第26話 勇者は危機を破壊する。
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戦って勝て、そう言ってティアちゃんはその場から去って行くのが分かった。
正直、振り返ってティアちゃんを止めたい。そう思ったが、今視線を逸らすと危険だ。
それが理解出来ていたから俺は動けなかった。
だがそんな俺へと向き合っていた赤い瞳の少女……だと思われる敵が口を開けた。
「止めたら良いのに。とと様と戦って帰れるわけがないのに……」
「……殺される、って言いたいのか?」
「そう。とと様、戦闘狂。戦うの好き、けど気に喰わなかったらすぐ殺す」
淡々と少女は俺に言う。感情が篭っていないからか、何処か冗談のように聞こえるそれだが……きっと本当のことだろう。
その言葉に俺は不安を抱く。けれど、決めたから……止めない。
「いや、止めない」
「どうして? 殺されるのに、あなたも死ぬのに」
「俺は死なないし、ティアちゃんも……死なない」
こてんと首を傾げた少女へと俺がそう告げると、理解出来ないという風にもう一度反対側に首を傾げる。
どうせ理解出来ないだろうな。でも、ティアちゃんは死なないし……俺も死んでたまるものか!
「じゃあ、試して……みる?」
「……や、やれるものならやってみろ……!」
短剣を構えつつ、日常の光景のように尋ねる少女に引きつつ剣を構え直す。
まるで俺の準備が終わるのを待っていたかのように、少女は短剣を構えたまま俺に向けて移動を始めた。
「は、速い!! しかも、読み難い!?」
その素早い移動速度に驚き、戸惑いの声が口から洩れる。
というかこれだけ速い上に気配が感じられない少女、よくもまあそんな攻撃を受けることが出来たな。
そう自分に感心というか幸運に感謝しつつ、目の前の少女を見る。
少女がどんな攻撃をしてくるか、それを見極めないと……俺は死ぬ。
「っ! はあっ!!」
生死をかけた状態、それに対処すべく俺は剣を握り締め……少女の短剣の斬撃を防いだ。
直後、キィ! と金属がぶつかり合う耳障りな音が周囲に響き渡った。
「……攻撃防いだの、偶然じゃなかった?」
「ある意味偶然だけど……やらなきゃ死ぬんだ。必死にもなる!」
「そう。だったら殺すよう頑張る」
そこは頑張らないで! 心から思いつつ、俺は少女をジッと見る。
ジッと、何時攻撃を仕掛けてくるか、不意打ちを行われないか、ジッと見……頬染めて照れられた。
「そんなにジッと見られたら、恥かしい」
「いや、見ないと俺が危ないからな」
「……それも、そう」
……なんだろう、この子と話すとなんというか疲れる……。
い、いや、疲れるけどこれも相手の策略かも知れない! ……そんなことは無いかも知れないけど、それも作戦の可能性だってあるんだ!
緩みそうになった心を引き締め、目の前の少女に向き直る……って居ない?
「っ――う、うをっ!?」
背筋がゾッと寒くなり、その方向を向くと今まさに少女が俺へと短剣を突き刺そうとする瞬間だった。
驚きの声を上げ、俺は足を縺れそうになりながら突きを回避する。
だが回避されたことに気づいた少女は前へと突き出した短剣をこちらを見ないまま横に振るい、俺を狙う。
「あ、危ねぇ!?」
咄嗟に剣を構え、振るわれた短剣を受ける。
というか、運がいいとしかいいようが無いだろう。
「また防がれた」
「……残念そうにしているみたいだけど、きみは表情が全然変わらないな」
「訓練の賜物、そしてこれとと様からの最終試験」
どうだ凄いだろう、と言うかのように少女は赤い瞳を俺へと向ける。
というか、最終試験って俺の暗殺もしくは殺しだよね?
それが分かっているからか、温かい瞳で見ることなんて出来やしない。
そう思っていると少女は短剣を持ちなおし、空いた手にナックルダスターを嵌めた。
「だから、死んで?」
「っ!! う、うおおっ!! ――ぶげらっ!?」
無表情のまま、俺をジッと見つめつつ……少女はこてんと首を傾げながら言うと、俺へと短剣を振りかざしながら跳びかかってきた!
殺されてたまるか、必死に思いながら短剣を剣で防いだが、頬へと放たれた拳は直撃した。
少女の見た目と反して、その拳は重く……首が変な音を立てながら曲がり、体は無様に転げていった。
っていうか痛ええぇぇぇぇぇぇっ!!
