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天駆ける風夢  作者: 襟端俊一
第二章 寝床は何処
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「明日の週一レースで勝ちたい!? 正気か?」


 華に約束を取り付けた後、秤は授業が終わるまでひたすら滞空する練習をした。その後他の教室を片っ端から回り、どうにか活生を探し出したのだ。

 ちなみに彼は授業をサボって風夢の練習をしていた。


「そんなに無謀かな?」

「無謀っていうか……無理っていうか」

「……分かった。なら、レースっていうのが具体的にどんな感じで行われるのかを教えてくれないか。距離とかコースとか、参加人数とか」


「あ、ああ。校長が気まぐれでも起こさない限り、レースは月で距離が決まるんだ。四月八月十二月が短距離で、五月九月一月が中距離。六月十月二月が長距離、七月十一月三月が超長距離。ただこれはあくまで距離の話で、ここから更に分類される。超長距離はマラソン、それ以外の距離は短距離走、障害物走、リレーの三種を月別に行う。基本はこんな感じかな……一応他にも、パートナー持ち限定のレースとか文化祭の賭けレースとか色々あるんだけど」

「四月ってことは……」

「直線二百メートル。スタートダッシュ命のスプリントだ」

「二百メートルか」


 短距離と言っても、滞空することさえスムーズにできない秤にとっては長距離と何ら変わりないが、それでも助かったと思うべきか。

 何よりも直線というのは有り難かった。

 コーナリングなどの技術をたった一日で習得するのは絶対に不可能だろうから。


「走る組み合わせはどう割り振るんだ?」

「月一レースは成績別に分かれるけど、明日の週一レースは先生に呼ばれた四人ずつだからバラバラ。最初だけ強制参加の一年生以外は参加自体が自由だし、三年のトップと一年の最下位があたる可能性もある」

「……そっか」


 活生や楓に頼んで八百長レースという発想は無駄だったようだ。勿論そんなことをして勝っても空しいだけなので、本気で考えてはいなかったが。


「はは。当てが外れたか? ま、俺なんて成績的に言えば中の下くらいだからな。それでもお前よりは何倍も速く飛べる」

「つまり俺以外の全員が……何倍も速く飛べると」

「運に自信があるなら、せめて楓&焔のコンビと当たらないように祈るしかない」

「あれ? 競技の授業なのに焔も参加するのか」


「参加はしないさ。ただ、レースを見学することも技術の勉強の一貫として認められてるからな。パートナーがいる生徒は大抵傍でギリギリまでメンテナンスしてる。ってか二人のこと知ってるのか?」

「ほら、朝の件で」

「ああ! 保健室まで運んで貰ったのがその二人だったのか。お前ラッキーだなぁ」

「え、何で?」


 活生の解釈は理解に苦しむ。

 転学初日に気絶させられたことを手放しにラッキーと喜べる訳がない。


「疾風はその男らしさから女子に人気があって成績も優秀。しかもそれを鼻に掛けない。焔ちゃんは文句なしに可愛いだろ?」

「うーん……そう、かな?」


 楓はともかくとして、焔を可愛いの一言で言い表すのは納得しかねる。

 やはり楓の言っていた通り男子は焔に弱いのか。


「ま、その運があれば疾風と当たることは無さそうか」

「そんなに凄いのか? 楓って」

「凄いなんてもんじゃない。中等部の頃の話だけど、少なくとも五本の指には入ってたよ」

「五本……それって男子も入ってる?」

「男子も女子も合わせてのランキングさ。総合的に見ると女子の方が能力が高いんだ」

「そ、そうなんだ」


 男尊女卑の精神など持ち合わせてはいないが、体を使ったスポーツで男子よりも女子の方が能力的に上というのはショックだった。


「体力使うレースなら男子の方が上に行くこともあるんだけどな。如何せん女子の体重における情熱は男子の比じゃないから」

「物凄く納得した」


 風夢は理想体重にどれだけ近づけるかで性能が変わる。

 つまり日々の体重管理こそが成績に直結する訳だ。

 男子が弱いはずである。


「女子にはレースなんかよりも重要な戦いがあってさ。皮肉にも、そのお陰でレースの成績も良くなるんだよな」

「レースよりも?」

「月一の身体測定さ」


 身体測定。

 確かに悪い意味で女子が盛り上がるイベントだ。

 ただ流石に月一なんて頻度で身体測定があると熱も冷めてしまいそうだ。


「いくらなんでも大げさだろ。たかが体重なんだし」

「ばっ――」


 突然席を立ち秤の口を塞ぐ活生。そのまま誰もいない教室を忙しなく見渡して、

「いいか。絶っっっっっっ対に! 女子の前でその台詞は吐くなよ!?」


 活生の鬼気迫る表情に、秤はただただ頷くことしかできなかった。


「さて。そろそろ授業も終わるし、帰るか」

「何処に?」

「何処にって……寮に決まってるだろ」

「あ」


 今更だが、秤は住むところがないことを思い出した。

 母親の無計画さを呪うしかない。


「まさか住むところが無いとか言わないよな?」

「い、いやまさか。あははは」

 つい否定してしまう。今の会話の流れでいけば、活生の部屋に泊めて貰うことができたかもしれないのに。


(でも活生には今日一日で世話になりっぱなしだしな。これ以上は気が引ける……)


