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第22話 勇者はメイドの隠された素性を破壊する。

ブクマありがとうございます。

「うーん、どうしようか……」


 唸るように呟きながら俺は現状どうするべきかを考える。

 というか久しぶりに自由な時間だけど、やりたいことが思い浮かばない。

 家の中で体を休めてボーッとしていようかと思っていたけれど、ティアちゃんに追い出されたし……。

 というか、何をするつもりなんだろうか? 手間のかかることをするって言ってたけど。


「いったい何をするつもりなんだろうな。……まあ、俺に分かるわけがないか」


 ティアちゃんが何をしようとしているのかは少しだけ気になる。だけど分からないなら仕方ない。

 なので村の中をブラブラすることにしようか、それとも酒は飲めなくても久しぶりに【ジェミニの杯】に行こうか……。


「よし、ブラブラしながら行くか」


 そう結論付けると俺は【ジェミニの杯】に向けて歩き出した。

 ……のだが、何故か何時もよりも俺を見る村人の数が多いのは何故だろうか?

 昔から居る人たちは俺を指差して驚いた様子を見せているし、若い子たちは首を傾げながら俺を見ている。

 どういうことだ?


「うーん、謎だ」


 いったいどういうことだと思いつつ首を傾げていると、目的地である【ジェミニの杯】に到着した。

 久しぶりだけど、酒は飲めないんだよなー。まあ、話するぐらいは問題ないか。

 そう考え、俺はスイングドアを押し開けて中へと入った。


「いらっしゃぁい。……新規のお客さんかしらぁ? でもぉ……うぅん」

「いや、新規の客じゃなくて俺だけど、ラストさん?」

「え? その声って、ブレイブさんかしらぁ?」

「そうだけど? って、どうしたんです?」


 何時ものようにのんびりと手を振るラストさんい声をかけたけれど、しばらく来ていない間に顔を忘れられたのだろうか? それとも払う金がない奴は客じゃないってことだろうか。

 商人らしいラストさんの対応にちょっぴり悲しく思いつつ彼女を見ると、なんというか何時も感じさせる余裕的なものが感じられなかった。

 うん? というか、心成しか顔が赤いような……。


「これよこれぇ……! あーし、こういう感じに歳とった姿を見たかったのよぉ」

「ラ、ラストさん? どうかしたんですか?」

「な、なにかしらぁ!? ど、どうもしないわよぉ!!」

「は、はぁ……」


 なんか一瞬女性がしてはいけないような顔をしてたような気がしたけれど気のせい、だよな?

