第六章 死神の閨
さあ来たぜ。とうとう地獄の一丁目に到着だ。
「さてさて」
大急ぎで美術館にたどり着いたものの、そこは恐ろしいくらいに静まり返っていやがった。
どうやら、ホテルの大惨事のせいで、その周辺一帯に外出禁止令が出て、緊急閉館されたようだ。
向かう途中アンジェにメールをしたが、返事は無かった。
まあ、何とか切り抜けているとは思うが。
美術館は、かなりの大きさで、恐らくこの国では最大規模のものだろう。
中庭には、バカでかいシロナガスクジラの全身骨格模型がおかれている。
それにしても、あのサイコは生粋の糞ファック魔法使いだ。
あの火球を見る限りどうにも人間業じゃなねえし、まともにやりあっても勝てるかどうか……、屋内へ入る前に、アタシは中庭に罠を仕掛けることにした。
美術館に脚を踏み入れると、中はまるで人気が無い。
何の音もない空間だ。
響いているのは、アタシのヒールの音と、息の音、あとは、心音の三つだけだ……。
「おい。いるんだろ、サイコ!」
アタシは、歩きながら、そのクソみたいな名前を呼んだ。
四つ目の音が聞こえてきた。
「ケイ……ちゃん……」
少し進んだところで、アンジェの声が聞こえた。
見れば殆ど瀕死の状態で床を這っている。
おまけに、なんてこった、右足がもげてる。
「アンジェ、お前大丈夫か!?」
「い、痛いよぉ……でも……、多分だけどぉ……、ちぎれた脚があれば、元に戻せると思う……」
直後に、脚が上から落ちて来た。
見上げれば、三階の踊場にヤツがいやがった。
「キャハハ! 飽きちゃった! あらあらあらあ!?」
サイコはそのまま、場所を移動して、アタシを見おろしながら話しかけた。
「うわぁーお!! 鬼畜子ちゃんじゃない! わざわざ来てくれるなんて! 嬉しくて胸がが詰まるわ! キャハハ! これって恋かもぉ!? 運命かもぉ?!」
こっちは吐き気で胸が詰まりそうだ。
アタシは無視して、脚を拾ってアンジェに渡した。
「おい、これで大丈夫なのか?」
「うん、でも…、もうしばらくは戦えないよぉん…」
「ああ、良いんだ。夜々は?」
「地下だよぉん、私はずっと戦ってたから、多分あの子は無事だと思う」
「分かった、もう大丈夫だ。脚がくっついたら、外へ行け。ホテルのそばの病院にクリスがいるから合流しろ」
「うん……。ケイちゃんはぁ?」
「決まってんだろ、まず夜々を見つけて、それからサイコの首を引っこ抜いてやる」
アタシはアンジェをその場に置いて、夜々の元へ急いだ。
確か指輪が地下の排水溝に落ちたっつってたから、取りに行ったに違いねえ。
「ちょっと、鬼畜子ちゃ~ん。何処に行こうとしてるのかなぁ? アタシは此処よ~? 一人にしちゃイヤ~ん!! 地下へは行かせないわ、キャハ!」
そう言うとサイコは、巨大な火球を放って来た、それは階段付近に直撃し、けたたましい音ともに地下へ向かう階段が崩れ落ちた。
「このクッソ野郎が!!」
どうせ後でやりあう事になるんだ、こうなりゃ先にやってやる。
「よう、サイコパス。相変わらずぶっ壊れてるみてえだな!!」
「ぐっふふふふへへ? そうそう、言っておくことがあるわ、あの日ね、あなたの仲間を殺した日、私あなたのこと、わざと逃がしたのよ? きっとこの子は優秀な魔法使いになるって思ってね。楽しみを先伸ばしにして正解! あなたの活躍はよく耳にするようになった。キャハハ!! だって、そうじゃなきゃ殺し甲斐無いもの! んっふぅふぅふぅ~! どうやって殺そっかな~~? そうだ! 肛門から直腸を引っ張り出して、口と直結させてみる? タイトルは永久期間、我ながら最高のセンスだわ、私、天才かも!」
キ印不良品なんてレベルじゃねえぞ、丸キのサドだ。
互いに対峙しあうと、ロッドを呼び出した。
ヤツのロッドは無色透明で、プリズムを放ちながら輝いている。
「減らず口もいつまで叩けるかな。あん時の仲間の仇だ。てめえのその腐った性根でも解るように懇切丁寧にお仕置きを食らわしてやる! ケツ穴から緑の液体が出るくらいシバき倒してやるからな!! 覚悟しろ、このグランドマザーファッカー!!」
「キャハ! きゅんきゅんきゅん! そうそう、あなたのその見たこともない魔法石、ねぇねぇ~、それってなんなの?」
「ふん、関係ねえな、話す義理もねえ。てめえのそのガラス玉より全然いいだろ?」
「失礼しちゃ~う! 私のダイヤモンドよ?」
「嘘つけよ、ダイヤモンドのエレメントはもっと綺麗だ」
宝石の中でも最高のエレメントの一つだ、だがヤツのは何かが違う。
アタシは極めてクラリティの高い、本物のダイヤの魔法石を知ってる。
「クククッ、バレちゃった~! キュービックジルコニアよ。でもね鬼畜子ちゃん――」
キュービックジルコニアか、模造ダイヤってやつだ、にしても初めて観るタイプだ。
「私が、どうして最強の魔法使いかって言うとね、魔法石なんか関係ないのよ?」
「へえ。じゃなんだよ?」
「私はね、神の化身と人間のハーフなの! だから最強なのよ!」
「ハーフ?」
そんな事があり得るのか?
