第34話 勇者は邪悪を破壊する。
お待たせしました。
体が軽い、まるで若かったころの自分の体のように体が軽かった。
タッタッタッと剣を構えながら床を駆ける姿にトゥモロが気づいたのか馬鹿にするように俺を見る。
『なんだい、死ににきたのかぁ? だったら、望みドオリ……殺してやるよ!!』
絶叫のように叫ぶとトゥモロは10本の指触手を伸ばし襲いかかってきた。
だけど、ティアちゃんに与えられた祝福の力なのか、伸ばし襲いかかろうとする指触手が遅く感じられた。
これなら、いける……!
「はああああああーーーーっ!!」
『ムダム――な、なんだその速度はっ!? だが、イクラ速くても全周囲から向けられる攻撃に対処なんて――ぎゃああああっ!?』
一瞬驚いたトゥモロだが、自分の勝利は揺るがないと思っているのか10本の指触手を俺に向けて突き出した。
槍のように素早く鋭い一撃が、10の方向から放たれる。
だが、見えているし……反応も、出来る!!
真正面から貫こうとする指触手へと剣を振り下ろすと同時に足で床を踏みしめ、剣を斜め上へと振り上げる。
振り上げた剣に体が持って行かれないように体勢を整えると更に自分へと迫ろうとする指触手を斬りおとして行く。
「はあああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!! そんな浅知恵の攻撃っ、今の俺には――効かないっ!!」
輝く銀光と共に指触手が斬れ、斬られ落ちた指触手はその場でウネウネと跳ねること無く、クテっと萎れたまま塵と化して行くのが見えた。
これなら、行ける! そう確信し、俺は指触手を斬りおとすと一歩踏み出し――指触手を動かす腕へと剣を振る。
痛みに悶えるトゥモロだったが、俺がやろうとしていることに気づいたのか腕を引く
『や、やらせるモノカァァァァァァァ!!』
「遅い! ――っく、一本だけか!」
『イギャアアアアアアアア!! う、腕が、僕のうでがぁぁぁぁぁぁぁっ!!』
ブォンと引かれるトゥモロの腕、振った俺の剣。
片方の腕を斬りおとしたが、もう片腕は剣が過ぎ去る寸前に後ろへと引かれてしまっていた。
ボトリと落ち、塵へと変化する腕。上がるトゥモロの悲鳴とどす黒い血のようなものが床に滴り落ちる。
その姿を見て……いや、この剣でトゥモロの腕を斬った瞬間理解した。
だからもう完全に躊躇うつもりは無い。
『ち、父上ぇぇぇぇ、母上ぇぇぇぇぇっ! 助けて、タスケてぇぇぇぇっぇぇぇぇぇっ!!』
「「トゥ、トゥモロ……!」」
剣を構え、躊躇を捨てたことに気づいたのか、トゥモロは後ろに居るホープとライクに助けを求める。
そしてたとえどんな姿となってもどんなに性格が歪んでいても子が可愛いらしく、2人は辛そうな声を上げた。
だから俺は叫ぶように言う。
「ホープ、ライク、騙されるな! こいつを斬って理解した、目の前のトゥモロは邪神が創り出した皮だ! 本物のトゥモロの体は別の……多分こいつの核の中にある!!」
「なっ!? そ、そうなのですか!?」
「信じて、良いのね? ブレイブ……」
「信じてくれ、俺はもう……逃げるつもりはないから!!」
トゥモロを見続けているから、俺は後ろでホープたちがどんな顔をしているのかは分からない。
だけど、信じて欲しいと心のどこかで思っている。
そしてトゥモロは肉親が裏切るはずがないと思っているのかニヤニヤとした笑みを浮かべてた。
「分かりました。ブレイブさん……僕はあなたを信じます。だから、トゥモロを……助けてください!」
「わたくしも、あなたを信じるわブレイブ。だから、トゥモロを……」
「ああ……、任せろ!」
『ナッ!? チ、父上、ははうえも……ボクよりも、こいつのことを信じルのデスかっ!?』
後ろから聞こえる声に返事を返し、駆け出す。
一方でトゥモロは2人の言葉が信じられないとばかりに戸惑いの声を上げる。
そのためにトゥモロは俺への対処が遅れた。
「もらった!」
『く~~っ!! ヨクモ、よくもよくもよくも、お前が、オマエガおまえがいるから、ティアも父上も母上もぉ!! ころす、ころすころすころすころすぅぅぅぅぅ~~~~!!』
斜め下への斬撃、その一撃でトゥモロの体が斬られるが……奴は痛みを感じていないとでも言うかのように、口から怨みを放つと同時に、狂気――その一言としか言いようが無いほどのそれが俺を睨み付けるトゥモロの瞳には感じられた直後、まだかろうじて人だった姿が土のように蠢き始めた。
いったい何が起きるのか、身構えた俺へとトゥモロは大量の触手を伸ばしてきた!?
