第31話 メイドは因縁を破壊する。
お待たせしました。
正直、自分が悪い。自分が悪かったんだ。そんな会話は聞き飽きた。
何かきっかけがあったら我はキレるだろう。そう思っていた矢先に馬鹿王子が現れた。
なのでキレた。深く静かにキレて、この馬鹿をここまで放置していた2人を見る……というよりも睨み付ける。
睨み付けられた2人は、自らの罪に気づいたのか何も言えずに視線を逸らすばかりだ。
「ティア、キミはさっきから何を言ってるんだい? 勇者で王子でもある僕が暗殺者を雇ってこいつを殺したと言うのか?
ふざけるのも大概にしてくれないかな?」
罰せられることはない、そう思っているのか……それとも確信して居るのかトゥモロは我に対してそう言う。
……あまりにも馬鹿すぎて何も言う気にもなれない。しかもこの両親は自らの罪をどうにも出来ないと考えているのかやはり視線を逸らすばかりだ。
ならば自ら言わせて手を出してもらおうか。
「ふざけているつもりはないですよ? だって、わたくしアンタレスに殺されかけましたから」
「は? あ、あいつ、ティアは連れて来いと言ったのに何勝手なことをしてるんだよ!!」
「これでも貴方がたは眼を背けるのですか? いい加減、親としての自覚を持ってください!!」
我が殺されかけたと知るや否や、忌々しそうにアンタレスのことに対して腹を立てる。
そんな馬鹿を見ながら、我は2人に怒鳴りつける。
けれどこの2人は苦しそうな表情をしているが何も言えない。
……ああ、理解した。こいつらは家族という物にさえなっていなかったのだ。
そんな彼らを憐れに思っていると、馬鹿王子は我慢の限界に来たらしい。
「あいつらには後で文句を言ってやるけど、ティアは無事だったんだ。さあティア、おいで! これからは僕がずっと僕が愛してあげるから!!」
「お断りします。あなたの元に行くつもりは端からありませんので」
「……あいつに脅されているだけだろ? でも、あいつはもう死んだんだ。だからキミを縛るものなんて居ないんだよ?」
「元から言っていますが……わたくしはブレイブ様に縛られておりませんでした。ええ、本当に……だって、わたくしに残してくださいましたから……」
我の考えをまったく理解できない。そんな感じに馬鹿王子は我に向けて両手を広げながら言う。
縛るものがない、ね……。ならばこんな行動を取ったら理解出来るか?
そう思いながら、お腹をやさしく撫で……出来る限り嬉しそうに微笑んでみせた。
すると頭の中の芥子畑でも理解出来たらしい。
ついでにライク王妃のほうも驚いた表情を浮かべているのは少々滑稽だと思う。
「な……っ!? ま、まさか……うそだ。うそだうそだうそだぁ!!」
「嘘かどうかはわたくしと、ブレイブ様しか知りません。ましてやあなたなんかには分かるはずがありませんよ?」
「ゆ、ゆゆ、許せないっ、許せない許せない許せないぃぃぃぃぃぃぃ!! こいつが死んだとしても、その死体を八つ裂きにしてやる! そうでないと僕の気が治まらない!!」
髪を掻き毟り、悲鳴染みた雄叫びを上げながら口から泡を出す馬鹿王子。
それを煽るようにして我は2人だけの関係を大事そうに口にする。
すると我と勇者との関係が信じられなかった馬鹿王子の精神は限界に達したようで、腰に下げていた剣を抜くと棺桶に向けて走り出したではないか。
「ト、トゥモロ様、お止めください!! おい、みんな止めるぞ!!」
「「りょ、了解!!」」
「うおおおおおおおおおおおおおーーーーっ!!」
「あ、あ……きゃああああああああああーーっっ!?」
「ラ、ライクッ!!」
騎士の中で馬鹿王子を止める声が響くが、馬鹿王子は止める声も聞き届けずに雄叫びを上げながら棺桶に向けて走る。
