第一章 歌姫と破壊の統合者
「ケイ子さん、顔が怖いですよ。元々綺麗なんですし、怒っちゃもったいないですよ。声も可愛いですしね」
「死ね」
コイツ、マヌケの助手クリスは、背はアタシより大分デカイが、170センチちょいってとこだろう。
一丁前なのは見た目だけだ、実務の役には立たないし、無論魔法も使えない。
これと言って特に特徴のねえクズだ。
「電車に乗ってる他の客を見てるとな、アタシは機嫌が斜めっちまうんだよ」
「じゃ。タクシー使えば良いのに」
「めんどくせえんだよ、それにタクシーも嫌いだ」
歌姫翠とやらは、本日千秋楽のコンサートがあるらしい。
首都圏でも有数のコンサートホールは、それ自体が芸術品よろしくの大した代物だ。
しかしまあ、歌に魅了されてるのかと思ったら、まさかそいつが魔法の力だったとは、聴衆も憐れなもんだ。
どの程度の有効範囲と持続時間があって、どのくらい人を操れるのか、その辺りは会ってみないと分からん。
ま、なんとかなるだろう。
「着きましたよ、駅から会場は直結してます」
「知ってる」
駅に停車するとすぐに下車した。
「ケイ子さん、今日はいつにもましてご機嫌斜めですね」
「そうかい? どうにも解せねえんだよ」
「何がです?」
「会ってみりゃ解るかもな」
なんで亞以子のやつ、こんな歌姫捕まえて来いなんて言いやがるんだ、アタシでなくても良さそうなもんだが。
何かあるんだろう、あのビッチ女の企む事だ。
「しかし、目立ちますね、その服」
「魔法使いってのはこう言うもんだ、違うのか?」
とは言えこんな格好、今はどの魔法使いでもしてるって訳でもねえし、むしろ小数派だろうけどな。
アタシの今着てる服は、昔所属していた部隊のユニフォームだ。
ジャパン・ウィッチ・コマンド、略してJWCと言うんだが――、アタシは昔そこの通称白魔女部隊にいた、今はもうない組織だ。
当然だが元来秘密組織で、一般には認知されてない。
「一緒にいると、少し恥ずかしいです」
「そうかい、アタシは平気だ」
「なんか、エッチくみえてしまって……」
「お前……、死ねよ」
黒いワンピース、それに三角の帽子、ま、良くある定番の魔女アイテムだな。帽子は気分で被らねえ時もある。
ヒールの高い皮のブーツとシルクの手袋、ついでにマントもご多分に漏れず。
どっから見てもハロウィンの魔女コスだろうよ。
目立つ恰好だから、公衆の面前ではその上にウィンブレやらジャージやらコートを羽織る時もある。
ちなみに、別の魔女服も沢山持ってるからな、そん時の気分次第で色々変えてる。
「そう言えば、ターゲットのプロフィールにあった、魔法石の種類ってなんなんですか?」
「お前知らねえのか? 魔法石ってのは、魔法使いの、魔法使いたる由縁みたいなもんだ」
「はあ……。それって何なんですか?」
バカに説明して分かるか知らんがな。
「魔法使いは、誰でもその身体に魔法石を宿してる。それはな、宝石や鉱物と同じだが実体は無い。例えばルビーの魔法石を持つ魔法使いは、それに付随するエレメントに有利に働く。お前、ルビーから何を連想する?」
「え、紅いとか、綺麗とか……」
「紅い、それも一つだ、つまり炎に長けていたりとかな、それ以外にもクラリティも関係してくる」
「クラリティって透明度ですよね。でも、そもそも、それってどうしたら見えるんですか?」
「殆どの場合は分からないが、ある道具で見える場合もあるな、後でくれてやる。それ以外にも、魔法使いは、魔法石をロッドとして一時的に具現化できる、一部だったり全体だったり色々だが、それでわかる場合もあるな」
勿論物理的に殴る事も出来る。
「へ~、ああ、いつものあの杖か。で、ケイ子さんの魔法石はなんなんですか?」
「ふん」
そいつは秘密だ。いずれ解るさ。
「とにかくな、魔法石ってのは、心に宿る宝石みたいなもんだ」
