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第10話 勇者は商談を破壊する。

ブクマありがとうございます。

「ぜ、ぜひ~~……、ぜは~~~~……! ま、待てぇ…………!!」


 苦しい、走るたびに、心臓がバクンバクンと音を立てる。

 足が地面を踏む、痛い。走る度に弛んだ腹が揺れる。

 脚が痛い、腕が痛い、俺は今うまく走れているのか?

 分からない、というよりもまともに走ったのは何時振りだ?

 ……あ。洗い場で逃げるときに走ったな。けど、あれは無我夢中で走ってたから良く分からない。

 だけど走らないといけない。走って、早く【ジェミニの杯】に向かわないと俺の大事な酒が売られてしまう!

 そう思いながら、必死に腕を脚を振るわせ、懸命に走る。

 道中、村の住人が残念な目で俺を見たが、そんなのは気にしていられない。


「はあ、はぁ! つ、つい――――ぐべっ!!」


 【ジェミニの杯】が見え、地面を踏み締めて止まろうとした俺だったが、安心したからかガクっと力が抜けてそのままゴロゴロと転がってしまった。

 玉みたいに転がって、土塗れになりながら俺は店の中へと入る。

 すると、【ジェミニの杯】の女店主であるラストさんとティアちゃんが酒瓶が置かれたカウンターを挟んで向かい合っていた。

 しかもティアちゃんの表情は洗い場での誰これな感じの態度ではなく、俺に向けているような感じの態度だった。

 え、なにこの状況? 何が起きたの?


「あらぁ、いらっしゃいブレイブさぁん」

「む、来たか……」

「えっと、これはいったい?」


 俺に気づいたラストさんがカウンターに肘とおっぱいをつきながら、手を軽く振る。

 自身の体とカウンターに潰された豊満なおっぱいが潰されていることを自己主張しているけれど、見ないように頑張る。

 ……多分ばれているけれど。だって、俺を見ながら色気たっぷりに微笑んでいるのだから。

 ただしからかっているという意味で。


「うふふぅ、これがどういう状況かと言うとぉ、買い取るのに待ったをかけている状況なのよぉ」

「……くそっ、忌々しい!」


 ラストさんの言葉にティアちゃんは盛大に舌打ちをする。

 というか、本当に何で俺に話しかけているような感じなの?


「え、えっと、酒を売られるのを阻止してくれてるのはわかったんですけど、その……ティアちゃんのほうは?」

「ふふっ、可愛いわねぇこの子。普通の人にはばれない顔を持ってるんですものぉ」

「ああくそっ、こういう類の者は苦手なのだ!」


 くすくす笑いながらティアちゃんを見るラストさんに、ティアちゃんは腹が立ったのかその場でダシダシと地団駄を踏む。

 ……ティアちゃんのことだから、ラストさんに本性をばれないようにしてお酒を売ってると思ったけど……やっぱりジェミニ商業ギルドのポルックスランクは伊達じゃない、ってことか。

 そう思いながら2人を見ていると、ラストさんが俺を見た。


「それでぇ、ブレイブさんはお酒を売るのかしらぁ?」

「俺は売りたくは無い。というか、ティアちゃんが勝手に売ろうとしてるだけだから」

「勇者よっ、そうしないと食糧を買う金も無いのだぞ!?」

「お金が無くっても売りたくない物は売りたくないんだぁ!!」


 ラストさんの問いかけに、俺はスパッと答える。

 するとティアちゃんは俺に向けて怒鳴りつけるが、酒は大事だ。俺にとっては超大事。

 だから気合を込めて言い返す。

 そんな俺たちをラストさんはくすくす笑いながら見守る。……が、彼女は笑みを浮かべて口を開いた。


「それならぁ、いい方法があるわよぉ♪」

「え、マジ? いい方法ってどんな方法ですか?」

「ええ、この酒を売るよりもお金がもっと多く入るっていう方法か、もしくは定期的に良い額のお金が入るかっていう方法がねぇ……」


 ラストさんの言葉に俺は目を輝かせる。

 そんな俺をティアちゃんがゴミを見るような目で見ているけれど、気づいていない。

 更に言うと、ラストさんの口が更につり上がったことにも気づいていない。

 そうして俺はラストさんに酒を売らなくてもよくて、お金をたっぷりと貰える方法を聞く。


「簡単な話よぉ、もっと多くお金が貰える方法は、そこのメイドさんを使うのよぉ。

 彼女が穿いてるパンツを売ってくれたら、金貨……そうねぇ、3枚かしらねぇ?」

「え……、き、きんかさんまい……」

「それで定期的にお金が入る方法はぁ、メイドさんをたまに来る男の旅人に2階で一晩中ご奉仕する契約よぉ」


 くすくす笑いつつ、ラストさんは俺を見る。

 一瞬冗談かと思った俺だったけれど、ラストさんは本気らしく目が笑っていない。

 ティアちゃんを見る。けれど、彼女は何も言わない……。というよりも俺と目を合わせない。


「あらぁ、悩んでいるのぉ? この子はブレイブさんの大事なお酒を売ろうとしてたんでしょぉ?

 だったらぁ、お仕置きの意味を込めて目の前でパンツ脱がせて売らせたりしたら良いじゃないのぉ。

 それとも、のんだくれのクズヤロウなブレイブさんは可愛いメイドさんを夜のご奉仕に行かせるほうがお好みかしらぁ?」

「や、いや、その……」


 早く決めたら良いわよぉ、とラストさんはすごく嬉しそうに答えを待っている。

 ……この人、宿に泊まる冒険者と度々一夜を共にするっていう話は本当なのだろうか?

