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「……はい、結構です。天座さん以外の三人は結果が出ましたので、今開けますね」
一人を除いて計測は滞りなく終わり、先生が順にケージを開放していく。
月に一度の特別な緊張感から解放され、華は小さく伸びをしながらケージの外に出た。
その額にはうっすらと汗が滲んでいる。
「んー……終わった終わった! さ、早く帰ろ」
「楓ちゃん、結果見ないの?」
「だってアレがしつこそうだし。焔も浮世もさっさと帰った方が良いって」
ケージの中で慌てふためいているスピカを指し、楓は苦笑いを浮かべながら言う。
「それに、去年の総合一位があの体たらくじゃ結果は見えてるし?」
「そうだね。私の圧勝だもんね」
「「……」」
バチバチと火花を散らす二人を尻目に、華は素早く地上への入り口に向かう。
が。
「浮世! あんたもあたし達の結果だけ見ていきなさい!!」
「浮世ちゃぁん? すぐ終わるから、おいでぇ~」
空恐ろしい声に思わず踵を返す。
「先生! あたし達の結果だけ教えて下さい」
「ちょっと待っていなさい。天座さんがまだです」
「後がつかえてますし、無視して進めてしまった方が良いと思いますよ?」
焔の言葉を受けて先生が周りに視線を送る。
せっかく直前の微調整で理想体重に近づけたのに、長時間待たされてしまうのは辛いものがある。
それでは最初の四人が有利になってしまうし、この後には二年三年の先輩達が控えているのだ。
先生は「……そうね」と言って、空いたケージに入るよう近くの生徒を促した。
「結果は!?」
「そ、そんなに知りたがるのも今時珍しいわね。よっぽど中等部での成績が良かったのかしら。……はい、これ」
先生は凄い剣幕の楓に引きながらもプリントを渡してくれた。
量った直後に結果を確認するというのは珍しいパターンなので、先生も意外そうだ。
結果を確認する方法は大きく分けて三つある。
この場で全員量り終えるまで待って、モニターで確認する方法。
身体測定翌日、女子寮の各部屋にあるパソコンに送られてくる結果で確認する方法。
既に結果を見ている友人から聞く方法。
いずれにせよ、遅かれ早かれ必ず知ることになる。
「えーっと……あたしは………………焔、お願い」
「相変わらず数字をみるのも嫌いなんだね楓ちゃん……」
焔は珍しく呆れた様子で楓からプリントを託された。
「……成る程。楓ちゃんから発表していくね」
「トップは最後に発表するものでしょ!」
「その時点で察しようね、楓ちゃん」
「!?」
目を見開いて硬直する楓。
焔の口ぶりからして、三人の中の最下位は楓に間違いないだろう。
「三位……楓ちゃん~。身長162・49743㎝。理想体重47・52974656188882㎏。現体重47・52969947519601㎏。その差……0・00004708669281㎏~」
「……相変わらず全然ピンと来ない。もう良いから、どっちが勝ったのかだけ教えてよ」
「仕方ないなぁ……いっつも結果だけにしか興味無いんだから。一位は浮世ちゃんだったよ」
「な、なぬぅぅぅ!?」
楓が愕然とする傍ら、華は小さくガッツポーズを決める。
「これ、多分三学年会わせても一位なんじゃないかな。凄い結果になってる」
「凄いって何がよ」
「身長152・50001㎝。理想体重39・53563018500017㎏。現体重39・53563018500011㎏。その差……0・00000000000006㎏」
「……、」
計算違いだ、と華は悔やんだ。
ただでさえ飛び級、異性のパートナーと目立つ要素てんこ盛りの華は、これ以上目立たないため、そして女のプライドを秤にかけて、ギリギリ上位入賞を避けられる順位を狙っていたのだ。
これではあまり喜ぶ訳にもいかない。
ちなみにパートナーのことはともかくとして、飛び級はスピカから逃れるためだったので、後を追われた今となっては完全に無駄になっている。
それだけに目立つことは極力避けたかったのだが……。
「一段と脚光を浴びそうだね……浮世ちゃん」
少し心配そうに焔が言う。
「あ、そっか……。あんまり酷いようならあたしに言ってね。追っ払ってあげるから」
「ありがとうございます」
そんなことをしたら余計に酷くなる、とは言えない華であった。
三人が結果を見ている間に、生徒の約半分くらいは計量を終えていた。
相変わらずスピカはケージの中でむせび泣いているので、このまま三人ずつで終わらせるつもりのようだ。
「ちょっと可哀想な気もするけど、行こっか」
「そうだね。後は秤さんに任せるしかないしね」
「あんたがそう仕向けたんじゃない……」
楓がジト目で焔を咎める。
華もまた、同じような視線を焔に送る。
スピカが秤の下を訪ねてくるのは時間の問題だ。
それは同時に、華の下にやって来ることも意味している。
迷惑極まりないが、この場で彼女を諭せるかと聞かれれば答えはノーだ。
やむなく華は問題を先送りにするという選択を取り、楓達と共に地上へのエレベーターに向かった。
そして。
焔に商店街を連れ回されてようやく女子寮に戻った頃には、午後六時を過ぎていた。
既に地上は日が暮れている時間だ。
部屋の前で楓達と別れ、華は秤に渡されていた鍵を使って扉を開ける。
秤先輩はもう帰っているだろうか……そんなことを頭に思い浮かべながら。
「おかえり」
「え」
一瞬、華は目の前が真っ白になった。
それくらいに秤の言った台詞が理解できなかったのだ。
「おかえり」
懲りずに秤は『おかえり』という謎ワードを口にする。
彼の目的は明らかだ。
華の言葉を待っている。
ご丁寧にも秤は両手を大きく広げて、通せんぼをしている。
華があの四文字を言うまでここは通さないつもりなのだろう。
「……」
たった四文字。
改めて求められると気恥ずかしいし、言いづらい挨拶だ。
しかしこんなことに意地を張るくらいなら、感情のこもっていないその言葉を返して堂々と中に入る方が利口だ。
少なくとも、今までの華ならそうしていた。
だが。
「邪魔」
「―――」
華の冷たい一言を浴びせられ、力無く冷たい床の上に崩れ落ちる秤。
その横を通って、華は自分だけの世界に引きこもった。
真っ暗な空間の中にある唯一の光、小さな豆電球を点けてベッドに寝転がる。
枕を抱いて考えるのは直前の出来事。
秤先輩を傷付けてしまったかもしれない。
どうやって謝ろう。
言葉よりも行動で示した方が良いだろうか。
心のモヤモヤは止まるところを知らない。
(私……どうしてあんな簡単な挨拶ができなかったんだろ……)
ここまでが四章となります。




