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第20話 勇者とメイドの生活は破壊される。

お待たせしました。

「な、なんだっ!?」


 突如鳴り響いた鐘の音に驚いた声を上げる俺はティアちゃんを見たが、彼女は不機嫌そうに顔を歪ませるだけだった。

 ……多分、訓練の邪魔をされたから機嫌が悪いんだろうな。

 そう思っていると、バンッと村長の家の扉が開かれて機嫌の悪そうな村長夫人がフライパン片手に飛び出してくるのが見えた。


「なんだいなんだい、朝っぱらから五月蝿いねえ!! いったい何の騒ぎなんだい!? おや、2人ともおはよう!」

「お、おはようございます」

「おはようございます村長夫人、いったい何でしょうねこの鐘の音は……」


 俺たちに気づいた村長夫人が声をかけてきたので、俺も少しビクつきながら挨拶をする。

 正直、自分が原因だったとしても村の人と接するのが少し怖かったりする。

 そんな俺とは違い、ティアちゃんは微笑みながらお辞儀をして、不思議そうに音のことを尋ねた。

 彼女の言葉を聞いて、村長夫人は「ああそうだ。思い出した!」と言ってフライパンを握り締めながら道のほうへと出て行った。

 そしてしばらくして、村長夫人の聞き慣れた大声が響き渡ってきた。


『ちょっとあんた! 朝っぱらからうっさいわよ!!』

『騎士さま!? こんな村に何の用だってのよ!?』

『はぁ!? 勇者様が来るだって!? 何でいきなり!!』

『探し物? じゃなくて、探し人がいる?』

『とりあえず、しばらくしたら村の入口まで集まれ?! だったら全員に言いなさいよ!!』


 ……村長夫人の大声でだいぶ村の人は理解したと思うぞ?

 というか、鐘を鳴らしていたのは騎士なのか……そして、勇者?

 勇者と言うと…………あの2人の子供の?

 そう思うと胸が苦しくなり、悲しくなってきた。

 だから、俺はその気持ちを紛らわせるようにティアちゃんに声をかけた。


「ゆ、勇者が来るだって……どうしてだろうね、ティアちゃん? ……ティアちゃん?」


 オーガがいた。なんというか眉間に皺が寄ってまるでオーガではないかと言う表情をしたティアちゃんがいた。

 え? いったいどうしたの? なんか機嫌がすこぶる悪いよね?


「ティ、ティア、ちゃん?」

「む? あああ、勇者よ……。厄介ごとが起きるだろうと思っていたらとびきりの厄介ごとだったようだ」

「えっとそれって……勇者がらみ、だよな?」

「ああ、神が認めた真なる勇者ではない、人が選びし勇者の……な」


 はあ、と珍しくティアちゃんは溜息を吐いて、気だるそうにしていた。

 ……何かあったのだろうか?

 聞いてみたい、そう思ったがその思いをなんとか堪えているとティアちゃんが俺を見た。


「さて、入口に集まれというからには集まるしかないな。……まあその前に軽く汗を拭って着替えをしようではないか」

「あ、ああ、分かった」


 返事を返し、俺はティアちゃんと共に家の中へと戻り、ここ最近しているように互いに背を向いて濡れた手拭いで汗を拭っていく。

 この行為……ティアちゃんは平然と行っているけれど、俺は正直気が気でなかったりする。

 だって、年頃の少女が背後で汗を拭いているのだ。女性特有のにおいがしている気がしてしまう。

 実際どうなのかは分からないが、そう感じてしまうのはおっさんだからだろうか?

 そして正直、チラリと背中を見ても問題が無いのではないかと思ってしまうが、大問題だろう。……まあ、背中だけでなく前をバッチリ見たんだけど。

 そう思いながら必死に後ろを見ないように汗を拭う。

 そして汗を拭い終えると、俺とティアちゃんは服を着替えた。

 俺はティアちゃんが何時も洗濯してくれている服を。

 ティアちゃんは、一度血塗れになったけれど洗って綺麗にしたであろうメイド服を。


「……それじゃあ、向かおうか。…………はぁ」

「あ、うん」


 なんというか乗り気じゃないティアちゃんが珍しいと感じつつ、村の入口へと向かって歩き出した。

 そして時間を見計らっていたとでもいうように、近隣の住民たちも続々と家から出て村の入口に向かっていく。

 村人のほとんどが入口に到着したのを見計らったかのように、入口で待機をしていた兵士が楽器を取り出す。ラッパだ。

 それに兵士が口をつけると、勢い良く鳴らした。


 ――プープクップップク、プープププーーーー!!


