エピローグ
翌日の夕暮れ過ぎに、アタシらは日本へ帰国した。
さらにそれから三日後の今日、こうしてアタシはアホ面とアンジェと一緒に、亞以子の所へ報告に来た。
「よう」
「あら、鬼畜子ちゃんとアンジェ、無事で何より」
涼しい顔で座ってるのはいつも通りの亞以子と、その傍には、リリィ、リコリス、アマリネの三姉妹だ。
「何よりじゃねえし、無事なのもの奇跡だ」
結局夜々は生きては帰国させた、だが、サイコが最後に放った一撃で、酷く全身を打ったらしく、ずっと目を覚まさねえ。
「まあ、まずは座ったら?」
アンジェとアタシは、亞以子の前の上等なソファーに腰かけた。
クリスは、端っこに置かれたパイプ椅子を自分で開いて申し訳なさげに座った。
「でだ、ちゃんとターゲットは生きて連れてきた、報酬よろしくな」
「よろしくな、じゃないでしょ」
亞以子は机を叩きながら言った。
元々はセイレーンの件の尻拭いだったが、まさか無報酬って事はねえだろう。
「あのね、確かに生きてはいるけど、あれじゃ全く何も聞き出せやしないじゃない」
「生きてんだろ」
亞以子は席を立ち、アタシの前にやって来た。
「あ? なんだよ?」
「誰もヤムタン国立美術館を全壊させろとは言ってない、隠蔽にどれだけ手間を費やしたと思うの? おまけに、夜々も極秘裏に搬送して、こっちは幾らお金があっても足りやしないわ」
亞以子はアタシに封筒を差し出した。中には現金が入っている。
「これ、今回のギャラ」
「は!? なんだこれ、安すぎんだろ!!」
中身を見て唖然、これじゃ一月しか暮らせねえ!!
「高いくらいだわ」
「どんなブラック企業だ!」
「ブラックどころかうちはダーケスト企業よ?」
ふざけんな、アタシはカルティエの腕時計買う予定だったんだぞコラ! パシャだ!
「亞以子さぁん、私の報酬はぁ?」
「はいこれ」
「ありがとぉん」
「お前そんなんでいいのか、足取れて死にかけてんだぞ!?」
「ん~、だって生きてるしぃ。アンジェ、聖職者だし、別に困ってないもぉん」
アンジェは教会に住み込みで修道女をしている、確かかなり胡散臭い教会だったはず。
「まあ、とりあえず今回はこれでいいわ。サイコを倒せたのは今後の展開にかなり有利になるでしょうしね」
「お前な……、まさかサイコが刺客だってことは最初からわかってたんじゃねえだろうな?」
「サイコを雇ったのはどいつなんだよ?」
「分からないわ、とにかく夜々の存在を良く思わない奴らってのは間違いないけど」
「なんだよそりゃ」
「さあ……でも、まあ、世の中そんなもんよ。で、もう一つ、そこにいるクリス坊やの処遇だけど……」
「ひい……」
名前を呼ばれ、恐怖に慄くクリスだ。
「ホテルでの一件、今回は大目にみるわ。なんせホテルも全壊しちゃったし」
「あ、ありがとうございます!」
泣いて礼を述べてるが、なんてなさけねえ男だ。
「で、夜々はどうなんだ? 目覚めるのか?」
アタシは、亞以子が席に戻るまで待つと、一番肝心な質問をぶつけた。
「さてね、夜々君はここの医療室で眠ったままよ。医師の話だと、生命維持には問題ないって話。でも目覚めるかどうかは神のみぞ知るってとこみたいね」
「そうか」
「じゃ、そんなところで今回の件は終わり。またね、鬼畜子ちゃん、それにアンジェも」
「はぁい」
アタシらはいそいそと椅子から起き、部屋を出ようとした。
「あ、そうだ、夜々の様子見てっていいか?」
「良いわよ、三十二階で眠ってるわ」
「そうか、じゃあな」
***
アタシらは亞以子の執務室を後にすると、アンジェとも別れて、クリスと二人で三十二階を目指しエレベータに載った。
「おい、そういや……、お前、サイコの事知ってたのか?」
アタシはクリスに聞いた。
「いえ、そう言うやつがいるって話は聞いてたんですが、それがまさか今回のサイコだとは……」
「へえ。なあ、お前、イオのアニキって事なのか?」
「イオは……あいつ本当は唯織って名前なんです。イオは魔法石がある事が分かると、自分から進んで組織へ行くと言ったんです。当時家は父の事業が失敗して、酷い借金を抱えてしまって、それで金の工面もあって」
「なるほどな」
良くある話だ。
「でも、僕は納得できなくて、この仕事について、偶然国の暗部の関わる仕事に回されて、そしたら、イオについての資料を見つけたんです」
「良くそんな資料残ってたな」
「僕は、白魔女関連の後始末をずっとさせられてんですけど、殆ど資料は残ってませんでした、偶然です。でもそれには殉職って書いてあって……」
「ふうん」
「遺骨も遺品も何も無いし、第一死んだって事もその時初めて知りました。それで、亞以子さんに頼み込んで、魔法使い関連の仕事に就かせてくれってお願いしたんです」
「親はどうしてるんだ?」
「死にました」
病死か? 理由は敢えて聞かないが。
「イオがあまりにも憐れで、でも死んだって言うのも受け入れられなくて、だから、もしかしたらこうして仕事してたらいつか会えるんじゃいかって思ってたんですが、ダメでしたね」
「そうか、でも、お前が最後にサイコに止めを刺したのには驚いた」
「自分でも驚きましたよ」
そうこうしてる間に、三十二階に着いた。
ドアが開くと、病院に独特のあの消毒臭さが漂っている。
しばらく歩くと、入り口に「夜々」と書かれた個室を見つけた。
ここだな。
アタシはノックしてドアを開け中に入った。
「花をもってくりゃ良かったな」
「そうですね」
夜々は点滴やらなにやら繋がれた状態で、そこに一人で眠っていた。
もちろん女装はしてねえぞ?
「さてと……」
アタシはポケットから指輪を取り出した、夜々が美術館で見つけた指輪と、翠にもらった指輪だ。
「これどうすりゃいいんだ? 確か模様をあわせるんだよな」
指輪をよく見ると、小さな切れ込みと、突起が、それぞれの指輪についている。
模様をあわせるとそれが丁度一対になってピタリとはまるように出来てるみたいだな。
「こうだな」
アタシは、その二つを合わせて一対にして、夜々の指にはめようとした。
「まって!」
すると急にクリスが止めに入った。
「あ、なんだよ?」
「いいんですか? だって、ケイ子さんだって、魔法使いやめられるかも知れないのに」
「は? だからなんだよ?」
「この子はもう起きないかもしれないじゃないですか、だったらそんな事しなくても、ケイ子さんが使えばいい」
「眠ってる間に、下らねえ夢をみちまうかも知れねえじゃねえか」
「でも……」
「知ったことかよ」
アタシは無視して夜々の指にはめた、一瞬光が夜々の身体を包んだ。
「これだけか……」
「目覚めると良いですね、この子」
「寝てるのも案外幸せかもしれねえがな、さて帰るか、別の仕事しねえと来月も厳しくなっちまう」
「はい……」
「なあ、クリス」
アタシは背を向けたまま言った。
「この世界はクソで溢れかえった便器みたいなものだ」
「え……汚いですね」
「だから、誰かが糞を流さなきゃならねえんだよ」
「はあ……」
それにな、上手く磨けば、もしかしたら、ピカピカの白い便器がもう一度姿を現すかもしれねえしな。
- 終わり -