第11話 勇者の悲しみを破壊する。
スマホから投稿します。
終わり頃に片手が恋人なところあります。
ね、眠いのに……眠れない……。
ギンギンに目も頭も冴えていて、まったく眠ることが出来ない。
どうして眠ることが出来ないのか、その理由、そう……理由は分かっている。
「ん……、んぅ……ん……」
寝言、だと思う声が聞こえ……もぞりと動く度に聞こえる衣擦れの音が耳に届く。
その度にビクリと体が跳ねてしまう。
眠りたい、だけど眠れない……。
そんな悶々とした思いのまま、ちらり、と衣擦れがしたほうを見る。
そこにはティアちゃんが静かに眠っていた。
床の汚れを気にしているのか、ここに来るときに着ていた外套を床に敷いて……メイド服の首もとのボタンや腰周りを緩めた状態で。
ベッドを貸すと言った俺だったが、本人は自分は寝相がいいと言っていたことと……シーツの臭いがきついという理由でこうして床で寝ていたが――。
「これ絶対に寝相良くないだろ……」
ぼそりと呟きつつ、俺はティアちゃんを見る。いや、見てしまう。
灯りの無い室内は暗く、もぞもぞと動く彼女の体が床の上で丸まり蠢いているのがわかる。
けれど時折、換気のために少しだけ開かれた木窓の隙間から、月明かり射し込み……眠る彼女の姿が照らされるのだが、眠る彼女はシーツ代わりとして自らの上に掛けたエプロンを抱き締めるようにしながら体を丸めていた。
丸まった際にスカートが膝まで捲くれてしまっており、白い素足が輝いて見えた。
その上、時折聞こえてくるのは愛らしい寝息。眠っていると必ず出るものだけれど、聞き慣れない声に俺はビクリとして目が冴えてしまっていた。
ああくそ、どうすれば良いんだよ……!
正直こう、悶々としているときはナニをアレすればすっきりするだろうけれど、女の子が眠っている状況ではまず無理だろう。
……というか、どうして今俺がこういう状況に陥ってるんだ?
こうなることは心のどこかで予想していたけれど、それまでの出来事を俺は思い出し始める。
……が、途中思い出したことがあり、恥かしさに顔を赤くしてしまった。
●
酒を売って家に帰ると、ティアちゃんが用意した昼食を食べた。
そして昼からもティアちゃんは家の掃除を行い、ホコリやゴミだらけだった部屋は雑巾がけがされて綺麗になった。
それが終わったころには明るかった空はもう暗くなっており、彼女は室内の蝋燭に火を点けるとそのまま夕食を作り始めた。
久しぶりに家の竈に火が灯り、ぐつぐつと鍋の中で水が茹る音が聞こえた。
聞こえる調理の音と香りに、俺は懐かしさを感じたのか……何故か目に涙が浮かんでしまった。
これほどまでに俺は生活の音と香りを求めていたのだろうか?
そう思ってしまっていると、ティアちゃんに鼻を啜る音が聞こえたのか振り返ってきた。
「どうした勇者よ?」
「っ!! な、何でもないっ!」
「そうか、もう少ししたら出来上がるから待っているが良い」
「あ、ああ、わかった」
ティアちゃんに返事を返しながら、俺は椅子に座ってティアちゃんの背中を見続ける。
テキパキと動き、彼女は鍋を掻き混ぜたり、何時の間にか手に持ったナイフで買った腸詰めを切り分けていた。
そんな姿を見ながら、俺はふと考えてしまった……。
……もしも、ライクとあんなことにならなければ、そこに居たのは彼女だったのだろうか……?
――い、いやっ、もう終わったことだ! 考えるな、考えるんじゃない!!
頭を振るい、浮かんだ妄想を消し去ろうとする。けれど、浮かんだ妄想は消えることはない。
もうおぼろげとなっているけれど、俺に向けられた笑顔。俺に向けられた声。
『ブレイブ! これが終わったら、わたくしたち夫婦になるのですねっ?
ああ、あなたに美味しい料理を作ったり、一緒のベッドで眠って、毎朝あなたを起こすのが楽しみです!
