-3章- 白騎士降臨
「……――って、何してるの!?バカかぁっ!!?バカかバカかバカかぁっ!!?」
唇が触れてから10秒ほど経ちようやく我に返り、顔を真っ赤にしながら玄乃を振りほどくカオル。蜘蛛の巣に磔にされた状態で、身体をくねらせ子供のように精いっぱい暴れる。
少し勿体無いような気がするけど、やっぱり色々ダメだコレ!
「アレ?ごめんなさい、やっぱり初めてだった?」
縛られたまま暴れるカオルを見てちょっとエロいなと思いつつ、なんてことの無いように聞き返す玄乃。よく見るとただでさえ激しいカオルの身体の凹凸がより強調される形で縛られている。
「はっ、初めてとかっそんな事はどうでも良くて、なんで今この状況でキスしたの!!?ていうかやっぱりってどーゆー意味よ!!」
「あっ、ごめんなさい何となくそんな気がしたってだけだから……。やっぱり私が相手じゃ嫌だった?」
「嫌……ってワケじゃないけど、その……玄乃ちゃん、綺麗だし……?嬉しかった……ってのも違うんだけど……、いや! そーじゃなくて、その! 急にそーいうの、やっぱりビックリしちゃうっていうか……」
不安そうに上目遣いで迫る玄乃の顔を、カオルはもうまともに見れなくなっていた。
「ていうかホントに何でキスなんか……、玄乃ちゃんってえっちな子なの……?」
妙に色っぽく問い掛けるカオルに今度は玄乃が顔を赤くする。
「なっ!!?えっ、えっちじゃないわよ!?違う違う!!さっきまでカオルさんの感情が暴走しててね!?その影響でカオルさんの魔力も高ぶっててね!!?ちょっとその魔力を貰っただけなのよ!!?」
さっき縛られたカオルを見て少しだけいかがわしい感情を抱いていたので余計にムキになってしまう。
「私に魔力なんてあるの……?」
「純潔の女の人はね、大なり小なりある程度魔力を持っているの。騎士になれる程では無いにしろ、ね。ヴェルムの影響もあるでしょうけど、カオルさんは今さっきまで私が回復できるだけの魔力を持っていた」
上から覗くと確かに、先程までの痛々しい背中の傷が跡形も無く消え去っていた。処女を一瞬で見抜かれていたことについてはもう諦めることにする。玄乃の必死の説明に少しガッカリしたようなホッとしたような複雑な思いに囚われていると、ビルの底に引きずり下ろされたヴェルムが轟音と共に再び這い上がってきた。
「あら、なかなか空気が読めるヤツね」
ヴェルムを一瞥した後、剣で糸を切り裂き拘束から開放されたカオルをお姫様抱っこで受け止める。
「ありがとうカオルさん。おかげで何とかなりそう。今度こそ、貴女に指一本触れさせないわ」
「は、はい……」
自分より年下の女の子の腕の中でカオルはもう完全に騎士に守られるお姫さまになっていた。自分で分かってしまうくらい顔が熱くなっている。こんなに早く心臓が鳴るなんて生まれて初めてだ。もう絶望なんて湧いてこない。目の前の騎士を信じるだけ。
「ありがとう玄乃ちゃん。絶対に、負けないでね」
「当たり前よ。言ったでしょ、私は"最強の騎士"だって」
ウィンクしながらカオルを下ろす。
二人の想いは今一つ。
――負ける気がしない!!
