第25話 メイドは障害を破壊しようとする。
ブクマありがとうございます、感想ありがとうございます。
ボス戦です。
勇者が赤目の女の短剣を弾いた瞬間、我は動こうとした。
だが、前から発せられる気が振り返ることを許さなかった。
他の暗殺者と同じように黒い衣装を身に纏った男。
けれど他の暗殺者とは違った気配を纏っていた。
それで理解した。
目の前の暗殺者は他の暗殺者たちを引きいている存在であると……。
今飛び出したとしても、勇者に加勢したとしても防がれるし邪魔をされると理解もした。
「……ついてこい」
その暗殺者は我にそう言うと歩き出した。
……つまりは邪魔はさせない場所で戦う、と言っているのだ。
「我が離れたところで、全員で勇者を殺すのではないのか?」
「それはない、これ相手はこいつだけで十分だ。他に邪魔は入らない」
「……分かった。聞いたな勇者よ。貴様はなんとしても目の前の女と戦って勝て」
「え、あ……わ、わかった」
我の言葉に戸惑っていた勇者だったが、頷いた気配を感じられた。
その勇者の言葉を信じて我は暗殺者の後について歩いていく。
そして、付いていった先は……村の広場だった。
「……ここなら広いだろう」
「貴様、どういうつもりだ?」
「決まっている。貴様との戦いだ」
暗殺者はそう言って我を見る。
……それは紛れもなく本当のこと、そう理解出来た。
同時に目の前の存在は戦闘狂いであることも理解出来てしまった。
「待て、貴様はあの馬鹿王子で人が決めた勇者の依頼を受けたのだろう?
多分内容は勇者の殺害及び、我を連れて行くこと」
「そうだ。だがオレの仲間を簡単に殺すのを見たら、戦いたくなってきた。問題ないだろう?」
これはどう見ても、依頼主に死体を差し出すつもりだ。
「ならば、やるしかない……みたいだな」
「そうだ。死を賭けてオレと戦え」
暗殺者は言いながら、自身の獲物であろう刃の付いた手甲を構える。
あまり使われることが無い武器らしいが、その姿には隙はまったく無い。
その姿を見て、我は簡単には終わらないことを理解した。
『……ウィッシュ、きっと力を使うだろうが……貴様は表に出るな。貴様だと簡単に殺される』
『わ、わかったよ……。てぃあ、きをつけてね』
『……気をつける』
心の中でウィッシュと話を行い、我はマチェットを構える。
本気の戦いが始まる……。
そう思いながら、自然と息を呑みこんでいると、思い出したように暗殺者が口を開いた。
「言い忘れていた。オレの名はアンタレス。スコーピオのアンタレスだ。ああ、そっちは別に名乗らなくてもいい、どうせ死ぬのだからな」
「……メイドのティアだ。生憎だが死ぬつもりも貴様に殺されるつもりもない」
「そうか。だったら、生き延びてみせろッ!!」
アンタレスは口元に笑みを作りながら、我へと跳びかかってくる。
まずは小手調べ、と言うように手甲の先の刃で我を穿とうとしているようだった。
それを見ながらマチェットを逆手に構えると、吹き飛ばされないよう足に力を込めて地面を踏み締める。
直後、腕が振るわれる度にキンキンキンと金属と金属がぶつかり合い、激しい音が周囲に響き渡った。
音の原因は我の握るマチェットとアンタレスの手甲の刃がぶつかり合う音。
拳が突き出され、マチェットで弾き――。刃を振るうように拳が振るわれ、マチェットで打ち合う――。
反撃を行おうとするも相手に隙は見られず、防御するだけで手一杯だった。
更にアンタレスの刃が我の刃にぶつかり受ける度に、マチェットを握る両手と時折刃を越えて対処するために防御したガントレットを通じて腕に痺れが起きる。
くそっ、こういう完全に防御するよりも基本的に回避するほうが我には合っているのだが……回避したとしても向こうの攻撃が速かったら意味がない。
事実アンタレスの追撃は速いだろう。それを理解していたから我はこの方法を取った。
そして、隙が見えた瞬間――我はマチェットを横に振るい、黒い軌跡を走らせる。
だがアンタレスは我の攻撃を後ろに跳ぶことであっさりと避けた。……それを見て、奴が見せた隙はわざとであることを理解した。
「くくっ、これしきの攻撃じゃあ防御は崩せないか」
「あ……当たり前だ! だがお返しにこちらから行かせてもらうぞ!!」
戦うことが楽しい、まるでそう言うかのようにアンタレスは口に笑みを作りながら、距離を取った場所から我を見た。
くそっ! この戦闘狂が……!!
だがお返しとして、我は距離を『破壊』し――、一気に間合いを詰めると最速の一撃を放つ。
けれどアンタレスは一瞬驚いた表情を浮かべたが、我の一撃を手甲の先に付いた刃で受けた。
「面白い技を使うな。だが――軽いな」
「――っく!!」
そして我の攻撃のお返しとばかりに、空いたもう片方の手を我に向けて突き出した。
突き出された一撃をクルリと回ることで回避し、再び距離を『破壊』しアンタレスから距離を取る。
距離を取ると同時に素早く太ももから投げナイフを2本抜くとアンタレスへと投げ付ける。
銀の軌跡がアンタレスに向けて走るが、奴は腕を振るいナイフを弾く。
「小手先の技は通用しないぞ?」
「だろうな!! ならば数で押させてもらおうか!!」
叫ぶと共に我は再び距離を『破壊』し、同時に時間も『破壊』した。
その瞬間、周囲は遅くなり……時間を破壊した世界に我は立つ。
だが何度も破壊を行ったからか、頭痛がし始めている。一気に片を付けるに限るだろう。
「はあああああっ!!」
気合を込めて叫ぶと同時に、我はアンタレスに向けて一気に近付くと正面からの突きを放つ。
突きを放ったマチェットを引くと同時に横から斜め下から上に向けてマチェットを振るい、返し刀で斜め上から下へと振るう。
振るったマチェットを引くと、もう片手のマチェットを逆手で掴み反対側から斜め下から上へと振るう。
そしてトドメに両手のマチェットをアンタレスへと左右から放った。
それは一瞬の出来事であり、時間の『破壊』が世界によって修復された瞬間、相手はこの攻撃を一度に受ける。――はずだった。
――キンキンキンキンキン、キキンッ!!
