第12話 メイドは自らの睡眠を破壊する。
ブクマ、感想ありがとうございます!
ゆっくりと朝が近付こうとする時間帯。
軽快な鳴き声を上げながら朝を告げる鳥の鳴き声よりも早くに我は閉じていた瞼を開け、ゆっくりと体を起こす。
ベッドのほうを見ると、寝付けなかったからか夜中に自慰を行っていた勇者が気持ち良さそうに眠っていた。
気持ち良さそうに眠っているのだが、精液独特の臭いにおいが立ち込めている。
さすがに5回近くは出しすぎだろうと思うが、我にはその様な経験が一度も無いため……多いのか少ないのかは分からない。
とりあえずは勇者が目覚めて日が昇ったら、今日こそシーツを洗濯することにしよう。
そんなことを思いながら、静かに立ち上がると昨日眠るために首もとのボタンを外していたワンピースの前ボタンを更に外し、腰周りを緩めていたワンピースはストンと落ちていく。
暗がりの中で我は下着のみの服装となり、そのままソックスも脱いでいく。
すべてを脱ぎ終え、今度はカバンの中から動き易い半袖と短パンを取り出すと、それに袖を通した。
着替えを終えると手早く床に敷いていた外套とメイド服を畳むとカバンの中に入れ、木窓へと向かうと小さく開いていた隙間を全開にした。
何時もと同じ感覚で起きたからか、全開にした木窓から見える家の外はまだ薄暗く、半袖短パンの素肌を晒した体には肌寒い。けれどすぐに日が昇り温かくなるだろう。
「さ、さむ……、うぅぅ……」
けれど勇者にはきつかったようで、部屋の中に篭った臭いと入れ替わるようにして入ってくる外の空気の寒さに体を振るわせながら、シーツを自らの体を包ませる。
そんな勇者をチラリと見てから、我は静かに外へと出ると家の裏へと進む。
家の裏は日陰のためか薄暗く、肌寒い。はぁ、と息を吐くと少しだけ白くなった。
ついでに軽く腕を擦ると、手の平の熱さでじんわり温かく感じるけれどすぐに寒くなった。
もうすぐ温かくなる季節だというのに、やはり早朝よりも少し前は寒いな。
「だがまあ、すぐに温かくなるだろう」
小さく呟くと、我は実家のころから続けている早朝の訓練を始める。
初めに強張った体を解すために、柔軟体操を行って体を伸ばしていく。
「っふ……、ぅ、ふっ、っふ……!」
まだ周囲から生活の音が聞こえないから声を極力出さないようにしつつ、伸ばし終えると今度は腕の筋肉と腹の筋肉を鍛えるために立ち上がっての屈伸運動から始まり、腕立て伏せ、背筋運動、腹筋運動の順に行う。
出来るだけ乾燥している地面を選んだつもりだったけれど、朝露で濡れていたらしく腹筋を行うために寝転がっていた背中にじんわりと地面の水が染みこんで行くのが分かるのと……ポタリポタリと垂れてくる汗が頬を伝い、顎先などから零れていくのが見えた。
けれど、汗が垂れるのは頑張っている証拠なので、半袖の裾で顔を拭うだけに留める。誰も居ないから周りを気にしなくてもいいから出来ることだ。
何時もの体力作りを終えると、今度は父に教わった無手での型を取る。
他にも色々と教わった訓練法はあるけれど、道具も揃っていないので今回は無手にする。
それらを夜の闇が朝の光に消し飛ばされるまで行っていくと、ようやく周囲に生活の音が感じられた。
同時に周囲から視線を感じ始めるのだが、気にせずに訓練を行う。
右拳を突き出し、引き戻すと同時に左膝を上げ、左足が地面に着く瞬間に右足を蹴り上げ、そのまま地面を蹴り上げてまたも左足で蹴りを放つ。
一対一の戦いでならば、普通に決まるものだと父は言っていた。
他にも色々と無手の型を行っていくと……。
「えっと、ついさっきから……なにしてんだい? というか、あんた誰なんだい?」
我の訓練の様子を見ていた近所の恰幅のいい女が、見慣れない我を怪しいと思っているのか尋ねてきた。
当たり前だろう、早朝から見慣れぬ女が良く分からない動きをしているのだからな。
なので我は息を整えると、その場に立って恰幅のいい女に向けて礼儀正しくカーテシーを行う。ただしスカートは無いから仕草だけだが。
「おはようございます。わたくし、昨日よりブレイブ様のお世話をすることとなりましたメイドのティアと申します。
