プロローグ
王宮は今、皆が難しい顔をし、まるで戦争真っ只中であるかのような張り詰めた空気が流れていた。
やがて人が駆けてくると一斉に見て、その言葉を待った。
「王子殿下のご誕生です!!」
おお、と人々はどよめき、そして一瞬の後、
「良かった…良かったなぁ!」
「ええ、本当に」
「王妃様もさぞ御喜びであろうな」
目を潤ませて口々に喜びを零した。
「しかし…」
続く男の声に皆が凍りつく。
「しかし、なんだね」
「まさか…」
「死…?」
「しっ!!滅多なこと言うんじゃないよ!!」
「何だって言うのさ!」
「お顔に…そのっ…“アレ”が…!」
その途端、その場にいた皆が悔しげに俯いた。
“アレ”とは、この国で最も忌み嫌われている、顔に出来る痣のことだ。神を傷つけた返り血と信じられ、顔に痣のあるものは殺されるか国外へ追放されるかのどちらかなのだ。
皆は深い哀しみに包まれた。
一方 王妃の部屋
「嫌ですっ!!」
「エレヴィーラ!落ち着くんだ!」
「これが落ち着いていられますか!あたくしからこの子を奪うおつもりね!そんなこと絶対にさせません!!」
王妃 エレヴィーラは、小さな小さな我が子を王から遠ざけようと王に背を向けた。
「顔に痣があろうと何だろうと、この子は決して手放しません。殺したければあたくしごと斬ればいい。」
「エレヴィーラ…」
王は、愛しい妻の様子に酷く心を痛め、しかし王としての自分の役割も果たさねばならず揺れていた。
彼とてようやく生まれた子を手放したくない。エレヴィーラとの子となれば尚更だ。しかし顔に痣を持つ者は古来、国に厄災を呼ぶと言い伝えられ、あまりに強大な力を持つため排除されてきた。
それで命の芽を摘まれた幼子がいったい何人いることか。
泣き叫ぶ親の目の前で子を連れさり殺してきた王が、どうして自分の子だからと痣者を生かしておけよう。
「エレヴィーラ、それは痣者だ。生かしておけんのだ。分かって…」
「分かりませんわっ!あなた様の顔なぞ見たくもない!出て行ってくださいませ!!」
声を裏返して激しく怒るエレヴィーラに、お付きの侍女が
「申し上げます、陛下。これ以上は王妃さまのお身体に触りませば、心を鎮めるまで他所にてお待ちくださいませ。」
恭しく腰を下げ王へそう言った。
王は渋々部屋を出て自分の部屋へ行き、護衛に「アルをここへ呼んでくれ」と指示し、部屋に入ってきた青年に疲れた顔を向けた。
「お呼びでしょうか、陛下」
膝をつく青年に王は重々しい口を開いた。
「アル、君を信頼して一つ頼まれてくれんか」
「なんなりと」
「我が息子を、どうか人目につかないように守り、育ててくれないだろうか」
「…?申し訳ありません、王の御意を理解するまでの頭を持ち合わせておりませんでした。それはどういうことでございましょうか。」
真っ直ぐで澄み切ったアレクセイの瞳を見つめるうち、王は自分がどうしようもなく身勝手なことを言っているのだと思い知らされ、組んだ両の手に額を乗せた。
「どうなさいましたか、陛下」
アルが心配そうに問う声が聞こえる。
「ああ、どうすれば良いのだろうな。息子が痣者とは、なんたる皮肉か。」
「痣者…!」
アルが息を呑む。
「わたしは今までたくさんのそれらを消してきた。親の怨みはそれは深かったことだろう。今はわたしがその親だ。他人の子であれば容赦なく切り捨てたものを…我が子となれば出来ないとは、身勝手なものだ。」
「陛下!身勝手だなどと…一度だって殺さなかったではありませんか!わたしが証人です。」
「しかし社会的には死んだも同然じゃないか!!」
王が声を荒げるが、しかしアルは冷静に
「でも、生きています。見世物のような視線に晒されることなく、自由に、自分として生きております。それ以外になにがいると言うのです。わたしは、王に救われました。それは揺るぎの無い事実です。」
微笑さえ浮かべて言い切った。
「王が望まれるのでしたら、喜んで王子殿下をお守りします。」
「…もう、日の下を歩けなくなるやもしれんのだぞ、それでも…」
「構うものですか。わたしの務めは陛下のお役に立つことと心得ております。」
アルは心の底から嬉しそうに笑って王を見ていた。王は、
「…良き、部下を持ったな、わたしは」
応えるようにアルも、
「良き主人を持ちました。」
手で隠しながら笑って涙を流す主を見てにっこりと幸福な笑みを浮かべた。
その時、アルの後ろで小刻みにノックがされた。
「陛下、陛下、おられますでしょうか!」
「入れ」
戸を開いて王妃の護衛が切迫した表情で膝を着く。
「申し上げます。王子殿下のご容態が優れないとのこと、至急王侯妃殿下のお部屋へお出でくださいませ!」
「陛下…!!」
青ざめた顔のアルが王を見る。
「わかった、今行くとお伝えしなさい」
王は覚悟を決め落ち着いて応えを返した。