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第30話 勇者は過去のトラウマを破壊する。

お待たせしました。

かつての戦友との再会です。

 棺桶の中、そこで俺は目を閉じている。目を閉じて棺桶の中にいる俺は周りからは死体として見られているだろう。

 更に棺桶の中身が俺だと分からせるように、小さな小窓からは目の下に隈を作って眠るように目を閉じている俺の顔が見えていた。

 けれど……実際には死んではいない。

 この棺桶の中はティアちゃんが力を使って創り上げた特殊な空間となっていて、その中で俺は生きていた。

 しかもこの棺桶の中では目を開けていたとしても小窓から見える顔は眠るように死んでいる状態で見えるらしい。

 他にもこの空間にいる間は食事や排泄も気にしなくて良いそうだ。

 事実棺桶に入って数日経っているけれどお腹が空いたり、トイレに行きたくなるなんてことはない。

 だけど外に出るにはティアちゃんが棺桶の蓋を開けない限り無理だ。ついでに言うと見える範囲は小窓からの辺りだけなので正面と横だからあまり周囲は見えない。


 ……そして俺は今ティアちゃんが村長さんに借りた馬付きの幌馬車で運ばれてヴァルゴ王国の王都に向けて移動していた。


 王都に向かう途中に立ち寄った村々でも俺が死んだことが噂されていたようで、時折俺の死体を見せて欲しいとお願いする人が居て……、ティアちゃんの返事を聞いてから目を閉じる俺を見た人たちは顔を悲しげに歪ませていた。

 その悲しげな顔をする人の中には見覚えがある人も居たし、見覚えのない人も居た。

 邪悪なる破壊神を倒すために旅をしていた時に助けた人がいた。村に帰って初めに行った盗賊退治で捕らえられていた人がいた。

 その人たちは皆悲しげに顔を歪ませながらも、助けてくれてありがとうございました。とお礼を言ってくれた者も居た。

 彼らを騙しているという心苦しさがある。けれど……俺は誰からも見捨てられて嫌われていたわけじゃなかったんだと改めて理解した。


「……良かったな勇者よ」


 ……ああ、良かったよ。俺は嫌われていなかったんだな……。


 周りに聞こえないように呟くティアちゃんの声を聞き、心の中で返事を返す。

 まあ、聞こえてたとしても死人に語りかけているようなものだろうから良いのか?

 そう思いつつ、ゆったりと走る幌馬車に揺られながら数日が経ち、俺たちは王都に辿り着いた。

 王都の入国の際の検問でティアちゃんは俺の死体を持ってきたことと、国王であるホープに謁見をしたいと申請をしたが、渋い顔をされていたようだった。

 知らない者だったらあっさり却下されて追い払われていたことだろうが、彼女は自ら俺のメイドだったことを告げていたからか追い返されることはなかった。


「お願いします。生前ブレイブ様はかつての仲間と会いたいと仰っておりました。ですから、お願いします」

「あー……だけど、だが、まあ……一応上に言ってみるだけ言ってみるけど……、期待しないでくれよ?」

「ありがとうございますっ」


 けれど、根気強くティアちゃんは門番にお願いをすると根負けしたのか門番は自身なさげに返事を返す。

 それに対しティアちゃんは礼をして、俺を乗せた幌馬車と共に入国待ちの馬車が並ぶ停留所で待っていると……すぐに城から返事が返ってきたようで返事を持ってきた兵士と共に城へと案内されていった。

 そしてしばらくして馬車が止まり、浮遊感を感じ視線を向けると数名の兵士によって持ち上げられているのが見えた。

 ズンズンと揺られながら通路を移動し、階段を上り……ドスッと床に下ろされる震動。


「――初めましてホープ国王様、そしてお久しぶりですライク王妃様」


 耳元でティアちゃんの礼儀正しい声が聞こえ、きっとここは謁見の間であると予想する。

 そして今彼女は綺麗なカーテシーを正面に向けて行っているから、そこに2人が居るんだ……。


「初めましてティアさん、その……何時も君のことは息子から話は聞いているよ」

「10年振りですね。……ルフィーネは元気にしていますか?」

「師匠とは村を離れたときから会ってはおりませんが、元気にしていると思われます」


 ティアちゃんに語り掛ける声、その声にドクンと胸が鳴った。

 懐かしい……聞きたくて、聞きたくなかった声だ……。

 友の声と、好きだった者の声……。

 彼らの姿を見たい、だけど見たくない。そんな想いが心の中に渦巻いてくる。


「…………その棺桶に、彼が眠っているのか?」

「はい……、この中にブレイブ様が眠っておられます……」

「見ても、宜しいか?」

「どうぞ……」


 そんな中でホープがティアちゃんに尋ねるのが聞こえ、彼女はそれに対して口元を押さえて悲しそうに頷く。

 ……だが、下を向いているから分かる。口元が笑ってることに……! あと、立ち位置的にスカートの中を見せているのはワザとなのだろうか?

