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女子寮ペア棟には、楓達以外にも数人が住んでいる。
当然皆女の子だ。
一応学校公認の下、女子寮に住んでいることはこの五日で大分知れ渡ったが、それでもあまり一人で出歩くのは気が引けた。
何処に行っても行き着く先には女の子がいるし、女子寮に男子がいることを不快に思う生徒は多い。
男子寮に女子が住んでいることを想像してみれば、その気持ちは大いに理解できる。その子がどれだけ可愛かろうと、何処かソワソワして落ち着かないはずだ。
そんな心境の中、走り回って人捜しするのはそれなりの覚悟を要する訳で。
(自分の部屋に戻ったのか? てっきり追ってきてくれるのを期待してその辺にいるものかと思ったんだけどな)
残念ながら秤の予想は外れてしまったようだ。
ペア棟を出て辺りを見渡してもスピカの姿は何処にもなかった。
こうなると女子寮全体をくまなく探す羽目になる。
「お困りのようですね」
秤が考え込んでいると、狙い澄ましたようにペア棟から焔が出て来た。
いくらなんでも都合が良すぎる登場に訝しみながらも声を掛ける。
「どの辺から見てた?」
「スピカちゃんが泣きながら走り去った辺りからです」
「……泣いてたのか」
会話を聞いていた限りでは何を言われてもめげないタイプに感じたが、やはり華のあの一言が相当なダメージだったに違いない。
「スピカちゃんの居場所、知りたいですか?」
含み笑いを浮かべてにじり寄ってくる焔。
こういうときは何かしらの見返りを求められるのがお約束だ。
「どうすれば教えてくれる?」
「ん~……じゃあ、こうしましょうか。私が秤さんに犯した罪の代償……それを今使って下さい。それでスピカちゃんの居場所は教えます」
焔は一瞬考える素振りを見せたが、恐らく前々から決めていたのだろう。
罪の代償というのは、焔が乗っていた風夢が秤の脳天に直撃して結構な怪我を負わせてしまった件だ。
「良いけど、何で今更。てか、忘れてたよそのこと」
「ひ、酷いです。私はずっと弱みを握られているみたいでビクビクしてたのにぃ……」
あからさまな嘘泣き。
実際に涙が出ているところが凄い。
本気で泣いているのではと心配してしまいそうになる。
言うまでもなく彼女はそんなタマではないが、弱みを握られていることが不快だったのは本当かもしれない。
焔のように、男にチヤホヤされるタイプは特に。
勿論、そういった一面だけが彼女の全てでないことはこの数日で秤にも分かっていた。
「それで、スピカの居場所は?」
「早速呼び捨てとは手が早いですね。この場合、口が早い?」
「そんなことどうでも良いから早く教えてくれ!! 取り返しの付かないことになる前に話したいんだって!」
秤の焦った様子を見て焔は「ふぅ……」と溜息を吐いて、
「あそこです」
と、ペア棟の階段下を指さした。
焔の人差し指が向けられた場所は影になっている上、ダンボール箱やゴミ箱が乱雑に置かれていて、とても女の子が隠れているようには見えない。
灯台もと暗しとはいえ、簡単には信じられなかった。
「……本当にあんな所に?」
女子寮のゴミ置き場周辺を漁る――。
この行為は色んな意味で危険な香りがした。
仮に漁っている場面を激写された場合、秤は永遠に焔の言うことを聞かなければいかなくなる。
弱みを握られた仕返しに、と考えればあり得ない話ではない。
女の子にとっては軽い悪戯心だとしても、男の子からしてみれば大変ということは多々あるのだ。
「どうしてそんなに警戒してるんですか?」
「いや、気にしないでくれ」
焔の挙動を一瞬たりとも逃すまいと、並び歩いて問題の場所に向かう。
焔はそのまま階段を上ってくれたので、これで秤は一人。
ゴミ箱を漁る絶好の好機だ。
遠慮なしにダンボール箱に手を掛けると、階段下の闖入者は思いの外早く見つかった。
「見ーつけた」
天座スピカはダンゴムシのように小さく体育座りをして丸まっていた。
顔面蒼白だったが、秤の顔を見上げている内に段々と生気が戻っていく。
恐らく色んなことが彼女の頭の中で駆け巡っているはず。
追いかけてきたのが華ではなく男であること、女子寮なのに男がいること、女子寮に入ることを認められている唯一の男子のこと。
それらの疑問が一つに繫がったのか、スピカは目を見開いて立ち上がった。
「天座はか――っだ!!」
スピカは思い切り頭をぶつけてコンクリートの床を転げ回った。
その拍子に空のゴミ箱やらダンボール箱があちらこちらに動いてしまい、階段下は子供が遊んだ後のような惨状だ。
「何やってんだか」
「くぅ~~っ。こんな先制攻撃を仕掛けてくるなんて!!」
怨みのこもった眼差しで秤を貫くスピカ。その目尻には大粒の涙が浮かんでいる。
「自分でぶつけたんだろ……」
「そんなことより、私あなたに話があったの……です」
「……」
ほんの少し言葉を交わしただけで華の気持ちが分かってしまった。
スピカに主導権を握らせると、いつまで経っても話が先に進まない。
華が黙っていたのはこれを知っていたからだ。