 それなりに付き合いのある友達ならともかく、活生とは知り合ってからまだ一日も経っていない。元々の性格もあるが、秤が遠慮してしまうのも無理はなかった。


「確か、中央居住区ってとこにみんな住んでるんだよな。寮っていうのもそこに?」

「……お前、まだ地理とか全然把握できてない?」

「活生のお姉さんが不親切だったもんで」

「す、すまん。えっと……港が南で」


 活生は掌を指でなぞって位置関係を確認している。

 彼もそれほど得意ではないらしい。


「アアル学院は六つのエリアに分かれてるんだ。南に幼等部の校舎、西に初等部の校舎、北西に中等部の校舎、北東に高等部の校舎、東に大学部の校舎、中央に一番広い居住区がある」


 活生の言う通りなら、秤が乗って来たバスは態々遠回りしたことになる。電家先生はガイドと名乗っていたし、他の校舎の説明も兼ねていたのかもしれない。


「で、その居住区なんだけど。島民が暮らしてるメインの中央居住区以外に、中等部から大学部までの生徒が一人暮らしするための寮があるんだ。それぞれの校舎の近くにな。勿論男女別だけど」

「へぇ……」


 小学三年生から一人暮らしだった秤にとってはそう驚くようなことでもなかった。

 しかしそれなら秤の住む場所は用意されているかもしれない。


(電家先生に聞きに行くかな)


 そう思い立ったところで終業のチャイムが鳴ったため、秤は活生と別れてすぐに職員室に向かった。

 かさばる体重計を抱えての移動は目立って仕方ない。


 というかそれ以前に、アアル学院の生徒はこんなちょっとした移動にすら風夢を使っているので、巨大な体重計を抱え、しかも歩いている秤は尚のこと好奇の視線に晒される。

 そんな視線をどうにかはね除けて歩いていると、前方に見知った二人を発見した。


「あっ、秤君」

「……!!」


 焔の鬼のような警戒心に怯みかけるも楓の呼び声に応える。


「さっきぶり」

「あんたまた気絶したって聞いたわよ? どういう星の下に生まれたのよ」

「はは……面目ない。あれは完全に自分のミスだった」

「ふ~ん。秤君もこれから帰り?」

「ああ。ちょっと住む家がなくて」


 秤はあっさりと事情を話した。

 活生と違って、この二人なら例え話したとしても世話になることなどないと思ったからだ。いくらなんでも、女子寮で一人暮らしをしている女の子の家に招かれる訳がない。


「無計画にも程があるでしょ、それ」


 溜息混じりに呆れられてしまった。

 ただこれについては秤にも言い分がある。


「母親に言われるがまま来ちゃったからさ。もしかしたら用意されてるかもしれないし、これから電家先生に聞きに行こうかと」

「呼びましたか?」


 ぬっと姿を現した電家先生。

 突然の登場に秤と楓は固まってしまったが、焔だけは未だ微動だにせずに秤を睨み続けている。


「お、驚かさないでくださいよ先生」

「そんなつもりはなかったのですが。天座君が、私に用があるとか?」

「は、はい。えっと……俺の住むところって何か言われてますか? 母さんに」

「えぇ、勿論」


 電家先生の頼もしい言葉に思わず安堵した。

 流石の母親も、息子の衣食住は面倒を見てくれるようで何よりだ。



「自力で何とかするように、と伝言を預かっています」



「畜生!!」

 一瞬でも母親を信じた愚かな自分を呪った。

 息子の事情など意にも介さず、突然得体の知れない島の学校に転学させるような人間を信じるなど、愚の骨頂だったのだ。

 その母親が今現在どんな状況にあるのかは全く知らないが、息子が四苦八苦している様子を何処かでほくそ笑みながら観察していてもおかしくはない。それくらいに秤は疑心暗鬼に陥っていた。


「……破天荒なお母さんなのね」


 項垂れている秤をさりげなく楓がフォローしてくれる。彼女も常日頃から焔に振り回されているため、秤の気持ちが余計に分かるのだろう。


「放任主義にも程があるって」

「よければ、弟に言っておきましょうか」

「それは……」


 やはり彼に頼るのは気が引ける。電家姉弟にこれ以上迷惑を掛けるのは避けたいし、一人でどうにかしようともしないまま誰かに頼るのも嫌だった。何だかんだでずっと一人で生活してきた秤にはそれなりの自信もある。


「遠慮しておきます。代わりと言っては何ですが、野宿しても怒られない場所を教えて貰えませんか?」

「野宿!? あんた本気なの?」

「そうは言っても、校舎は閉まってしまいますし」

「高等部の女子寮と男子寮の間にある公園はどうですか~?」


 今まで一言も声を発さなかった焔がいきなりそんな提案をしてくる。何かしらの意図を感じずにはいられないが、

「確かに夜なら人目につかないだろうけど……」

「水も飲めますし、トイレもありますね」

「それだけ揃ってたら充分だよ。今日はその公園に厄介になる。ありがとう、焔さん」

「どういたしまして~」


 初めて顔を合わせたときと同じ天使の笑顔を向けてくる焔。

 朝の一件を水に流してくれたとは思えないが、公園というのは勝負を控えた秤にとって絶好の場所だ。


 そう。秤は寝る気など全くない。

 一夜漬けで風夢の練習をするつもりなのだ。


「じゃあ、俺はその公園に行ってみます。また明日」

「はい。また明日」

「う、うん。……」


 三人に別れを告げ、秤は体重計を持って高等部の校舎を後にした。


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