第五章 瓦礫の中の宣誓
自分の咳で目が覚めた。
少し気を失っていたらしい。
「ん……痛てて……、クソ、またかよ……最近こんなんばっかだな……」
目を冷ますとあたりは仄暗かった。
アタシの身体はどうやら大した怪我はしていない。
そこら中に砂ぼこりが舞ってやがる、アタシは何度か咳をしてから立って周囲を見回すと、何かが足に触れた。
ぶっ壊れた非常灯だ。辛うじて電気がきてるので、少しだけ付近をうかがい知れる。
チカチカしてやがるし、いつ消えてもおかしくないがな。
「ケイ子……さん……」
「あ、クリスか? どこにいる?」
「ここです……」
声の方をみれば、瓦礫に半身が埋まったアホ面を見つけた。
「脚が抜けません……」
「チッ、貸しだ」
アタシは魔法を唱えようとしたが、改めてヤツのサイコっぷりに気づかされた。
「は? 魔法が出ねえ……」
「ア……アンチマジックですか?」
「いや違うな、なんだこれ……」
アタシの魔法が使えなくなるなんてのは、よっぽどのアンチマジックだが、そもそもこれはアンチマジックじゃねえ。
「くそ、多分召喚魔法だな」
「どう言う……ことですか……それ?」
「魔方陣を書いてそこから神やら精霊やらを一時的に呼び出す、呼び出されたそいつが魔法を無効化する力を持ってんだろう」
何を呼び出したか知らねえが。
「しかも、どうやら、瓦礫に魔法障壁までかけてやがる、魔法が切れるまでしばらく助けは期待できねえな」
サイコのヤツ、どうやら夜々を捕まえた後、戻ってきてアタシを狩るつもりだ。
これじゃまるで、モズの早贄だ。
「あいつもトータルデストロイヤーなんですか?」
「ああ、そうだ、間違いない」
「僕、どうなるんでしょう」
「どうしよもうねえ、死なねえようにせいぜい頑張れ」
「はあ……」
見たところ外傷は無さそうだが、瓦礫に埋もれていて、圧迫されている、そのうち呼吸困難になっちまうだろう。
アタシはロッドを瓦礫の下に差し込んで、テコの原理で動かそうとしたが、小さなロッドじゃやっぱり動かねえか。
「クソ、ダメだな、びくともしねえ」
「そのロッド丈夫ですね」
クリスは苦笑いを浮かべて言った。
「これか、まあな」
あまり綺麗じゃないがな。
偉く丈夫で、何しても壊れねえ。
そもそも具現化された魔法石だしな、壊れても元に戻るんじゃねえか。
「アイツ、そんなに手強い相手なんですか? 見た目は凄い美人でしたけど……」
「あんまり喋るとくたばるのが早くなるぜ?」
明らかに喘鳴が多くなってやがる。
意識を失うのも時間の問題かもな。
アタシはクリスの近くに腰を降ろした。
立ってても仕方ねえ。
「あれは確か、アタシが白魔女部隊に入って暫く経った頃だ、そうだな、十二、三歳だっか……」
――静だな、昔話でもするか。
「ほんとの魔法少女ですね、可愛かったろうな」
「ただの生意気なクソガキだった。魔法使いの戦いはな、極めて苛烈になる。焼き殺すなんてざらだ。糜爛の霧で相手の身体を腐らせる、物体移動で口から内臓を吐き出させる、まあ、残虐な魔法には事欠かない」
「こ、怖すぎますね……」
「昔な、魔法使いを戦争に使った事があったんだ」
もちろんそんなことは極秘だし、どこの国の文書にも載ってやしないだろうけどな。
「酷いもんだった、みんなイカれてやがった。朝から晩まで戦ってばかりで、まるでサイコパスのデスマーチだった。それでな、アタシはマスターチーフの指示で五人組を組まされて、あのサイコを殺す任務にあたってた」
「子供に……ですか、戦争なのに?」
「白魔女部隊の正規メンバーは哲学的な訓練を日々施されてる、精神年齢は人間どもとは比べ物にならねえよ、使えりゃ子供もクソもねえ」
そのせいでイカれてるのかも知れねえがな。