ってチーフが言ってたな。
***
アタシらが着いたのは、丁度コンサートが終わった直後だ、その方が邪魔な一般市民が会場にいないから殺す手間が省ける。
会場へ伸びる遊歩道は駅へ向かう客どもで溢れかえってやがるが、こいつらの目はまともじゃねえ、完全に魅了されちまってやがる。
「ケイ子さん、僕たち怪しすぎませんか?」
「平気だ」
駅へ向かう奴等に完全逆行してる、見た目はバレバレだが、どうせ戦いが始まればどうだって良くなっちまうんだし。
「そんな事より、おい、ガムテ、買って来たんだろうな」
「ああ、はい、これです。どうするんですか?」
「歌姫をロッドで殴って気絶させたらこいつで手足を固めて口を塞ぐ、以上だ」
「はあ、何とも暴力的ですね」
相手の素性が良く分からねえんだ、下手に魔法使って跳ね返されたら面倒な事になりかねない。
「ベストプラクティスだ」
いよいよ建物の入り口にやって来た、エントランスは警備もいて面倒くさい、クリスは問題ないだろうが、アタシは魔女っ娘服だしな。
人の少ない二階のベランダに魔法で飛び上がる事にした。
――魔法には詠唱が必要だ、心で呟いても構わない、アタシの知る限り、人によってスタイルがかなり異なる、恐らく各々手に入る魔導書が異なるからだろう。
だがいずれにしてもノーモーションでいきなり発動できるヤツは極めて稀な場合以外いなかった、と言うか、そういうやつらは恐らく魔法使いとは呼べない、神の化身やら精霊に属する。
「風よ、いにしえの風の力よ、我が身を運ぶ見えざる方舟となれ」
魔法を唱えると瞬く間にアタシの体は舞い上がった。
音も無ければ目立つ光も生まれない、風の魔法だからな。
「ふう、疲れた。ん?」
つと、スマホにメールが届いた、クリスのアホからだ。
『僕はどうするんですか?』
だとよ。
『入り口から普通に入ってこい、マヌケ』
と返信しておく。
***
ホールの二階の窓から侵入すると、中は片付けを始めたクルー達でごった返していやがる。
アタシは忙しそうに右往左往している小娘を捕まえて聞いてみることにした。
「なあ、おまえ。アタシはレーベル関係者だ、翠はどこにいる?」
「え、えっと……」
「安心しろよ、関係者パスもある」
アタシは取り出した偽造の関係者パスを見せつけた。
クリスが夜中に作ったらしい。
するとそいつは、今まさに不審者を見てます、と言わんばかりの目でアタシを眺めつつも、一応場所を伝え始めた。
「確か――、歌いたいので、第二ホールへ行くとかなんとか……」
「そうかい、ありがとな。それと、早く帰った方が良いぞ、これから酷い嵐になる」
「え、そうなんですか?」
炎の嵐になるか、それとも血の雨が降るのかは知らねえけど。
とにかくアタシは第二ホールへ向かうことにした。
***
第二ホールは、建物自体が本館と分離した場所にあった。
一度一階へ降りてから、専用の通路を五分ほど歩いてたどり着く。
中はもぬけの殻だ。
どこもかしこも一々洒落た作りになってる誰もいないエントランスを進み、二階へ行くとすぐにホールの入口があった。
アタシは早速中へ入った。
「おい、ディーバ、いるなら出てこいよ、てめえを捕まえて来いってご指名だ。抵抗しなきゃ痛めつける気はねえ」
声がリバーブを伴いホール中に響き渡った。
薄暗いホールにはステンドグラスの天井がある、ライトは消えてるが、まだ夕方だ、オレンジの陽光が明るい。
カツカツと、アタシの歩く足音だけがホールに響いてる。
「クソ、外れか」
アタシは立ち止まると同時に、人の気配を感じた。
二人分だ。
そうか、こいつはどうやら、同業者だ。
「ちょっとあなた、こっちは立ち入り禁止ですわよ?」
一人は軍服に身を包んだ割りと背の高い小娘だ。
どこの軍服だ? コスプレ衣装じゃねえのかそれ。
