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楓と別れた秤は、とりあえず体重計を足下に置いて職員室を見渡した。
ガイドさんが言っていた言葉を頼りにして来たはいいが、ここで何をどうすれば良いのか。
普通なら保護者同伴で学校に登校後、担任教師が面倒を見てくれるものだが、母親には期待できないし担任教師が誰なのかも秤は聞かされていない。
(参ったな。自分で何とかするにしても知らないことが多すぎる)
仕切りで囲まれた個室の中には教員がいるのだろうが、アアル島に来たばかりの秤が声を掛けるのは少々勇気がいる。
秤が途方に暮れていると、後方から聞き覚えのある声がした。
「あ、もう歩けるようになったんですね」
「ガイドさん!!」
嬉しさのあまり声が裏返ってしまった。
「まあ。そんなに私と会いたかったんですか?」
「あ、いえ……すいません。もしかして、ガイドさんが俺のクラスの担任なんですか? 先生なんですよね」
「ふむ。まずはその辺を説明しなければいけないようですね。一先ず、私のデスクで話しましょうか」
言われるがままに半透明の個室に案内され、丸いデスクの一部を上げて円の中心に入る。
「改めまして、競技の教師をしている電家光です。競技というのは」
「あ、その辺は楓から聞きました。技術科のことも」
「……そうですか」
電家先生は目に見えて落ち込んでしまった。教師だけあって、教えるという行為そのものが好きなのかもしれない。
「では通常授業の説明を。授業は全て選択制となっています」
「え? 選択科目は風夢に関する授業だけじゃ?」
「そうではなくて、『教員選択制』です」
「! 教えて貰う先生を選べるってことですか」
「はい。競技にも私以外に沢山の先生がいます。誰の授業を受けるかは自由です。他の通常授業も同じように複数の先生がいるので、自分に合った先生を探して下さい」
「分かりました」
これはとても画期的なシステムだと秤は思った。
どの学校にも教師の当たり外れはあるものだ。
しかもどう感じるかは生徒によってそれぞれなため、全ての生徒が集中して授業を受けるのは難しい。
だがこのシステムなら生徒は自由に学べる。仮に自分に合う教師がいなかったとしても一番マシな教師を選ぶことができるし、自分で選ぶのだから納得せざるを得ない。
もっとも、これは広大な校舎と人材があってこそ可能なシステムだが。
「それと、担任教師についてですが」
「もしかして、それも選択制ですか?」
「はい。クラスはα(アルファ)組~ω(オメガ)組まであります。特定の教師を選んだら以後変えられない、と言ったこともありませんのでご安心を」
電家先生の言葉通りなら、単純計算してもクラスが二十六組存在することになる。それが学年ごとにあるとなると、高等部だけで担任教師の数が七十八人だ。
「多くないですかね」
「場合によっては一人も生徒がいないクラスもありますよ?」
「生徒もそうですが、先生の数も」
「アアル島に住む住人の六割はアアル学院に関わる仕事をしています。それに教師の半分は実習生なので」
外では考えられない話だが、この島が本当に外と隔絶された世界なのだとすればそれも当然だ。この島の半分以上は学校なのだから。
「給料とかってどっから出てくるんですか?」
秤は無駄と分かりつつもつい聞いてしまった。
「不思議ですねぇ」
「そうですねぇ」
想像通りの返答に思わず脱力する。
「授業については理解して頂けましたか?」
「一通りは」
「では風夢の調整を行うので、研究室までご同行願えますか」
「は、はい!」
待ってましたとばかりに立ち上がる。
ただの体重計が空を飛ぶ訳がない。やはり何かがあるのだ。
それに、空を飛べると言われれば自然と胸も踊る。
しかし重い体重計を抱え上げてから秤は気付いてしまった。
(これが飛べても……格好悪くないか?)
秤が持ってきたのは相当年季の入ったアナログ体重計だ。母親に言われるがまま持ってきたのだからそれも仕方ないが、校舎の周りを飛び回っていた生徒が乗っていた体重計はどれも格好よかった。
最新の体重計を見繕ってくればよかった、と深く後悔する秤だった。