 馬鹿なことを考えていると、カツカツと床を鳴らす音が聞こえ……ゆっくりとこちらにホープが顔を覗かせた。

 十数年振りに見たホープの顔は、あのころと比べると老けていて、苦労が絶えないのだろうか頬がこけてやつれているように見えた。

 これまでどんなことがあったのか分からないけれど、周りを信用できず全然気が休まらない。そんな印象を抱いてしまった。

 そんな友の顔は、眠る俺を見て呆然とし……徐々に顔を歪ませ始めた。

 怒りと悲しみが混ざり合ったような顔だった。


「何で……何で死んだのですかっ! 僕は、僕はまだあなたに犯した罪を許してもらっていないんですよっ!?」


 ボロボロと泣きながら、怒りを滲ませて棺桶に眠る俺へとホープは叫ぶ。

 え……、どういうことだ……? いったいどう言う意味だよ?


「ホープ国王様、それはいったいどう言うことでしょうか?」


 困惑する俺に気づいているのか、ティアちゃんが俺の代わりに尋ねてくれる。

 俺のことを嫌っているけれど、俺のことを一番分かっているのが彼女だと思う。

 そう思っているとホープが静かに語り始めた。


「僕は、許されないことをしました……。だから僕は十数年前のあのとき、ブレイブに殴られることを覚悟していたんですよ……?

 どうしてライクに手を出した。俺はお前を許さないぞ。そう言って罵倒してくれることを期待してたんです。

 それなのに、それなのに……彼は何も言わず僕らの前から姿を消して、ひとり故郷に帰った!

 何度も会いに行こう、会いに行ってライクのことを謝りたい。謝って許してもらえるわけじゃないけど、本当にすまなかったって謝りたいって思っていたんですよ!?

 けれど周りは許さなかった。この国の王となったのだから簡単に頭を下げるべきではないと言った。向こうがもう一度この城に来るまで待つようにと!!

 だけど彼は、故郷に帰ってから一度も王都に来なかったッッッ!!」


 ……そうだったのか、俺は……会いに行くべき、だったのだろうか?

 正直分からない、2人の元に会いに行かなかったのが正しかったことなのか、そうでないのかが……。

 だけど会いに行ったとして、俺はどんな顔を2人に向けたら良かったんだ?


「……ブレイブ様は、お二人に裏切られたと言って、お二人のことを思い出したくないと言って徐々に酒に溺れていました。

 貴方がなんと言おうとも、ブレイブ様はお二人に裏切られたのですから許されないことをしたのです。

 そして、その裏切りの結果がブレイブ様を死に追いやったのです」

「そんなことは分かっている! それでも僕は彼を裏切った代償は払い続けた!!

 故郷にいた婚約者は涙を流しながらも、おめでとうと言って僕を見送ってくれた!

 旅を終えてアクエリアスに帰り、司祭となってゆくゆくはお爺様の後を継いで大司教となる道も消え去った!!

 後に残ったのはライクとの結婚だった。

 子供が出来て……国王の自覚もなんとか出来てきた。なのに妻となったライクは僕ではなく、ずっと故郷にいるブレイブだけを思い続けている!!

 分かりますか……? 愛してもいない相手を、たった一度の過ちで妻としたのにその女性は別の人物のことを想い続けている憐れな男の気持ちを!?」


 慟哭――、どうにもならない想いがホープの中に十数年も積み重なっていったのか……。

 たった一度の過ちで、すべてが壊れてしまったんだ……。


「……でしたら、何故あなた様はたった一度の過ちに手を出してしまったのですか?