下手な突っ込みを入れようものなら、あらぬ方向に話が脱線してしまう。
「単刀直入に言います。華ちゃんに金輪際近付かないで下さい!! ……あ、ちなみに金輪際という漢字には金の文字が使われていますが、金曜日だけ近付かないでと言った訳じゃありませんからね? アンダースタン?」
「曜日限定とかそれ以前に、俺と華はもうパートナー同士なんだけど」
「も、もう呼び捨て!? やっぱりあなたは危険です! キープアウトです!!」
スピカはまるで暴漢に遭遇したかのような表情で後ずさる。
「危険って……何でそこまで俺を警戒してるんだよ。血筋のこと以外にも何か理由があると見たが」
「あの華ちゃんが! 会ったばかりの、しかも男をパートナーとして認めるなんて絶対にありえません! 卑怯な手段で無理矢理言いくるめられたに決まってます!!」
卑怯な手段と言われればその通りだが、それくらいの強引さが必要不可欠だと判断したからこそ今の状況がある。
それに、あの賭けはあくまできっかけに過ぎない。
(まあ、この子の気持ちも分かるんだけどな……)
スピカが憤慨している主な理由は、ぽっと出の見知らぬ男にずっと気にかけていた女の子を奪われたからだ。
ただそれなら、華も納得した上での結果だとちゃんと説明すれば関係の修復は可能なはず。
華のことを真に想っているのなら。
「ちなみに、その卑怯な手段って具体的にどんなことを想像してるんだ?」
「えっちなことです! ダーティです!!」
「し、してたまるか!!」
「そんなの分からないです! 弱みを握って何も喋らせないようにして、あまつさえあんなことやこんなことを毎晩……っ。ノー!!」
「妄想癖まであるのか……」
説得は絶望的だった。
だがスピカが華にとって大切な存在になり得るのなら、ここで諦めてしまうのは駄目だ。
「詳しくは知らないけどさ。それだけ華のことを気にしてるんなら、あの子をパートナーにするのがどれだけ難しいかくらい分かるだろ? 俺はその難しいことを、華に認めさせた上でやり遂げた。それだけなんだよ」
「妄想癖まであるんですか? プアーですね」
「……、」
再び黙らされてしまった。
今ので完全に心が折れてしまった秤は華の下に戻ろうとしたが、
「まあそう簡単に華ちゃんを手放す訳がないとは思ってましたから良いですけどね! それならこっちにも妥協案があるのです」
「何故俺が妥協される側なんだ」
「明後日のレース。華ちゃんを賭けて私と勝負です!! バトルです!!」
スピカは秤の指摘を華麗にスルーした上でそんな提案をしてきた。
「華を……賭けて?」
「私が勝ったら華ちゃんは私のパートナーにします。それが一番良いんです! ベストなんです!!」
スピカは胸を張って主張する。
心の底からそれが正しいと確信しているのだろう。
それを見た秤は――彼女に幻滅していた。
スピカの主張はスピカ自身にとって一番良いだけであって、華のことをまるで考えていない。
これまでの理不尽な言動には、華のことを心配しているという前提があった。
しかし今回ばかりはただの『自分勝手』な物言いでしかない。
「やっぱり君は勝手だな。華のパートナーに……いや、友達としても相応しくない」
「!?」
「校長から話を聞いたんだろ。だったら、好成績を修めることができなければ俺が退学になってしまうことも聞いたはずだ。華から俺を引き離したいなら、いの一番にレースで勝つことを考えるべきじゃないのか?」
「そ、それは」
「君は華を自分のパートナーにしたいがためにそんな強引な賭けを申し出た。華のためでも何でもないじゃないか。それが友達のすることなのか?」
「……」
「一応、答えは返すよ。ノーだ。俺が負けても退学になるだけなのに、わざわざ華にまでリスクを背負わせる意味はないから。大体……華にこの話は通したのか? あの子の意思を聞かずにこんな賭けが成立する訳ないだろ」
秤の怒気を孕んだ口調にスピカは押し黙ってしまった。
初めて言葉が届いたのだ。
だがもう遅い。
彼女の我が儘に付き合う必要はないし、華のためにならないことも分かってしまった以上、秤は秤で明後日のレースに集中するべきだ。
踵を返してスピカに背を向ける。
そこで――浮世華の姿を見た。
「その勝負、受けてあげる」
「え」
「ほ、本当っ?」
信じられないといった様子の秤とは対照的に、スピカの表情は先程とは打って変わって明るかった。
秤に核心を突かれて少しは反省したのかと思いきや、一瞬で立ち直ってしまったらしい。
「その代わり……私達が貴女に勝ったら、二度と秤先輩に近寄らないで」
「……へ?」
「うん! 約束する!!」
重力が軽くなったのかと錯覚するくらいのスキップでスピカは立ち去った。
これでもう、レースに勝つだけで彼女の望みは叶う。
明後日に備えるつもりなのだろう。
華が提示したこちらの条件に疑問符を浮かべていた秤は暫しの間呆然としていたが、
「来て」
「ちょっ」
裾を引っ張られてズルズルとペア棟に引きずり込まれていく。
部屋に辿り着く頃には、すっかり裾が伸びきってしまっていた。




