第八章 「何もない――」を知る少年と鬼畜子
「お姉さん……、お姉さん……、鬼畜のお姉さん……」
「ん……、ぅ……」
目を開けると、そこには夜々がいた。
そうだった、さっきサイコの放ったイカれ烏賊の触手のせいで地下まで落っこちたのか。
「子供が鬼畜なんて言葉を使うな……。ちょっと悪い夢を観ちまった」
アタシは起き上がりながら言った。
どうやら幸いな事に外傷は無さそうだ。
「ってか、お前良く無事だったな。で指輪は見つかったのか?」
「うん。アンジェおねぇちゃんは?」
なんで、アタシはお姉さんで、アンジェはおねぇちゃんなんだよ。
まあいい。
「安心しろ、若干片脚が千切れたが無事だ。ちゃんとくっつくそうだ」
「ごめんなさい、僕のせいで……」
夜々は俯いた。
「ま、気にするな、仕事だ。それより今はサイコを何とかしなきゃならねえ」
「どうするの?」
「そうだな……」
召還魔法を使った上で魔法を放つしかないな。
だが、あいつ、どうやら火球は魔法とは別に発動できるみたいだし、おまけに召還魔法まで使うイカレ魔法使いだ。
そもそも、何だってそこまでしてこのガキを捕まえようとしてる?
よくよく考えたら、その理由をアタシはまだ知らねえ、このままくたばったら、何を守って死んだのかも分からねえじゃねえか。
そんなのはごめんだ。
「で、お前は何者なんだ? いい加減教えたらどうだ?」
地下はひどく暗い、おまけに瓦礫に閉ざされていて息苦しい、とっとと出なきゃ窒息死だな。
「僕は……」
夜々は泣き出しそうなほど暗い顔で言った。
女装してると見た目はただの乙女だ、飢えた変態どもの格好の餌食になりそうなほど愛らしい。
「お姉さんは、魔法使いの存在って何だと思う?」
逆に質問してきやがった。
「クソだろ?」
適当に返答しとく。
「じゃあ、神や精霊の化身ってなんだと思う?」
「クソだ」
「うんとね……。 じゃあね、世界の果てには何があるかわかる? 世界の始まり、最初の最初。あ、排泄物以外で答えてね」
「知るかよ、そんなもん」
「きっと何かがあるってみんな思ってる。僕らは無から生じたんじゃ無いって」
「さあな、でも全く何も無い、って説もあるぜ?」
こいつは白魔女部隊の訓練でも習った、哲学の講義があったからな。
それは、つまり考えても無限後退に陥る。
例えば神が作ったとして、じゃあその神は一体誰が何のために作ったか、そんな疑問が永久に生まれ続けるだけって話だ。
だから人類には永遠に解けないとされている。擬似問題ってやつかもしれん。
「世界の果てを知るって、世界の始まりを知るのと同じなんだよ、つまりね、この世界のシステムそのものが分かるの……。魔法使いの意味も、精霊や神々の意味も、もっと言えば世界を作った者たちを知ることになる――」
急に小難しいことを言い始めやがった。
「システム? それが解るとどうなる? それでお前がそんなにも狙われる意味が分かんねえな」
「僕らにとっては、そうかも……」
「どういう事だ」
「例えばね、ゲームの中のキャラクターたちって、それを遊んでるプレーヤーには気付かないよね?」
「そりゃそうだろ、動かされてる側だしな」
「そのキャラクターが意思をもって、プレーヤーの存在に気付いたら、大変な事じゃないかな」
つまりどう言うことだ、例えるなら、運命に動かされてるアタシらが形而上の存在を知ってるとかって、そう言う事か? アタシはフェイタリズムは信じてねえ。
「ちょっと待て、にしてもだ。お前、そんなに価値あるのか? それが解ってどうなんだよ、つまりその世界の創造主みたいな奴らか? それに気づいたって、何も出来ねえし、世界は実質何も変わらねえだろ」
「知るだけじゃないの。僕は、僕の意識を介して、第三者と、向こう側とを繋ぐことが出来る……、みたい……」
「みたい? 確証は無しか」
「やった事ないから、それに、その力は使うなって言われてた」
「誰にだ?」
「解んない、僕ずっと閉じ込められてて、壁の向こうの人……」
不憫なガキだなぁ。
「繋ぐべき人が来たら、解るだろうって」
なんか面倒くさくなってきた。とりあえず、良く分からんが、サイコみたいなやつの手に渡るとヤバイって事なんだろう。
「ああ、もういいわ。とにかく護ればいいってことだな」
今は、サイコだ、アイツを何とかしなきゃ生きて帰れねえ。
魔方陣を何処かに描かなきゃならんが……、なんかねえかな 。
ガサゴソとポーチを探ったが、あるのはスマホと萎びたハンカチと、あと……。
「なんだこれ?」
「手紙?」
「ああ」
ベアトリスの一件で、幽霊娘、光の遺骨の傍にあった手紙だ、そういえば読んでなかった。
「どれ……」
アタシはそいつを開封して、仄暗いその場で文字に目を通した、その瞬間、思わず息をのんだ。
『この魔法を知る者、永遠の神の御手を得たり、其は三つの魔法同時に放つ事叶わん』
「マジかよ……」
そうそれは、まさかの魔道書だった。
これはつまり、三つ同時に魔法が放てるようになるってことか?