 その音を合図とでもいうように、ガラガラと豪奢な馬車が村の入口へと停まった。

 多分外周の見え難い辺りに停められていたのだろう。

 そう思っていると、袖が引かれているのに気づき、そっちを見るとティアちゃんが俺を見ていた。

 どうしたんだろうか? というか、なんか勇者が来ると分かってから様子が変だな?

 そう思っていると馬車の車輪音と馬の嘶きで掻き消えるほどに小さな声で俺に言ってきた。


「……勇者よ。色々と面倒になったとき、我は解決策として貴様にあることを行う。そのときは拒絶しないようにしてほしい」

「え? それっていったい――『きゃああああああっ!!』」


 どういうことかと問いかけるよりも先に、女性たちの大声が響き渡った。

 とはいっても悲鳴ではなく、色めき立った悲鳴のような大声だ。

 それに釣られて俺も大声の原因、馬車のほうに視線を向けた。

 馬車からは、女性が思い描くような王子様といった然をした青年が下りてきた。


「あ……」


 遠目からはサラサラとした肩まである金色の髪を靡かせ人の良さそうな笑みを浮かべている青年だったが、何処か彼女を髣髴させる微笑みだった。

 ……ああ、間違いない。彼はトゥモロだ。あいつと彼女の息子の……。

 そう思うと、俺の心になんとも言えない感情が湧き始める。けれどこの感情は何なのかは分からない。


「勇者様、今日はどのような用事でこの村に来たのですか?」

「あはは、ごめんね。ちょっとキミには関係ないことさ」

「勇者様、握手をお願い出来ませんか?!」

「キミ手を洗ってる? あ、普通に水だけで? ごめんね、せめて石鹸を使ってくれないかな?」

「勇者様! お話いいですかい!!」

「…………」


 村の女性を軽くあしらい、いやバカにしながらトゥモロは周囲を見渡す。

 バカにされた女性たちは自分たちが言われたことが信じられないのか目を点にして唖然としている。

 ちなみに男にいたっては完全無視を貫いているようだった。

 そんなトゥモロを俺は信じられないと言う視線で見ていた。


「……あいつら、ちゃんと子育てしていたのか?」

「師匠が言うには、愛情なんて無い家庭だったそうだぞ」


 王と王妃となったあの2人を思い出しつつ、呟いた俺の言葉はティアちゃんによって解消された。そういえば、彼女の祖母はライクのところのメイド長だったんだっけ。

 同時に彼女の言葉に、俺は何とも言えない気持ちとなった。

 あの2人に……愛情なんて、無かったのか? あんなことになったまま愛は芽生えなかったっていうことなのか?

 そう思っていると、トゥモロが村人の顔をチラチラと見ているのに気づいた。

 誰か、捜しているのか? けど、いったい誰を?