 何故ライク王妃様を拒まなかったのですか?」

「そ、れは……」

「ライク王妃様もです。何故貴女様はホープ国王様に体を許したのです? ブレイブ様というものがあったと言うのに、何故?」


 ティアの視線がライクへと向けられる。

 その視線はすぐ近くで、視線を動かすと……彼女が居た。

 当時は気品さもあったが可憐な花のようであった彼女だったが、十数年のときを経て……魅惑的な赤い薔薇のように見る者を引き付ける美しい色気を纏っていた。

 けれど今はその表情には影が落ちているからなのか、人々を引き付ける程の色気は感じられない。

 そんな彼女は何も言わないまま静かに棺桶で眠る俺に近付くとしゃがみ、愛おしそうに棺桶を撫で始めた。


「ブレイブ……わたくしは、行動を移すことに何もかも遅すぎたのですね……。そして、当時は考えも浅かった……」


 静かにライクは俺に告げる……。


「あなたとわたくしの関係は恋人だった。けれどあなたがわたくしに抱く感情は『愛』でも『恋』でもではなく『好き』という感情だった。

 わたくしはそれに気づき、焦りました。だから思いつく限りのことを行いました。

 けれどあなたはわたくしの焦りに気づくことは無かった。だから、ホープにお願いして一晩だけしてもらいましたの……。

 ホープと一夜を共にしたと聞いたらあなたは嫉妬するのか、怒ってくれるのか。そう思っていたのに……たった一度の行為がすべてを壊した。

 それでも、それでもあなたとわたくしの関係が壊れたとしても、何時かあなたの隣にあなたが愛する者が居てその者を連れて、わたくしたちに会いに来てくれることを期待していました。それなのに何で……」


 その言葉をすべて言い終えること無く、ライクは棺桶に身を寄せてすすり泣き始める。

 ライクはライクで、そんな考えを抱いていたのか……。

 いや、そもそも俺にとっての好きと、ライクにとっての好きは違うものだったんだ……。

 すべては俺が彼女に持っていた好意が幼すぎたことが原因だったのか。


 ……はは、俺が招いたことだったっていうのに、俺は裏切られたことだけしか考えていなくて……会うのも怖くなってたんだな……。

 馬鹿だろ、俺は……。


 それに気づき、俺は静かに涙を流す。

 同時に彼らに対しての恐怖も薄れていくのを感じ、同時に申し訳ない気持ちが芽生えていく……。

 だがそんな俺の心境を無視して状況は動いていく。

 ――バン、と力強く閉じられていた扉が開かれ……聞き覚えのある声が響き渡った。


「ティア、ようやく来てくれたんだね!!」


 どう考えてもやって来たのはトゥモロだった。

 ティアちゃんの予想通り……彼は自分の下にようやくティアちゃんがやって来てくれる。なんて思っていたらしい。

 だが、後に続く言葉で現状が分かっていない様子だった。

 それどころか……、


「母上は何故泣いているんだ? ん、それは……何でこいつの死体があるんだ? おい、誰かこれを廃棄しろ!」

「え、あ、いや……その……」

「トゥモロ……お前、なんてことを言うんだ……!」

「おい、速くしろと言ってるだろう! 僕の命令が聞け無いと言うのか!!」


 棺桶に入っている俺がここにいるのが気に喰わないとばかりに棺桶を捨てるように騎士に命じている。

 その言動にホープは絶句し、ライクは信じられないとトゥモロを見ながら目を見開いていた。

 そんな中でちらり、とティアちゃんを見ると静かに怒っているのが見えた。


「……いい加減にしてくれませんか?」

「ティア? そうだよね、いい加減にその死体を廃棄しろと言ってるだろ!!」

「違います。いい加減、あなたのその自分勝手な我侭をやめてくれませんか?

 いい加減ウンザリなんですよ。わたくしに言い寄って無理矢理連れ去ろうとするだけならまだしも、わたくしがブレイブ様にキスをしたことが気に喰わないからといって暗殺者を雇ってブレイブ様を殺すだなんて……わたくし、本当に許せません」


 ちょ!? それ言っちゃう? 自分で言ったら危険だって言ってたよね?

 そう思っていると、予想通りポカンとしていたトゥモロはすぐにハッとして、ティアちゃんに笑顔で向き直る。


「ははは、何言ってるんだいティア? この僕が、勇者であり王子である僕が暗殺者を雇ったというのかい?

 ふざけるのも大概にしてくれないかな? 怒るよ?」

「ふざけてなどいません。今までも抱きたい女が居て、相手が居るから暗殺者を雇って暗殺を行ったり権力で自分の思い通りにしているというのに何故国王様たちが何も言わなかったか判っていますか?」

「決まってる、僕が王子で勇者だからだ。父上も母上も期待してるから、僕のことに口出ししなかったんだ」


 自信満々にトゥモロは言う。

 そんな彼へとティアちゃんはくすくすとバカにするように嗤い始める。

 その彼女の様子にトゥモロは眉を寄せる。


「違います。何も言わなかった理由、それはあなたのことを見ていなかったからです。ですが、お二人は今あなたを見ていますよ? お二方、彼を――お二人からのちゃんとした愛を与えなかった自らの息子を見て、どうですか?

 あなたがたの罪、それはこの馬鹿王子にちゃんとした愛を与えなかったことです」


 そう言ってティアちゃんはホープとライクの2人を見ていた。

 見られた2人は、何も言えず……ただ黙っているだけだった。

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