使徒
アルに痣のことがばれた直後、一週間と間を空けずに、弟が出来たことを知った。
実は妹も生まれてはいたのだが、わたしの痣のこともあって一度も顔を合わせたことがない。幼い子どもに痣を見せて万が一外へ伝えてしまうことが無いようにするためで、わたしが6歳になった頃に1人、8歳になった頃に1人生まれていた。名前は知っていて、長女がアンヌ、次女がリュエル。向こうもわたしの存在は知っているらしいが、重い病気とか何とか言って誤魔化しているらしい。実際、痣のせいで体が思うように動かないから間違ってはいない。
今日も変わらずベッドで布団に埋もれるわたしの元へ懐妊の報せを持ってきたのはアルだった。
「キルヴィさま!王妃さまがご懐妊なさいました!占い師の話だと王子殿下のようです。」
「それは良かった。」
立場上、わたしは何とも言えない気持ちになった。
嫡子ではあるが病弱で、これからもっと体が思うように動かなくなっていくのだろうわたしはどうなるのだろう。
どんな立場に立たされるのだろうか。
「キルヴィさま、どうかなさいました?」
「…あ、いや。何でもない。」
アルの声で我に返って、嫌な考えを頭から振り払った。
大丈夫、わたしにはアルがいる。
お腹の赤ん坊は順調に育ち、お母様のお腹は丸々と膨らんだ。そのお腹のでっぱりが、華奢なお母様にはかなり大変そうだった、そんなある夜のこと。
ベッドの中でうつらうつらしていたとき、目の端に光る何かをとらえて眠りかけていたわたしの目は完全に覚醒した。
侵入者かと身構えたわたしの目の前に、“それ”は静かに、厳かに、思わず跪いてしまいそうな気高さを纏って佇んで、わたしの瞳を瞬きもせずにじっと見つめていた。
「一角獣だ。」
わたしがその名を口にすると、作り物めいて見えていた純白の体の表面が波打つように形を変え、筋肉の動くのが見えた。
わたしは 太古の神々に 連なりし 古の魔法を 守る者
「…え」
声など発していないはずなのに頭の中に文字が浮かんでくる。聞く、という過程をすっ飛ばして変換される。
“大いなる文字”を与えられし者よ 人柱となる その代償として 全てを知らせよう
世界に永遠を
一角獣の目が光り、わたしの目に衝撃が走って、見てもいない文字の羅列が鮮明に流れ始めてわたしは布団を握りしめた。
一角獣がわたしに与えたのは、どうやら痣に関する知識のようだった。
「…これは、術式だったのか」
夜の闇の中では見えない痣を見下ろして、呟いた。どうやらそれは細かい古代文字の集まりで、キルヴィの作る膨大な魔力を吸収し溜め込んでいるらしい。
この世で最も時間のかかる、最強の防御魔法。この世界を包む結界をかけ直す為のもの。
“その時”まで さらばだ
一角獣は一度、わたしと目を合わせて、くるりと向きを変えた。
「来るのもいなくなるのも急なのね」
何の前触れもなく神の使いに「世界を救え」と言われたわたしはしばらく夢現つで窓の外を眺めて、現実に追いつこうと必死で頭を回転させた。
「…いや本当に急だね。」
それしか言葉が出てこなかった。
世界は急に変わってしまう。
わたしが、清永あかりが死んでしまったように。