第3話 幼女は威厳を破壊する。
書けました。
我を倒した勇者の仲間の2人が番となったと聞いてから、3年の時が流れた。
3年で、我はすくすくと成長し――母親に抱き抱えられなくても良いようになり、生まれ育った村の中を其処彼処と移動し始めるようになった。
……一応我が心配な母親はこっそりと付いて来ているようで、後ろを見ると樹からその姿がはみ出ているのが見える。
たわけめ、気づかれていないと思っているのか?
「あら、ティアちゃん。こんにちわ」
「うむ、げんきにしておるかろーばよ! 我はげんきで、ねむけなど破壊してやったぞ!!」
「う、うぅん……、ちゃんと名前を教えてるんだけどねぇ……。それに何時も面白い喋り方をしてるわねぇ?」
「む? 我は我で、ふつーにしゃべっているだけだぞろーばよ!」
ニコニコと笑いながら声をかけてきた老婆へと我は腕を前で組みながら元気に言う。
しかし、普通に喋ってるはずなのだが……何故誰も彼もなんとも言えない表情をするのだ?
うぅむ、解らん!
首を傾げながらこの場を離れて行くと後ろのほうで、母親と老婆が話すのが聞こえる。
「おや、ディーネさん。ティアちゃんを見守っておるのかい?」
「あ、お婆ちゃん。しー、しーですよしー。ティアちゃんに気づかれちゃいますからっ!」
……残念だが、気づいておるぞ?
そう思いながら、我は放牧されている羊たちの元へと向かう。
『『ンメエエエエエエエエ』』
「げんきにしているかヒツジたちよ! 我がかおをだしにきてやったぞ!!」
『『メエエエエエエ!』』
「フハハッ、いつさわってもフワフワとしているなきさまらはっ! うむ、いいてざわりだ!!」
『『ン、ッメェェェェエ!』』
メエメエ鳴く羊たちに声をかけ、横っ腹や背中を撫でると我の手の平にはごわごわしつつもふんわりとした手触りが伝わり、羊たちは嬉しそうに鳴き声をあげる。
良いのか良いのか? この場所が良いのか!!
「は~~、何時見てもティア嬢ちゃんの手の動きは凄いな……。羊たちが撫でてくれって言って近付いてるみたいだわ」
「ふん、あたりまえだ! 我はヒツジたちにすかれないというのを破壊してやったぞ、どうだせーねんよ!」
『『メェエ、メエエエエェェ!』』
柵に肘をかけながら、羊たちの管理をする青年に我は自身タップリに言う。
同時に羊たちはもっと撫でろ、と言うように我の体へと頭を擦りつけたりする。
「せっかちなヤツらだ! どんどんなでてやろー! さあ、くるがよいっ!!」
「青年って……、年上を敬うことと口調がちゃんとしたら、ティアちゃんは本当に大物になると思うんだけどなぁ……」
そんな我を見ながら、青年は何処か呆れるように言う。
しかし我は口調を変える気など無い。我は我なのだからな!!
一通り撫で回し、羊たちが満足したのを見ながら、我は次の場所へと移動を始める。
とりあえず次は……訓練場だな!
「あ、ディーネさん。何時見てもティアちゃん凄いですね。ほら、あいつらのボスなんてすっげー顔を緩ませてますよ」
「そうねー。けど、凄く毛だらけになっちゃってるわねー……、まあ元気なのは良いんだけど」
母親の困った声が聞こえた。……少し自重するべきだろうか?
…………それは無理だな!
母親には申し訳ないが、困らせてしまおうでは無いか!!
――カン、ギィン! ドガッ!!
