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第21話 メイドは勇者の外見を破壊する。

日常回です。

 あれが憤りながら去っていってから半月が経った。

 あの後、女たちからは勇者にキスをした理由とか、見てて恥かしくなったとか、猫被っていたことについてとか色々と聞かれた。

 なのでとりあえずは色々な質問に対しては「何度も言うが、我は勇者のものだ!」とだけ答えておいた。

 するとキャーキャーと顔を赤くしながら女たちは興奮していた。

 そして勇者に対しては「お前もついにか!!」とか「こんな若い子を……!」とか「ちゃんと責任取れよ!!」と言う声が多々送られていた。

 時折勇者へと男たちから拳が来ていたが、スキンシップということだろう。

 なお、当の勇者は「いや、ちょっ!? 誤解っ、誤解だからっ!!」と言っていたがどうにか誤魔化せと思っていたら、誤魔化せたのだろう。

 そんなことを思い返しながら、我は外周を走る。


「はっ、はっ……! も、もう少し……、スピード抑えてくれないか……?」

「ふっ、ふぅ、何故だ? 貴様も追い付けているだろう?」

「そりゃ、そう……だけど! ちょっと、歳くった人には厳しい……んだよ!」


 息を切らせながら勇者は我にスピードを抑えることを願う。

 だが我は一蹴する。40間近でもそれだけ走れていれば十分だぞ?

 何故なら、毎朝勇者と走るとき速度は実は段々と上げていたのだから。

 ちなみに走り始めたころよりも勇者の速度は格段に上がっている。


「……が、そこで言ったらだらけてしまうだろうから言わないがな」

「な、なにか言ったか……?」

「気のせいだろう。さあ、走るぞ!!」


 そう言って我は先程よりも速度を上げる。

 その後を勇者は必死にひーひー言いながら走っていた。


「さて、次に腕立て伏せを行って腕の筋肉を鍛えようか」

「わ……かったけど、もう少し、休ませてくれ……」

「わかった。だが遅くて5分間だけだぞ」

「あ、ありがとう……」


 肩で息をする勇者を見ながら、我は水の入ったカップを渡す。

 勇者はそれを美味そうにぐびぐびと飲む。

 飲み終えるとまた一杯入れてやると、美味しそうに飲んだ。


「さて、では始めようか」

「ああ、分かった。……けど、あれはやめてくれないか?」

「む? 何故だ。いい重石(・・)となるだろう?」


 我の言葉に頷いた勇者だったがすぐに髭に包まれた頬を染めつつ言う。

 その反応に我は眉を寄せる。


「い、いや、だって……ティアちゃんが背中に乗るのは、その……恥かしいんだ」

「そうか? 我は別に気にしないぞ」

「俺が気にするんだよ! なんていうかその……や、やわらかい、し……集中、できないんだ……」


 ふむ、やわらかいか……。こいつ、我の尻に興奮しているのか?

 そう思っていると、心の中でウィッシュが語りかけてくる。


『てぃあ、ますたぁも男なんだよ。だから、じょせいには興奮するものなの!』

『そういうものか? だが貴様は別に問題はないのだろう?』

『うんっ、あたしはますたぁだい好きだから、興奮してくれたらうれしい!』

『なら別に構わんだろう?』

『それもそっかー』


 我の言葉に、ウィッシュも嬉しそうにしている。

 なので、「頼むから乗らないでくれよ!」とお願いして腕立て伏せを始めた勇者の背中へと我は乗る。


「うひぃ!?」

「勇者よ、ちゃんと腕に力を入れろ。あと腹にもだ」

「わ、わかってる。けど……その、別の所に力が入りそうで……」

「知るか、貴様はちゃんと鍛えることだけを考えろ」


 そう言いながら我は勇者の背中の上で胡坐をかく。

 ……うぅむ、だがやはり座り心地は悪いな。もう少し良い感じに、と思いながら背中の位置を尻で変えていると時折勇者から奇妙な声が上がる。

 正直気色悪いぞ?


「が、我慢だ、我慢だ俺……! 平常心へいじょうしん……!」

「うるさい、ちゃんと腕立てを行え」

「ごふっ!? わ、わかった。わかったってばっ!!」


 足を前に出して頭を軽く踵で叩くと、勇者は気が晴れたのか腕立てを頑張り始めた。

 我はそれを満足気に見ていた。……そして、そんな我らの様子を村の人たちは生温かく見ていた。

 何故に貴様らはそんな目で我らを見るのだ? なぞだ。


 そんな意味不明な生温かい視線を感じながら腕立て伏せを終えると、何時もならば木剣を手に剣の稽古をつける。

 だが、今回はそれを行う前に違うことを行うことにした。

 なのでそのための準備として、家の中から勇者を座らせるための椅子を持ってきた。


「勇者よ、そこに座れ」

「えっとティアちゃん、どうして椅子を外に出してるんだい?」

「なに、いい加減貴様の髪と髭を整えないとと思っただけだ」

「つまり、髪を切るってことで……良いんだよな?」

「そうだ。だから座れ」

「それなら分かった。……でも、上手に髪を切れるのか?」


 心配しながらも椅子に座った勇者が我を見る。

 安心しろ勇者よ、散髪も髭剃りもメイドの仕事のひとつだと思ってるからな。

 そう思いながら我は椅子と共に持ってきていたハサミを構えると勇者の後頭部を見た。――では、いくぞっ!!


