第二章 白き魔女の末裔
そのビルは、都心の外れにひっそりと建ち、だが異空間を思わせるほどの異彩を放つ、いわば魔法使いどもの牙城だ。
出来たのはここ数年、真新しさが漂う。
フルメタルジャケットっぽく言えば、まさに聳え立つクソ。
この中にはゾンビのハラワタよろしく、ある組織が詰まってる、亞以子が君臨する国家機関、名称は「白き魔女の末裔」だ。
当然だが極秘組織であり、活動が公になることは一切ない。
前にも言ったが、クリスもここから派遣されてる。
「なあ」
隣でアホ面引っ提げてるクリスに聞いてみた。
「なんですケイ子さん? 暑いですね今日も」
クリスはハンカチで汗を拭いながら言った。
白き魔女の末裔の本拠地は駅から大分歩く、蝉は煩いわ、車の排気ガスは酷いわ、これだから都会は嫌いなんだよ。
「いや、魔法使いってなんなんだろうな?」
「さあ、僕が知りたいですよ」
「そうだよな、アホな事をアホに聞いちまったな」
「……」
歩くこと十五分、ようやくたどり着いた。
アタシはクリスと二人、マヌケな面を晒しながら、その門を叩いた。
門と言っても建物は高層ビルだ。
インターフォンを押すと、直ぐに女の声がして、一階まで案内を寄越した。
部屋に通されると、にこやかな笑みを浮かべた女が偉そうに座ってやがる。
笑顔にだまされんなよ、コイツはまさに悪の権化だ。
ブロンドに青い瞳、抜群のスタイル、年齢は解らんが少なくとも見た目は二十代前半と言っても通用する程に若々しい。
常に黒地の服しか着てねえが、今日もシックな大人の魅力を振りまく黒いワンピースドレスを御召しだ。
並の人間のちんけな理性じゃ、こいつの前にひれ伏すしかないだろうな、その位の美女だ。
――そう、こいつが件の亞以子だ。
それに、なんでか知らんが、昨日会ったあの三姉妹もいた。
アマリネとリリィはそれぞれ亞以子の両サイドに座っている、リコリスは、ヤツの直ぐ後ろだ。
軍服は脱いで、亞以子の組織のユニフォームである魔女服を着ている。
アタシは当然のように許可なくソファーに腰かけた。
クリスは何だかソワソワしてやがる、お漏らしでもしそうなのか?
この部屋は空調が効いていて外とは別世界に思える。
窓はあるが、外からは中が見えねえ。
ビル自体は高層だが、中は軍事施設と大差ないほど厳戒な装備をした警備が銃を持って突っ立ってやがる。
その他にも、カードやら、生態認証やらでセキュリティは鉄壁だ。
この組織はJWC白魔女部隊が解散後に、場所も人事もすげ代わり新設された、あの頃と代わらず残ってんのは、亞以子位か。
「クリスくん、座ったら?」
「あ、はい。あの。失礼しました」
亞以子の指示を受け、クリスは部屋の隅にあるテーブルに備え付けのソファーに座った。
程なくして、メイドの格好をした若い娘が、冷えたレモネードを持ってきた。
「さて、鬼畜子ちゃん、事の顛末は話さなくても解っているわ、ようするに仕事は失敗したって事よね?」
「まあ、そうだな」
亞以子はJWC白魔女部隊の長官だった。
アタシが白魔女部隊に連れてこられたのは、十才位だったと思うが……、ま、忘れたわな。
亞以子はその時にはすでに白魔女部隊のトップで、その頃から今まで外見が一切変わっていない。
なにしろ、こいつは人間じゃ無い。
俗に言う吸血姫と言うやつだ。
「おい、なんで、ズーレー三姉妹がいる?」
「気になる? クリスくんから連絡があってね、鬼畜子ちゃんが倒したけど処理に困ってるって。それで回収してあげたんじゃない」
「クリス、てめえな……」
「す、すみません、でも、あの状況じゃ……」
帰ったらただじゃおかねえ。
ほんとにコイツ使えねえ馬鹿だな。
「そしたら、リコリスちゃんが、何でもするから妹は助けて下さいって、裸で頼むものだから、ここで養う事にしたわ」
「おめえも、アホかよ」
「でも、リリィちゃんとアマリネちゃんは、なかなか魔力があるしね、警備は多いに越したことはない。――それと、リコリスちゃんは私の補給ように、ね? マイコニー?」
すると、リコリスは顔を真っ赤にしてうつむいた。
