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「どういうことだ…」

トルティはキルヴィの首を見て思わず呟いていた。

顔の左半分にしか広がっていなかったはずの痣が、何故か首にまで及んでいた。なにもしていないのに広がるなど普通ならありえないことだ。

「どうかしたの、トルティ?」

キルヴィが不思議そうにトルティを見つめる。

「いえ、寝不足ですからよくお休みくださいね。そうしたらすぐ治ります。」

「うん」

トルティは言いながら、何をしているんだと自嘲ぎみに笑った。自分は医者ではなかったか。

部屋を出て、深い、ため息を吐いた。




わたしの部屋には鏡が無い。

お母様が、わたしの顔に痣があるから見れないようにしたんだとか。

どこまで、広がったかな。

最近、痣が熱を持ち、痺れるような感じがある。何もすることがない夜、特に気になって眠ることができないでいる。

始めは顔だけだったのが今では首の辺りもびりびりし始めて、勘違いかもしれないのだが、痣が熱を持ち痺れるほど体が重くなる。

「はあ」

真っ暗な夜の闇の中、わたしは一人、痣に指先で触れながらため息を吐いた。

そんな夜が、1年続いた。

わたしの痣は自分で見えるほどに広がっていた。




習慣になったキルヴィの朝食の運搬をしながらアルは盆を見下ろした。

盆にはパン2枚とサラダ、豆のスープ、ハム、その他色々なものが載っている。

普通よりも多いのだが、何故だかキルヴィは痩せていく一方だ。心配したミホロワやセイラが増やすのだがそれでもだめだった。

「失礼します、キルヴィさま。起きていらっしゃいますか。」

「うん、起きてるよ。」

ベッドで横になることが、めっきり多くなったように思う。アルは心配で仕方が無いがどうしたらいいのか分からない。トルティに聞いても曖昧にはぐらかされるばかりで何も教えてはくれない。

「今日の気分はいかがですか」

「普通、だね。良くもなく悪くもなく。」

上に伸びをして、アルの持つ盆を受け取る為にキルヴィが手を伸ばして来た。

アルはキルヴィの腕を見て首を傾げた。

「キルヴィさま、それは何です?」

袖から覗いた影のようなものを指摘したところ、明らかにキルヴィが顔色を変え、置きかけていた盆から慌てて腕を引っ込めた。

アルはとっさにキルヴィの腕を掴んで袖をまくり、目にした光景に言葉を無くした。

「…何ですか、これ」

ようやく出てきた言葉はそれだけだった。

顔だけにあったはずの痣が、今やキルヴィの腕にまで広がっていた。肘の、少し下の辺りまでが赤黒く変色し白い肌と明らかな境界を作っていた。しかしキルヴィは「ばれたか」とあくまで明るい態度でアルの反応を伺っているのだ。

「いつからですか」

「5歳くらいから少しずつ、ね。」

今年10になるキルヴィはそう言ってアルから僅かに視線を逸らした。

「5歳くらいって…」

キルヴィが体調を崩すようになった時期と重なる。

「その痣の、せいですか?」

「そう、かもしれないし、違うかもしれない。でも、全然関係無いとは言えない。」

キルヴィの笑顔が歪んだように見えた。

「具合が悪くなる度、痣がどんどん広がるんだ。それで広がると、体調は元に戻らない。」

キルヴィの命を吸い取るように痣は広がってきたらしい。

アルは、体がばらばらになってしまうのではないかと思うほどの恐怖を感じ、目に涙が盛り上がって、頬にぱたっぱたっと落ちるのを拭いもせず、拳を握りしめて動かなかった。

キルヴィが何でも無いように、そういえばと付け足す。

「そのうちこの目も見えなくなるかもしれないね。もう見えづらくなってきているから。」

「そんな…そんな」

何も知らなかった。

恐らくは、自分だけが。

キルヴィの診察をするトルティも、お世話係のミホロワも、知っていたに違いない。

「どうして…どうしてわたしに、言ってくださらなかったのです?そんなに、頼りないですか」

「違う!違うんだ。ごめん、僕のワガママなんだ。アルは、知ったらきっと悲しんだから、言えなかった。笑ってて欲しいから。ああでも、もうばれちゃったからな。笑ってる顔も苦しいばっかりだ。普通がいい。普通のアルがいい。悲しい目は、もうたくさんだ。」

キルヴィの悲鳴にも似た囁き声が、アルの心に突き刺さった。


「僕は、可哀想じゃない」


アルの中で何かが音を立てて崩れ去った。

それは慢心か、同情か、何かは分からない。

でも確かに何かが変わった。

余計なものが消え去って、解放された感じに近い、さっぱりとした軽さがあった。

自然と笑顔が作れる。

「キルヴィさま」

キルヴィが顔を上げ、そして目を見開く。

「わたしは平気です。お気遣い、感謝致します。」

キルヴィの目から涙が溢れ出す。

「ごめ…ごめんなさい、僕は…何を…勘違いして…」

泣きじゃくるキルヴィをそっと抱き寄せて、ずっと、背中をさすった。

ようやく、どうすればいいのか分かった気がした。

「キルヴィさま。わたしがずっとお傍におります。だから、大丈夫ですよ。」

俯くキルヴィの首筋に何とはなしに目をやった、そこにも赤黒い痣がはびこっていた。

少し時間が飛んだので戸惑った方もおられますでしょうか。自分でも少し飛びすぎたかなーと思っております。

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