-4章- 金色の日向
A.D. 2020年 4月1日
聖位騎士団付属 聖騎士学園 東日本校 講堂
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます」
学校の施設とは思えない程の広さの講堂で全校生徒と全教職員が一堂に会する数少ないイベントの一つ、入学式が執り行われていた。
聖位騎士団付属 聖騎士学園、通称アヴァロン。その身に魔力を宿す騎士の素質ありと認められた少女達が全国から一斉に集う教育施設。国に認められた聖位騎士になるためには、学園騎士としてその実力を磨きアヴァロン卒業の認定を受けることが必須条件となる。入学した生徒達は通常の学校授業とは別に騎士としての能力を磨く魔力育成の授業やヴェルム討伐の実習がカリキュラムに含まれている。一般の学校を含めても日本でトップクラスの学生が集められており、当然おしゃべりや居眠りをする生徒は当然ながら一人もおらず、少女達は皆静かに学園長の挨拶を熱心に聞いていた。
一人を除いて。
(みんなおっぱいでっかいわね……)
全国から選び抜かれた少女達が集う栄えある式の最中に、黒髪の新入生、白月玄乃はこれから学園生活を共にする仲間達にしょうもない感想を抱いていた。昨夜の一件であまり睡眠時間がとれず玄乃の頭はボーっとしている。学園長の話に全く集中できていなかった。
(なんでよ、みんなどーゆー生活してたらそんなに胸が成長するのよ、みんなあたしと同い年よね……15歳よね嘘でしょ……)
周りを見渡すと確かに周りの生徒の胸は豊かに実っていた。平均Eカップ以上はあるだろう。玄乃がいなければ平均Fカップになっていたかもしれない。
(隣の子なんかすごいわよコレ、小学生みたいにちっちゃいのにおっぱいコレ……、制服はちきれそうになってるわよ……)
隣に座るサイドテールの少女を玄乃は凝視する。腰まで伸ばした髪の左右にちょこんと付いてるサイドテールが幼い少女の外見をさらに幼く見せている。そして、その幼い外見からは不自然とも思える大きな胸が玄乃の視線を釘付けにしている。当然、少女は玄乃の視線に気づいており不快そうな表情を浮かべている。
「では、続いて新入生代表の挨拶です」
教職員のアナウンスで、玄乃は我に返る。玄乃が隣の少女の好感度を下げてる間に式はかなり進んでいたらしい。青みがかかったロングヘアの生徒が壇上に現れる。
(あ、あの子はおっぱい無いわね)
自分のことを棚にあげて失礼な感想を抱く玄乃。小さいのではなく無いというのが本当に失礼である。
「新入生代表、黒神八代です。本日は―――」
(綺麗な子ね、声も綺麗……)
周りのおっぱいばかりに気をとられていた玄乃ですら、八代の姿に見入ってしまう。式場にいる全員が玄乃と同じ感想を抱いたであろう。玄乃と同じ15歳とは思えない程、その立ち振る舞いは凛々しく気品に満ちていた。
「―――我々はこの学園で仲間達と共に修練と勉学に励み、騎士として人間として正しい道を歩み続けることを誓い、入学の言葉といたします」
八代の挨拶が終わり、会場からは割れんばかりの拍手がおこっていた。玄乃も無意識に拍手をしていた。挨拶の内容自体は至極無難なものであった。皆、黒神八代という存在に対し喝采を送っていたのだ。
(新入生代表ってことは主席合格……、あの子がもう一人の円卓の騎士か……)
玄乃は今年の入学生には自分のほかにもう一人円卓の騎士がいることを聞かされていた。この学園には玄乃と八代のほかにも王の鎧を持つ生徒会長とその側近である副会長が円卓の騎士としてこの学園に在籍している。正確には王の鎧を持つ生徒会長は、ラウンズよりもさらに上の存在であるとされているのだが、便宜上円卓の騎士の一人としてカウントされている。
他の鎧とは一線を画す能力を持つ円卓騎士の鎧に選らばれし騎士。それが、円卓の騎士である。円卓の騎士は世界でも数人しか存在せず、その力は国宝級のものと称される。聖位騎士百人分の実力を擁していると謳われる玄乃でも、ラウンズとしての力は完全には覚醒していない。真の力に目覚めた円卓の騎士は自然の理すら捻じ曲げるほどの能力を発揮すると言われている。そんな円卓の騎士が4人も同時に在籍することは、100年以上の歴史を持つアヴァロンでも極めて異例の事である。
(やっぱり我が家と違って、ラウンズの家系はいい家の子ばっかりなんだろーな)
母親の顔を思い出し思わず苦笑する玄乃。玄乃の母はこの世の全騎士の中でも気品や優雅からは一番かけ離れたタイプであった。野生の獣がそのまま魔力を持って人間になってしまった部類の存在である。
学園を救った伝説の騎士、白月星華。彼女の娘である玄乃は生まれたその瞬間から特別な存在であった。誰も直接口には出さないが、周りの大人全員が玄乃と母親を重ね合わせ、玄乃に最強の騎士になることを無意識に強要してきた。玄乃自身もその無意識の期待に応えるべく幼い頃から剣を振るい当たり前のように母と同じ最強の騎士を目指してきた。母親を落胆させないよう、玄乃は剣を振るい、魔力を磨き、血の滲む努力の果て、ようやくランスロットに認められた。そして、それからは円卓の騎士、ランスロットの名を汚さぬように更なる鍛錬の日々が続いた。中学生になる頃には学園騎士はおろか、正式に国に認められた聖位騎士ですら相手にならない程に玄乃は強くなっていた。
(大丈夫……、私の他に円卓騎士がいても関係ない、今まで通り私は剣を振るうだけ……大丈夫……)