 そう思いつつラストさんが正気になるまで見ていると、踏ん切りがついたのかコホンと咳をしてから俺を見てきた。


「ブレイブさん、何ていうか……変わったわねぇ」

「そうか? 俺自身は変わった気がしないんだけどな」

「変わったわよぉ! 髪形も変わったし、ボサボサだった髭もなくなってる。そしてなにより、たっぷたぷだったお腹も引き締まってきてるじゃないのぉ!!」


 興奮しながら語るラストさんに少しだけ引いていると、でも……と呟いて俺へと微笑んだ。


「やっぱり、あのメイドのお陰で立ち直ったのねぇ」

「まあ……そう言うこと、になるんでしょうかね」

「そういうものよ。それで、今日はどんな用事で来たのかしらぁ? もしかしてお酒を呑みたくなってきたのぉ?」

「それは魅力的だけど、正直ここ最近呑みたいって気が起きないんだよなぁ」

「そうなの? それは良いことよぉ、酒に逃げたいって気持ちが起きないことはぁ」


 ラストさんはそう言って何処か嬉しそうに微笑んだ。酒場の店主としてはダメだろうけど、そう言ってくれるのは少し嬉しく思う。

 けど、本当に呑みたいって気が起きないんだよな。……呑んだら怒るだろうし、そもそもが呑みたい気分も起きない。

 一人じゃ無くなったから、だろうか? 不意にティアちゃんの姿が浮かんだけど、どうなんだろうな。

 そんなことを思いながら、俺はここに来た目的を口にする。


「ここに来たのは、簡単に言うとティアちゃんに追い出されたからかな」

「なるほどねぇ、邪魔しちゃ悪いわよねぇ。それで何か飲むかしらぁ?」

「それじゃあ、お茶か果実水でもくれないか? ここ最近は飲み物は水だけだったからさ」

「わかったわぁ。それじゃあ、カウンターにでも座ってちょうだぁい」


 ラストさんに誘われるがままに俺はカウンターに座ると、飲み物を待つ。

 ……何というか、珍しいな。こういうのって……。

 そんなことを思っていると、ラストさんが語りかけてきた。


「そういえば、あのメイドさん……ジェミニの情報網で調べたら面白いことがわかったわよぉ」

「面白いこと?」

「えぇ、彼女の家族構成とか色々ねぇ。聞きたいかしらぁ?」


 そう言いながら、ラストさんはクルリとこっちを見てきた。

 彼女の表情は、聞きたいんでしょぉ? と俺に言っているように見えた。

 ……ティアちゃんのことか、ここは素直に聞くべき……かと思う。

 だけど――、


「いや、やめておくよ。ティアちゃんが話さないってことは話したくないか、どうでもいいことだろうからさ」

「あらぁ、そうなの? ちょっと残念ねぇ、偽情報でも混ぜてからかってあげようかと思ったのにぃ」

「あ、あはは、そうなんだ……っと、ありがとう」


 残念そうに溜息を吐くラストさんに苦笑しながら返事を返していると、温かいお茶が入ったカップが差し出された。

 それを受け取るとじんわりとした熱さが手のひらに伝わる。久しぶりに熱い飲み物だと思いつつ、カップを顔へと近づける。

 ……久しぶりに嗅ぐ香りにほぅ、と息が洩れ……ズズッと啜ると水とは違った味わいが口の中へと広がった。


「今は無きアリエスの村長の一人娘のディーネと傭兵団タウラスの次期団長候補だったフリート、その2人の間に産まれたのがあのメイドさんみたいよぉ」

「この話って……、俺は聞く気が無いって言ったんだけど?」


 一瞬何のことかと思った俺だったが、すぐにティアちゃんのことを語っていると気づいて、ラストさんに言う。

 けれどラストさんは止める気が無いようだった。


「あーしが話したいだけだから、聞く聞かないはブレイブさんの自由よぉ」

「……わかった」


 少しだけ、ほんの少しだけ彼女がどんな人生を歩んできたのか、それが気になり俺は口を閉ざした。

 俺の反応にくすりと笑いつつ、ラストさんは話を続ける。


「2つの村と町があった場所の中間に創られた村の中で彼女は育ったけど、ある日勇者の面倒をみたいって言い出したみたいなのよねぇ。

 何かあったのは確実なんだろうけど、うちの情報じゃ手に入らなかったのよぉ」

「そうなんだ……」

「そうなのよぉ。で、彼女の母親のお願いを聞いてかわからないけど、アリエス村長の妻だったルフィーネ様がヴァルゴ王国の王城勤めを辞めて村にやって来たのよ」

「……えっと、今更だけどティアちゃんのお祖母さんって有名……なのか?」


 手紙を送ってきたルフィーネがどんな姿をしているのかは覚えてないけれど、城のメイド長をしていたということしか知らないからラストさんに尋ねてみると……驚いた様子だった。


「ブレイブさんって知らないことは本当に知らないわよねぇ。まあ良いわぁ、ヴァルゴ王国のルフィーネ様は世界が認めるメイドのひとりなのよぉ。

 掃除も一流、料理も一流、洗濯も一流、躾けも一流、彼女が過去にメイドをした三流貴族のお嬢様が公爵家に嫁ぐ話なんて盛られているけど本にもなってるわよぉ。まさにメイドオブメイドっていう女性ねぇ」