だが棺桶の前に逃げ遅れたのかライク王妃が居り、振り下ろされようとしている剣を前に体を強張らせて悲鳴を上げていた。
やはり戦いから離れていたから、こういうときにどうするのかを体が忘れていたのだろうな。
「仕方ない……。勇者! 棺桶はもう開いた。助けたいと思うならば――出て来い!!」
突如室内に響き渡る声、その声が棺桶に届いた瞬間……ピッチリと閉ざされていた棺桶の蓋が唐突に開いた。
そして棺桶の中から死んだと思われていた人物が素早く飛び出し、今まさに振り下ろそうとしていた馬鹿王子の剣と自らの剣を鍔迫り合わせていた。
「う、そ……。ブレ、イ……ブ?」
「なっ!? ブ、ブレイブ……さん? 死んだんじゃ……?」
金属と金属が擦り合う音が聞こえる中で呆然と呟く国王と王妃の声。
まあ呆然とするのは当たり前だろう、何故なら死んだと思っていた人物が突然棺桶を開けて飛び出し、今まさに自分を助けているのだから。
そして、突然現れた勇者に馬鹿王子も驚いた表情を浮かべたが……すぐに醜悪な笑みを浮かべて嗤った。
「へぇ、そっか……生きてたんだ? だったら、今度こそ殺さないと! そうしたらティアは僕のものだっ!!」
「く……っ! ティ……ティア、ちゃんは…………!」
「何だい? あんたは弱いんだから僕に殺されてよ! お前が死んだらティアは今度こそ目を覚まして僕が愛しているのと同じくらいに僕を愛してくれる! 彼女の隣にいるのはこの僕しかいないんだからさあ!!」
「ティア、ちゃんは……お前のものでも、俺のものでもないっ!! 何でそれが、分からないんだっ!? はあああっ!!」
先ほどまで馬鹿王子が優勢だった鍔迫り合いは、勇者の心に怒りという感情が点り始めたのか段々と押し返し……仕舞いには勇者の怒声と共に馬鹿王子の剣は弾かれ、その手から外れた。
ほう、勇者に押し負けたということは、あの馬鹿王子は我よりも弱く……今の鍛えてる最中の勇者よりは少し強いといったところか?
そう思っているとようやく目の前の状況に思考が追い付いたのか、ホープがハッとして距離を取る2人に声をかけた。
まあ主に馬鹿王子にだが。
「トゥ、トゥモロ! やめろ、やめるんだ!! お前はいったい何をしてるのか分かってるのか!?」
「ええ分かってますとも、僕は勇者として困ってる人を助けようとしてるんだから! 今だってティアは僕に助けてって言ってるんだ!!」
「……ティアちゃん、きみは困ってる?」
自信満々に答える馬鹿王子、それに対し勇者は何処か呆れたように我を見る。
だからちゃんと首を振る。
「困っていませんね。まあ……あえて言うならば、わたくしに勝手に好意を抱いて無理矢理迫ってくる自称勇者で馬鹿な王子が大変邪魔……ですね」
「だそうだけど……。トゥモロ、君は自分がどうしてるのかって分かってるのか?」
「ハハハ、何を言ってるんだ? 僕が相手に好意を抱けば相手は僕に好意を抱いてるのは当たり前じゃないか! 相手が嫌がっててもしばらくすれば何も言わなくなるんだからさあ、今までだってこれからだって!!」
「ト……トゥモロ……」
「な、なんてこと……、ここまで……」
馬鹿みたいな自分勝手な馬鹿王子の言葉に、ホープとライクは絶句する。どうやらここまで自分の心が子供が歪んでいることに気づいていなかったのだろう。
正直ここは目を背けずに叱り飛ばすべきだろうが、やはり無理なのだろうな。
そう思いながら、勇者がどうするのかを見ていると……やはり奴は勇者でどうしようもなく純粋な馬鹿だったようだ。
「……いい加減にしろ! 自分が好意を抱いてたら相手も自分に好意を抱く? そんなわけがないだろう!?