少し、不安になる。最強の騎士を自称しているが、学園を救った母親には未だ遠く及ばないことは玄乃自身も自覚している。最強には程遠い。ラウンズで無くてもきっと自分よりも強い騎士だっているだろう。騎士にとって誰より強いとか弱いとかはさほど重要ではないのはわかってる。目の前の"誰か"を守れる力さえあればそれでいい。だが玄乃には、最強の騎士にはそれが許されない。
強くならなきゃ――。
誰に言われたわけでもない、無意識から生まれたプレッシャーに玄乃の体は少し震えていた。
「大丈夫?顔色悪いよ?」
玄乃の隣の少女が心配そうに声をかける。先程、玄乃が胸を凝視していた少女だ。どうやら玄乃の不安がそのまま顔に出ていたらしい。
「あ、ありがとう平気よ、ちょっと緊張してただけ」
玄乃は慌てて笑顔を作る。
「本当に?辛かったらいつでも言ってね」
「えぇ。ありがとう」
玄乃に胸を凝視されていた時の不快そうな顔は今はなく、心配げな顔で玄乃を見つめる少女。
(優しい子……、おっぱいが大きいと心にも余裕ができるのね……)
余計なことを思いながらもう一度少女に微笑む。玄乃の無礼を知らない少女は安心した顔で、壇上に向きなおる。
「では、最後に在校生代表から特別に新入生の皆さんへ挨拶があります」
進行役の教職員が式を進行させる。当然のように進行役の教職員も巨乳である。
「生徒会長、天金ひなたさん、壇上へ」
その名が口にされた瞬間、静寂に包まれていた会場が一気にざわついた。
「天金ってあの王の鎧の……?」
「本物なの?」
「この学園にいるのは知ってたけど……」
「最強の黄金騎士……騎士王……、天金ひなた……」
玄乃は思わず身を乗り出していた。正真正銘の最強の騎士が目の前に現れたのである。自称でも誇大表現でもなく、その実力をもって世界から最強と認められた騎士。彼女の力は当時最強と呼ばれていた学園騎士、白月星華をも上回るといわれている。
「はい、静粛に」
会場の反応を予想していたように司会の教職員が会場のざわつきを沈める。席には座った玄乃だが、その身体は震えていた。
(私の越えるべき存在……、母さんよりも、強い騎士……)
会場が先程までとは違う緊張で包まれる中、天金ひなたは壇上に姿を現した。風のように流れる金色の髪にピンクの大きな瞳が光る。八代とは違う、気品というよりも威厳に満ちた堂々たる立ち振る舞いであった。金色の少女はマイクの前に立ちその口を開く。
「はい皆さん!私があの最強の黄金騎士、天金ひなたで~す!」
ピースとともに挨拶をするひなた。
((軽っ!!))
式場全体がコケそうになっていた。
(イメージと全然違う!!)
(そういえばテレビとかでも話してるとこ全然見たこと無かったかも……)
(可愛い……)
教職員と在校生達は既に我らが生徒会長のキャラクターは知っていた。ただ、入学式の挨拶までこんな軽いノリで始めるとは思っていなかった。
「あ~いや、カンペ無くしちゃいまして……えへへ……」
頬をポリポリさせながら申し訳なさそうに弁明するひなた。恐らく誰かが書いた台本があったのだろう。
(私、ちょっと恥ずかしいわ……)
すっかり緊張が解けた玄乃。正真正銘の最強の称号を前に萎縮していた自分が情けなくなる。
「え~まぁ、気を取り直して!簡単に終わらせちゃいますね」
コホン、と一つ咳払いをしスピーチを始めるひなた。
「新入生の皆さん、入学おめでとうございます!可愛い後輩がたくさん増えて私達在校生はとっても嬉しいです!皆さんがこの学園に入った理由はそれぞれ細かい事情が色々あるでしょうが、根本は一つ、一人でも多くの人の未来を救うという信念があってのことと私は思っています。皆さんはこれからヴェルムやレギオン、様々な脅威と悪意に立ち向かわなければなりません。一人でも多くの未来を守るために、皆さんには鎧を纏い武器を振るってその命を懸けて戦ってもらう必要があります。
でも、これだけは忘れないでください。私が言った一人でも多くの人達の中にはあなた達自信も含まれているといことを。命を懸けて戦うということはその命を捨てて戦いに挑むということではありません。絶対に死なないという決意の元、自身の全身全霊を持って戦うということだと私は思います。
敵わない敵には立ち向かわないでください。一人では戦わないでください。卑怯でもかっこ悪くても絶対に死なない。これだけは絶対に守ってほしいんです。
今、皆さんの隣には一つの信念の下に集ったたくさんの仲間がいます。その仲間達と共に助け合い、競い合い、そして何よりここでの学園生活を楽しんで欲しいんです。
この学園に涙はいらない。人類を救う希望の騎士なんて言われても私達はまだ華の女子高生なんです。明日の戦いに怯えないでください、皆さんは安心して自分自身の学園生活を楽しんでください。大丈夫、この学園には私がいます。天より舞い降りし金色の騎士、騎士王アーサーがこの学園にいる限り、学園騎士の皆さんに悲しみの涙は流させません!!」
腕を天に掲げるひなた。その瞬間、在校生達から歓声があがった。それにつられるように新入生からも喝采が起こる。
騎士王・天金ひなた。その実力に裏付けられる信頼とカリスマは王の器として十分なものであった。
(騎士王ってただ強いだけの人じゃないんだ……)
拍手をしながらひなたを見つめる玄乃。玄乃の視線に気づいたのか、ひなたがこちらを向いて微笑みかける。どうしていいか分からず思わず顔を伏せてしまう。
ひなたは頭をぺこりと下げ壇上を後にする。生徒達の大歓声の中、式はそのまま幕を閉じた。