「なっ!!?」
世界に時間が戻った瞬間、我の攻撃がアンタレスを襲う。
だが奴は驚く様子も見せず、手甲とその先にある刃で斬撃を受けていき……左右に振るい奴を狙った我のマチェットと打ち合っていた。
倒せた自信があった。だからその結果に我はショックを受けていたようだ。
同時に目の前のアンタレスは、父と同じ達人と呼ばれる存在であると理解した。
……いやむしろ、あの親馬鹿よりも遠慮というものが無い分……強い。
心で舌打ちをしつつ、目の前の敵を睨む。
だがアンタレスは当てが外れた。と言うように我を見ながら……溜息を吐いた。
「はぁ……、スコーピオの暗殺者をあっさり殺してるから強いだろうと思っていたが、見込み違いだったか?
さっきと今の曲芸は凄いって思ったけどな……」
「知るものか。貴様の相手が出来る人物が居るとすれば、我の父ぐらいだろうな」
「父? ああ、そういえば鼻息荒い依頼主が言ってたな。あんたがタウラスのリーダーの娘だって……あ、そうだ」
いいことを思いついた。まるでそんな感じの表情をアンタレスは浮かべた。
その笑みは無邪気、そうまるで玩具を見つけた子供のように無邪気な笑みだった。
その笑みを見た瞬間――頭の中に警鐘が鳴った。
初めての経験、だがそれに従うべきだ。直感し、離れようとした――だがそれは遅かったようだ。
「――――こふっ!?」
腹に、衝撃が走った。
何が……おきた?
分からない、分かるのは、何時の間にかアンタレスが、我の腹を殴りつけていることだけだ。
「が、あ――」
殴られた? 我が?
それを理解した瞬間、メキメキと激しい痛みが腹を、体を襲った。
この痛みからして、今の一撃で骨が折れたであろうことが分かった。
そこへ更にアンタレスはめり込ませた拳ごと我の体を斜め下へと押し付け、地面へと叩きつけた。
「か――――はっ!!」
「こいつの死体でも持っていけば、タウラスの奴らも本気で殺しにかかってくれるよな? そう思うだろ?」
肺の中の空気が完全に洩れる。両手に握り締めていたマチェットが手から抜けた。
同時に痛みが全身を襲う、久しぶりに感じる痛み。
いや、死の恐怖を感じさせる痛みは……初めてだ。
情けなくも痛みに体を丸めさせて、痛い痛いと叫びながら転げ回りたくなる。だが、それさえも行わせないほどの痛み……。
……どうやら父は、本気で我を殺すような真似を訓練で行わなかったようだ……。
考える余裕はある。動け、動け……我の体、起き上が――――!
「ごびゅ――」
「誰が動いていいと言った? お前はオレの期待を裏切ったんだ。だから、タウラスの奴らと戦わせるための生贄になれ」
体を動かそうとした瞬間、殴られて押し潰された腹は再び……いや、先程よりも強烈な痛みを受けた。
アンタレスの足が腹を力強く踏み潰してきたのだ。
口から変な声が洩れ、グリグリと踏み潰される腹はグチャグチャに掻き回された。
「ぐ――ぅ、え……! うぉぇえ……!?」
圧迫され、激しい腹の痛みと同時に腹の中の物が逆流したのか、口の奥から酸っぱい物が込み上げてくるのが分かった。
その味に耐え切れず、口からゲロを吐き出してしまう。
簡単に倒されてしまったことへの屈辱、迫り来る死の恐怖、我は……我は弱いのか?
何かが心の奥の何かが折れかかっているような感覚、それを感じていると……アンタレスは再びつまらなさそうに我を見てから、我の首を片手で軽く押さえてから掴むと、そのまま我を持ち上げた。
「あひゅ……あ、あ…………ぁ……」
持ち上げられた瞬間、自身の体の重みで首が絞まりだした……。苦しい、でも何も出来ない……。
何も出来ない絶望が心を満たし、首を絞められ……考える力が徐々に失われていく。
体からも力が抜け……、緩くなったのか……またが、あたたかい……。
われは、しぬ……の……か?
少しずつ近づいてくる己が死、それが理解でき……寒気を感じる。
その寒気の中、やつのかおが……うかんだ。
われがにくみ、しあわせにして、それをはかいしてやると……いってやったやつの、かお、が……。
『てぃあ……、だめだよ……あきらめたら、だめだよ……。
だって、あきらめたら……ますたぁ、なくよ?
だからてぃあ、いきなきゃだめだよ……!』
あたまのなかに、こえがひびいた。
そう、だ……。しね……な、い……。
われは、しにたく……な、い。
やつの……しあわせを、はかい、するまで……は……。
だか、ら――――。
今回の戦闘能力、分かり易く言うと前世魔神ブ●だったクリ●ンが、セ●かクー●に挑んだレベルです。(多分
次は勇者のほうに移ります。