このような格好で申し訳ありませんが、どうぞよろしくお願いいたします」
「へ、あ……ああ、あんたが噂のメイドさんだったのかい! 大丈夫? あののんだくれに何かいやらしいことをされていないかい?」
「はい大丈夫です。ただわたくしも、お世話をするのは初めてのことなので、皆様にもご迷惑をかけないか心配で……」
「そうなのかい? 初めては大体人を困らせるもんさ! けど困ったときは頼っておくれよ? あんたみたいな良い子の迷惑だったら、あたしら村の女は喜んで受けるからさあ!」
不安げに(見えるようにして)語る我に対し、恰幅のいい女は爽快に笑って我の背中をばしばし叩く。
少し痛いが、目の前の女は気前のいい性格のようで安心した。
そう思いつつ、出来るだけ好印象を与えるべく笑顔を向けていると恰幅のいい女は悲しそうに溜息を吐いた。
「まったく……、こんないい子が早朝から起きてるっていうのに、あののんだくれは何してんだい!?」
「いえ、気にしないでください。わたくしは日課である早朝訓練を行っていただけなので、あまりブレイブ様のことを怒らないであげてください、ブレイブ様もきっと疲れてるんです」
「そうなのかい? あんたがそう言うなら強くは言わないよ、けどあんたも無茶しちゃダメだよ?」
「心配してくださってありがとうございます。ですが休憩しようにも、家の中はなんだか変な臭いがするんですよね……。いったい何の臭いなのでしょうか」
心配するように我を見る恰幅のいい女に、我は不思議そうに首を傾げながら言う。
においの原因は知っている。その行為をしているのも見ていた。だが言う。
そして我の言葉を聞いた恰幅のいい女はピクッと頬を引き攣らせながら、我を見た。
「え、っと……、あんた。本当に何にも無かったのよね? 体にべどべとした液体かかってたとかそんなこと無かったのよね?」
「はい、何にもありませんでしたよ? ただ、ブレイブ様が夜中にもぞもぞとベッドの中で動いているのに気づいただけですから。いったいナニしてたんでしょうか?」
「……えーっと、ティアちゃんって言ったわよね!? あんた、もしあのろくでなしののんだくれが襲いかかってきたら、あたしらんところに駆け込みなさい! 良いわね!!」
何も分からない。といった感じに言ってみると恰幅のいい女は真剣な顔で我の肩を掴んで、そう言ってきた。
これは、真剣に心配をされてるな……。
ちなみに我は気にしない。最後にはすべて破壊してやるのだから、過程は気にしない。
「は、はい、わかりました」
「なら安心ね、……けど、いい加減立ち直ってほしいね、あののんだくれ……」
コクコクと頷いた我を見て安心したのか、恰幅のいい女は我から離れると小声で愚痴を呟いていた。
どうやら近所付き合いで昔からの勇者を知ってるのだろう。
そう思っていると、何かを思ったのか恰幅のいい女は我を見た。
「そういえば、朝食作って無いでしょ? だったら、うちで食べて行かないかい? あののんだくれには持っていたげれば良いだけだしさあ!」
「あ、ありがとうございます。ですが、ブレイブ様のお世話が……」
「良いの良いの、あんな寝坊するのんだくれの世話よりもあんたのほうが大事だよ! それに、汗かいたみたいだし汗を拭って着替えないといけないだろう?」
「それも、そうですね……」
考える仕草をしつつ、我は頷く。……正直勇者の前で下着姿に、まして裸となっても我は気にしないし、恥かしいとも思わない。
それ以外に見られたら恥かしいとは思うだろう。だけど勇者には別に気にしないのだ。
ちなみにそれで欲情されて襲われたとしても、我が魅力的に移ったというだけのことだ。
そして襲ってしまった結果、後悔するのは勇者だけだ。
だけどそれを言ったら世間体に面倒なことになるだろう。
なので恰幅のいい女に礼を言って、我は一度家へと踵を帰し着替えが入ったカバンを掴んで彼女のほうへと戻る。
そして、案内された家の中には彼女の夫であろう彼女と歳の近い男が居り、我は先ほどと同じように挨拶をした。
そこで驚いたことなのだが、目の前に居る男はこの村の村長ということだった。
「ははっ、領主様の館があるっていうのに村長が居るっていうのは変って顔をしているね?