「久しぶりに、マジになっちゃったわ。リコリスちゃん、初めてだったみたいで……。気絶するまで吸っちゃったもの。それにしても、あなた良く三人も同時に相手に出来たものね、流石鬼畜子ちゃんだわ」
亞以子は、ヴァンパイアなので、当然血を吸うが、生気だけを吸いとる事も出来る。
さらに他にも、一時的に能力を吸いとったりもできる。
一度だけだが、吸収した魔法を放ってるとこをみた事がある。
まあ、つまり飛んでもねぇクレイジービッチだ。
ちなみにアタシは吸われた事がない、と言うか吸わせねえ。
大体、吸血鬼のクセに名前には十字架を思わせる「亞」が入った、ふざけた名前をしてやがる。
しかもコイツ、十字架のネックレスをかけてやがる、本人曰く「十字架は超克した」そうだ。
マスターチーフの話では、敵にだけは回すなって事だ。
「ま、とにかくそう言うわけだ、分かってるなら話は早い、仕事は失敗した、それだけ言いに来た、じゃあな」
「待ちなさい、鬼畜子ちゃん。それじゃ世の中廻らないでしょ?」
亞以子は、腰を上げようとするアタシを引き留めた。
少しも声を荒げず、優しい口調で化け物コウモリ女は言った、こいつは怒っても何でも、いつでもこの調子だ。
「ふん、文句でもあんのか、この年増吸血鬼、そんなボンクラボディーガードがいたところで、アタシの前では役に立たねえよ」
「この建物の中では魔法は発動しないわよ? 終日六人の魔法使いが地下で結界を張っているもの」
大方、アンチマジックか何かを交代で張らせてやがるんだろう、しかもそれだけのために六人も……、気がふれてる。
「じゃ、どうしろって言うんだよ? ディーバはくたばった、自殺だ。アタシのせいじゃねぇ」
「その、自殺の原因は鬼畜子ちゃんには無いってことかしらね?」
全くないかと言われれば、まあ否定できんがな。
「あのね、鬼畜子ちゃんが破壊したコンサートホールの修理代も、うちが肩代わりしてるのよ? しかも、情報改竄なんかもしてるから相当なお金を出してるの、これそっちに請求してもいいのかしら?」
「いいわけねぇだろ、このクソあま」
幾らかは知らねえけど。
不可抗力だそんなもん。
「それにね、ディーバは指輪を持っているはずだったんだけど、死体にはそれが無かったのよ、鬼畜子ちゃん、知らない?」
「ふん、さあな……」
「う~ん、――なるほどね……」
指輪の事は黙っておく。
こいつはアタシが貰ったもんだ。
亞以子は席を立ち上がると、私の傍へやって来た。
「鬼畜子ちゃん、あのね……」
「さわんな、ビッチ!」
亞以子が私の頬に指で触れてきたので、アタシはそいつを払いのけた。
「相変わらず気が強いのね……。白魔女部隊の頃から鬼畜子ちゃんには目をかけてきたわ、ま、あの部隊は単なる兵器としてしか価値が無かったけど、今の私にはもっと強い武器、そう、権力があるの、解る?」
「ヴァンパイア風情が、何が言いたい?」
暗殺業を請け負うせいもあり、白き魔女の末裔は、様々な国の要人やらと密な関係にあるって話だ。
「白き魔女の末裔は強い組織になったけど、世界にはより危険で強い組織が沢山あるの。我々の生きる闇は、あなたが思っている以上に深く、危険で、未知の世界なのよ?」
「てめえが世界の中心気取りかい?」
「ちょっと違うわね、まあ、端的に言って、種の保存のためと世の均衡のため、それと私の大切なモノの復活のためね」
「アタシには関係ねえな」
「どうかしら? あなたも人外仲間じゃない?」
「酷い言われようだ」
「ディーバが欲しかったのは、私自身の糧にするためでもあったけど……。彼女は、恐らくセイレーンだったのよ?」
「てめえ、アタシは最初魔法使いの捕獲って聞いてたぞ、セイレーンって知ってやがったな!?」
「さあ?」
魔法使いより、さらに崇高な存在と言うのがあるらしい。
神や精霊の化身どもだ。
一説じゃ、神の化身だの精霊だのって奴らは、詠唱もせずに魔法を放つらしい。
確かにディーバも詠唱してなかったな。
だが、今までだって、地球上では幾つもの種が絶滅してきたんだ、そんなの仕方ねえ事もある。