 そんなことを考えながら、俺はティアちゃんを見る。

 だけど彼女は俺とも目をあわせようともしないし、何も言わない。

 ……いや、言うとしたら彼女は何を言ってくる? それとも、俺はどう言われたいんだ?

 止められたいのか? それとも殴られて罵られたい? ……それとも、い――いや、それは無い。ないはずだ!

 それ以前にやって来た初日にそんな不埒な真似をさせたいのか俺は!?


「それでぇ、ブレイブさんはどうするのかしらぁ?」

「お、俺は……、俺は……」


 震える声でどう答えるべきかと悩み、俺は何も言えなかった。

 おかしい、昔はパッと考えてパッと決めてすぐに動けていたはずなのに、今の俺は決めることも動くことも出来ない……。

 何かが、俺を縛り付けていく……。視界が狭まっていく。


「……勇者よ。お前はどうしたいのだ? お前が何を決めたとしても、我はお前の望む通りにしてやろうではないか」

「え……」


 悩む俺へと、ティアちゃんが告げる。

 そんな彼女をラストさんはあらぁ、と驚いたような反応をしながら見る。

 俺もきっと同じような顔をしているだろう。

 だけど、その言葉に気が楽になったのか、狭まっていた視界が広がり、俺は決意した。


「…………ラストさん、決めました」

「あらぁ、それじゃあパンツを売るのと娼婦送りにする。どっちにするのかしらぁ?」

「俺は――――」



 ●



「はぁ~~~~…………」


 盛大な溜息と共に俺は握り締めた小袋に入ったチャラチャラという軽い音を聞く。

 聞こえてくる悲しい音だ。


「まったく、溜息を吐くぐらいなら普通に我を売れば良かろうが」

「……あのねぇ、会って早々の女の子を売るなんてことをしたら俺はただのクズじゃないか。今でもクズだろうけどさ……」

「だがこれでは数日分しか持たないぞ?」

「そうなんだよなぁ……、まさか銀貨80枚なんて」


 銀貨80枚、それが俺がとっておき酒を売って手に入れたお金だった。

 ……あのとき、俺はティアちゃんを売ることをせず、とっておきの酒を売り払った。

 酒を売り払う、と言ったときのラストさんの顔は本当に驚いていた。

 けれどすぐに表情を戻し、酒瓶をチラチラと確認してすぐに金額を出した。


「まさか保存の仕方が駄目だったから、品質がガクッと落ちてたなんてなぁ」

「勇者よ。やはり貴様は酒を呑むべきではないのだろうな」

「そうは言ってもな、色々忘れるために飲みたいんだよ……」


 ガクリと項垂れる俺に数枚の銀貨を使って購入した食糧を持ったティアちゃんはスパッと言うけれど、酔っ払えば全て忘れることが出来るから酒は良いんだ。

 そんな俺を見ているのだろうけど、ティアちゃんは何も言わない。

 ……ふと、そんな彼女に聞いてみたいと思った。


「なあ、俺がティアちゃんを売ってたら、どうしてたんだ?」

「ん? 貴様が望んだのだから、我はそれを受け入れて見ず知らずの男たちに奉仕をしていたぞ。

 まあ……、そうしていたら我は貴様を見限りはしないだろうが、周囲は完全に見限っていただろうな」

「村の人たちからは見限られていると思うんだけど?」

「違う違う、村のものではなく、空で見守る神どものことだ」

「え、それってどう言う……」


 何かを知ってる、そんな風に笑うティアちゃんに尋ねようとする俺だったが、ふと何かを思いついたのか俺を見る。

 なんだろうか、嫌な予感を感じるぞ?


「ちなみに勇者よ。神どもはパンツ如きならば許してくれたと思うぞ?」

「ぅえ!? い、いきなり何を言い出すんだ!?」

「なに、売りはしなかったが、貴様は見たいかと思ってなぁ?」

「い、いやっ、そんなに見たくはないからっ!」

「ほう? ならば、こうしたらどうする?」


 ニヤリ、と笑いながらティアちゃんは食料が入った荷物をその場に置くと、足首まであるスカートの太もも辺りの部分を摘むとゆっくりと上へと持ち上げて行く。

 ゆっくりと持ち上げられていく中、彼女の足首までの白いソックスが見え、そのまま隠されていた白い脚が露わとなっていった。

 そしてそのままゆっくりと持ち上がっていき、しみ一つない綺麗な太ももが見えて――、


「そ、そこまで、そこまでにしてくれ……!」


 見ているほうが恥かしくなる、そんな状況で俺はティアちゃんのスカートを摘む両手を掴んで持ち上げられないようにした。

 そんな俺をパチパチと瞬きしながら見て、ふうと溜息を吐いた。


「ほう? くくっ、仕方ない。これくらいで勘弁してやろうではないか」

「そ、そうか、よかった……」

「だがその代わり、しばらくは朝の訓練に付き合ってもらうぞ?」

「え? ちょ、ティ、ティアちゃん!?」


 荷物を持って歩くティアちゃんを追いかけつつ、俺は叫ぶ。

 そんな俺の叫びをティアちゃんは笑いながら無視していた。


 ちなみにしばらく経って、俺が村の中で若いメイドのパンツを見たいがためにスカートを捲り上げさせたという事実とは違う噂が流れるのを知ったとき、俺はガクリとその場で落ち込んだ。

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