キルヴィ・エルフォレスト・ガヴィネル
目を開く。
当たり前のように、そこには世界が広がり、部屋の天井がキルヴィを迎える。
昼の温かい陽が差して、ポカポカと気持ちがいい。
「…キルヴィさま…?キルヴィさま!ご気分はいかがですか?体、どこか悪いところは?」
「…アル。おはよう…体が、自分のものじゃないみたい…重くて…全然動かない。」
「今トルティを呼びますから。」
「うん」
「キルヴィさま…どうなさいました?」
「何が?」
「泣いていらっしゃいます。」
「え?目が乾いたのかな。なんで…だろ…おかし、な…」
「キルヴィさま…」
心臓が締め付けられて、息が吸えない。
なんでこんなに苦しいのかな。
僕、なんかしたっけ?
どうしてこんなに悲しいのだろう。
なにか大切なものを失くしたみたいに、心の中が空っぽだった。
「お辛いですか?」
「ひっく…ひっっ…苦しい、アルっ…苦しくて、仕方ないっ…」
「お側に、おります。ずっといます。わたしも、ミホロワも、セイラもトルティも、陛下や王妃さま、妹君や弟君だって、キルヴィさまの味方です。一人で全て、抱え込んでしまわれなきよう。」
「ひっく…う、ん…あ、ありっ…がと…」
顔を覆ったキルヴィの細い手に、赤黒い痣は影も形もなかった。
「では、トルティを呼んできます。」
アルが優しくそう言って側を離れた。
キルヴィはまるまって、ただひたすら、訳もわからずに涙を流し続けた。
『しょうた!なんかあったら姉ちゃんに言いなさい!わたしがこらしめてやるから!』
約束は とうの昔に守れなくなった
けれど忘れたことはなかった
「…なんでこんなに、苦しいの…」
何を忘れてしまったのかさえ思い出せなくて
入って来たみんなが心配そうに見下ろしてくる
「キルヴィさま、わかりますか?」
「キルヴィさま?」
わからない
わからない
わからない
ギュっと目をつむって意識を閉じた
「君、ちょっと、起きて」
「…うん…」
青い服を着た若い男がしゃがんでこちらを見ている。
頭のぼーっとしていたキルヴィは、さっきまで部屋にいた自分がなぜ外にいるのかということに気がつかなかった。
「こんなところで寝てたら風邪をひくでしょ。家は?」
「…王都の真ん中にある城」
キルヴィは頭を傾げて男を見た。
王宮を知らない輩はいないはずだ。
しかし。
「は?分かった分かった。君さ、家出少年?家帰りたくないの?」
男はおかしなことを言う。
「ここは、」
自分の家だと言いかけて、そうではないことに気がつく。
「……どこだっけ?」
「はい?」
首を傾げたキルヴィに、男も同じく首を傾げる。
「記憶喪失か?」
「なんです、それ」
「記憶がなくなっちゃう、病気?障がい?なんかそんな感じのやつだ」
「はあ。」
記憶…
「僕はキルヴィ・エルフォレスト・ガヴィネル。ガヴィネル王国第一王子です。アレクセイが護衛をしてくれています。ミホロワは…」
「ちょちょちょちょっと待った!」
男が少し声を荒げる。
「なに!?王国って!ここ日本!首都の東京!大丈夫かなぁ、どうしようこの子。」
「どうもあなたはさっきから失礼ですね。僕が名乗ったのに名前も名乗らないのですか。」
むっとしてキルヴィが言うと、男ははっとして、
「あ、悪い。俺は清永しょうたっていうんだ。」
と言った。