まあ、元々スピカ村は村なんだから村長が居るのは当たり前なんだよ」
「それもそう、ですね」
度々同じことを思われているからか、村長は笑い話のように言う。
その言葉に我も戸惑っているように見えるように頷く。
ちなみに村長も人間を見ているだろうから、あの【ジェミニの杯】の女店主のように気づかれないように注意せねば。
そう思っていると恰幅のいい女改め村長夫人から少し温めの湯が入れられた桶を渡され、客間の一室に押し込まれた。
「さあさあ、早く服を脱いで汗を拭う! そしたらご飯だよ!!」
「は、はい」
「遠慮なんてしないの! さ、着替えた着替えた!!」
バタンと扉が閉められ、それを見届けてから我はとりあえず先に汗を拭うことにした。
ちなみに周囲に気配は感じられない。
覗かれている心配は無いと判断し、サッと半袖短パンを脱いで、そのまま下着も脱いで……裸となった状態で温めのお湯で手拭いを濡らし、ギュッと絞る。
温かな水気を感じさせる手拭いを腕に当てたのだが、そこでようやく運動をしたから温かくなっていたと思っていた体は少し冷えていたことに気づいた。
冷えていた体にほんのりと温かい手拭いは温かく感じられた。そんな肌に滑らせるように手拭いを動かし……汗を拭う。
腕、顔、首、胸、腹、背中、尻、脚と何回か水を絞り、桶のお湯が冷めたころには体の殆どを拭き終えることが出来た。
汗を拭き終えると、次にカバンの中から布袋と下着と靴下を取り出す。
取り出した布袋へと汗で汚れた半袖短パンと下着を入れると、今度は取り出した下着を穿く。
動き易く、胸や尻にフィットする逸品だからこの下着を我は重宝している。
ずれないように調整を行い、今日の予定通りに行く場合のために脚をガードする目的で太ももまで覆う長めの靴下を着用する。
それを終えるとワンピースを着るために頭から被る。
だが、換気のために少し窓を開けてはいたが一晩中勇者の臭いが篭った家に居たからか、少しだけ悪臭が染み付いている……まだ大丈夫だろうが、近い内に洗うべきだろうな。ちなみに直接の臭いは無いから大丈夫なようだ。
そう思いながらワンピースを着て、その上にエプロンを身に付けるとカバンと汗を拭わせて貰った手拭いを入れた桶を持って部屋から出た。
「着替え終えたみたいだね? しっかし、可愛らしいメイドさんだねえ!!」
「部屋を使わせて頂きありがとうございました。えっと、お水のほうは何処に捨てたら宜しいでしょうか?」
「いいのいいの、あんたみたいな可愛い子があんなのんだくれの前で着替えとかするほうが危険だからさ! 水のほうは外にでも流してくれたら良いさ。こうやって窓から流すとかしてさあ!」
「わ、わかりました」
……なんというか豪快すぎるだろう。
そんなことを考えていると、村長夫人は我から桶を取ると手拭いを取ってから中の水を窓のほうから地面に流した。
師匠から教わったやり方とは違うものを見て、我も少し戸惑っているのか固まってしまっている。
なお、師匠のほうは排水として用意している場所にきちんと捨てるように教わっていた。
「それじゃあ、ご飯にしようかね! 何時もは旦那と2人きりの食事だから味気ないけど、今日は特別だねえ! さ、座った座った!!」
「ははっ、息子も街のほうに出て行ったから寂しかったから、有難いね。さあ、遠慮せずにどうぞ」
「えと、じゃあ……いただきます」
村長夫人に席に座らされ、我を見ながら朗らかに笑う村長を前に朝食が出された。