一々気にして生きてられっかよ。
「貴重なものが失われてしまったわ」
「あのな、何が言いたい?」
「ディーバの価値はそれだけじゃないわ、彼女は、ある指輪の片割れを持っていた。その指輪はとても貴重な物なの、それが手に入れば、まだ見逃せたけど、知らないって言うんじゃ仕方ないわ。組織の果たすべき役割としても許されないし、そもそも私の立場が無い。さ、鬼畜子ちゃん、選択肢を与えるわ、どちらか選んで」
果たすべき役割? 笑わせるな。
「選ぶって、何をだよ?」
運命の女神にでもなったつもりかよ。
「ディーバの一件にかかった費用を支払うか、私の提示する新たな仕事を受けるかよ?」
本当にクソ女だ、支払うなんてアタシには不可能だって解ってて言ってるわけだからな、たちが悪い。極悪性悪ビッチだ。
「あの、仕事はどんな内容なんですか?」
アホのクリスが久々に口を開いた。
存在感のねえ、ミニソーセージ野郎が、鬱陶しい事この上ない。
「クリスくん、あなた何様? 今は私と鬼畜子ちゃんが話しているのよ? 単なる人間の分際でこの場所に生きて立ち入れるだけでも光栄に思いなさい。ゴミの分際で。人間なんて、殺そうと思えば何時だって殺せるのよ? でも何で殺さないか分かる? 面倒くさいからよ」
ま、それには、同意する。
クリスは押し黙った。
「魔法使いの役割って分かる?」
「いえ」
「クリスくん、あなた達クズどもの生活の均衡は、雪のひとひらみたいに脆い物なの、それはもう成り立ってる事が不思議な位にね。だから、私たちが親切でその不均衡を解消してあげているのよ。いい? 酷く勝手な言い分だって思うでしょ? でも人間も同じような事を動植物にしてるじゃない? 下らない突っ込みはしないでね、したら殺すから」
「……」
「それで、どうなんだ、内容を聞かせろよ?」
「簡単よ」
言いながら、亞以子はアタシの隣に座った。
「ディーバの時も簡単なはずだったんだがな」
「ふふ。ある少年の保護をしてほしいの。数日前、その少年は中東の小さなお城に幽閉されているところを見つけられたんだけど。その彼を此処まで安全に連れてくること、それだけ」
「おい、国外とは難しいミッションだな、割に合わねぇよ」
なに考えてんだ、このアバズレ。
「そう言うと思ってたわ。でも安心して、すでに一人の魔法使いが少年の保護をしているから、現在はホテルに滞在してるはず。その帰国を見守るだけよ、まあ、ボディーガードってやつね」
「その少年ってのは、一体何者なんだよ?」
ただの少年に魔法使いが二人とは、随分な過保護っぷりだ。
すると、亞以子は、私に紙切れを手渡した。
どうやら、少年のプロフィールらしい。
軽く目を通すと、素性もわからねえ、年齢もわからねえ、分からねえことだらけで、なんのプロフィールにもなってねえぞこれ?
「あるのはこれだけよ、でも、この子は不幸な少年でね、ほっとけばじきに刺客に殺されてしまうでしょうね」
「なんだそれ?」
「何故狙われてるかは、連れて来てくれればはっきりするわ」
「無茶苦茶だな」
「でも鬼畜子ちゃんは断らないわよね、だって、あなたは名前は、ゆ――」
恐らくアタシの嫌いなそれを告げようとした亞以子に、素早くロッドを向けた。
空気が張りつめている、ピアノ線みてえにな。
「おい、それ以上言ってみろ、このクソビッチ、整形が必要な顔になるぜ?」
「亞以子さま!?」
あわててお付きのリコリスが口を挟んだが、亞以子は何も言わず右手で下がるように指示し、それを制止した。
「そんなことしないわよ、だって、鬼畜子ちゃんは優しい娘だものね?」
「死ね」
心臓の音すら聞こえてきそうな静寂。
一分か二分か、わからねえが、時が止まったみたいだ。緊張の糸が部屋中にはりめぐってやがる。
クソ、結局やる以外の選択はねえんじゃねえかよ……。
「チッ……。分かったよ、やってやる」
「そう、ありがとね、鬼畜子ちゃん」
そうして、また、あの女の口車に乗せられちまった。ここが、まさに黄泉比良坂の二丁目辺りだったと言うわけだ。