「おっと。動かないでね、動いたら撃ち殺しちゃうかも」
もう一人は対称的に背の低い小娘だが、こいつもやはり同じ軍服だ。
豆鉄砲をアタシに向けてやがる。
「銃は無駄だぜ、ちびっこ」
「何しに来たのかしら、魔法使いさん?」
「へえ、解るかい?」
「同族の勘ってやつよ」
確かに魔法使いにはその容姿も含めて独特の雰囲気がある。
一様にみな美しく可憐ではあるが、場合によっては、それは愛らしさを甚だしく越えてしまう事さえある、例えるならば畏怖と言うべきだろうか。
特に高位であればある程、その傾向は顕著になる。
人間から見れば、アタシらは話しかけにくい雰囲気の存在らしい。
ヒエラルキーで言えば、一番下に人間、その上が魔法使い、そんで、その上に精霊、神々の化身、と言う具合に続く。
勘違いすんなよ、得することはあっても、それで日常生活に困るような事はまずない。
「まぁ、早い話が……てめえらのディーバを渡せよ?」
「はあ? 出切るわけないじゃん、だって私たちボディーガードだもん」
「そうかい」
なるほど、亞以子のやつ、ボディーガードがいるとは一言も書いてなかったがな。
まあ、予想の範疇だ。
アタシはツカツカと小娘どもに歩み寄っていった。
黒いマントを靡かせながらゆっくり、ゆっくりとな。
「と、止まりなさいな、あなた一体何様おつもりですの? そのふざけた格好と言い」
「ふざけた格好はお互い様だろ」
「もういいわ、お姉様殺っちゃいましょうよ、跡形も失くせば、証拠も何も無くなっちゃいますから」
「やってみろよ、このビアンども」
そう言うと、そいつらは二人揃ってロッドを具現化して魔法を詠唱し始めた。
「炎よ、槐に盛る猛き雄叫びとなりて、彼の者を焼き払え!」
「氷よ、蒼く凍てつく静かな叫びとなりて、彼の者をつんざく槍となれ!」
氷と炎のコンビネーションとは、手の込んだレズどもだ。
たちどころに巨大な炎の旋風と、氷の刃がアタシに向かって猛スピードで飛んできた、三下どもが、小賢しい。
すかさずアタシもロッドを呼び出した。
渇いた風が空気を押し広げながら音を波状に広げていく。
器械音とも自然の突風とも似ていない独特のファンタジックで柔らかい音は魔法発動の証だ。
「光よ光、輝きの壁よ、眩きの厚き絹となりてか弱き我が身を守りたまえ!!」
ほとばしる激しい光とともに、けたたましいまでの音が、ホールの中に響き渡った、120デシベルはあろうかと言う轟音だ。
光のシールドで弾かれた余剰エネルギーが飛散し、ステンドグラスにヒビをいれた。
「耳が痛えよ、ズーレー姉妹」
「な!! どう言う事ですの」
「コンビネーションをあんな簡単に、ありなのそれ!?」
「リリィ、まずいわ、二手に別れて逃げましょう」
「でも、リコリスお姉様……」
「あれは、きっとトータルデストロイヤーですわ」
「トータル……デストロイヤー……?」
「ふふ……良く分かったな」
気付いたか。
――トータルデストロイヤー。
「ですわよキャラ」が発した言葉。アタシは、まさにそれだった。
魔法にはいくつか種がある、便宜上後付けで設けられた区分だ。
その中でも、火・水・土・風・毒・光・闇・エトセトラ……、そのうち五種類以上の魔法が使えるやつは慣習的にトータルデストロイヤーと呼ばれる。
破壊の統合者って訳だ。
まあ、目の前の豚娘どもは、精々一、二種類ずつと言ったところだろう。
「どうする? わざわざ死ぬか? それとも、土下座して歌姫の居場所を教えれば、命だけは助けてやらなくもないがな」
「くっ!」
「お、お姉様、どうしましょう?」
「おやおや? さっきの威勢はどうした? ロリータレズビアン」
「勝機はありますわ、二手に別れて、リリィ」
「はい!」
見たところ恐らく姉妹のそいつらは、ステージの上手と下手の扉から出ていった。
さて、どうするか?