でもその前に、結婚式が先ですよね? うふふ、わたくしのドレス姿に見惚れてくださいね? わたくしも、あなたのタキシードに見惚れますから♪』
十数年経ったのに、未だ忘れることが出来ない彼女の声。
それはまるで呪縛だった。だがそれほどまでに俺は彼女のことが好きだった。……好きだったのだ。
けれど、彼女は俺を裏切った。泣きながら許しを乞うたけれど、許せるわけが無かった……。
そう思うと、急に胸が締め付けられるように痛みを感じ始めた。
「ぐぅ…………!!」
「勇者? おい、勇者よ! しっかりしろっ? どうしたというのだっ!?」
テーブルに突っ伏した俺に気づいたのか、ティアちゃんが台所を離れて俺に近付くと肩を揺すりながら声をかける。
酒、酒……! こんな思いを忘れるための酒は、酒は何処だ! 何処にあるんだっ!!
バクバクと鼓動が鳴り、俺は震える手で酒を捜す。けれど酒が満たされた瓶も、空き瓶も何も無い。
当たり前だ、俺が呑んでしまったし、ティアちゃんが買わなかったのだから……!
忘れたい、忘れたいんだ! あんな苦しい思い出は!!
全て忘れたいんだ。俺はすべてを、あいつらのことを忘れたいんだ……!!
「落ち着け勇者よ! 落ち着けと――言っているだろうッ!!」
「痛っ!?」
――バシンッ、空気が乾いたような音が響き、両頬に痛みが走った。
その痛みでようやく俺の目を見る一対の金色の瞳に気づいた。
真剣に、俺を見るその瞳に、俺は吸い込まれそうになる。
けれどそのお陰で俺は落ち着くことが出来た。……どうやら俺はティアちゃんに両頬を叩かれたらしい。
「ティ、ティア、ちゃん?」
「少しは落ち着いたか勇者よ?」
「あ、ああ……ありがとう……」
「礼など要らん。……が、今の貴様は醜い。何故居なくなった者に縋ろうとする。何故忘れようとはしない?」
「そ、それは……」
「それが原因で酒に溺れているというのがなぜ分からんのだ? 酒では逃げることなど出来んぞ?」
ティアちゃんの言葉に、俺はビクリと震える。
それはわかっていた。だけど、思い出したくないんだ。
だから、酒を呑むしかないんだ。呑んで、すべて忘れるんだ。
それなのに……それなのに、何で関係の無い君は俺を攻め立てる!?
そう思った瞬間、気が付くと俺はティアちゃんに叫んでいた。
「君には、君には関係ないだろう!? だったら関わらないでくれ!!」
「ああ、今の我には関係は無い。だが、我は貴様の今の生活を破壊するために来たのだ」
「破壊? 訳がわからないことを言わないでくれ! 君は何をどう破壊するっていうんだ!?」
「ふむ……、気が立っているようだな。少し……落ち着け」
「っ!? な、なにを……」
何かを考える素振りをした瞬間、ティアちゃんは俺の頬に押し当てていた手を滑らせると、頭へと移動させた。
そして、ゆっくりと力を込めて俺の頭を自身の胸元へと近づけた。
突然の行為に戸惑い驚く俺へと、ティアちゃんは静かに言う。
「…………どうだ? 我の気が立っているときによく母がしたのだが、落ち着くか?」
「あ、え、お……」
頭の後ろに回した手はゆっくりと俺の頭を撫でる。
何時もの言動と違って感じる優しい手付きと、胸元から漂う花の様な香り、トクントクンと鼓動する胸の音に波立っていた心が落ち着くのを感じた。
……落ち着いた。落ち着いたのだが、なんというか落ち着くと同時に気恥ずかしさが込み上げてくる。
泣き喚いて、自分よりも若い少女に抱き締められて、優しく慰められているのだから恥かしくなるのは当たり前だろう。
しかも漂ってくる花の様な香りが服から漂う石鹸の香りに混じってティアちゃんの汗のにおいもあることに気づき、更に恥かしい気持ちとなってしまう。
「さて、そろそろ良いだろう。勇者よ、夕飯にするぞ。……どうした?」
「あ、ああっ、わ……わかった!」
頭の中がグルグルし始め、どう反応すれば良いのか分からなくなった瞬間……ティアちゃんの体が離れた。
するとフワッと香りが遠ざかっていくのがわかった。
俺が落ち着いたと判断したようで、彼女は離れたのだろう。
確かに落ち着いた。落ち着いたのだけれど、恥かしさと女性のにおいに胸がバクバク鳴ってしまっていた。
落ち着け、もっと冷静になるんだ。そう自分に言い聞かせながら、出された食事を食べるのだけれど……味が良くわからなかった。
それが終わり、食後の休憩としてティアちゃんが家から持ってきたというお茶を飲んでいた俺だったが、ふと気になったことが出来た。
「……そういえば、ティアちゃん」
「どうした、勇者よ?」
「えっと、君は何処で眠るつもりなんだい? ラストさんの所に部屋を取ってるのかな?」
久しぶりに嗅ぐお茶の香りと味がわかるようになり、気になったそれを尋ねる。
でも、ラストさんの所に行ったときに部屋を取っている様子は無かったんだよな?