だとすれば 。
「勝機が見えてきたぞ、夜々」
「ほえ?」
「恐らく、アタシが召還した怪物で、盾を作ってくるのはお見通しだろう。向こうはそれに召還魔法で別の怪物を当ててくるハズだ」
「うん」
「問題は火球だ。いくらこっちが複数魔法を放てるっつっても、無制限に火球が放てる化け物と撃ち合ってりゃ、しまいにはこっちがくたばる」
「うん」
「撃ち合いになれば負け、つまり、一撃必中で強烈なヤツをぶっ込むしかねえ」
「う、うん?」
「ジョン・マクレーン大作戦だ」
「は?」
クソ……、最近の子供には解らんネタだったか……。
***
「お、お姉さん、ほんとにいいの?」
「ああ、やれ」
アタシは、上半身を肌けて夜々に背を向けた。
「じゃ、いくよ」
「ぁっ……あぐっ……、ぅぅん……ああ! い、痛い。ぅぁ……。ぁ……んっ……っ……んはぁ……はぁはぁ……」
「ご、ごめんなさい、僕……」
「いいから……、早く……やれ……ん……。ぁ、ぁぁあん、はぐぅ、はぁあ……っ……、あぁ……くぁ……」
「も、もうちょっと……、出来た!」
背中に魔方陣を刻んでた、ペンはねえからな、瓦礫の破片で背中に傷跡を掘った。
「スマホ、貸せ」
アタシはスマホで写真を撮って背中の魔方陣の出来を観た。
「悪くねぇな。クソ、痛てて……」
服を着て背中の傷を隠した、こいつの出番は最後のお楽しみだ。
何せ敵は死体とファックする事しか頭にねぇようなマジキチだ、これ位しなきゃ勝てねえ。
「おい、お前はアタシの後ろ離れるな。アイツを倒してもお前が死んだら意味ねえ」
「うん」
――ティップオフだ。
***
瓦礫を魔法で吹き飛ばして、再び美術館の中へ入った。
サイコは待ちくたびれた様子だ。
ヤツは思った通り、床一面にドデカい魔方陣を引いてやがった。
「よう、迎えにくんのが遅えから来てやった、このサイコパス女!」
「キャッホ~! 生きてたんだぁ! うーれしぃ! キャハ!! もっともっといたぶれるんだわ!! ともだちともだち!!」
「ふん、じゃあ、はじめんぞ!!」
アタシは走って魔方陣を描き始めた。
「グフフゥ。煉獄と地獄は其方の約束の地、ダマーヴァンドの山の下、眠りし其方を呼び求めん、今其方を解き放ち、我が前の愚者を貪り食わん!」
「なんだと!?」
これは、古の召喚魔法だ、こんなことまで出来るのかこいつ。
「参れアジ・ダハーカ!!」
鈍く重たい音が響き渡り、魔方陣から巨体が現れる。
三つの頭を持つ凶悪な竜の姿が猛り狂いながらその身をくねらせている。
「殺れ!!」
「ギュハァァァァアアアアアアア!!」
一つの口は火炎を吹くともう一つの顔に着いた口からは氷を吐き出した。
「クソったれはクソを垂れてろ!!」
アタシは魔方陣をステッキで描きながら、化け物の攻撃を何とか避ける。
「どうしたの! 逃げるばっかじゃ私が楽しくないじゃな~いの~!」
「マヌケが!」
あえて先に召喚させたのさ、怪物には天敵ってのがいる。
「安らぎに眠る時の英雄よ、幾多の争いを鎮めし古の勇者よ、再び戦いを呼ぶ者どもを退け、今一度この俗世に姿を顕わさん!」
「何する気?」
「いでよ!! フェリドゥーン!!」
魔方陣からは、数メートルの身の丈の人型の生き物が姿を現した。
こいつは、伝承にある、アジ・ダハーカを倒したとされる、フェリドゥーンだ。
「何そのチビすけ、鬼畜子ちゃん、もうあなたダメなんじゃない? 大人しく腕をもがれなさい! ただじゃもがないわよ、犯しながらもいであげるぅ!!」
フェリドゥーンは迷うことなくアジ・ダハーカに向かっていき、剣を翳して戦いを挑んでいる、倒すのには少し時間がかかりそうだ。
「クソサイコ! クライマックスだ!!」
アタシは三つの魔法をそれぞれ準備しながらサイコへ向かって走った。
「クハハハハハハー!! アーヒャヒャヒャ!! バーカバーカ! 私は最強なのよ! 神に命を授かった至高の生き物なのぉ! だからねぇ、魔法使いをぜーんぶ殺して。今度は私自身が神話になるんだから!」