ま、言うまでもねえけどな。
***
「闇に住まいし地獄の番人よ、浮き世の罪人より絞りし鮮血をしばし我に分け与えたまえ」
アタシは二階の廊下に似非起動阻止システムをばらまいた。
と言っても、魔法で呼び出した血液を床にぶちまけただけだ。
廊下を通ればもれなくスッ転ぶって寸法だ。
あの百合娘どもは――見つけ次第殺しても構わねえとは思うが――出来れば生け捕ってディーバの居場所を吐かせたい。
「隙ありですわ! トータルデストロイヤー! これでもお喰らいなさい!」
オツムが悪いのか? 懲りねえやつだ。
わざわざ向こうから死にに来るとはな!
「効かねえっていってんだろ! マヌケ!!」
アタシはさっきと同じように光のシールドでそいつが放った氷の槍を弾き、すぐさま別の魔法を詠唱した。
「森羅万象の統率者よ、全てに宿る心の声よ、我が声に耳を傾けよ!」
「な、なんですの!?」
「ふふ。弱き者に虚栄は似合わぬ、彼の者の姿、あるべき形へと還せ!」
「きゃぁぁぁああああ!!」
リコリスとか言ったか、アタシは魔法でそいつの服を完全に消し去った。
魔力が弱いやつは魔法耐性がそもそも低い、つまり効き安いって訳だが、よもやここまで全裸になるとはな、露出狂の気でもあるんじゃねえか?
ヤツもまさか服が消え去るとは思うまい、恥ずかしさのあまり手で身体を隠すとバランスを崩して、血でぬるぬるになった床に足を取られてやがる。
しかも、今の魔法が渾身の一撃だったとみえコイツはもう魔力切れだ、よもや起き上がることも出来ないようだ。
「んハァハァ……うぐぅ……」
「いい光景だな、お嬢様、写真撮っとけば変態どもの大人気になれるんじゃねえか?」
「ふ……ふふ……、かかりましたわね……」
「あ?」
「リリィ、今よ!」
「はい、お姉様!!」
ふと振り替えれば、通路の反対側、いつのまにやら、後ろをチビガキに取られてた。
「炎よ、大気を滅ぼす紅蓮の炎よ! 闇夜さえ白く染め上げる火球となりて、愚者に烈火の裁きを与えたまえ!!」
空気その物が蒸発してしまいそうなほど、強烈な甲高い音を発した。
ロリの放った火の球は一瞬で壁を丸焦げにしていく、そしてそいつはアタシに向かって猛スピードで向かってくる!
「少しはやるじゃねえかよ!」
まさかこんなハイレベルな魔法を隠してるとは思わなかったが、この程度でアタシの魔法の盾を破れるハズがねえ。
魔法が衝突すると、その轟音は振動となって腹の底にまで響いてくる。
光の壁に阻まれた火の球は、それでもなかなか消えない、術者の意識が持つ限り威力が継続するタイプだな。
天井や床からは、煙が立ち上る、壁はすでに燃え始めている。
「おい、ちびっこ、大したことねえな、そのまま魔力がつきるまで精々頑張れよ」
「甘いですわ」
「ん?」
不意にもう一つ、魔法使いの気配がした。
「三人だったか」
「アマリネ、早く、リリィの魔法が持続している間に」
「まかせて、お姉たん! 空を貫く雷鳴の柱よ、束となり、矢となりて、目前の無力なる子鹿を仕留め給え!」
耳にするだけで感電しちまいそうなバチバチとした音がほとばしる!
