第5話 メイドは汚れを破壊する。
大量の酒瓶が転がり、脱ぎ散らかされた服やパンツ、食べ物の残骸、汚れが溢れた部屋。
その部屋から勇者を追い出し、我は笑みを浮かべる。
「くくっ、ようやく……ようやくだ。勇者よ、我による貴様への復讐が今始まるのだ!!」
というか見ろ、あの間抜けな顔を! 我が家から追い出したときのあの顔を!
そして、寝巻きから出ただらしがなく膨らんだ腹を! なんと醜くなっているのだ!!
思い出しただけでも笑いが出るではないか!!
とと、このまま笑い転げても良いのだが、そうしたらメイド服が汚れてしまう。
自らメイド服を汚すことは、メイドとしてはいけないと師匠が言っていたことを我は思い出す。
それと同時に……。
「くくくっ、まずは初めの復讐として……この家のゴミと汚れを破壊してくれようではないか!!」
そう口にすると共に我は足元のカバンから掃除道具を取り出す。
ホウキ、チリトリ、ハタキ、雑巾、手袋、巻き布、バケツ、タライ。
絶対にカバンの中に入らないとしか言いようがない物がいくつかあるのだが、メイドのカバンはその様な現実を破壊するものだと師匠は言った。
だから、我はこのカバンの常識も容量も破壊してやった!!
なのでこのカバンにはメイド道具が何でも入るし、出すことも可能だ!
「さて、では始めるとしようではないか! 先ずはそう……家の中を見ることと同時に酒瓶の回収だ!!」
手袋をはめ、口元に布を巻くと我は本格的に掃除を始めるための行動に移る。
だがその前に……換気だ。こんな酒臭い上にホコリ臭い家の中に居ては体が悪くなってしまうだろう!!
そう思いながら、家の中の窓をバタンバタンと開けると。爽やかな風が入り込んでくる。
すると部屋の中に篭っていた酒臭いにおいとホコリ臭さが爽やかな風と掻き混ぜられていき、窓から射し込む光によって風で巻き上げられたホコリがキラキラと輝いて見えた。
正直綺麗とはまったく思えないと思いつつ、いたる所に転がる酒瓶をカバンの中へと押し込んでいく。
家の中はあまり広いとはいえず、良くて3人が暮らすのに十分な大きさだった。
そう思いながら時折中身が残る酒瓶を見つけ、それも回収していく。
何故ならもう勇者に酒を呑ませるつもりは無いのだからな!!
そう思いながら、ひょいひょいとカバンの中へと空き瓶、中身の入った瓶を入れていくが……安酒しか見当たらない。
「奴め……、隠している。もしくは飲み終えた。もしくは……追い出されたときに持っていけなかった。と言ったところか?」
そんなことを思いながら、目に付くすべての酒瓶を取り終えると、今度は散らばった勇者の衣服を…………うわ、くっさい。これは、臭すぎるだろう! あの男、やはり掃除ぐらいはするべきだろう!
口周りに布を巻いているから臭いが軽減されているはずなのに、汚らしい勇者の服やパンツからは悪臭が漂う。
具体的に言うと酒の酸っぱい臭いや、汗臭い臭い、排泄物の臭いも少しする。あとは……栗の花のにおい?
ここまで臭いとは……。これは……念入りに汚れを破壊しなければな。
そう思いながら、脱ぎ散らかされた服を入口辺りに置いていたタライの中に放り込んでいく。……汚い山が出来た。
目の前の事実は……今は忘れるとしよう。
そう思いつつ今度はハタキを掴むと、タンスの上や室内の四隅といった高い位置をパタパタとはたいて行く。
するとその度にキラキラとホコリの粒や集まって灰色の塊となったホコリが床へと舞い散っていった。……これだけの量が鼻や口に入れば、我はクシャミは止まらなかっただろう。
……本当、口に布を巻いておいて良かったと思うぞ。
などと考えながら、ホコリと蜘蛛の巣を払い落し終えると……今度はホウキを手にして床に落ちたホコリと元々床に積もった塵、食べ物のカスや勇者の体から出た垢や髪を払っていく。
ひと掃き、ふた掃きとホウキで床を掃いていくと待っていましたと言わんばかりに集まっていくゴミの山。……本当に良くこのような家で住めていたな勇者よ。
段々とムカムカしてくるのを感じていると、入口の扉が開けられて恐る恐ると言った様子の勇者が顔を出してきた。
「え、えーっと……まだ、かかるのか?」
その言葉に少しばかり我はピキッと来てしまった。
だから少し鬱憤を晴らすぞ勇者よ!
