第2話 破壊神は破壊され、おんなのこになりました。
――光、そう……光が見えた。
温かい……、破壊しか知らなかった我が初めて感じる光だ……。
これは、太陽の……光か?
太陽の光はこんなにもあたたかいものだったのか……。
……だがちょっと待て、我は……勇者に倒されたのではないのか?
まさか咄嗟に事なきを得たのか?
……いや、確かに我が領域で我はやつの聖剣によって存在概念を貫かれた。
それなのに、何故我は生きているのだ?
ッ!! まさか、最高神が……何かをしたとでもいうのか?
「あぅあ……!」
そう思いながらいったいどう言うことだと声を上げると……聞き慣れない声がした。
な、なんだ……この声は? まさか、我の声だと言うのか? 空間を振るわせるほどの雄雄しい声ではない声がかっ!?
そしてゆっくりと目を開け、焦点が合わずぼんやりとした視界で恐る恐る、筋肉が隆々しているはずの我の逞しい腕を見ると……そこには小さく愛らしい、破壊神とは似ても似付かぬ幼い手のひらが見えた。
……何をしたっ!? 最高神、いったい我に何をしたのだっ!?
「あきゃう! あきゃう、あきゃあ!」
「あらあら、ティアちゃん、おっぱいでちゅかー? それとも、おしっこでちゅかー?」
我が暴れていると、女が近づいてきた。
我には外見の美醜は良く分からない。……が、なんというか女から感じるのは我が感じたことのない感情だった。
どうやらアレは母親、というものだろうか? そう思っていると、母親は我の股をポンポンと軽く叩き、そこに顔を近づける。
「ん~、おしっこでもうんちでもないでちゅかー。それじゃあ、おっぱいでちゅかー?」
「あぅぅ、あうん!」
違う、そうではない。そうではないのだ!
我は必死に首を振るが、母親は分かっていないらしく服を巻くって乳房を我へと近づけた。
すると女特有の柔らかな乳房が視界に現れると……、我の意思とは関係なくその先端へと口を付けてしまっていた。
そして、ゆっくりとちゅばちゅばしゃぶりはじめた。
「ちゅばちゅば……あぅぅ…………♪」
「うふふ、良く飲んで元気に育つのよー♪」
「あぅぅ……、きゃっきゃ♪」
むぅぅ……、いったい何なのだ? 何なのだこの感情は……?
まさか、これが嬉しい。という感情なのだろうか? それに、安心しているのか……?
そんなことを思いながら、我は母親の微笑みを見て……喜んでいた。
――――が、突如カクン。とし始め、ぼんやりとし始める。……どうやら眠くなってきたらしい。
まった、く……。どうして、こうな…………くぅ。
半年が過ぎた。
……と思う。我自身時折眠ってしまっていたから実際どれだけ経っているかは理解出来ないが、多分そう思う。
その間に理解したのは、今の我の名前は『ティア』という名前らしい。
生まれてもうすぐ一年とのことだ。……つまりは半年ほどで我の意識は目覚めたのか。
まあ、それはそれとして……悲しきことがある。それは今の我は女なのだ。もう一度言う、女なのだ。
もう体の何処にも、我が破壊神だった頃の素晴らしい筋肉はない。……ないのだ。
「あぶぅ……。ぶふぅ」
「ティアちゃん、怒ってまちゅねー。それじゃあ、ママといっしょにお散歩にいきまちょうかー」
「あきゃい!」
筋肉が無くなったことにムスッとしていると、母親が我を抱き上げて家の外へと歩き出す。
我の母親、父親や近隣の人間どもからの話を聞いた限りだと名前は『ディーネ』という名前のようだ。
性格は優しく、ちょっとやそっとのことでは驚かない豪胆な精神の持ち主だ。
髪は長く後ろでひとまとめにしており、体付きは……異界語で言うところのすれんだー。というところだ。
「そんなにジタバタしちゃだめよー。さ、それじゃあ行きまちょうねー」
別段外に興味があるわけではない。
けれど母親にはそれが伝わらないようで、じたばたする我とともに外へと出ると歩き出す。