三匹目の魔法使いの手に矢の形が出来上がって行く。
「トータルデストロイヤーでも、二人相手はキツいのでは無くて? この子たちの攻撃魔法は強力ですのよ、前後挟み撃ちでは防ぎようがありませんもの!」
「どうかな?」
なんでアタシが魔法使いとして生き延びて来られたかが、これから解るさ。
「氷の壁の澄んだ御鏡、月読みを映す眩き水面よ、我が前にそびえ、虚ろな光を跳ね返せ!」
「喰らっちゃえぇぇっ!!」
三人目の魔法少女が放った雷鳴の弓矢は、空間を震わせ真っ直ぐアタシに飛んでくる。
アタシはそれを、事も無げに先ほど唱えた鏡の魔法で反射させた。
鼓膜が吹っ飛びかける。
もはや音と言うより、激しい衝撃波として、それは耳に届いた。
「きゃぁぁぁああああ!!」
火球と雷の矢はそれぞれ術者の手前で炸裂した。
アタシ以外の三人の悲鳴が聞こえた、壁が崩れ落ち、埃が周りを包み込んだ。
やがて、視界が開けてくると、そこにはくたばりかけた魔法使いが三匹横たわっていた。
「げほげほ……、ど、どういうことですの」
「アタシはな元白魔女部隊にいた。名前は鬼畜子だ、知らねえか? おまけにアタシは同時に二つの魔法が使える、お前らとは格が違いすぎるんだよ」
こんなどっかの馬の骨程度の魔法使いに、本物の魔法教育を受けたアタシが負けるはずねえだろ。
「そんな、あの白魔女部隊の……。化け物だわ……。もう無理……勝てません……。あの、お願い……お願いします……」
恐らく長女と思われる、リコリスとか言う魔法使いは、項垂れて、目に涙を浮かべて懇願した。
「あ?」
「妹達は、あの娘たちの命だけは助けてあげて下さい……、私はどうなっても……」
「オイ……はぁ!? おい待てよコラ! てめえそれ以上命乞いを口にしてみろ、このクソアマ!! ふざけんなよ! 魔法使い舐めんなカスが! あとほんの少しでもゴミ虫みたいな甘っちょろい事ぬかしたらな、全員まとめてFxxkしてやる!!」
アタシは、全身全霊を込めて罵倒してやった。
「……くっ……」
リリィとアマリネだったか?
そいつらは、魔力を、使い切ったとみえ、倒れてピクリとも動かねえ。
「じゃあ、どうしろとおっしゃるの、この鬼ッ! 鬼、畜生だわ!!」
まあ、鬼畜だから間違っちゃいねえがな。
リコリスは泣き崩れた。
「大体な、誰も殺すとは言ってねえだろ、さっさと歌姫の居場所を教えろ。それからな、妹どもが心配ならこんな稼業はもうやめにしろ」
リコリスは少しほほ笑んだ、何が馬鹿らしいんだかな。
「敵の心配だなんて、鬼畜が聞いてあきれますわね……」
「勘違いすんな。心配なんかしてねえよ、殺すのも興が冷めただけだ、クソ魔女」
「――はい、これ……」
小さな金属音がした。
泣きながらリコリスの投げて寄越したそれは、何かの鍵だ。
「翠は屋上よ」
「ごくろうさん」
「ケイ子さ~ん! うわぁ!?」
階下からクリスらしき間抜けな声が聞こえた。間抜けはさっきのアタシの撒いたトラップでスッ転んでやがる。
「痛たた……、ってこれ、血じゃないですか? というか、この女の子は誰です? みんな血まみれで……、一人は裸だし。ケイ子さん、あなた一体何したんですか! ま、まさか凌辱とか!? このド鬼畜!」
「アホか。こいつら全員魔法使いだ。血は単なるトラップで、こいつらは無傷だ。このガムテでしっかり縛っとけ。もう今日は魔法を発動出来ないだろうからな、素人でも安全に処理できる。ほらよ」
「おあ、え?」
アタシはクリスに魔法の眼鏡とタブレットを渡した。
「なんですかこれ?」
「そいつをかけて、あいつらを見てみろよ」
「え、はい。……あ!」
クリスがその眼鏡をかけると、驚いたように声をあげた。
「これ、もしかして?」
「ああ、そいつが魔法石だ」
クリスに渡したのは、魔法石を可視出来る特殊な眼鏡だ。
見た目は単なるオペラグラスだが、読み取った石のデータをタブレットに赤外線で送信できる。
「それで、そっちのタブレットにデータを転送しろ、ライブラリーに有れば照合できる」
それはまさに白魔女部隊の遺産だ。
「アイオライト、アメジスト、ペリドット……だそうです。あれ……?」
「ケイ子さんの判別出来ないですね」
「誰がアタシのまで照合しろっつった? ま、気が向いたらそのうち教えてやる」
リコリスとか言う名の姉がアイオライト、リリィがアメジスト、アマリネがペリドットか。
まあ悪い石では無いが、こいつらは訓練も実戦も足りなすぎた、雑魚だ。
さてさて、大分派手にぶちかましちまったからな、さっさと片付けねえと。
アタシは屋上へ向かって歩き出した。
「あの、ケイ子さん、どこへ?」
ツルツルと滑りながらも壁伝いに歩いて行き、三姉妹を縛りながらクリスが聞いてきた、リコリスに上着を貸してやるとはな、男前のつもりか?