そう思っているとティアちゃんは何を言っているのか。という風に首を傾けた。
「取っていないぞ? 何故取る必要がある?」
「え、あの、だったら……何処で眠るんだよ?」
「無論ここだ」
言いながら、彼女は指を下に向ける。
下、つまりは床を。
「え、っと……、どういうことだ?」
「つまり、我は貴様の家で寝泊りをすると言っている。ああ、ベッドは要らんぞ。貴様のベッドはまだ掃除をし終えていないから臭い」
「は、はあ」
どう反応すれば良いのか、それがわからず俺は空返事を返す。
というよりも頭が追い付いていない。
そう思っていると、彼女はお茶を飲み干し洗い物をパパっと洗い終えると俺を見た。
「さて勇者よ、燃料の節約のためにそろそろ眠ろうではないか」
「え、もうなのか? まだ眠れないと思うけど」
「大丈夫だ。暗くてベッドに入れば、何時しか眠る。それに、明日からは早いぞ」
「え? って、ティ、ティアちゃん!?」
ティアちゃんの言葉に俺は尋ねようとしたのだが、彼女は突然メイド服のエプロンを外し始めた。
エプロンを外したと思うと、そのまま彼女は首もとのボタンと飾りとしてのリボンを外し……白い首筋が露わとなった。
「どうした勇者よ? 早く眠る準備をするが良い。それともまだやることがあるのか?」
呆然と立っている俺を見ながら、ティアちゃんは訊ねる。
けれど俺を見る瞳は、早く寝ろ。と言っているようだった。
なので俺はしぶしぶベッドの中へと入る。
それを見届け、彼女は自身も床に敷いた外套に座るとエプロンを抱き寄せた。
「では消すぞ? 勇者よ、また明日」
「…………お、おう」
俺の返事を聞いてから、彼女は蝋燭消しを伸ばし……煌々と燃える蝋燭に被せると、明るかった室内は暗くなった。
そうして十分もしない内に、床からは可愛らしい寝息が聞こえてきた。
もしかすると、ティアちゃんの体力が限界だったのかも知れない。
結構張り切っているように見えたしな……。
そんなことを考えながら、俺も眠るように目を閉じた。
……そして、今に至るのだった。
とか思ってみるけれど、やっぱり眠ることは出来なかった。
というか、ティアちゃんに抱き締められたことを思い出したからか、余計恥かしくなったのと……汗のにおいを思い出して興奮し始めた。
「ちょっとだけ、ちょっとだけなら、いいよな……?」
口の中で呟くように言うと、俺はベッドの中でもぞもぞと動き出す。具体的には下半身中心に。
そうすれば気持ち良く眠ることが出来るはずだ。
そう考えながら、俺は興奮を発散するのだった。
……そんな俺を床から一対の金色がぱっちり見ていたのだが、久しぶりの発散に夢中なために気づいていなかった。