「そ、そうなんだ……。凄いメイドなんだな……」

「ええ、だから働く女性の憧れだったりするのよねぇ。で、ルフィーネ様と一緒に夫を失った彼女を支えていた男性も一緒にやって来たわぁ」


 その言葉でルフィーネの夫はアリエスの村長だったことを思い出し、アリエスと共に消え去ったことに気づいた。

 きっと彼女も、大切な人が居なくなったのだから辛かっただろうな……。


「それでその男性というのが、王城の薬学の重鎮だった人なのよぉ。知っているかしらぁ?」

「え? それって、ノウムさん……か?」


 ラストさんの言葉で俺は懐かしい人物を思い出した。

 飄々とした薬学に詳しい男性。けれど最後に会ったのはもう10年以上前なのだからいい歳になっているだろう。

 思えばあの人は変な人だったな……。確か、体力回復のための薬や毒消しや麻痺消し、眠気覚ましとかも創ってたはずだ。

 ……そういえばあの人の作る薬の最終目的って、肉体の本能を高めることでどんな毒も打ち消すっていう物だったなぁ……どうなったんだろう。

 ふとそんなことを思った俺だったが、ラストさんが続きを話し始めたことで現実に戻ってきた。


「そんなメイドオブメイドの下でメイドさんはメイドのいろはを学ぶと同時に、父親のフリートからは傭兵としての戦闘技術、新しい祖父からは薬学を教わったそうよぉ」

「それはまた……凄いな」

「ちなみに興味本位でうちの商売人がそんなに強くなってどうなりたいのかって聞いたみたいなんだけど、勇者の面倒をみるのに必要なことだったそうよぉ」


 やけに強いメイドとか思ってたけどそんなことをしていたのか……。

 というか、俺の面倒をみるために必要なことって……。まあ、あってて良かったかも知れないけど。

 そんな風に思っていると、話は続く。


「そんなある日、というよりも度々ルフィーネ様に王城に戻ってきてほしいっていう要請があったみたいなんだけど断っていたら、王妃様がやって来たみたいなのよねぇ」

「王妃が……」

「そんな彼女に当時幼かったトゥモロ王子もついて来たらしいんだけど、そこで出会っちゃったんだって」

「それは……ティアちゃんに?」


 あの貴族らしい性格をした青年を思い出しつつ、俺が聞くとラストさんは頷く。

 きっと、彼女との出会いは鮮烈的だったのだろう。だから、あんなにも執着していたのだ。

 予測するとそれは当たっていたらしく、村に行って以降トゥモロは勇者という存在に執着した。

 その結果、彼は父親であるホープとその祖父であるアクエリアスの大司教に長い間働きかけて、晴れて勇者となったのだと言う。


「で、勇者になったからあのメイドさんを喜々として迎えに行ったら、既に村には居なくて探したらここに居たっていうことよぉ。

 あ、ちなみに性格のほうは親の愛をまったく与えられなかったことと、誰も彼を止めなかったから自然と歪んでいったと考えているわぁ」


 と言ってラストさんは俺を見た。

 多分、俺の心の整理を待っているのだろう。

 でも特に問題は無かった。


「そっか、のんだくれていたから勇者の称号を剥奪されたんだと思ったらそんな裏があったのか……」

「ええそうよぉ、だから言い方によってはメイドさんが居たからブレイブさんは勇者じゃなくなったのよぉ」

「……いや、それは違う。勇者でなくなったのは俺が酒に溺れていたからだ。だからティアちゃんは悪くはないよ」


 俺を煽るように言うラストさんへと怒りもせずに言うと、彼女はぽかんとした表情を浮かべた。


「……てっきり、ブレイブさんのことだからあのメイドさんを怨むって思ってたわぁ」

「あはは、そんな風に思われてたか……。まあ、少し前だったら勇者に拘ってて、それがティアちゃんのせいで奪われたんだって知ったら怒っただろうね。でも、そんな感情は浮かばないんだ」


 そう言って俺はおどけたように顔の辺りで両手を小さく広げる。

 そんな俺を見ながらラストさんはクスッと笑う。


「多分、ブレイブさんは勇者ってものよりも大事な物に気づいたんじゃないのかしらねぇ?」

「そう……なのかな?」

「あーしはそう感じてるわねぇ。だってブレイブさん、のんだくれてたときよりもずっと充実してるように見えるからぁ♪」


 俺を見ながらラストさんはそう言って微笑んだ。

 その魅惑的な微笑みに自然と顔が熱くなるのを感じ、それを悟られまいと少しだけ温くなってきたお茶に口を付ける。

 それを一気に飲み干すと椅子から立ち上がる。


「さ、さてと! そろそろティアちゃんの用事も終わってるころだろうし、帰るとするか!」

「あら、もう帰っちゃうの? もっとゆっくりしていっても良いのよ? ベッドの中ででも……ね♥」

「い、いや、帰ることにするよ」


 物凄く魅力的な提案っただろうけど、俺はそれを断り急いでその場から立ち去ろうとする。

 そんな俺にラストさんが声をかけてきた。


「ブレイブさん。メイドさんが大事なら、ちゃんと護りなさい。色々と危ない状況みたいだから!」

「? わ、わかった」


 何がどう危ない状況なのかは分からない。けれど、何か良くないことが起きる予感をラストさんの言葉から感じられた。

 そんな不安を感じつつ、俺は【ジェミニの杯】から出て行った。

ここ最近暑いからか、思考がまわらないー……。

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