サイコが強烈な火球を解き放って来た。
アタシは、一つ目の魔法、魔法の壁でそれを受け止める。
凄まじい熱が辺りに発散し、天井の金属やガラスが解けて落下してくる。
隣では召喚獣二体が方向をまき散らし激しい格闘を続けている。
「星の輝く永遠の夜空よ、その満天の海原より、一筋の光を降らせたまえ」
メテオライトだ! アタシはすぐに二つ目の魔法を唱えた、解けた天井から望める空はすっかり暗くなっていた、そこから一筋の閃光がほとばしり、サイコ目掛けて落下してくる。
「ヒヒヒ! いいわぁ! 防げるわよ! そんなものぉぉぉおお!!」
古の魔法メテオライトだ。真っ赤に燃える石が天から降り注いだが、サイコは魔法障壁を作り出しそれを防ぐ。
爆音とともに、美術館の横壁も一気に吹っ飛んでいく!
すっかり眺めが良くなったもんだ!
「さぁ、反撃反撃ぃ! 詠唱は間に合わないわよ! 鬼畜子ちゃ~~~ん!! ――ぐえッ……は?」
「ふふ……」
一瞬で音が凪いだ。
隣ではフェリドゥーンがアジ・ダハーカの首を三つとも切り落として、それと同時に二体は姿を消した。
そして 。
「なに……これ……?」
「ふん……、勝負ありだ」
アタシは三つめの魔法、夜々の掘った背中の魔方陣にワルキューレを召喚した。
いや、召喚済みだった。
遅発性の召喚魔法だ、詠唱はとっくに終わってる。
それを今呼び出しただけだ。
「なんで……」
サイコは、全く状況が理解できぬまま、自分の身体を観てやがる。
呼び出されたワルキューレは、アタシの背中から半身を浮かび上がらせ、長い槍でサイコの身体を上下に分断していた。
「ぐへ……」
ワルキューレが消えると、サイコは真っ二つになって崩れた。
「やったか……」
アタシも魔力切れだ……。その場に膝を崩した。
「お姉さん!?」
夜々が抱きついて来た。
「やったぜ。手こずらせやがってよ……」
「ありがとう」
「ほらよ」
アタシは、夜々に指輪を渡した、セイレーンの翠にもらったもんだ。
「くれるの?」
「ああ、早く普通の人間になりやがれ、こんな事はもう沢山だろ」
「うん」
夜々は指輪をはめようとして、ちょっと躊躇ってから言った。
「その前に、お姉さんに、あちらの世界を覗いて欲しいんだ」
「あ? 世界の果てのその先にある物ってやつをか?」
「うん」
「どうしてだ?」
「分かんないけど、お姉さんがその人だって思ったから、手を貸して」
アタシは手のひらを出した、すると、夜々はその手を握った。
が、刹那――!!
「うぁぁあああ!」
「夜々!?」
猛烈な突風が吹いて、夜々の身体は、むき出しになった柱の鉄筋に叩きつけられていた。
「ご、ごろぢでやるぅ……ま、まだ……ゲッフゥェ…っ…まだよ……、まだ……ぶべべべ、た、たた……たたかえ……る、ウゲェェ……わた……し……さささ……さいきょうの……」
みれば、上半身だけになったサイコが手で体を起こし、モツを引きずりながら、魔法を一撃だけ放ってやがった、それが、アタシじゃなく、夜々の身体を吹き飛ばしたのだ。
「てめぇ……、この……、このクソ……」
アタシは、魔力の限界を超えて、それでも立ち上がろうとしていた。
目の前にいる、サイコのクソをぶっ殺そうと、身を起そうとした。
しかしその瞬間 。
ドンと湿った銃声が一発聞えた。
「もういい加減にしろ……」
いつの間に来たのか、クリスがサイコの頭に弾丸をぶち込んでやがった。
アタシは、何もかもどうでもよくなり、その場に倒れこんだ。
身体が動かねえ……。
「ケイちゃん!」
脚がくっついたのか? アンジェがこちらに向かってくる。
「イオ、仇はとったからな……兄ちゃんが……」
クリスもしゃがみ込んで何やら言ってる。
兄ちゃん? そっかクリスがイオの……。
だめだ、アタシの記憶が定かだったのはそこまでだった。