頬がジンジンヒリヒリとした焼け付くような痛みを放ち、転げて擦った体も痛かった。
「ぐ、ぐおおおおお…………!! うおおっ!?!?」
その場でゴロゴロと転げ回る俺だったが嫌な予感を感じ、正面を見ると……少女が脚を大きく上げているのが見えた。
そして、足が踏み締める場所が俺の股間であることに気づき、全力で回避した。
同時に少女が振り下ろした足が地面を踏むが……力いっぱい潰されていた。
「残念、外した」
「こ、殺すつもりか!? というか、あんなの受けたら使い物にならねぇよ!!」
「元々殺すつもり、倒れた男はとと様から潰せって教わった」
そうだった。殺すつもりだったんだ。
強烈な一撃を受けたから頭が変になっていたのだろう。
しっかりしろ俺! そう自分を叱咤しながら体を起こす。
そしてこれだけは言わせてもらおう。
「男はそこを潰されたら立ち直れないの! だからそこは狙ったらダメだろ!!」
「……そう? だめなの?」
俺の言葉が本当かと告げるように少女は遠くから戦いを見る暗殺者仲間に尋ねる。
尋ねられた仲間たちは顔を見合わせ、何も言わないまま首を振っていた。
若干数名ほどは股間を押さえて縮こまっている様子から、過去に受けたのだろうと判断する。
判断するのだが……数名ほどは息が荒いのは何故だろうか?
……い、いや、今は戦いに集ちゅ――って、ちょ!?
「立っててもダメェ!!」
「そう?」
暗殺者たちから視線を戻した瞬間、少女が脚を振り上げようとしていて直前に気づいた俺は後ろへと跳ぶ。
というかこのまま気づかなかったら股間蹴り飛ばされていたぞ!?
背筋が寒くなるのを感じていると少女は本当に分かっていないようで首を傾げる。
……あの、戦いってこんな感じだったっけ?
不意にそんなことを思うと同じことを思っていたのか見守る暗殺者数名から少女に声がかけられた。
「お嬢ー、そんなチン蹴りに拘らずにとっととソイツ殺っちゃってくださいよ」
「……わかった。じゃあ、殺すことに集中する」
「――――っ!!」
こくり、と少女が頷いた瞬間――赤い瞳が輝くように俺を見、短剣を構えて距離を詰めてきた!
先程よりも速いその速度に驚きつつも、本能的に剣を前に構えた。
直後、少女の短剣は俺の首を切り裂くために振られるが、剣とぶつかりあい振られた短剣の一撃を防ぐ。
「まだまだ行く」
「!? う、うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!?」
淡々と話す少女は防がれると即座に別方向から短剣を振り、突き、俺を殺そうとする。
必死に見ることに集中する俺はなんとかその剣撃を見て剣で弾いていく。
けれど常時戦場に身を置いていたであろう少女と、10年以上呑んだくれて最近剣を再び手に取った俺……結果は当たり前だった。
「ぐ――っ! くぅぅぅぅぅうぅぅ!?!?」
再び振られようとするたん剣の一撃を弾こうとした瞬間、少女は短剣を引くとナックルダスターを嵌めた拳で俺の横腹を殴り付けた。
その一撃は強烈で、まるで槍に貫かれたかのような痛みが俺を襲う。
焼け付くような痛みに耐え切れず、俺は蹲ってしまい無防備となる……その瞬間、死を覚悟した。
きっと少女の短剣が構え直され、俺の頭を刺すに違いないとさえ予感する。
「それじゃあ、死んで」
「っっ!!」
感情の篭らない声に死を感じ、全身が冷えるのを感じたが……死は、来なかった。
…………あ、あれ?
恐る恐る顔を上げると、少女は俺を見ずに信じられないとばかりに向こうを見ていた。
いったい、何を見ているんだ? 少女の視線の先を追うと……少女が驚いた原因が見えた。
「おう、お前ら帰るぞ」
「とと様? 腕、どうしたの?」
「消された」
「……そう」
右腕が肘の当たりから無くなっている男が立っており、暗殺者たちに帰還を命令していた。
きっとあの男はティアちゃんと一緒に行った人物だ。
あの腕は、ティアちゃんが何かをしたのだろうか?
そんなことを思っていると、男と目が合った。
「面白いな、あのメイド」
「え?」
「殺そうと思ったけど、オレの腕に免じてあいつは生かしてやるよ」
にやり、と男は笑い俺を見る。その言葉でティアちゃんが無事だということが理解出来た。
大丈夫だったということにホッとしていると、少女が暗殺者たちと男の前に出てきた。
見ると数名の暗殺者たちの腕にはティアちゃんが殺した者の死体が見えた。
「とと様、準備は終わった」
「おう、そうか。それじゃあ帰るとするか」
「わかった。…………残念、ばいばい」
男の合図と共に暗殺者たちはその場から素早く消えた。
そして少女も、少し残念そうな顔をしつつ……小さく手を振ってから同じように消えた。
……暗殺者が居たという痕跡は完全に消えているように見えた。
生死をかけた戦いの一方で、若干ギャグなことに……。