外は木で造られた簡素な家々が所々にあり、村の住人たちが色々な活動を行っていた。
ある者たちは畑を耕し、ある者たちは囲まれた柵の中で羊たちの毛を刈っている。
少し離れた所では風に乗って、金属がかち合う音が聞こえる。そしてそれらを振るっている者たちの声も。
「今日は何処に行きまちょうかー? パパたちの訓練に行きまちゅー? それとも羊さんたちを見ましょうかー?」
「あにゅぃ、あにゃあ!」
「ん~……、お花を見に行きましょうかー♪」
母親が我に選択肢を与えながら、チラチラと周囲を見渡す。
まあ、母親は分かっていないと思いながら言っているのだろうな。そう思いながら手をブンブンする。
それでどうやら我の手は花のほうを指していたらしく、母親はそちらへと向かう。
そんな母親を村の知り合いたちは手を振り、母親も声をかける。
その姿を見ながら、我は産まれた村の周囲を見渡す。
「きょろきょろしちゃってー、ティアちゃん可愛いでちゅねー♪」
「あだぁ」
から返事をしながら、我はこの村のことを考える。
度々母親が散歩に連れ出していって解ったこと、それはこの土地はかつて牧羊を生業としていたアリエス村と凄腕の傭兵を輩出することで有名だった町『タウラス』の中間にある村らしい。
そして、してい【る】ではなくしてい【た】とか、有名【な】ではなく有名【だった】という理由は簡単だ。
もうその2つの村も町も無いのだから。
邪悪な破壊神……つまりは我が勇者との戦いで戯れに消し去ったのだ。
当時は村や町の名前なんて知るわけが無かったのだが、その土地を消し去ると勇者たちは怒りの炎を燃やしていた。
けれど、当時の我には他愛の無い行為であったし、彼らの怒りも理解できるわけが無かった。
破壊こそが全てだったのだから。
「はーい、お花畑に到着でちゅよー。どうでちゅかー? 綺麗でちゅねー♪」
「あばぁあ、ぶにゅい!」
そんなことを思っていたからか、母親の声に反応し我が母親が指差す方向を見る。
すると、そこ……荒れ果てた地面一面に白く小さな花が咲いているではないか。
一面の白い光景に、我は目を奪われ……体が喜びを感じているのか、思わず声が上がってしまった。
「うふふっ、喜んでくれて嬉しいわー♪ もう少し大きくなったら、ご飯を持ってピクニックに行きまちょうね~♪」
「あぃ!」
……むぅぅ、人間の精神が強くなっているのだろうか、破壊しか知らなかった我は戸惑うことばかりだ。
そう思いながら暫く花を見ていると、母親も満足したと思ったらしい。
「それじゃあ戻りまちょうね~~。帰ったらおねむの時間でちゅよー」
「あぅぁ」
返事をすると母親は喜ぶ。だから我は返事を返すのだが……、やはりまだ慣れない。
そう思っていると、行商人が来ているらしく村の者たちが集まっているのが見えた。
母親も気づいたらしく、我を抱き抱えたまま少し近付いた。
そこでは魚を干した物や、調味料があるようでそういった嗜好品が欲しい者たちが金を出して買っているのが見える。
けれど、そんな者たち以外にも人が居る。
それは何故か? 簡単だ。行商人による情報が欲しいからだ。
「さあさあ、買った買った! 安いよ安いよぉ! 今回はお祝いだぁ! なんったって、世界を救った勇者一行の宗教国家アクエリアスの大司教のお孫さんの僧侶ホープ様と魔法使いでヴァルゴ王国の姫であるライク様の結婚っていう目出度いことがあったんだからなぁ!!」
「へぇ、そりゃ目出度い! 商人さん、そこの干物を売ってくれ!」
「毎度ぉ! しかもだしかも! 2人の間にもう子供が出来たって大賑わい! こりゃあ、両国の平和は確実だねぇ!!」
「「そうだねぇ!」」
和気藹々と村の者たちは商人と話をしながら色々と買いこんでいく。
それを見て聞きながら、我を倒した勇者達のことを思い出していた。
……というか、勇者の話は出ていないな。
と、そんなことをふと思った。