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天駆ける風夢  作者: 襟端俊一
第一章 地図にない島
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 保健室の外に出て自分の力だけで歩き始めた秤は、改めてこのアアル学院の異様さを思い知った。眼前に広がる光景が、学校で言うところの廊下とはかけ離れたものだったからだ。


 まず、床が違う。通常学校の廊下というものは、子供達が滑って怪我をしないように、または歩行音を抑えるためにゴム床材を使うが、秤の足下でピカピカに光っているのは明らかに大理石のものだ。


 次におかしいのは廊下の幅である。いくら広くても、せいぜい人が五人並んで歩けるくらいで充分なのに、アアル学院の廊下は大縄跳びが余裕でできてしまう。

 極めつけは等間隔に置かれている如何にもな美術品だろう。学校にこのようなものが必要なのかなど考えるまでもない。


「病院……美術館……セレブ……」

「何ぶつぶつ言ってんの?」

「いや、別に」


 すぐにでも自分と同じ価値観を持った人間と話がしたかったが、生憎とここは外と隔絶されたアアル島。秤の不得要領な今の心境を誰かと共有することはできない。

 ここに来て、秤は初めて孤独感を味わっていた。


「にしても、中々やるわねあんた」

「何が?」

「焔のことよ。大抵の男子は焔に骨抜きにされちゃうのに」

「いやー……どうだろう」


 秤もドキッとしてしまったのは事実だが、あそこまで理不尽な物言いを連呼する女子がモテるとは思えない。単なるぶりっ子とも違うタイプだ。まあ恋は盲目と言うし、好きになってしまったら闇の部分は見えなくなってしまうのかもしれない。


「俺の場合、身内に自分勝手な女が一人いるからさ。苛々の方が勝っちゃうのかも」

「も、もしかして……焔のこと嫌いになっちゃった?」

「正直、第一印象は最悪だな。何でそんなこと気にするんだよ」

「一応、その、あたしのパートナーだし。あんまり悪く言ってほしくないのよね」


 楓は少し照れ臭そうにそんなことを言う。

 あれほど怒っていたのにこの反応だ。きっと二人の関係は、表面的なものだけでは語れないほど深いのだろう。

 パートナーというのも気になる。単に親友と言っている訳でもなさそうだ。


「あのさ。パートナーって具体的には何なんだ?」

「……あんた本当に外から来たの? 何年生?」

「一年」

「同学年、ね。パートナーは『風夢』を扱う上で欠かせない存在よ。『技術科』の生徒と『競技科』の生徒が組むの」

「???」


 さっぱり分からないので自然と首が曲がってしまった。とりあえずパートナーというのは言葉通りの意味らしいが、それ以外に関してはチンプンカンプンだ。


「そ、そんな目一杯首を傾げられるとは思わなかった」

「専門用語だらけなのが何とも」

「そう言われてもね。私達にとっては読み書きと同じくらい当たり前の常識だから。何が分からないのかを教えてくれないと説明のしようがないわよ」

「じゃあ、『風夢』と『技術科』と『競技科』っていうのを詳しく説明してほしいな。何となく想像は付くけど、アアル学院とどう密接に関係してるのかを教えて欲しい」


「『風夢』っていうのはFring Weighing Machineの略称、FWMをもじった言葉。そしてこのアアル学院には二つの選択科目がある。それが『技術科』と『競技科』の二つ」

「空飛ぶ体重計か。つまり、その二つは『風夢』に関する授業なんだな」

「そゆこと。初等部までは両方をまとめた授業があるから、『風夢』については誰でも最低限の知識と経験があるの。中等部からはより専門的に学ぶためにどちらかを選択する」

「……成る程」


 楓の説明で色々なことが分かってきた。

 ようするに、焔は『技術科』で楓は『競技科』を選択しているのだ。そして専門的な知識を補い合うことでパートナーとして支え合っている。

 恐らく『競技科』は『風夢』をより上手く乗りこなすための授業で、『技術科』はそのメンテナンス技術などを学ぶための授業なのだろう。二人の『風夢』の扱いに差があるのもそういう理由があった訳だ。