「な、なあ、なんだか凄く嫌な予感がするんだけど……、大丈夫だよな?」

「安心しろ、問題ない」

「なんだか凄く不安になる言葉なんだけどぉっ!?」

「こっちを向こうとするな、手元が狂うだろう」

「――ぐえっ!?」


 手を開閉するたびに手に持ったハサミは開いて閉じてを繰り返し、ジョリジョリという手触りと共に勇者の髪を切って行く。

 だが、どんな髪形になるのか不安を覚えた勇者はこちらを向こうとする。とりあえず危ないので、ハサミを止めて勇者の頬を掴んで正面を向かせる。

 変な声が洩れたが問題は無し。気にせず髪を切って行く。

 ……そういえば、どのような髪形にするか考えていなかったな。どうするか……。

 ようやく気づいた大事なことに悩み始める我へと、ウィッシュが語りかけてきた。


『てぃあ、だったらますたぁの昔のかみがたにしようよ!』

『昔の、というと……貴様が我を突き刺したときのか?』

『うん! そのころのますたぁのようにしよ! だって、今のますたぁってひげもじゃのぼさぼさだもん!』

『そうか。ならばそうさせてもらおうか』


 心の中で決定をして、我はハサミをチョキチョキと動かす。

 確かあのころの勇者の髪形は、ぎゃくもひかんだったか? なに、違う?

 ではモヒカンか? もっと違う? ……冗談だ。我だって冗談は言うぞ。


『ほんきだった。てぃあ、本気でそれにしようとしてた……』


 震える声でウィッシュが言うが、気にするな本気の冗談だからな。

 まあ、あのころの髪形は覚えているぞ。というよりも忘れないほうが可笑しいからな。

 思い出しながらハサミを走らせていき、伸び切った髪はバサバサと地面に落ちていく。

 とりあえず勇者も安心しているのだろう、白目を向いて口からブクブクと泡を噴出しながら動かない。

 だからその間にチョキチョキ髪を切り、石鹸を泡立てて伸び切った髭に伸ばしてナイフを使って剃っていく。

 ちなみに髭剃りで肌を切るというミスをするつもりは無い。だから動かない状態で良かったと思う。

 そう思いながら段々とちゃんとした顔が見え始めていくのを見ながら我は満足気に頷く。


「最後に眉を整えて……よし、こんな感じだろう。どうだ?」

『うん、ますたぁだ!』


 ウィッシュの満足そうな声を聞き、我は再び頷くと勇者を起こすことにした。


「さて、では起きろ勇者よ。気持ち良く眠っているところ悪いがそろそろ起きろ」

「う、うぅん……、お……はよう、ティア……ちゃん。あれ? 俺どうしてこんな所で寝てたんだ?」

「ふん、おおかた散髪が心地良くて眠っていたのだろう」

「そう……なのかな?」


 首を傾げる勇者だったが、気を失う(眠る)前のことを思い出せないようだった。

 なので、散髪の出来栄えを見せることにした。


「とりあえずこんな感じになったがどうだ勇者よ」

「……え、この髪形って……昔の?」


 受け取った小さな手鏡でチラチラと自分の顔を覗き見る勇者は戸惑いつつも尋ねる。

 なので頷く。


「ああ、貴様が我を倒したときの髪形だ。ウィッシュのやつもこれが良いと言ってたからな」

「そう……、なんだ」


 あのころの記憶が甦るからか、自身の髪形を見た勇者は見事に落ち込んでいる。

 やはりぎゃくもひかんやもひかんにするべきだったか?

 そんなことを思っていると、グゥと勇者の腹の虫が鳴った。


「そういえば大分時間が経っていたのだったな。いい加減朝食にしないとな」

「あ、ああ、そうだな」


 我の言葉に勇者は頷き立ち上がる。

 そんな勇者を見つつ、我は頷く。


「うむ、ボサボサとした髪と髭よりもこっちのほうが格段に格好良く見えるぞ勇者よ」

「っ!? あ、ああ、その……ありがとう……」

「気にするな。それと食事が終わって休憩してからは好きにしても構わないからな。ただし、酒は飲むなよ?」

「わ、わかってるって」


 我の言葉に勇者は頷き、後についていく。

 とりあえず今日の朝食は……普通にパンとスープにしよう。これならば疲れた胃にも優しいはずだからな。

 そう思いつつ我は勇者を中に入れると扉を閉める。


 ……見られている(・・・・・・)のに気づかない振りをして。

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