第9話 メイドは勇者の楽しみを破壊する。
お待たせしました。
「さて、そろそろ昼になるのだが勇者よ。貴様は食べる物をどうしていたのだ?」
「食べる物か? あー……、確かそこの箱の中に干し肉が残ってるはず」
洗濯物を干し終え、家の中に戻ると何故か悶えている勇者が居り、冷めた目でやつを見たのがほんの少し前。
そして今、我は昼どきになっていることを理解し、この家の中に食べ物はあるのかと訊ねてみた。
すると勇者は食べる物があるのかを思い出しているのか、我とは目を合わさずに……質素な造りの台所を指差し、そこにある木箱を指差した。
指差した、のだが……あの木箱の中は酒が無いのかを調べるために我は開けたぞ?
だが中には、
「中には何も無かったぞ?」
「え、本当か? ……あ、本当だ。ってことは何も無いか」
我の言葉を聞いて、驚きながら勇者は立ち上がって木箱を開けると、中に何も入っていないのを確認したようだ。
だが、その後のあちゃー。という感じに頭に手を置いて空を仰ぐ仕草はなんというか腹が立つ。
「こういうときはどうしていたのだ?」
「えっと……だな、村の中にある雑貨屋で干し肉とか黒パンを買い込んでいたな」
「ならば買いに行くべきだろう?」
「あ、あー……えっと、その、だな。ティアちゃん、きみが来る少し前に……その、酒代で、すべて消えました」
我が問いかけると、チラチラと我を見るのだが……すぐに視線から外し、喋る。
何なのだこの態度は? 我が何かをしたのか? それとも、勇者が何かをしたというのか?
色々と問い詰めたい気がするのだが、とりあえず今は食べる物の問題が先だ。
あと、何時の間に名前を知ったのかもそのときに問い詰めようではないか。
「それで勇者よ、他には食べ物が無いのか?」
「無いな。あるのは酒だけだ」
きっぱりと言った。こいつはきっぱりと言い切ったぞ。
胸を張るべきではない所で胸を張る勇者を冷めた目で見つつ、我は食べ物が無かった場合の資金繰りを行うことにする。
先ずは身の回りのいらない物を売ることからだ。
そう、奴にとってはいる物だとしても、我にとってはいらない物を、な。
「酒か。まだ呑んでいない……それも高級な品があったりするのか?」
「どうしてそれを聞いてくるのか気になるけど、一応領主を辞めさせられる前に買った物ならあるぞ?」
「そうかそうか、それは美味いのか?」
思い出すように勇者が口にするのを相槌を打つように我は語りかける。
それで気を良くしたのか勇者は味を思い出すように目を閉じ……、
「ああ、美味かったな。同じ物を最後に呑んだのは数年前だったけど、口に入れると凝縮されたブドウの甘みが酒精と共に口一杯に広がって、芳醇な香りが鼻を通って良くんだ……。ここ最近は味はどうでも良いから酸っぱ苦い安酒だけど、あれは一本で酒を呑んだって気分を十分味わえる美味さだった……」
「ほうほう、それは今何処にあるのだ? 出来れば出して欲しいのだが」
「もしかして飲みたいのか? はははっ、駄目だぞ、きみが何歳かって聞いてはいないけど、酒が呑めない子供だろ?」
「……なんというか腹が立つような言いかただが、それは置いておく。それで出して欲しいのだが、構わないか? あと、他のおすすめもあれば、な」
酒に何か思い入れがあるのか、気分をよくする勇者の反応が凄く殴りたくなるほどムカつく。
だがそれは置いておく、やつが酒を出すまでの我慢だ。
そう思っていると、勇者は立ち上がるとタンスへと向かう。
「どうして酒を出して欲しい、と言ってるのにタンスに向かうのだ勇者よ」
「そりゃ決まってるだろ? 誰かに盗られたくない物とかは、タンスの奥にある隠し棚に入れるんだからさ」
「ふむ、なるほどな……タンスの隠し棚か」
目の前の勇者という名のアホを見ていると、奴は酒が入った未開封の酒瓶を3本ほど取り出し、説明を始める。
1つは白ワイン、と呼ばれる種類の白ブドウを使った果実酒。
1つは赤ワイン、と呼ばれる種類の赤ブドウを使った果実酒。
1つはせーしゅ、と呼ばれる種類の遥か東で呑まれているこめという作物を使った酒。
それら3本を大事そうに抱え、その酒の説明をしながら机へと置いて行く。
「この白ワインはさっき言ったように良い味が出ていて、すっきりとした甘さと口の中に広がる酒精が良いんだよ。
それでこの赤ワインは逆にずっしりとした甘みと苦味がマッチしていて、じっくりと焼いた肉と一緒に食べると本当合うんだ。
でもって、このせーしゅって酒はこめとかいう東の国の主食を使った酒で、淡白な味わいながらきりりとした辛味があって水を飲むようにガバガバ入る。だけど輸送量とかで割高なんだよね」
「そうかそうか、それらはすべて、美味かったか?」
「ああ、美味いんだよ。本当に、美味いんだ。……って、かった? 何で過去形なんだ?」
どうやらそこで嫌な予感を勇者は感じたらしい。
だが一歩遅かったようだな。
にやり、と笑いながら我は机に置かれた3本の酒を掴んだ。
「あ!? ちょ、ちょっと待て、何をするつもりだ?!」
「勇者よ。これはもう貴様には無用の長物。というよりも我はこれからは貴様に酒を呑ませるつもりは無い」
「は? え、ちょ、ちょっと、ティアちゃん? 俺、嫌な予感してるんだけど?」
「おお、勘が良いな勇者よ。ちょっと今から我はこれらを売りに行って来るが、来るか?」
「ちょっとおおおおおおーーーーっ!! なに勝手に売ろうとしてるんだよっ!?」
掴んだ酒瓶を持って、家から出て行こうとする我を勇者は一生懸命止めようとする。
だがそんなのは無視だ。
「お金が無い、ならばいらない物を売る。世の摂理だろう?」
「いや、いる物! これは、とってもいる物だから!!」
「残念だが我にはいらない。だからこれはいらない物だ。では行くぞ」
「く……っ! 言っても聞かないのか、だったら悪いけど力づくででも行かせはしない!!」
無視して家から出ようとする我に止めるのは無理だと判断したのか、勇者は我の体に抱き付いて動きを止めようとする。
だがそれは愚の骨頂だぞ勇者よ?
