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キルヴィの不調

朝、アルはいつものようにキルヴィを迎えに部屋へと向かった。起こすのは世話係の役目でアルが着く頃には着替え終わったキルヴィが部屋から出てくるはずだった。

しかし。

「まだお起きでない?」

「はい。どうもお顔色が優れないようなので、トルティ先生へご報告をと思っていたところです。」

そう言うとミホロワの部下にあたる青年は、アルに一礼をして歩き去った。

「キルヴィさま、失礼致します。」

アルは部屋の中へ声をかけ、返事はなかったが入りベッドのかたわらに立った。

キルヴィは目の下まで掛け布団をあげて埋もれるように眠っていた。確かに、言われなければ気づかない程度ではあるが顔色が悪い。

「キルヴィさま、朝にございます。」

顔に掛かった布団をめくると、キルヴィは僅かに目を開けてアルを見て、すぐにまた布団を引き寄せて眠ってしまった。

(どこかお悪いのだろうか)

自分であれこれ考えても仕方がない。あとはトルティに任せることにしてアルは部屋の壁際の椅子に腰掛けた。




次の日も、その次の日も、またその次の日も起きられないことが続き、原因は何にせよ、やはり体に負担がかかって体調を崩していることは明らかだった。

「要らないのですか?」

「お腹空いてないんだ」

「そんなこと言ってもう昨日から何も食べていらっしゃいません。何か食べませんと。」

「本当になにも要らないんだ」

5歳にしては大人びた顔をするキルヴィが、弱ったな、といった表情で肩をすくめる。

「分かった分かった。少しなら食べられるから、多分。いただきます。」

肩をすくめる、などという動作を5歳児がする訳がないのだが、見慣れているせいか不思議に思わないのが城の者たちだった。そのくらい肝が座っていなければ務まらないということでもある。

晴れの日に朝食をとるためのバルコニーへ行き席に着くと、消化の良い豆と麦の粥が用意されていて、キルヴィの目の前に湯気を立てる粥が置かれた。

「いただきます」

キルヴィはいつも、食べる前に手を合わせて頭を下げこの言葉を言う。この国にそのような慣習は無いのだがきっと本か何かで学んだのだろうと思っている。

ため息を吐きつつせっせとスプーンを動かしたおかげか粥は空っぽになり、

「ごちそうさまでした」

いつものように挨拶をして席を立った。

「この後は王妃さまと国学の勉強のお時間ですが、平気ですか」

「…うーん、頑張る」

「無理はなさらずに」

「うん」

頷くキルヴィの顔は真っ白だったが笑顔を見せていたので、心配に思いながらも強くは止められなかった。

バルコニーから南へ向かって突き当たりの部屋が王妃の自室で、金のドアノブが付いた両開きの大きな木の扉が客人を穏やかに迎え入れる。

キルヴィがノックをし、

「母様、キルヴィです。」

と言えば、満面の笑みを浮かべた王妃 エレヴィーラが直々に扉を開けてくれる。

「いらっしゃい、キルヴィ…顔色が悪くてよ。気分が悪いの?」

さっと顔色を変えたエレヴィーラがキルヴィの頭を両手で包む。

「母様、そのことで。申し訳ないのですが今日はお休みさせていただきたいのです。」

「最近朝が遅いと皆が言っているわ。どうかしたの?」

「いえ、ただよく眠れないだけです。」

「そう…心配ね。今日はよくお休みなさいな。」

「ありがとうございます」

大きな扉が静かに閉じる。

「アル」

「はい」

前を向いたままのキルヴィが声をかけてくる。

「吐きそう」

「えっ!えぇっと、少し我慢出来そうですか?」

「少し…なら」

「失礼致します」

キルヴィの体をガバッと抱き上げ、神速と名高い俊足で近くの手洗い場まで極力揺らさぬよう気をつけて、飛ぶように走った。

洗面台の前にそっと降ろすと、手をついて、胃の中のものを吐き出した。

アルは背中をさすって待っていた。

「…けほっ…ああ、気持ち悪かった。アル、ありがとう、もういいよ。」

ジャーと水を流して、手で汲んだ水を口に含んでがらごろとゆすぐキルヴィを見て、アルは眉間にしわを寄せて不安を募らせた。

「…アル」

「はい」

「変な顔」

鏡越しにキルヴィが笑う。

「その顔嫌だ。普通がいい。」

「申し訳ありません。」

アルは歯を見せて笑うことがほとんどなく、笑顔自体慣れない。しかしキルヴィが「笑った顔の方がいいよ」と言うので練習している最中なのだ。

ぎこちなく口角を上げると、

「笑ってるの、それ?アルは面白いなぁ」

くくくとおかしそうに言って右手で目を覆い、ふらりと体を傾かせた。

「キルヴィさま!」

慌てて抱きとめる。

「ああ、ごめん。」

アルの肩を掴んで体を支えたキルヴィは笑顔を引きつらせてアルの首に腕を回した。

「抱っこ」

「キルヴィさまの口から年相応の言葉を聞くのは久しぶりでございますね。」

「うわぁ、なんか恥ずかしい」

「いえ、それが本来の子どもかと」

「そーお?変じゃ無いかな」

「ええ、もちろん」

「そっかあ」

冷え切った小さな手が、なんだか無性に悲しかった。

肉感の薄い儚げなキルヴィの体を優しく、しっかりと腕に抱き、アルは静かにキルヴィの部屋へと歩き始めた。

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