ま、元々イカれてないかと言えばそれも疑問だ。
「晴れた日だった、蒸し風呂みたいな暑さだったな、場所はアジアの端の小さな村だ。アタシらは、一週間かけて、サイコの能力を調べて、隙あらば殺す手筈だった。だが、七日目に交戦を始めるとあっと言う間に三人殺られた、昼過ぎにはチームは二人だけになってた」
「例のマスターチーフはいなかったんですか?」
「そん時はな……。ヤツがあそこまで強力だとは誰も思わなかった。大体魔法使い五人だぞ? 普通考えたら充分すぎる。サイコは、調査中ワザと雑魚を装っていたんだ、つまりアタシらはとっくに気づかれてたわけだ。マヌケな話だな」
アタシも当時はまだまだ大した魔法使いじゃなかった。
「アタシと、残ったもう一人は、イオって名前だった」
「イオ……」
「ああ、そいつはアタシの親友で、いつもペアを組んでいた。魔法使いにしては、奇跡みたいに善人だった。赤ずきんの格好をした、ふざけた趣味ではあったがな」
イオはいつも命令無視してユニフォームを着ずに赤ずきんのカッコしてたな。
「ど、どんな人でしたか?」
「そうだな、そうそう、黒髪のお下げを三つ編みにしてた。確か故郷に兄を残して来たとか言ってたな」
「そう……ですか……」
「ん? 知り合いか?」
「いえ、知り合いに似た子がいたなと思って……」
「へえ。私は、この力を平和の役に立てたいと思う。悪の魔法使いがいるなら、彼らを滅ぼしたい。とか、お前みたいな事を言ってたな。そんなヤツだったよ」
イオは気が強かったが、よく祈りを捧げてた。
「アタシは、とにかく早く退却しようと言ったんだ。だが、イオは倒す気満々だった」
「ケイ子さんらしくもない……」
「相手が悪すぎた。とにかく怖くて仕方なかったのさ」
今とは大違いか、慣れってやつは恐ろしいもんだ。
まあ、色々あったからな。
「サイコはな、指折りのマジキチだ、人を殺しながらマスを掻くようなヤツだぜ、信じられるか?」
「冗談にしても過ぎますよ、ケイ子さん……」
「いやマジだ、実際にそいつは、無抵抗な村人に糜爛の霧を振りかけ皮膚を腐らせて、そこにウジ虫をぶちまけて喰わせてた、てめえはその死にかけた連中を見ながら愉しくセルフプレジャーと洒落込んでやがった」
「…ぅぅっ…」
「猟奇なんてレベルじゃねえ。神様が間違って生み出した、人類史上最悪のイカれ女だ。本名は彩子とか言う名前だったが、イカれ度合いのせいで、あだ名はサイコだ。まあ、そんまんまだな、あははは!」
「ケイ子さん、それ笑えません……」
「で、どこまで話した? ああ、そうだった。しばらく逃げるとな、アイツ仕掛けた罠に引っ掛かった、触れると発動する遅発型アンチマジックだ、瞬間アタシは速攻で逃げた。だが、正義感の強いイオはそいつを倒すと躍起になって、戦うと聞かねえんだよ。止めとけって何度も言ったんだ、なのにアイツ……。仕方なくアタシは隠れてみてたよ」
だが、あの時アタシと逃げてたら、恐らく二人とも死んでいた。と思う。
「幸いアンチマジックの効力は直ぐに尽きた。で、しばらくして、イオはどうやらサイコを追い詰めた。利発なヤツでな、少しずつサイコに魔法を浴びせながら、着実に追い込んでいるハズだった。イオはクリソコラっつう、比較的レアな魔法石を持っていて、既に四種の魔法が使えたし、並みの魔法使いよりかなり強かった。血痕をたどり少しずつ間合いを詰めてった……。ところがだ、ダメだった」
「え……?」
「全て罠だった。アンチマジックが早く切れたのも含めてな。サイコは全く弱ってないどころか、全部お芝居だったのさ。血痕は鶏の血だった。イオはヤツに対峙して、何か魔法を発しようとして、次の瞬間には舌と顎がぶっ飛んできた、アタシの足元にな」