「転学してきた俺はどうすればいいんだろう」

「そんなのあたしに聞かれても困るわよ。外から転学してきたなんて数年前に一回あったっきり。その子は初等部からだったけど、あんたはいきなり高等部からだもん」


「俺以外にも外から来た人かいるのか!?」


「きゃっ!」

 つい興奮して楓の肩を掴んでしまった。


「……ごめん」

「べ、別に良いけど。その子については年齢も二つで『技術科』だから詳しいことは知らないの。でも相当な有名人よ。飛び級して今はあたし達と同学年だし」

「と、飛び級」


 秤が見いだした、外の世界の話で盛り上がれるかもという希望は一瞬にして消え失せた。右も左も分からない秤と飛び級生徒では話が合うはずもない。

 だが条件が違えど、外からやって来た人間にも可能性があると分かったのは救いだ。


「楓さん。最優先で俺がすべきことは何だと思う?」

「楓で良いわよ、もう。そうね……」

「やっぱり、選択科目を決めてパートナーを見つけることかな?」

「どっちも大事だけど、パートナーはそう簡単に見つかるものじゃないわよ」

「え。でもパートナーは『風夢』を扱う上で欠かせないんじゃ? てっきり、アアル学院に通ってる生徒なら誰でもパートナーがいるものかと」


「それはパートナーがいる『競技科』のあたしからすればってだけの話。実際はパートナーがいる生徒は少ないのよ。『競技科』の生徒の場合、『風夢』の整備は自分でやるか専門の先生に頼むの。逆に『技術科』の生徒はわざわざパートナーを作る必要は無い。自分の『風夢』を弄ればいいからね。パートナーがいるっていうのはそれだけで特別なのよ」


 楓の言葉一つ一つを噛みしめながら秤は絶望していた。パートナーを見つけることが最優先事項だと考えていたからだ。

 実は「誰でも『風夢』の基本的な知識と経験がある」という楓の言葉を聞いたときからその考えはあったので、楓に聞いたのは答え合わせの意味もあった。


 秤には初歩的な知識すら無い。九九も言えない、歩き方すら知らないようなものだ。

 しかしパートナーを得れば、その聞くのも恥ずかしい知識を得ることができる。パートナーと言うよりも個人的なアドバイサーとして必須だと思っていた。


(というか……それ以前の問題じゃないか……)


 そもそもアアル島に来たばかりの秤には知り合いなど皆無。友達をこれから作ろうという段階なのに、パートナーなど簡単に見つかる訳がないではないか。

 自分の浅慮さがひたすらに腹立たしくなる秤だった。


「友達から作ることにするよ……」

「友達なら、もうできたんじゃないの?」

 気恥ずかしさを誤魔化すためか、楓はより一層早足で歩みを進める。

「か、楓……お前はなんて良い子なんだ……!!」


 厄介なパートナーを嫌わないでと言ったり、出会ったばかりの秤を友達として認定してくれたり。今時こんなできた女の子はいない。

 心底感動しつつ置いて行かれないように付いていく。

 そこで秤にある考えが思い立った。


「パートナーって、一対一じゃないと駄目なのか? 良いなら楓がパートナーになってくれるというのは……」

「な!? な、何言ってんのよ! 確かにそんな決まりはないけど……あ、あんたが『技術科』選んだらの話でしょ!! それに、男女っていうのは色々と問題が!!」

「問題って?」


「『技術科』の一番の仕事は、パートナーの『風夢』を最高のコンディションにすることなの! 『風夢』の性能は持ち主の身体能力、特に、た、体重! に左右されるから、定期的に色々と調べないといけないのよ! それ以外にももっと大変な事情がっ」


「ご、ごめんなさい」

 確かにそれは辛い。自身の体重を逐一男に報告するなど、女子にとっては生き地獄のようなものだろう。聞かされる方も反応に困る。


「大体、あんたは『技術科』で良いの? 一応選択してから二ヶ月までは変更可能だから、試しに選んでみるのもありだとは思うけど」

「『競技科』の授業内容次第かな」


「基本は『風夢』の練習を先生の指導の下に各自自習する感じ。後は自由参加の小さいレースが週一、全員参加の大きいレースが月一であって、一月ごとに短距離、中距離、長距離、超長距離って変わるの」


「何をどう練習するのかさっぱりだな……レースが一杯あるのは分かったけど」

「実際にやってみないと分かりにくいかもね。……着いたわよ」

「ここが職員室?」


 散々大理石の床を歩かされた末に辿り着いたのは、証券取引所のような広大な空間だった。所々に半透明の仕切りで囲まれた個室があって、その中には丸い形のデスクが設置されている。一つ一つに人影が見えるので、あれは教師専用のスペースらしい。


 天井近くには巨大な電光掲示板が張り巡らされていて、何やら記号と数字が表示されているが、その用途は不明だ。


「今は授業中だから少ないのよ」

「いや、人数の問題じゃなくてだな。……ガイドさんとも同じ会話をしたような気がする」

「それじゃあ、あたしは今からでも授業に参加してくるから」

「ああ。色々とありがとう」


「そういえば、お互い自己紹介がまだだったわね。あたしは疾風楓はやてかえで。パートナーのあの子は寸鉄焔すんてつほむら。あんたは?」

「俺は天座秤。クラス同じだったらよろしくな」


「え?」

「……何かおかしなこと言ったか?」

「天座って、まさかあいつの……ううん、何でもない」


 煮え切らない様子の楓に疑問を抱いていると、秤は重要なことを思い出した。

「そうだ、肝心なところを聞いてなかった」

「何?」



「何で体重計が空を飛ぶんだ?」



「さあ?」

「……ですよね」

 やはり、謎は謎のままのようだ。


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