「さぁ!神話の領域、見せてあげるわ!」
怒り狂うヴェルムの前に力強く降り立つ玄乃。シャツの胸元に指を掛け、一気に2つボタンを外す。
「私に応えろ!!ランスロット!!!」
聖咆と共に、玄乃の胸元にゼラニウムの花を象った聖なる印が浮かび上がる。ゼラニウムの聖印は眩いピンクの輝きを放ち、その光の中から白き鎧が姿を現す。現れた鎧は玄乃の全身に装着され、遂に白き最強の騎士・ランスロットが降臨した。月光に照らされ鎧の輝きはいっそう強さを増していた。握られた剣も一回りほどサイズが増している。
咆哮するヴェルム。突如目の前に現れた強敵を前に必死に虚勢を張っているように見える。どうあがいても勝てない相手ということが本能で分かっているらしい。
「まったく、ちょっと他より大きいだけで随分と調子に乗ってくれたわね」
ヴェルムの前へゆっくりと歩みだす玄乃。こっちに来るなと言わんばかりに糸を噴出させるヴェルム。しかし、その苦し紛れの抵抗は鎧に触れる前に蒸発した。纏っている魔力のレベルが違いすぎる。
「ちょ~っと覚悟、しなさいよ?」
怒りの警告と共に剣を振るい、一刀で左側の足を全てまとめて切り落とす。再びその身のバランスを崩されたヴェルムは、残った前足を玄乃目掛けて振り下ろす。その無様な抵抗は、正面からの一刀を喰らい無残に引き裂かれた。おまけと言わんばかりにもう残った足も一振りで両断する。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッ!!!」
醜い雄たけびを上るヴェルム。もう一度、藁をも掴む勢いで糸を操りカオルを捕らえようとする。今立ちはだかっている相手が選ばれし円卓の騎士で無ければその手はもう一度通用したであろう。
「遅い」
ヴァイスブリッツを投げ放ち、カオルを狙う糸を切り裂く。カオルは叫び声を上げること無く、真っ直ぐに玄乃を見つめ「信じてるから」と笑いかける。玄乃も鎧の奥で微笑み返す。その表情は見えなくとも玄乃の想いはカオルへ届く。
――安心して待っててね。
弧を描いて戻ってきたヴァイスブリッツを背中で感知し身をかわす。帰る場所を失った聖剣はそのままヴェルムの額に突き刺さった。緑の体液を撒き散らし、絶叫するヴェルム。
「喚くなってば、やかましいわね。カオルさんを泣かせた罪、こんな程度じゃ償えないわよ」
ヴァイスブリッツを手荒に引き抜き、ヴェルムの牙を掴む玄乃。握った牙から毒が溢れるが、鎧に触れると同時に浄化され毒は玄乃に届かない。
「おりゃあああぁぁぁぁぁっっ!!」
魔力で強化された膂力を振り絞り、そのままヴェルムを空へと投げ飛ばす。投げ飛ばされたヴェルムは自身で作り出したドーム状の巣の頂点に捕らわれていた。
重力陣を足元へ描く玄乃。重力を反転させ、ヴェルムの下へ一気に飛び込む。
「母さん譲りの必殺技、その全身で受け止めなさい!!!」
玄乃の魔力が膨れ上がる。溢れた魔力はヴァイスブリッツに流れ込み、その白い刀身をゼラニウムの花と同じ眩いピンクに染めていた。
「ゼラニウム・インパクト!!!」
咆哮と共に、玄乃の魔力が炸裂する。自身の魔力を極限までヴァイスブリッツに凝縮し、刀身が敵に触れた瞬間、最大火力で魔力を爆発させる。シンプルではあるが、円卓の騎士の規格外の魔力を持って一撃必殺の切り札とする、玄乃の必殺技である。
轟音と共に玄乃の魔力に夜空が染まる。ヴェルムは断末魔をあげ光の中へと消滅した。それと同時にビルを覆っていた蜘蛛の巣も風と共に消え去っていく。夜空に輝く月の光を背中に受けながら白き騎士は再び地上へ舞い戻った。
「ただいま。ちょっと派手にやりすぎちゃった」
剣と鎧が淡い光と共に消えていく。闇を祓う白き騎士は姿を消して、可憐な少女が再び現れる。
「おかえりなさい。すっごくカッコよかったわ」
安堵の笑みを浮かべながらカオルは応える。その瞳にもう涙はない。
「あったりまえでしょ、ようやくカオルさんもわかったみたいね、私が――」
ふっふーんとドヤ顔で語る玄乃の上着がはらり。めくれた上着が白いブラごと風に飛ばされていった。ヴェルムの背中の一撃で玄乃の服は薄皮一枚でどうにか衣類の体裁を保っている状態だった。それなのにランスロット装着の際、かっこつけて思いっきり乱暴にボタンを開けてしまったので遂に繊維の限界が来てしまっていたらしい。冬空の月のように白い肌にピンクの突起がピンと2つ。小ぶりだけれど形の良い上向きの胸がカオルの目に飛び込んできた。
「きゃあああああっ!!?嘘!!?嘘でしょ!!!?なんでこんな――、ってカオルさん!!?無言!!?無言なの!!!?やめて見ないで!!無言で凝視しないで!!!??」
慌てて胸を隠してしゃがみこむ最強の騎士。カオルの顔から涙は消えていたが今度は鼻血が溢れていた。心のシャッター音が止まらない。
「玄乃ちゃん、ブラはきちんと合ったサイズにしないとさっきみたいに飛んでっちゃうからね?」
「何よ!?アレはそういう理由で飛んでったワケじゃないわよ!?貧乳バカにし過ぎじゃないかしら!!?」