「私の父はヘーパイストスの化身、母は、よく知らないけど魔法使いだったの。どっかの内戦の時に無理矢理種付けされちゃったみたい! ぐフフッ! アタシは魔法使いで、しかも神の化身の子供なのよ!」
聴いたこともねえが、あの火球を見る限り、どうやらマジキチの妄想じゃなさそうだ。
ヘーパイストスは、ギリシア神話に出て来る神々の鍛冶屋で火を使う、名前の語源は確か「燃やす」だ。
「おめえが子供じゃ、両親はがっかりだな」
「あぁぁ~ん、いいわぁぁあ、その減らず口が、もうすぐ私に救いを懇願するのね、考えただけでも乳首が勃起しちゃう~」
こいつはマジで駄目だ。
「フッ! 手始めに、その美しい脚を炭に変えてあげる!!」
そう言うや否や、サイコは殆どノーモーションで火球を放ってきた。
アタシは片手でそれを防ぐ傍ら、空いてる手からは氷の塊を放った。
「無駄よ!」
だが、サイコは、それを一瞬で蒸発させ、すぐさま、また別の火球を放ってきた。
「クソ!!」
神々の子の力ってのが火球を放つそれみてえだな、詠唱もせずにこんなことが出来るのは普通じゃねえ。
おまけに魔法まで放ってくる。
これじゃ間が近ければ勝目はねえぞ。
アタシは急いで中庭へ出た。
「ねぇねぇ、鬼畜子ちゃ~ん? 頭大丈夫? ここじゃ障害物が無くて、あなた余計に不利なんなじゃないのかなぁ? ウッフフ~、さて、四肢を燃やして、家にもって帰るから。鬼畜子ちゃんを人形にしてあっそぼ~! あれ?」
「ふん、かかったな」
サイコは火球を放つ素振りを見せたが、何も発動しなかった。
中庭全体に火に特化したアンチエレメントを仕掛けておいたからな。
「その火球が無きゃ、てめえなんざ単なる魔法使いだ」
「もう、火が出ないじゃない。きゃぴ! さっすがぁ! でもね、私を倒すにはちょっと、お粗末だったかもぉ」
「は?」
「冥府にたゆたう黒き血潮よ、幾年の闇と凍れる海より今呼び出さん、其に仮初の息吹をあたえん!」
詠唱を終えると、巨大なシロナガスクジラの模型が咆哮をあげて動き始めた。
「私って火のエレメントが無くても十分戦えるのよ? さあ、降臨したクラーケンよ、そよ娘の手足を食いちぎりなさい!! キャハハ! 逃げて逃げて! 鬼畜子ちゃ~ん!」
「クソ……、化けもんだ」
クラーケンとはいっても、まさか全身を呼び出すのは流石のイカれ女でも無理だつたのだろう、恐らくは触手のうちの一本だ。
骨格に憑依したクラーケンの脚は、その巨大な骨格をそのまま職種のごとく降り下ろしてくる。
直下型大地震を思わせるほどの揺れ。
すんでの所でかわしたが、砂埃で視界が奪われる。
「キャハハ!! 最高、最高だわぁ! あの鬼畜子ちゃんが、苦しめられてるぅ、んぁ……あぁぁっ、んんっ、……はぁはぁ、もう、濡れてきちゃう……バカぁ!」
「どうすりゃいいんだよ」
「ギヒィィィイイイイイイ!!」
クラーケンは、再び巨大な体躯を、アタシにめがけて体当たりさせてきた、ダメだ、避けきれねえ!
急いで障壁だけ張ったが、周りが陥没していく、もしかしてこの下には地下空間でもあるのか?
「ぐあぁぁぁああ!!」
魔法障壁で触手は食い止めた!
だが、姿勢を崩し足場ごとアタシはその闇の中へと落ちていった。
***
クソ、落ちたのか……。
生きてはいるみたいだな、でも、だめだ、意識が薄らぐ、夜々は……、まだ無事だと良いが。
早く立ち上がらねえと。
「……ぁぐ……」
ダメだ、意識を保てねえ 。
力が抜けて、アタシは目の前から現実が遠ざかるのを感じた。
チーフ、イオ……。クソったれだ。アタシは、サイコを倒せないかも知れない。
アタシは、最高の魔法石を持ってるはずなのに、アタシの魔法石は 。