「……当たり前だこの馬鹿者が! 2ヶ月も掃除してなかったからこのようなことになっているのだろうが!! いや、実は2ヶ月ではないだろう?」
「うっ、わ……悪い。その、何か手伝えるか? 少しぐらいは手伝えると思うからさ……」
「いらん。むしろ勇者、貴様はその汚らしい体をとっとと綺麗にして来い!」
「わ、わかった……」
苛立ちながら勇者に怒鳴りつける我だったが、今の汚らしい勇者が視界に入ると本当に破壊したいと思ってしまう。
それほどまでに服も体も汚くなっていたのだから。
だから怒気を込めながら言うと、すごすごと勇者は扉から離れて行った。
その様子はなんというか……もの凄く情けなく、これが我を倒した勇者なのかと疑うほどであった。
「ああくそっ! この怒りを掃除にぶつけてやろうではないか!!」
叫び、箒を握る手に力を入れる。……が、怒りに身を任せて掃除を疎かにしてはいけない。
『あらぶった気持ちのまま掃除をしたら、掃除される家が憐れです。ですから貴女は一度冷静になることを覚えなさい』
呆れながら言った師匠の言葉を思い出しながら、少し気を落ち着かせると……我は丁寧に隅のゴミも残さずに掃いていく。
さっ、さっ、と床板を握り締めたホウキが梳く度にその場所が掃除がされている音が聞こえる。……時折、水を被るバシャンという音が聞こえるが、多分勇者が水浴びをしていると考える。
そんなことを思いながら床に溜まりきったゴミを掃き終えると、中央には色々なゴミが集まり……小さな山を作っていた。
「ホコリ、髪や皮膚、食べ物のカス、それらを餌にする虫どもの死骸に小動物の死骸……これは酷すぎるではないか。病原菌の温床だろう」
顔を顰めながら呟きつつ、我は麻の小袋を用意すると、チリトリを使いその中へと集めたゴミを入れていく。
麻の小袋に入っていくゴミはパラパラと床に零れること無く溜まっていく。
平民階級の家庭ならば、ゴミは家の外にホウキを使って放り出すのが当たり前らしい。
けれど、我はこうやって袋に入れてまとめてから後で近くの地面に穴を掘って、火を使って燃やすというやりかたを教えられている。
ゴミをすべて小袋に入れ終えると、タンスを開けて中に残っているであろう着替えを探そうとする……が、どうやら我は勇者の堕落っぷりを甘く見ていたようだ。
「なっ!? こ……これは……まったく折り畳まれておらずグチャグチャではないか! しかも生乾きの物もあったのか臭いにおいを放っているし、これなんてカビが生えているではないかっ!! くそっ、勇者め……!!」
タンスを開けて我は苛立ちを隠し切れなくなった。それほどまでに勇者の駄目っぷりを見たからだろうか?
……まあ良い、ならばその汚れを破壊してやろうではないか!!
そう考えながらタンスの中の汚い着替えもタライの中にぶち込むと、タライを手に我は外へと出る。
少し重いが、普通に持てるので問題はない。
「とりあえずは水場だが……そこだな」
タライから漂う臭いにおいに顔を顰めつつ、水場へと向かう。
すると其処は洗い場と水場に分かれており、洗い場では村の女たちが喋りながら洗濯をしていた。
「へぇ、そうな――あら?」
「あの子……メイド? 何でこんな所に?」
「領主様の所のメイドさんかしら? けど、領主様の家には専用の洗い場があるはずだし……」
こそこそと村の女たちは我を見ながら話す。
……ここはきちんと挨拶をしておくべきだな。
何故なら、これからの勇者の生活を破壊するために必要なことだからな。
そう考えながら我はタライを洗い場の隅に置くと、我を見る村の女たちの元へと近付いた。
そして……。
「初めまして皆様。わたくし、本日よりブレイブ様のお世話をすることとなりましたメイドのティアと申します。
この村には今日初めて来たので、まだ勝手はわかりませんが皆様どうぞよろしくお願いいたします」
と言って、師匠譲りのカーテシーを行う。
ちなみにこういった喋りかたは師匠に矯正されて覚えたのだ。けれど、これは効果は抜群である。
その証拠に我の突然の行動で女たちはギョッとしたけれど、我に驚きを見せたりしてはいけないと感じているのか女たちの長的存在が前へと出てきた。
「そ、そう。よろしくね……」
「はい、よろしくお願いいたします。それで……お尋ねしたいのですが、この洗い場での決まりごとなどはあるのでしょうか?