「な……」
「それでな、サイコはイオと、その辺に転がってる死体と、中身を入れ換えやがった、わかるか!? モツをごっそり移動させた。脳だけが生きてるイオは腐ったモツを与えられて、オツムが酸欠で死ぬまで呻いて、もがれた口から覗く喉から、不気味な液体を吐き出してやっとくたばった」
「うげっ……」
クリスのヤツ、思わず吐きかけてやがる。
「入れ替わった死体の中でイオの内臓が蠢くんだ。サイコは笑いながら言ってやがった。きゃは! 死体が! 死体が生き返ったみたい!! あはははは!! だとよ。アイツはアタシの知るなかでも最悪の魔法使いだ。若干規格外過ぎる。特に火球はとてもじゃないが防ぎきれない。詠唱時間が極端に短くて、神にも等しいほどだ」
「あの……その後、ケイ子さんは?」
「ずっと隠れてた。そして、隙をみて逃げ帰った。その後暫くしてチーフが死んで、白魔女部隊は一応解散した。――すまなかったな、くたばりかけてる人間にこんな話しちまって」
「いえ、構いません。あの、ケイ子さんは、イオを救えなくて後悔してますか?」
「さあな……、わからねえ。部隊が解散になって、アタシは、魔法で酷いことをした罪滅ぼしに、せめて、誰かの役に立とうと思った事もあった。でもダメだ、このざまだ」
「仇は討ちたいですか? イオの……」
「そうだな……、イオの仇は取ってやりたい」
「あの……、イオは……ん!?」
クリスの言葉を大きな振動がかき消した!
振動で瓦礫が崩れ始める。
「サイコが来たのか!? 早すぎる」
アタシは身構えた、この状況は不利にも程がある。
「くそ、やるしかねえか!」
だが、瓦礫の間から光が射し込むと、そこには別の知った顔がいた。
「クリ……ス……。助けに、来た……よ……」
「ええ! べ、ベアトリス!?」
先日のお遊び大好きロリータ祈璃の飼い猫だった、ヒュプノシスの失敗作、ベアトリスこと、ウンディーネの亜種だ。
「ギシィィィイイイイ」
姿を醜く変貌させると、瓦礫を次々どけていき、あっという間にクリスを救いだした。
「良かったなクリス、便りになる嫁さんがいて」
「あ、ありがとう、ベアトリス。ははは……、複雑な心境です……」
「クリ……ス……助けた……なでなで、ご褒美、して……?」
「あ、ああ……ナデナデ……」
「キュン……クリ……ス、だいす……き……、絞めコロシたい……くらい……すき……」
恐っ! ヤンデレか。
「は、はは……」
クリスは呑気にご褒美のなでなでをしてやがる、やっぱりあのまま圧死するべきだったな。
後で外からホテルを見渡すと、完全に倒壊していやがった。
クリスはベアトリスに付き添われ、外に待機していたレスキュー隊の手当てを受けることになった、病院行きだそうだ。
「あの、ケイ子さん、これからどうするんです?」
「決まってんだろ、博物館へ行く。アンジェ一人じゃいつまでも護れねえ」
「クリ……ス……、その人……、誰? 殺して……良い?」
ベアトリスはアタシを観ながら言った。
「おい!」
「いやいや、ダメ、ダメだよベアトリス、この人は、仲間だから」
「なか……ま?」
「そうそう、殺しちゃダメ」
クリスはしどろもどろになりながら説明した。
「クリ……ス、私、以外の女、好きになったら、ダメ……」
「う、うん……、分かったよ、そうする、そうするから」
「クリ……ス……は、私、だけの……もの……」
「は、ははは……。ケイ子さぁん――」
クリスは助けを求める目でアタシの方を観やがった。
「知らねえよ、じゃあな」
アタシは、近くの噴水をシャワー代わりに一浴びした 平気だ他にも浴びてるヤツらがいる で直ぐに博物館へ向かった。
サイコのヤツめ、ガチでぶっ殺してやる。