顔を真っ赤にして叫び続ける玄乃。こうやって鎧(と服)を脱いでみるとやっぱり普通の女の子だ。さっきまで巨大な蜘蛛の怪物と戦っていた鎧の騎士とは思えない。
「ていうか、カオルさんさっきから目つきがちょっとヤバいんだけど!?」
「あ、あぁ!!ごめんなさい!!これ、あんまり良いヤツじゃないけど……」
我に返ったカオルはスーツのジャケットを脱ぎ、涙目の玄乃に優しくそれを掛ける。
「あ、ありがとう……」
カオルから渡されたジャケットを羽織る玄乃。少しサイズが大きくて、少し優しい香りがする。生地が直接肌に触れてちょっとくすぐったいけれど、カオルの体温が残っていてほんのり暖かかった。
((なんか、余計にやらしくなった……))
中途半端にしか肌を隠せていない玄乃の姿に2人の想いが再び一致した。
「玄乃ちゃん、本当にありがとう。今夜だけで二回も命を助けて貰って……。
その上、私の勝手のせいで巻き込んで怪我までたくさんさせて本当にごめんなさい」
深々と頭を下げるカオル。本人もこんなことになるなんて思ってもいなかったが、今回の件の発端は全て自分に原因がある。どんなに謝っても謝りきれない。
「いいのよ、謝らないで。騎士として当然のことをしただけなんだから。それより私の方こそ油断してカオルさんを危険な目に会わせちゃった。騎士失格だわ、本当にごめんなさい」
玄乃も頭を下げる。騎士としての使命は、敵を倒すことではない。何より優先すべきは人の命を守ること。目の前の戦闘に目が眩んで一度ヴェルムにカオルを奪われたことを玄乃は強く後悔していた。今回は大事に至らなかったが、あのままカオルが殺されていても何もおかしくなかった。
「な、何言ってるの!?やめて玄乃ちゃん!!全部私が撒いた種なんだから!私なんて玄乃ちゃんに比べればケガの一つもしてないし!!顔を上げて!ほら、そうしてるとまたおっぱい見えちゃうから!!」
「きゃあぁっ!?」
お互い慌てて頭を上げる。トマトのように顔を真っ赤にする玄乃。少し気まずい沈黙の後、遠くからサイレンが聞こえてくる。
「え、嘘っ!?今さら警察来るの!!?もう全部終わった後よ!?」
サイレンを聞いた途端に慌てる玄乃。やむを得ないことだったとはいえ、玄乃はビルの屋上から1階まで思い切り床をブチ抜いてる。警察や聖位騎士団に見つかったら、損害の請求まではされないだろうが偉~い人の説教は免れないだろう。
「ごめんなさい、カオルさん。もっとゆっくりお話したいけど、私そろそろいかなくちゃ」
「わかった、残念だけど仕方ないね。そのジャケット、玄乃ちゃんにあげる。そんなのじゃ、お礼にもならないけれど」
「そんなこと無いわよありがとう。お礼なら気にしないで、ファーストキスも貰っちゃったし」
「それは忘れて!!」
いたずらっぽく笑いウインクする玄乃。再び顔が真っ赤になったカオルの唇に甘い感触がよみがえる。結局のところ一種の人工呼吸みたいなものだったけれど、意識はガッツリあったので思い出すだけでも恥ずかしい。
「カオルさん、最後に少しだけお願いがあるの。今日私がここにいたこと、内緒にしといてね」
「うん、わかった。誰にも言わない。ビックリしてここで気絶していたことにする」
助けてもらっておいてその恩を売るようなことはしない。今夜のことは二人だけの秘密だ。
「ありがとう。それともう1つ。事情を知らない私が言うのもなんだけど、自殺なんてもう考えないでね?」
今度は少し真剣に、カオルを真っ直ぐ見つめてそう言った。ビルから落ちる所を助けた時点で、玄乃はカオルが自殺をしようとしていたことに気づいていた。1つ目のお願いは正直言ってどうだって良い。私が我慢すればいいだけだ。でも、このお願いは絶対に守って欲しい。玄乃の想いが痛いほど伝わってくる。玄乃の真っ直ぐな視線から目を逸らさずにカオルは玄乃の想いに応える。
「えぇ。玄乃ちゃんが命を掛けて守ってくれた命なんだもの。その命を自分から捨てるなんて馬鹿なこと、絶対にしない」
カオルが玄乃の恩に報いるために出来ることは、今この人生を諦めないこと。諦めずに生きていれば、いずれ何かが変わるだろう。死んで全てを投げ出すのではなく、自分を変えてやり直す。命を掛けて戦ってくれた玄乃のためにも、カオルは自分の人生を途中で投げ出すわけにはいかない。
「そっか、良かった。じゃあカオルさんまたいつか。無理はあんまりしないように、たまにはちょっと休んでね?」
「うん、ありがとう。玄乃ちゃんもあんまり無茶はしないで、明日からの華の女子高生生活、楽しんで」
お互いに笑顔を交わし、玄乃はビルの谷間へ消えていく。一人屋上に残されたカオルは白く輝く月を見つめる。
「白月玄乃、最強の騎士、私の希望の光……」
まだ暖かい唇に触れくすっと笑いが零れる。口の中にはまだ少し、甘い味覚が残っていた。
「あの子、チョコレートが好きなのかしら。今度、お礼に持って行かなくちゃ」
カオルの言葉は風に溶け、月の夜空へ流れていった。