「アタシはメインディッシュを頂きに行く。おいクリス、見つからねえうちにこいつらどっかに隠すなりしとけよ。それからな 」
「はい?」
油断するな、と言いかけて止めた。
こいつらは魔法使いの戦場を知らない、大人しくしてんだろ。
「いや、何でもねえ。裸見てマス掻くなら帰ってからにしろ」
「な、何言ってるんですか! 僕はもとより、このいたいけな少女たちに失礼ですよ! そもそも鬼畜子さんも、そんな言葉使わないで下さいよ!」
いたいけねえ、アタシを黒焦げにしようとしたやつらがか?
***
屋上は普段人の立ち入りがねえんだろう、かなりの広さがあるが、手入れの跡が感じられない、随分と砂埃が貯まってやがる。
ホールにあったステンドグラスのまさに真上だ、コンクリートのヘリがあって、そこは歩けるようになってる。
人目に付かねえ場所なのに、割と趣がある、作ったやつの趣味かもな。
見渡せばすぐにそいつは見つけられた。
「やっと見つけた、ディーバ」
「遅かったわね、ずっと見ていたわ」
翠はステンドグラス越しにホールを見て言った。
およそ人とは思えぬ畏怖に能うるほど美しい外見、そうだな、真っ暗な夜空にただ輝く星、その位に綺麗だ。黒髪を風にたなびかせ屋上の縁に腰かけて、足をプラプラさせてやがる。
年齢は、恐らく二十歳位か。
コンサート用に着ているのであろうその可憐なドレスは、今も着たままだ。
金持ちや上流階級のお嬢様って感じじゃない独特の気品がある。
しいて言うなら、それは、そうだな……「憂い」と言うやつだろう。
これじゃ普通の人間なら、歌や魔法以前に見た目で魅了されちまうだろうよ。
――こいつ、本当に魔法使いなのか?
何となくだが、もしかしたらそれ以上の存在なのかもしれん。
気のせいかもしれねえけどな、雰囲気が少し異質な者に思えた。
コトコトとヒールの音が夕暮れの空に響いていく、アタシは一歩ずつゆっくりと翠に近づいた。
「おい、逃げないのか?」
「だって、さっきの戦いを見てたもの。上から、貴女すごいわね」
「へえ、腰でも抜かしたかい?」
アタシは翠のすぐそばまで行き立ち止まった。
これだけ近寄っても、全く臆する様子がない、まるで死人だ。
いや、死ぬことも何もかも全て悟った、そして諦めた、そんな眼をしてやがる。
「私には元より殺す力なんてないもの」
「そんなこと知るかよ……」
「だからね、貴女に一つお願いがあるの」
「そうかい、でもな、そいつを聞くのはお前をふん縛ってクライアントの前に連れてった後だ」
「私ね、本当に歌が好きだったのよ。――ねえ、貴女……、そうだ、折角だもの名前を聞かせて」
アタシは少し考えてから答えた。
「……鬼畜子だ、そう呼べ」
「ねえ鬼畜子さん、貴女の魔法で私の力を封印出来ないのかしら?」
そいつはどう言う了見だ。
外はえらく静かだ、あれだけの騒ぎがあったってのが嘘みたいだな。
「私ね、子供の頃からずっと歌ばかり歌っていたの、生まれは貧しい国だったけど、外国の名門音楽院に最年少で招かれたのよ」
「へえ、大そうなこった」
「本当にずっと歌ってばかりいたの。なのに、ある日私の国が無くなってしまった。紛争だって。私は帰る場所も家族も失くなってしまった。そしたら魔法部隊の人達が私を連れにやって来たの」
どこの国のウィッチコマンドだ?
