すまない、ありがとう――って速いな」
そう思っていると俺へと何時の間にか配達人やって来ており、手紙を差し出してくる。
俺は配達人から手紙を受け取り礼を言ったのだけれど配達人の彼には他にも手紙の配達があるらしく、すぐにサインを受け取るとその場を立ち去って行った。
あの速さは基本的にモンスターや盗賊に襲われても逃げ切るように脚を鍛えているからだろう、だけど年老いた俺にはあれだけの速度はもう無理だな。
「っと、誰からの手紙だ?」
過ぎ去った過去を懐かしむつもりは無い。
そう考えながら俺は手紙の送り主を見る。……が、見覚えが無い名前だった。
「ルフィーネ? 聞いたことが無い名前だが、誰だ?」
首を傾げつつ中を見るために手紙の封を切り、中身を取り出す。
開いた手紙は丁寧な文字で綴られており、俺はその文章に目を通し始める。
* * * * *
お久しぶりです、勇者ブレイブ様。
私はかつてライク姫様のお世話をしておりましたメイド長のルフィーネと申します。
とはいっても私は度々ライク様のもとでブレイブ様の姿を見かけておりましたが、貴方様はいちメイドのことなど覚えていないでしょう。
なので、懐かしい話などをするつもりはありません。
いえ、むしろされるほうが苦痛ですよね?
ですので本題に入らせていただきます。
今回、私が手紙を送ったのは私の孫のことです。
多分ですがこの手紙を読むころには貴方様の元に現れていると思われます。
* * * * *
「孫だって?」
手紙を読むのを中断し、俺はその文章に書かれた単語を口にしてしまう。
というか、ライクの世話をしていた人物からの手紙か。
ぼんやりとした覚えしか無いからか、その人物のことは良く思い出せない。
俺にとってはあまり気にし無くていいと思っていたからだろうな。
って、俺の前に現れているころだと思うっていうと、あの少女のことか?
そう思いながら続きを読むことを始める。
* * * * *
私の孫、名前はティアと言いまして……少し、と言うか、かなり言葉使いが汚い子です。
ですが見た目は長い黒髪と金色の瞳の孫びいきと思われるかも知れませんが、だいぶ美しい子です。
そして、言葉使いが汚くとも、やることはそつなくこなします。
掃除、洗濯、料理、礼儀作法、メイドとしての技術を私がしっかりと教えましたし、娘とその夫、そして私の夫も持っている技術を教えたのでブレイブ様には面倒をかけないと思います。
さて、孫の紹介を終えましたので次は何故ブレイブ様の元に孫が現れたのか。
それが気になっていることでしょう。
正直な話、私も孫が何を考えているのかはわかりません。
ですが、娘が引退を考えていた私を自分たちの下へと呼んだ理由が孫の「勇者の面倒をみるにはどうすれば良いのか」ということでした。
その理由に面白いと思いつつ、私は娘たちの下へと向かいました。
そんな中、勇者の称号がブレイブ様からアクエリアスが定めたトゥモロ様へと移ったのを聞いたときは驚きました。
貴方様は知らないでしょうが、あの方はそういう器ではないのでとても不安です。
それと同時にティアは『勇者』という存在の面倒をみたいのか。それとも貴方様に仕えたいというのかが気になり、一度だけ誰に仕えたいのかと訊ねてみました。
すると普通ならば、勇者なのだから貴方様ではなくアクエリアスが認めた未来のあるトゥモロ様を選ぶのでしょうけど……あの子は言いました。
『我が選ぶのは人如きが選んだ偽りの勇者ではない、神が選んだ本当の勇者の面倒をみたいのだ!』
その言葉でこの子の本気が伝わりました。
なので貴方様の世話をどのような状況下でもどのような頼みでも完璧にこなせるように鍛えました。
色々と大変なことと思いますが、どうか孫をよろしくお願いいたします。
追伸
たとえ曾孫が出来たとしても、それは同じ家に住むことを選んだ孫の失態だと考えておりますので……。
まあ、できれば出来た場合は会いに来てください。そのときは娘とその夫の拳が飛びますが。
* * * * *
読み終えた手紙を、俺はマジマジともう一度見直す。
だが、書かれていたことに間違いは無いようだ。
「とりあえず、状況を整理しよう」
呻くように呟きながら、状況を整理する。
先ずはあのメイド少女の名前はティア、祖母がライクの……元メイドだった。
異常なまでの言葉使いの汚さ、だけど仕事が出来る。
俺の元にやって来た理由は、俺の面倒をみるため――ってなんでだよ? というか、年下に面倒をみられるってなんだよ?