メニューはミルクと卵を混ぜた液に浸して軟らかくした黒パンを焼いた物とカリカリのベーコンとトロトロのチーズ、それと新鮮な葉野菜だった。
千切り難い黒パンを液に浸して軟らかくする方法は目の前の村長夫婦には食べ易い物なのだろう。そしてベーコンとチーズは……多分我へのサービスだ。
そう思いながら、器用にナイフとフォークを使って軟らかくなった黒パンを切り、ベーコンとチーズと共に食べる。
黒パン独特の酸味と程好い塩味が口の中に広がり、ベーコンとチーズの味が相まって美味しい。
そして葉野菜も採れたてを使っているのか瑞々しく感じる。
「気に行ってくれたみたいだねえ?」
「う――はい、美味しいです」
一瞬、素で返事をしそうになった我だったが何とか誤魔化し、頷く。
そんな我を村長夫婦は微笑ましそうに見ている。
その視線を感じながら、我は朝食をいただくと……礼として、御茶を振舞った。
差し出された御茶を前に、村長夫人は遠慮がちに尋ねてくる。
「淹れて貰ったけど……、なんか作法とかあるのかい? あたしゃこう言うのには慣れていなくてねえ……」
「作法なんて無くて良いものですよ。まあ、偉い方の前では気にしたほうが良いかも知れませんが、このような場所では普通に飲むのが一番です」
「そうかい? それじゃあ遠慮なく飲ませて貰うよ。…………はあ~、こりゃ美味い!」
「おぉ、美味いね。茶葉も良いものだろうけど、淹れた人の腕も良いんだね」
と言って、我を前に村長夫妻は美味そうに茶を飲んだ。
それを見ながら、我も食後の御茶を飲んでいたが……今日の予定を行うために必要なことを尋ねておくことにした。
「あの、村長様。お尋ねしたいのですが、山にある山菜などは自由にとっても構いませんか? それと、獲物も狩っても」
「ん? 別に構わないよ。領主の館があるけど、近くの山は個人所有の物じゃないからね。……もしかして登るのかな?」
「はい、ブレイブ様の家の食料が少なかったので……出来れば自分で収穫出来る物は収穫しようかと思いまして「ダ、ダメだよ!」――え?」
我がすべてを言い終わる前にダンと力強く机に村長夫人がカップを置くと凄い剣幕で我を見てきた。
何かあるのだろうか? そう思ったがすぐに答えが出た。
「今あの山には山賊がいるって話なんだよ! そんな所に、のんだくれと一緒に行ったら捕まえてくれって言ってるようなもんじゃないか!!」
「山賊……ですか?」
「ああ山賊だよ。何処からか流れ着いたのか、それともずっと昔にあののんだくれが元気だったころに捕まえた山賊の残党なのかは分かんないけど、見た奴が居るんだよ。
国のほうにも討伐隊を派遣してくれって頼んでるんだけど、未だに来ないんだよ……」
村長夫人はそう言って、不安そうに言う。
……山賊など些細な問題ということなのだろうか?
そう思っていると村長夫人はもう一度我に言い聞かせるように声をかける。
「だから、間違ってもあんたひとりで山に入ったら駄目だからね! 分かった!?」
「わ、わかりました。残念ですが、入りません」
「なら良いわ。っと、のんだくれの朝食も用意して上げないといけなかったのよね。すぐに作るから待ってなさいな!」
我の言葉にホッとする村長夫人を見ていると、忘れていたことを思い出したのか立ち上がりササッと料理を作り始めた。
その後ろ姿を見ながら、我は山に山賊がいるということを考えていた。
メイドは日々の努力を忘れません。