日本には一つしか無い、つまり外国だろう。
――魔法少女何てのは、大方みんなそうだ、そうやってどっかから無理やり連れてこられたりするもんなのさ。
「そこで、聞かされた事実に、私は酷く落胆したわ。私の歌でみんなが感動してるのって、魔法のせいだったんだって。――それから、あいつらはこう言った、安全に歌わせてやるから、俺たちの言う事を聞けって」
なるほどな、やつらにしてみりゃ、体の良い造幣局が手に入ったって訳だ、レコード会社も実態はどっかの魔法組織の傀儡ってところなんだろう。
「いいじゃねぇか、歌なんて元々何も出来やしねえんだ、そんなまやかしよりよっぽど金儲けの役に立ったんだろ? おまけに飽きもせずに聴いてくれるファンもいるじゃねぇか」
「良くないわ……」
翠は寂しそうな笑顔で笑って答えた。
長い髪を、指でクルクルと梳いて見せる、その仕草はどこまでも物憂げだ。
「最悪よ。私はね、自分の歌を歌ってみたいの。魔法じゃなくて、本当の私の声で」
「なんだよそりゃ。ならとっとと逃げ出せば良かったじゃねぇか、それをしねえって事は、どうせぬるま湯が心地よかっんだろ?」
「違う。逃げようとした。でもダメだった。私は一々他の魔法使いに見張られてて。自由なんて無かった。普段はいつも話せないように轡をさせられてた」
「ふん、ま、憐れだとは思うがな、生きてるだけ、死んだ奴らよりマシだ」
白魔女部隊が健在立った頃は、毎日のように、他国や、別組織の魔法使いと戦わされてきたが、どいつも酷い死に方だった。
「鬼畜子さん、貴女は私を救いだしてくれる唯一の人物かもしれない」
「捕まえに来たのに、救いに来たとは心外だな」
「ねえ、お願い、貴女の力で私の魔法を解いて!」
聞いたこともない。
アタシはしばらく黙って、それから目の前の憐れな歌姫にそっと告げた。
「それはな、無理だ」
「どうして?」
「魔法を解く魔法なんてものは聞いたことがない。それを使える者にも会ったことが無い。それにな、恐らくお前は魔法使いじゃねえ、神かなんかの化身だ」
「そう……なの……?」
「悪いな」
ディーバは酷く落胆したようだった。
しかられたクソガキみたいなツラだ。
凪いだ時間はそろそろお終いだ、流石にホールの外では人が出て来始めている、あの爆発じゃ無理もねえ。
此処に押し寄せてくるのも時間の問題だ。
「なら……、なら、せめて、暫く私の力を封じたり出来ないの? そうしたら、その間だけは、自分の歌が歌えるわ!」
「そうだな……、出来ないこともないかもな……」
死神のくちづけと言う魔法がある。
魔法の封じの最上位で、この手の魔法の代表格であるアンチマジックやアンチエレメントより強力だが範囲は極端に狭くなる。
くちづけた相手のみにしか発動しない。
恐らく神や精霊にも通用するハズだ。
こいつ相手じゃ精々効き目は数分だろうがな。
ちなみに、魔法には本来名前は無いが、広く使われているものは慣用的に呼び名があったりする。
「なら、お願い!」
「待てよ、アタシは何も得しねえじゃねえか。魔法使いはボランティアじゃねえし。お前は何を差し出せるんだ?」
すると、ディーバは、指輪を外して私に寄越した。
まあ、別に理由付けが欲しいわけじゃないが、タダで願いを叶えるってのに抵抗があっただけだ、アタシは偽善者どもとは違うからな。
「これを上げる」
「なんだ? 指輪か……」