俺は相手の、ライクの好意に気づかなかった。彼女が焦っていることにもまったく気づくことは無かった……。だからこうなった! だけどお前の場合は気づいているし、分かってる。なのにその子たちのことを笑いながら踏み躙っていた! 何で人の心を理解しようとしなかったんだ!!」
「うるさいうるさいうるさい! 黙れ、黙れ黙れ黙れぇぇぇぇ!! ティアを奪った貴様に言われるつもりなんて無い! 死ね!! 死ね死ね死ね死ねええええええぇぇぇ~~!!」
「くっ!? う、うわああああああーーーーっ!?」
人の痛みを知る勇者は叫び、馬鹿王子を叱り付ける。
だが馬鹿王子は話に耳を傾けず怒りに身を任せると、勇者に向けて……いや、謁見の間の周囲に向けて魔法で創り上げた炎の球を撃ち出し始めた。
突然のことで驚いた勇者だったが、距離を取って対処しようとしてたが……怒りに身を任せていたとしても勇者を殺したいと思っていたのか馬鹿王子は連続的に勇者に向けて火球を撃ち出した。
ひとつふたつは避けることが出来た。けれど迫り来る火球は増えて行く。
そして増えていく火球に対処出来なくなった勇者の体に火球が命中し体を燃やし、奴の口から悲鳴が上がった。
「っ!? ブ、ブレイブ!! み、水よ、彼を包む火を消して!!」
「ブレイブさん! 癒しの力よ、彼の者を癒したまえ!!」
悲鳴にハッとし、現状を見た国王と王妃はブレイブの火を消し、彼の火傷を癒して行く。
けれどどれらも遅く、威力もない。……やはり実戦から離れた者は弱くなっている。
それを見て馬鹿王子は悲鳴のような叫びを上げた。
「父上ぇぇぇぇ!? 何故、何故こんな奴を癒すのですかぁ?! 僕の邪魔をしないでくださいよぉ!! 母上もっ!!」
「トゥ、モロ……! いい加減に……、いい加減にしなさい!! なんで、何でこんなことを平然とするのですか!?」
「お前は本気で彼を殺そうとしていた……、父としても国王としても、それは見過ごせない!!」
「黙れぇぇぇぇ!! 父上も母上も今更親のような顔をするな! 今まで僕のことを全然見ていなかったくせにぃぃぃ!!」
ようやく叱りつけようと考えたか。そう思ったが、すでに馬鹿王子は聞く耳を持とうとしていなかったようだ。
奴は叫び、その場で地団駄を踏む。……そして、最悪なことを思いついたらしい。
「ああそうだ。父上も母上も殺せば良いんだ。そうすればこの国は僕の物になるし、ティアは王妃様だ。ふたりで子沢山にすればいいんだ……あはははははは」
「っ!! お、お前たち、今すぐトゥモロ様を止めるぞ!! 王子だからと躊躇してたらマズい!!」
「「は――はっ! わかりましたっ!!」」
ケラケラと笑いながら、馬鹿王子は弾かれ床に落ちた剣を掴む。
それを見て騎士たちもハッとし、彼を止めるべく駆け寄ろうとする。
だがそんな彼らを足止めさせるべく馬鹿王子は声高らかに叫んだ。
「おい、スコーピオ!! 聞こえてるんだろ!? 聞こえてるなら手を貸せ! 僕が王になったら報酬をたっぷり払ってやる! だから僕の邪魔をさせるな!!」
「なっ、ス、スコーピオッ!? あの暗殺者集団の!!」
そう叫んだ瞬間、隠れて様子を見ているであろう暗殺者たちが姿を現…………さなかった。
きっと馬鹿王子の頭の中では複数の暗殺者たちが来ることを期待していたのだろうな。
ただし伝令役なのか我と同い年ぐらいの赤い瞳の少女暗殺者が一人だけ何処からともなく柱の後ろから現れた。
多分あの娘が勇者と戦っていた相手なのだろうな。
事実黒い煙を出しながらも少しずつ回復している勇者も少女を見て驚いた顔をしているからそうだろう。
「あ、あの子は……」
「おい、何で他の暗殺者たちは来ない! 報酬払うと言ってるだろう!? 何で来ないんだ!!」
「とと様、とっておきの義手作っているから来るのは無理、他の仲間たちも割に合わない仕事はしない」
「なんだとっ!? 僕の命令を聞け無いと言うのか!?」
「聞けない。正直、契約切りたいってとと様言ってたから、契約切っておくね?」
吠える馬鹿王子のことを無視しながら、少女暗殺者は我のほうを見る。
「あと、とと様がまたやろうって」
「お断りします」
「わかった。伝えておくね。またね」
言うだけ言って、少女暗殺者は立ち去って行った。
それを唖然と我を除いた者たちは見ていた。
だからだろう、その気配に我が気づいたのは。
「これは…………!」
我が気づき、馬鹿王子の背後を見る。
何時の間にかそこに、醜悪な化け物のような姿をした存在が居た。
だが我は知っている。
あれは元同類、邪悪なる存在であることに……!
自分勝手な存在書くのって難産ですよね。