 そんな疑問が浮かぶ中、俺のほうに視線が向けられた途端――彼は笑みを浮かべた。

 張り付いた仮面のような笑みを。だけど、同時に怖気を感じる笑みを。

 そして、喜びに満ちた声を彼は上げた。


「ティア! ようやく見つけたよ!!」

「え?」


 どういうことだ? 驚く俺を他所にトゥモロは俺の隣に立つティアちゃんへとズカズカと歩み寄っていく。

 間近で見ると顔立ちは2人の良い所を取ったように美系で、髪の色はライク譲りで瞳はホープ譲りだということが分かった。

 けれど性格はどちらにも似ていない……いや、もしかすると今ではこうなっている可能性さえ。

 だけどこれは俺も、旅をしてたあの2人も毛嫌いしていた高慢な貴族そのものじゃないか。


「はぁ……。お久しぶりです、トゥモロ殿下」

「そんな仰々しい物言いはやめてくれよ。だって、キミは僕の妃なんだからさ!」


 何処か面倒臭いとでも言うように小さく溜息を吐いてから頭を下げた猫被りティアちゃんに対して、トゥモロは両手を広げて笑顔で言う。

 え、妃? どういうことだ? 俺は驚いたが、村の人たちも同じだったようで視線が一点に集中する。


「やめてください。わたくしはただのメイドです。ですから妃などではありません」

「ハハハ、何を言ってるんだい? 僕が認めたら、キミは僕の妃なんだよ! さあ、だから僕と一緒にお城に行こう!!」

「きゃっ!? や、やめてください……!」


 笑いながらトゥモロは彼を拒絶するティアちゃんの腕を掴むと無理矢理連れて行こうとする。

 多分、殴りつけたいのを堪えているのだろう。けどやっぱり、王族を殴ったらいけないと教わったのだろうな。

 だからだろう、気がつくと俺はトゥモロの腕を掴んでいた。

 見た目は優男のように見えるけれど、掴んで分かったのは硬い筋肉に包まれた腕だった。


「……なんだい? 僕は今からティアを連れて帰ろうとしてるんだけど?」

「そ、その手を、放してくれないか?」

「手を放す? 何で? キミには何の関係も無いだろう?」


 道端にある草や石ころを見るかのようにトゥモロは俺を見て、空いた手を俺を払うように俺に向けてヒラヒラさせる。

 この時点でもうトゥモロは高慢な貴族と同じ思考をしていると完全に判断し、悲しい気持ちとなるが手を放してはいけないと感じた。

 手を放したら、ティアちゃんが連れて行かれるのだから。

 けれど手を放さない俺に苛立ちを感じたのか、間近にいる俺が分かるほど小さく舌打ちをしながらトゥモロは俺を見た。


「ふう、いい加減にしてれくれないかな? キミは僕が誰なのかわかってるのかい? 僕はこの国の王子で、勇者だよ? それを邪魔するというつもりかい?」

「……ああ、知ってる。けど、けど俺も……勇者だ」

「は? …………ああ、ああ、ああ。なるほどなるほど!」


 一瞬呆けた顔を見せたトゥモロだったが、すぐに納得したように頷き始めると俺を見ながら嗤った。

 それは親しみを込めた笑みなどではなく、侮蔑や軽蔑……悪感情を思わせる笑みだった。


「父や他の人たちから聞いているよ! あなたが先代勇者か! 父に母を取られたっていう……ね?」

「っっ!!」

「どういう気分だった? 父に母を取られたって気分は? 悔しかった? 悲しかった? けど、あなたは勇者だったけれど所詮は平民だ! この国の姫だった母と結婚しようだなんて所詮は無理なことだったんですよ!!」


 くすくすと笑うトゥモロ、その笑みの所々にあの2人の言葉も混ざっているように感じられ……悔しさと悲しさが胸に圧し掛かってくる。

 彼女(ライク)の笑いが、本当の物だったのか分からなくなっていく。

 ホープとの友情はまやかしだったのかと思い始めて行く。

 この目の前の子供を誤って授かったときでさえ、泣いて謝っていた姿は偽りだったのではないかと思い始めて行く。


 ――いやだ。やめろ。言うな、言わないでくれ……! 認めたくない、認めたくないんだ!!


 視線を感じながら、ドクドクと胸の震動が激しくなっていき……体が震えていく。

 その姿を面白がっているのか、トゥモロのいやらしい嗤いが見えた。

 脚が震える、手に力が無くなっていく……。

 それを見計らうように、トゥモロは掴まれていた俺の手を払い除けた。

 その払い除けられた衝撃か、それとも体に力が無くなっていたからなのか俺は耐えることが出来ずその場で尻を打った。


「さ、邪魔者は居なくなったよ。それじゃあ行こうかティア? ……ティ――うっ!?」


 パァンと周囲に響き渡るほとに乾いた音が鳴り響いた。

 その音がした方向へと呆然としながらも視線を向けると、トゥモロがよろけているのが見えた。

 そしてそのすぐ側にはティアちゃんが立っていた。


「え、今……叩いた、よな?」

「勇者様を、平手打ち……」

「凄い音がしたな」

「ティ、ティア……」


 周囲にいる村人が口々に言うお陰で理解出来た。ティアちゃんが、トゥモロを叩いたということを。

 そして、叩かれた頬に手を当てながら、呆然とした表情でトゥモロはティアちゃんを見る。


「ティ、ティア? どうしたんだい? 何でいきなりこんなことを……」

「穏便に済まそうかと思っていたし、村の奴らに我の本性を知られるのもと思っていたがもう我慢できん!!