「オラァ! ちゃんと防御しろ!!」
「そこ! まだまだ力出せるだろぉ!?」
「諦めるんじゃねえ! やれないじゃなくて、やるんだよ!!」
柵で囲まれた訓練場に近付くにつれ、金属のぶつかり合う音と男どもの雄叫びが聞こえ始める。
おおやっているな。
そう思いながら歩いていくと、我の視界に男どもの訓練の様子が晒された。
ある者は全身に鎧を纏い槍を構えており、ある者はわざと重い装備を着込んで周囲を走り、逆にある者は少ない装備で相手の猛攻を防ぐように頑張っていた。
そんな様々な者たちの中で、ひと際髪があらぶっている男がいた。
「てめぇら! 気合入れろぉ!!」
「「ウッス!!」」
男が周囲が震えるほどの声を上げると、周囲の男どもも同じように返す。
そして気合が入ったのか、男どもの訓練の質が一層上がった。
ふむ……、さすが。と言わせて貰おうか?
「ん、お――、ボスーー!」
「なんだぁ!!」
そう思いながらジッと柵の外から男どもの様子を見ていると、視線を感じたのか男のひとりが我を見た。
そして、あらぶった髪の男を呼び付ける。……待て、やめてくれ、それだけは止めてくれ!
「めーっ、それめーっ!」
「ティアちゃん来てますよーー!」
「なん、だ……と……」
我が止める間も無く、男は我が居ることを告げる。
すると、あらぶった髪の男はギギギッとこちらを見ると……我に焦点を合わせた。
「ティ、ティ、ティ……ティアアアアアアアァァァァァ~~~~~~!!」
タタッ、とたったの数歩であらぶった髪の男は我の元へと辿り着き、雄叫びと共に我を素早く抱き上げた。
サッと取ってはいるが、力はあまり込められておらず……落ちないように丁寧だ。
そして、先ほどのキリッと男どもを見ていた顔とは打って変わって、とっても間抜け面を晒しながら我の頬に自らの頬を摺り寄せてきた。
「どうしたんだティア~。もしかして、パパの勇姿を見に来てくれたのかぁ~~?」
「にゃーーっ! はなせーーっ! 破壊してやるーーっ!!」
「あーもう、ティアは可愛いな~! パパは破壊されちゃってるぞ~。ティアの可愛さにメロメロだ~~!」
すりすりすりすり、とあらぶった髪の男……我の父親はなおも自らの頬を我の頬に摺り寄せる。
正直、薄っすらと生えている髭がチクチク痛い。
くぅぅ……、破壊してやる。破壊してやるぅぅぅぅ!!
そう心から思っていると、背後から気配がした。
「フリートー? 訓練を無視して何をしているのかしらー?」
「うっ!? ディ、ディーネ! こ、これはだな……、む……娘とのスキンシップだ!」
「やーっ! じょりじょりいたい!」
「ティアちゃんは嫌がってるわよー?」
ニコニコと微笑む母親、そんな母親に威圧されてすごんでしまう父親。
そんな父親に追い討ちをかけるように我は文句を言う。
すると父親はショックを受けたのか、我を地面に下ろして少し距離を置いてから……ガクリと膝を突いた。なんというか情けなく思えてしまう。
……が、一応我の父親は今は無き町のタウラスから排出された傭兵の流れを汲む者であり、タウラスの想いを継いだ傭兵団『タウラス』の団長だったりする。
つまりは凄く強い部類に入る人間だと言うことだ。
とてもそう言う風には見えないのが凄いと思う。
…………本当に、そうは思えないのだがな。
心からそう思っていると、母親がパンパンと手を叩いた。
「はいはい、落ち込まないのー。訓練を見てて上げるから、フリートはいい所を見せてティアちゃんにカッコイイって思われないとね」
「そ、そうだな! ディーネ、ティア、見ててくれよ! よっし、てめぇら! もっと気合い入れるぞ!!」
「「う、うぃーーっす!!」」
母親の言葉に気合が入ったのか、父親はあらぶった髪を更にあらぶらせながら立ち上がる。
そしてそれに巻き込まれる傭兵団の団員たちはなんとも言えない表情を浮かべていた。
まあ……、頑張るが良い。
そう思いながら、我は何時の間にか母親に抱き抱えられていた。
とりあえずもう一話二話で現状に話を戻すつもりです。