瞬発力のまったく無いその抱きつきを回避し、勇者が壁に顔を打っている間に我は扉を開ける。
「では勇者よ、これらを取り返したければ【ジェミニの杯】に来るがいい」
「っつ~~~~!! ま、待て……!」
痛む顔を押さえながら、勇者は我を止めようと手を伸ばす。
だが我は素早く外まで出ると、酒瓶を脇に抱えながらカーテシーを行ってその場を離れた。
多分、勇者は少し遅れて来るだろう。と思いながら。
●
酒瓶を抱えながら歩くメイド、というのは珍しいのかチラチラと村人が我を見ているのに気づき、外用の笑みを浮かべながら優雅に頭を下げる。
そんな動作を何回か繰り返し、村の入口まで辿り着くと目的の場所はあった。
――【ジェミニの杯】
1階が食堂と酒場で、2階が宿屋となっている小さな村には不釣合いとも言える大きな店だ。
いや、勇者生誕の地と見るなら商業的にも良いと踏んだのだろう。……今ではああなったが。
そんなことを思いながら、我はスイングドアを体を使って開ける。
重い扉はギィ、と音を立てながら開き、備え付けられたベルがカランカランと音を立て、来客を告げた。
店内には誰も居らず、ガランと静まり返っていた。
多分、朝にすれ違った冒険者の男だけが客だったのだろう。
そう思いながら声をかけようとしたが、ベルの音を聞いたからか我が挨拶をするよりも早く奥から女が出てきた。
「あらぁ、いらっしゃい。その様子だと無事に行けたみたいねぇ?」
「はい、朝はありがとうございました。無事にブレイブ様に会うことが出来ました♪」
「そうみたいねぇ、うふふ……」
他の村娘と同じような服装なのだが、女本来の体つきと雰囲気から漂う色気なのか胸を強調するように腕を組んで微笑むだけで妖しさを感じる。
同時に我を見定めているのか、舐めるように我を見ている……のだが、気づかないようにしているからか普通であれば気づかない。
「それでぇ、どうしたのかしらぁ?」
「じ、実は、ブレイブ様の家にお金が無いのでこれらをお売りするように、と言って……」
そう言って、我は物凄く申し訳なさそうに強奪した3本をカウンターへと置く。
それらを見た瞬間、女の瞳がキラリと光ったのを我は見逃さなかった。
だが同時に気づくべきであった、この女の性格を……。
「嘘ねぇ」
「え?」
「だって彼がぁ、命よりも大事なお酒を簡単に手放すわけがないものぉ」
うふふ、と笑いながら女は我が置いた酒を指差す。
というか勇者よ。貴様それほどまでに酒が大事なのか?
だがそんなことよりも、これらを売り払って金にするのが先だ。
「で、ですが、ブレイブ様も食べる物が無くて……泣く泣く手放そうと考えたみたいです」
「へぇ~~? そうかしらぁ? 信じられないわねぇ」
「ど……どうしてですか!?」
心苦しい、そんな風に我は女に言うが女はまったく信じようとしない。
普通ならばコロッと信じてくれるはずなのにっ!
上手く行かない、心のどこかでそれを理解しつつも悲しんでいる風に女に問いかける。
すると女は……、
「だってぇ、あなたの上辺だけの演技が信じられないんですものぉ」
「…………」
「ここにはぁ、あーしとあなた。それともう少ししたら彼が来るんでしょぉ? だったら普通に話してくれると嬉しいわぁ」
そう言って、微笑む女を見ながら……我は舌を打った。
次回は追いかける勇者、もしくは酒場のお姉さんの朝からのどちらかになると思います。