まあ、それは今は良いとして、纏めると『言葉使いが汚い住み込みメイドがやって来た。』で十分だな。
そう納得することにする。
というか最後の追伸はなんだ。俺は手を出す気はないぞ? それとも手を出すか、出される可能性があるっていうことか?
ついでに言うと、俺にも理性っていう物はちゃんとある。だから、間違っても過ちは犯さない……はずだ。
そんなありえもしない予感を感じていると、時間は過ぎていたらしく、太陽が昇りきっていた。
幾ら何でも掃除は終わっているだろう?
そんな風に考えながら、恐る恐る入口の扉を開けると、そこには苛立たしげにホウキ片手に立っているメイド少女、ティアちゃんが居た。
「え、えーっと……まだ、かかるのか?」
「……当たり前だこの馬鹿者が! 2ヶ月も掃除してなかったからこのようなことになっているのだろうが!! いや、実は2ヶ月ではないだろう?」
俺の言葉で怒ったのか、ティアちゃんは俺を睨み付けながら怒鳴りつける。
その睨みに「うっ」となりつつ、彼女が言ったことは本当なので何も言えなかった。
2ヶ月ではなく、4ヶ月近く。いや、もっと正しくは領主の館に家族で移ってから長い間使わなくなっていたこの家に、このたび俺が再び住むようになってからパパッと積み重なったホコリを払ったぐらいだ。
だから謝罪の意味を込めて手伝うことは無いかと聞くと、怒鳴りながら体を綺麗にして来いと言って追い出された。
「そんなに臭いか?」
呟きながらクンクンと服に鼻を近づけてにおいを嗅ぐ。
服に染み付いた安酒の臭いと、体臭だろうと思うにおいが物凄く臭かった。
自分の臭いでオエッとなってしまうくらいだ。これは、洗わないといけないか……。
というかこれは本当に鼻が曲がりそうだな。
でもこれほど酷い臭いなら、初めて会ったときのティアちゃんには悪いことをしたな。
申し訳ない気分になりながら、俺は家の横手にある井戸へと歩く。
一応村の皆で使うための体を洗ったりする水場はあるけれど、俺自身があまり行きたくない。
だから、周辺の家々の飲み水や掃除のために使う水を汲むためにある井戸で俺は体を洗う。
「ぅひぃ! つめてぇ!!」
カラカラとロープを括りつけたバケツを井戸の底へと落し、引っ張り上げて、冷えたそれを頭から被る。
キンキンに冷えたそれは俺の体を冷やし、ガクガクと震えながらももう一回浴びるためにバケツを落す。
そして、引っ張り上げた水をもう一回被り――濡れた服をバサッと脱ぐと、濡れた服をタオル代わりにガシガシと寒さで鳥肌が立った体を擦って行く。
すると毛むくじゃらとなっている腕から、脚から、腹や胸からボロボロと垢がこぼれていった。
冷えた水でこれだけの垢ってことは、温かい風呂に入ってから洗ったらどれだけ出るんだ?
そんな疑問を抱きながら、クシャミと体の冷えの2つと格闘しつつ体を擦っていく。
途中、さっさっ、という音が耳に届き、そちらを見ると家の開け放たれた窓からメイド少女のティアちゃんが部屋を掃除しているのが見えた。
さっきまで俺に対して怒鳴っているとか機嫌の悪い顔ばかりしか見ていなかったけれど、掃除をしている彼女の姿は真摯で――何処か美しく思えた。
が、すぐにその表情は歪み、唸り声を上げ始めた。
と、とりあえず、見て見ぬふりだ……! そう考えながら俺はゴシゴシと体を擦り、ある程度垢を落し終えると擦るのに使っていた垢塗れの服を水で流していく。
垢を擦っていたからか、流した水が服を通すと少し濁った水が地面に流れていった。
それが終わると、最後に肌に残った擦った垢を流すために水を再び頭から被る。ええいっ、無駄に伸びきった髪が顔に張り付いてうっとおしい!