 貴様はいい加減にしろ! 我は貴様などには興味が無いと何度言ったらわかる!? それとも貴様はそんなことも理解出来ない愚か者だと言うのか?」


 ティアちゃんの罵声がトゥモロにかけられ、彼は目が点となったように唖然とし……村人たちも同じようにポカーンとし始めた。

 だがティアちゃんは止まらない。


「何が『キミのために僕は勇者になったんだよ』だ! 我が望むのは貴様のような人が定めた勇者ではなく、神が定めた勇者だ!! その上、色んな女に手を出しているのも知っているというのに何が妃だ? 色んな女をとっかえひっかえする男の嫁になど誰がなるか!!」

「え、勇者様ってそういう人なんだ……」

「あ、あたし、なんだかいやらしい目で見られてたかも……」


 軽蔑の視線がトゥモロに突き刺さる。

 あと、いやらしい目で見られていたと思われる女性、君は大丈夫だと思う。体格がガッシリとした男みたいな感じだから。

 その視線を切らせるようにトゥモロは周囲を見渡し、再びティアちゃんを見た。


「な、何を言ってるんだい? 僕はティアのことが好きだよ? 他の女なんて、ただ子種を分け与えるだけだよ!!」

「そうか。我は貴様が嫌いだ。いや、視線に入れたくないほどに嫌いだな」

「じゃ、じゃあ、キミは誰が好きなんだい!? 僕のことを好きじゃないって言うなら、好きな人がいるってことだろう!?」


 ……いや、君のことが好きじゃないって言ってるだけで、好きな人がいるってわけじゃないと思うぞ?

 そんなことを思えるくらいに頭が回復してきた俺を、ティアちゃんはチラリと見ると……彼女は俺に近付いてきた。

 その姿にもしかしてと感じたのか、トゥモロは顔を青くさせながら叫び始める。


「ま、まさか……認めない、認めない!!」


 トゥモロの絶叫が響く中で、ティアちゃんはしゃがみ込むと俺と目線を合わせる。

 金色の瞳が、銀色の瞳が、俺を見る。


「そうだな。我は恋というものはよくわからん。だが、貴様にならこうしても良いと思っているぞ」

「え――――むぅっ!? ぅう!?」


 いったい何を、そう思うよりも先にティアちゃんの腕が背中に回り、彼女の唇と俺の唇が合わさり……その口の中へと舌を押し込んできた。

 ウィッシュに体を持って行かれていたときにされたキスとは違う、恋人同士がするような濃厚なキス。

 そのキスに驚き戸惑ったが、今拒絶をしたら彼女との関係が終わってしまうような気がした。

 だから俺はその舌を受け入れる。

 彼女の汗が甘い香りに感じられ、口から洩れる涎が首元を濡らしていく。

 彼女の舌が俺の舌の上を撫で、頬の裏を撫でる。そのザラザラとした感触に体がビクリと震える。

 村の女性の「うわ、すご……」という声が耳に届く。


「う、うそだ……。うそだ、うそだうそだ!! ティアが、ティアがこんなやつと……!! ティアが……!!」

「んっ、っふ……っちゅ、んちゅ……ぷぁ……。分かっただろう? 貴様がどんなに我を求めようとも我は貴様に靡くことは無いということだ」


 俺から口を放し、ティアちゃんはトゥモロを見ながら笑みを浮かべる。

 そんなトゥモロは目の前の現実を認めないと言わんばかりに、目を見開きながら髪を掻き乱す。

 その異常な光景に俺や村人たちは引きながら見ていたが、少し冷静になったのかトゥモロは掻き乱していた両手を髪から放した。


「…………帰るぞ」


 小さく呟いた言葉にハッとしたように騎士たちは頷き、トゥモロは馬車へと入っていく。

 その際、俺を……いや、俺とティアちゃんを憎しみの篭った瞳で見ていたのに気づき、体がビクリと震える。

 だが、そのまま彼を乗せた馬車はゆっくりと走り始め……この場を後にしたのだった。


主人公じゃないなろう系のお決まり勇者登場。

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