『おおおおアアアアァァァァ、しね、死ねぇ、シネェ~~~~!!』
「くっ!! 数が多い……! けど、逃げはしない!!」
鞭のようにしなる触手が床を打ちつけ、刃のように鋭さを持った触手が横に薙ぎ、槍のように鋭い触手から高速の突きが放たれていく。
「くっ、さっきまでと攻撃が全然違う……!? ――ぐああああっ!!」
その度に回避し、剣で弾き、剣の腹で逸らしていく。
けれど、何度も襲いかかる触手に体力が徐々に削られ始め、傷がつけられ、肩を揺らしながら口から荒い息が洩れ始めた。
「ぜぇ、ぜぇ……ま、まだだ……まだ、倒れてたまるか……。死んでたまるか……!」
『アギャギャギャギャギャギャギャッ! シネッ! シネシネシネシネシネジネジネジネェ~~~~ッッ!!』
死なない、死んでたまるか。そう思っても、体が重く思うように体が動かない。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、トゥモロは歓喜の笑いを上げながら無数の触手を伸ばす。
しかも今度はただ単に指触手を伸ばすのではなく、俺を苦しめていた様々な形状に変化させた触手をだ……。
それぞれの触手をかわしたとしても別の攻撃が飛び、確実に俺を嬲り殺すような攻撃。
「ブ、ブレイブさん!!」
「ブレイブーーーーっ!!」
その様子が背後からも見えているようで、ホープたちの声が聞こえる。
そして俺は触手に潰され斬られ貫かれる……はずだった。
だが、俺の体に触手が当たる瞬間、触手が砕けた。
「――え?」
「ゆ、ぅ……しゃ! ふがい、ない……。ふがいない……ぞっ!」
「ティ、ティアちゃん!?」
声がし、振り返ると彼女が立っていた。
けれど血を流しすぎたからかふらふらとし、顔も青く見えた。
だが、その瞳には強い意志が感じられ、俺を見ていた。
「助けると……言ったのなら、うごけ……! そして、死ぬな……!!」
「っ!! ありがとう、ティアちゃんッ!!」
「破壊はした……だが、すこししか、もたない……ぞ…………」
バタッという音が背後から聞こえ、それがティアちゃんが倒れた音だということには気づいていた。
けれど、俺は振り向かない。ティアちゃんが作ってくれたチャンスを無駄にしないために!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおっ!!」
周囲を震わせんばかりの咆哮を上げ、俺は駆ける。
突然触手が砕けたことに戸惑いを見せていたトゥモロだったが、近付く俺に気づき再び触手を伸ばし俺へと襲いかかる。
だけど止まらない、止まるつもりは……ないっ!!
紙一重で避けていく触手、けれど避け切れずに頬や腕、肩、脚、いたるところから血が零れる。
痛い、だけど……助ける!
俺が決めた。ティアちゃんが助けてくれた。だから、逃げない。前に進む!
『ヤ、ヤメロ、クルナ! クルナクルナクルナクルナクルナアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァッッ!!』
「消えろぉぉぉぉ! 邪神ーーーーッ!! はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああっ!!」
『ギャアアアアアアアアアアアアァァァアアアアアアアアアアーーーーーーッ!!?』
全力を出し、俺はトゥモロの……いや、邪神の核へと剣を突き立てる。
直後、謁見の間――城全体へと邪神の悲鳴が響き渡り、空間を震わせた。
邪神の最後の抵抗ともいえるそれに怯えること無く、突き立てた剣を核に押し込んでいく。
『GAAAAGYAAAAAAGYAAAAAAAAAAA!!』
「うる――――さいっ!!」
耳障りな悲鳴のようなそれを黙らせるように叫び、足を踏み込む。
踏み込み、核にヒビが走り――更に腕に力を込める。
――いけ、勇者。
――やっちゃえ、ますたぁ!
ティアちゃんとウィッシュの声が耳元に聞こえる中、俺は込めた力を解き放つように押し込んだ剣を振り下ろした。
ズバッ! と聞こえるほどの速度で剣は振り下ろされ、核が、不気味な肉塊の胴体が斬られた。
そして……斬られた箇所から銀の光が、聖剣の輝きが放たれ――邪神の体を包み込んだ。
『ウ、うGYAAAAアアアアアあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああAAAAAAAA!!!』
邪神の悲鳴が上がり、グズグズと肉塊が滅びていく。
その光景を俺たちは見続け……、やがて銀の光が消え去るとそこには呆然と立ちつくすトゥモロの姿があった。
「や、った……! あ…………」
トゥモロの姿を見て張り詰めていた気が緩んだのか、体から一気に力が抜けてその場に倒れ込む。
そして、意識も遠くなり……遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる中、意識は闇に呑まれていった……。
戦い終了。