「――――くそっ、勇者め!!」
髪を顔から両手を使い払っていると、ティアちゃんの苛立つ声が聞こえた。その声は今にも舌打ちが聞こえてきそうだ。
……何か、また怒らせることをしてしまったらしい。
「しばらく近づかないほうがいいか。あ、そういえば、着替えはどうすりゃいいんだ? ずぶ濡れのままじゃ寒いよな。上は裸だし」
ズボンの中に垢が溜まるんじゃないかと思い出して、全裸となってからもう一度水を被ってから、ぐしょ濡れとなったズボンとパンツを搾りつつ、ふと大事なことを思い出して呟いた。
そんな俺の耳に、バタンと扉が開く音が聞こえた。
どうしたのかと視線を音がしたほう、自宅の入口に向けるとティアちゃんが大きなタライを抱えながら出てくるのが見えた。
というか、タライの中にあるのって、まさか俺の服か?
それにしては量が多くないか? もしかして全部持っていった……とか?
「いやいや、まさかなあ?」
少し嫌な予感を感じながら、搾るだけ搾ったけれど若干ボタボタと水が垂れるズボンとパンツを穿き直すと家の中へと入る。
家の床は、ティアちゃんの掃除によってだいぶ綺麗になっていた。
綺麗になっている床に驚いていると、ズボンから垂れる水が落ちているのに気づいた。
ただの水だ。間違っても小便などではない。
だけど……、
「まずいな、早く着替えをとって外に出よう」
呟きつつ、だいぶ前に適当に洗って干した変えの服が入ったタンスを開ける。
だが、中には何も入っていなかった。
え、まじか? マジで全部洗いに行ったってのかよ?
信じられないと思いつつも、洗ったばかりの物で良いから換えの服を貰えるようティアちゃんに言おう。
そう考えながら、俺は彼女が向かったであろう洗い場へと移動を始める。
ただし、堂々とではなく……こっそりとだ。
俺自身人に見られなくはないし、村の人たちだって俺を見たくないはずだ……。
「居たな。って、他にも人がいるのか」
少し息切れがし始める体を動かし、ティアちゃんに追い付いたけれど彼女はもう洗い場へと到着しており、洗い場には村の女性が数名居た。
というか、ティアちゃんは俺に話しかけているような偉そうな物言いで話し始めるのか?
あんな物言いで喋ったりなんかしたら、頭のおかしなメイドとか村の女性から気に喰わないっていうことにならないか!?
そんな不安を感じ始める俺は、咄嗟に飛び出すべきかと考え始める。
だが、俺の不安を他所にティアちゃんは俺の服が入ったタライを洗い場の隅へと置くと……、
「初めまして皆様。わたくし、本日よりブレイブ様のお世話をすることとなりましたメイドのティアと申します。
この村には今日初めて来たので、まだ勝手はわかりませんが皆様どうぞよろしくお願いいたします」
と服装がドレスならば貴族と間違えても可笑しくないほどに完璧なカーテシーを披露した。
それよりも驚いたのは彼女の言葉使いだ。
え、だれ? この子誰?
視界に見えるティアちゃんの姿に戸惑いを覚えつつ、彼女の様子をジッと観察していると彼女は俺の服を洗い始めたのだが、なんと石鹸を使い始めたではないか!
タライに立ち始める泡を驚いた俺だったが、ティアちゃんは高級品であるそれを洗い場に居た女性たちにも使っても良いと言って差し出していた。
そんな優しい態度に女性たちの彼女への態度が軟化するのを感じつつ、同時に何か話し合ったのか決意した表情が窺えた。
……なんとか拾えた会話で、健気とか天使とか聞こえるのだけど、まさか『天使のような健気で可愛い子が、のんだくれの毒牙にかからないように注意しないと!』っていう訳じゃないだろう。
まさかな?
そんな一抹の不安を感じている俺だったが、突き刺さるような視線を感じその方向を見るとティアちゃんが俺を見ていた。
隠れていたのに、気づかれてたのか? というか、なんだか挑発的な笑みを浮かべているんだけど、どういうことだ?
頭の中を疑問で満たしながら、俺は近付くべきかどうするべきかと考えていた。
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