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天駆ける風夢  作者: 襟端俊一
第五章 私闘
33/35

(大丈夫かな活性の奴……)


 もう大分前にレースを終えて散々な結果を残した活生は、見学していた電家先生に連れられて、まるで底無し沼に沈んでいくかの如く地上に降りた。

 出走直前に確認したところ、活生と当たったのは同級生の二人。

 成績が拮抗していたとはいえ順番的にその中では活生が一番速いはずなのだが、どうも他の二人は結託していたらしく、集中攻撃を受けてあえなく最下位に終わった。

 全身びしょ濡れになって落ち込んでいたところを電家先生に強制連行されたのだが……。


「今はレースに集中してよね」


 一緒に並んでいた楓が突っかかってくる。

 秤、楓、スピカの三人は最終組なので必然的に後ろには誰もいない。

 遙か後ろには焔と華を含めた技術科の面々がいる。


「何処かの誰かさんが卑怯な手使ったから、秤君はきついでしょ。あたしは平気だけど」

「……べー、だ」


 レースに集中していないのはずっと険悪な雰囲気を醸し出している二人の方だと秤は思っていたが、敢えてそれを口にすることはなかった。

 恐らく楓はスピカを、スピカは秤を異常に意識している。

 それをレースに生かせないかと思案していたのだ。


「次の次……か。高校ともなると後半は流石に早いわね」


 楓の呟きを聞いて、秤も表情を引き締める。

 後半になればなるほど成績が良い証拠なので、順番が回ってくるのも自然と早くなる。

 秤達の出番まで二十分も掛からないだろう。


「「「……」」」


 皆深呼吸なり精神統一なりをして気分を落ち着かせている中、秤は別のことを考えていた。

 即ち、華に託されたあの作戦を実行するか否かを。


「次、並びなさい」


 とうとう前の生徒達が出走した。

 秤は今一度足が固定されているかを確認した後、ヘッドセットを装着。

 風夢を操ってスタート地点である『風夢船』の船首に並んだ。

 勿論楓とスピカも一緒だ。

 途方もないプレッシャーが秤に重くのし掛かる。


(どうする。二人共レースに集中できてないみたいだし、これ以上かき乱すのは可哀想な気も……。でも勝たないと俺は……)


 一度やると決めたことが、直前になって揺らいでいた。

 情けをかけるような実力差など最初から存在しないというのに。


『うふふ。今回も負けませんわよ』

『ふっ。俺には、常に一番しか見えていない!!』

『精一杯、頑張らせて頂きます』


 聞き慣れない声も混ざったが、風夢達はやる気に充ち満ちている。

 楓の風夢はマンボウを横にしたような形のボード型で、花嫁が着けるヴェールなどの意味不明な装飾が施されている。

 楓達の部屋で見たときよりも酷くなっているのは今日が本番だからだろうか。

 スピカの風夢も同じくボード型だが、その形はサーフボードそのもの。

 ただし先端だけは衝撃に耐えられるよう分厚いゴムに覆われていてかなり強化されている。

 二人共、大きめのウェストポーチを腰に巻いていて、スピカだけはリュックサックまで背負って準備万端といった様子だ。

 二人の気合いの入りように気圧されていると、ついにスターターから声が掛かった。


「準備は良いですか?」


 無言で頷く三人。

 今すぐにでもこの場から逃げ出したいくらいに、秤の頭の中はグチャグチャだった。

 良い成績を残さなければ退学。

 退学を免れたとしても、スピカに負ければパートナーを失う。

 最優先事項を決めなければならない。

 焦りがそうさせたのか、秤は助けを求めるように無意識に後ろを振り返った。

 そのときだ。


「―――」


 一瞬。

 本当に言葉通りの一瞬だけ華と視線が合い、その唇が僅かに動いた。

 勝って、と。

 もしかしたらそれは、秤の願望が見せた錯覚だったのかもしれない。

 しかし今の秤にとっては充分すぎる声援だった。

 パートナーが見ていてくれる。

 それだけで秤は前を向ける。


「位置について」


 スタートダッシュのイメージを固める大切な瞬間に、秤は口を開いた。

 二人にしか聞こえないような小声で、



「今だから言うけど。俺と華はもう一線越えちゃってるから」



「「……は!?」」

「よーい……」


 二人が動揺した直後、秤は即座にイメージを固めた。

 風夢自体がイメージに直結するようなフォルムになったことで、スムーズなスタートダッシュを実現させたのだ。


 放たれる『銃弾』の如く――

 パァン!! (駆け抜けろ!!)


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