「これは、母がくれた大事な指輪なの。私が持っている想い出も財産も、もうこの指輪だけよ。お守りみたいなものかしら。私の全てよ、貴女にあげるわ」
受けとると、それはなんとも不思議な色の指輪だった。
素材もなんだ分からねえし、メーカーや素材の刻印もない。
だが、そいつが、これが自分の想い出のすべてだと言ったのがアタシは気に入った。
「解った、これでいい」
アタシはそいつを受け取ると、ディーバの身体に触れた。
屋上の扉を屋内から開け、何者かが突入してくる気配がした。
「おい、おまえ、動くな!」
「そこの不審者! 逃げ道は無い、早まった真似はするなよ!」
恐らく警備だろう、ホールの外でもクルーや関係者がアタシらを見上げ始め、ざわつきはいつの間にか増しつつある。
アタシは振り向きもせずに魔法を詠唱した。
「春の訪れを知らぬ冬の沈黙よ、安らぎは言の葉の無き世界にて、其は束の間の安息を死に急ぐ恋人に与えん」
アタシはディーバに身を寄せた。
真冬に寄り添う恋人見たいにな。
「な、なに?」
「死神のくちづけって魔法だ、黙ってキスさせろ」
アタシは歌姫にそっと、くちづけた。
勘違いすんなよ、そう言う趣味な訳じゃねえ、こう言う魔法なだけだ。
「……っ……」
ディーバの身体がほんの一瞬輝きに包まれると、それはまさに魔法封じを纏った証拠だ。
「お前の力は相当なもんだ、持って数分だ」
「ありがとう」
ディーバは振り返ると、屋根の一番外側の縁に立った。今にも落ちてしまいそうだ。
そして外へ向くと歌い始めた。
解き放たれた第一声。
――ほんの一瞬でざわめきが凪いだ、屋上のボンクラ警備達も、喚くのをやめた。
これは、知ってる曲だ「私を泣かせてください」とかいう曲だったと思う。
どこまでも響く歌声だ、世界のどんなサイコ野郎もこれじゃ黙っちまうって位の甘いトーンだ。
セイレーン?
昔マスターチーフに教わったギリシア神話を思い出した。
海の神の娘で、歌で人々を魅了するってヤツだ。
実際コイツがどうなのかは解らないが、この歌がそれを思わせたって事は間違いねえ。
「最期に歌えてよかったわ……」
歌い終えると、ディーバはそう告げた。
最期?
それから寂しそうな笑顔を一つ。
それで幕引きだ、やつは、屋上から身を投げた。
「お、おい!?」
駆け寄る間もなかった。
***
下ではクルーや野次馬どもが大騒ぎだ。
アタシはアホらしくなって、とっとと引き上げることにした。
「お、お前、動くな!」
「警察に連絡した、大人しく拘束されろ」
警備らしきボンクラどもがアタシにスタンガンを向けてやがるが、構わず階段へ向かう。
「アホか、てめえら。おい、クリス! どこだ?」
呼べば、アホ面が人ごみを掻き分けて向かってきた。
「ケイ子さん。いったい何が!?」
「何がじゃねぇ、やつは自殺しちまったよ、帰るぞ」
「ええ!? いや、帰るって、そんな……」
「仕方ねえよ。過去を変えられる魔法はねえんだ」
クソっ、明日依頼主の亞以子んとこに行って説明しなきゃならない。
もう今日は疲れた、帰って寝る。
「なんかもう、なんだったんだろう、今日一日……。でも、ちょっと意外でした」
「あ? 何がだ?」
「ケイ子さん、あの三人を殺さなかったんですね。てっきり叩きのめすのかと思ってました。ケイ子さんって、ひょっとして名乗ってるほど鬼畜じゃないんじゃないかって思いましたよ」
「知るか、クソ……。殺すのも面倒だっただけだ」