勝手なことをしては皆様に迷惑が掛かると思われますので、宜しければお聞かせください」
「え、ええ、わ……わかった、わ。えっと……」
こんな喋りかたをする相手と対峙したことが無いのか、長的存在の女は戸惑いつつも洗い場の決まりごとを教えて言ってくれる。
我の今の復讐目的は勇者の今の生活を破壊すること。だというのに自分の評判が破壊されるというのは笑えない。
だからこう言うところはしっかりとするべきだ。
そう考えながら我は説明を聞き終え、礼をしてから洗濯を始める。
先ずは井戸から引き上げた水をタライの中に注ぎ、中の勇者の汚い服を濯ぐ。……すると、井戸水はかんたんに濁ってしまった。
うっ、これは……酷すぎるだろう。
その様子に気づいた女たちもなんとも言えない表情を浮かべつつ、我を見る。
「あれは酷いわね……」
「ブレイブって言えば、元勇者様……なのよね?」
「昔は格好良かったけど、今は飲んだくれたおっさんよ?」
「そんな中に可愛らしいメイドさんが来たなんて……」
「「「危険だわ……!」」」
何がどう危険なのかは分からない。だからそう言うこそこそとした会話は無視することに限る。
そして、もう一度タライに水を注ぐと……ついさっきよりは汚くは無いように感じられた。
だがこのまま干したとしても臭くなるだけだ。だから我はメイドアイテムを取り出すことにする。
メイドアイテムは何がメイドアイテムなのかは良く分からない。けれど師匠がそう言ったのだからそうなのだ。
そして、取り出したメイドアイテム――その名も石鹸。
別の世界であれば普通に手に入るそれだが、ここでは貴族ぐらいしか手に入れることが出来ない物である。
いや、粗悪品ならば作る技術も知られているから問題は無いだろう。
けれど今我の手にあるこれは粗悪品などではないのだ。その証拠に……。
「あれは……石鹸?」
「アレで洗うと汚れは落ちるけど、逆に臭くなるのよね……」
「いえ、ちょっと待って! このにおいは……花の香り?」
「それじゃあ、あの石鹸って粗悪品なんかじゃなくて……、貴族様が使うような物なわけ!?」
くくくっ、ようやく気づきおったか! 女たちは驚愕しながら洗濯を行い続ける我を見る。
そんな我の手元では石鹸が泡立ち、黒ずんでいた服からたちまち汚れが落ちていくのが見てわかる。
同時にタライの中は泡で溢れ、何時しかフワフワとシャボン玉が飛び始めていた。
そんな泡立ち始める水を一度捨てると……先程よりも汚れを吸い取った水が泡と共に流れていくのだが……黒い、透明黒いなどではなく、完全に黒いのだ。
……あの勇者、いったいどれだけ洗濯をしてなかったのだ?
そんな思いを抱きつつ、石鹸水を含んだ服が入ったタライへと洗濯板を斜めに置くとゴシゴシと擦り始める。
指先にでこぼこと波打つ手触りが感じられ、擦った衣服から黒い染みと少し濁った泡が立ち始めた。
「くくくっ、流石は石鹸だ。綺麗に汚れが落ちる……!」
誰にも聞こえないように小さく呟きつつ、衣服の汚れが破壊されていくのを見ながら我は笑みを浮かべる。
1枚洗い終え、2枚洗い終え、3枚……に移ろうとする我へと、長的存在である女が我に近付くのに気が付いた。
「あ、あのさ……」
「はい、何でしょうか?」
「えっと……出来ればで良いんだけど、さ……。うちらにも石鹸、使わせてもらえない? あ、いや、無理だよね。ゴメン!」
言うだけ言って離れようとする長的存在の女。そんな彼女へと、我は石鹸を出した。
そして、社交的な微笑みを浮かべて……。
「構いませんよ。ここで知り合えたのですから、仲良くしてください。という意味を込めて使ってください。そちらの皆様も」
「え!? い、いいの? 欠けちゃうかもしれないよ?」
「大丈夫です。石鹸ですから使えば無くなりますし、欠けたら欠けたときです」
「そ、それじゃあ……使わせてもらうね」
恐る恐る、と言った感じに女は我から石鹸を受け取るとそそくさと他の女たちの下へと向かった。
そして彼女たちが喜びながら石鹸を使って洗濯物を再び洗い始めるのを見てから、我は洗うのを再開する。
……そんな我に健気とか天使とか言う声が聞こえるが、打算的だから問題は無い。
なあ、そうだろう勇者よ?
そう思いながらチラリと我をこっそり眺めていた勇者を我は見るのだった。
こうしてメイドは村の女の信頼を得ました。
次は勇者視点でお送りいたします。