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天駆ける風夢  作者: 襟端俊一
第三章 FLYING
19/35

(……?)


 いつまで経っても地上に落ちる気配がない。

 スカイダイビングどころかバンジージャンプの経験すらない秤からすれば、地面に到着するときの感覚など分かりようがないのだが、パラシュートも命綱もない状況では、いくらなんでもこの滞空時間は長すぎる。

 状況が把握できない秤は、風夢に羽でも生えて空を飛んだのかとすら想像したが、どうも違うようだ。


 何故なら、秤の体はふかふかしたものに支えられていたから。


 きっとここは病院だ。

 奇跡的に助かって、そのまま病院に運ばれたのだろう。

 そうでなければこの寝心地は説明できない。

 九死に一生を得た安心感のせいだろうか。

 秤は二度寝気分で再び意識を閉ざそうとしたが、


「生きてた」

「!?」


 聞き覚えがないようで、どこか印象に残っている声。

 すぐに消去法で声の主を探す。

 電家先生の声でもない。

 活生の声でもない。

 楓の声でもない。

 焔の声でもない。

 残った人物の名前を、秤は自然と口ずさんでいた。


「浮世、華」

「何」

「あ、いや。ってあれ……ここ、何処?」



「空の上」



 華は毅然とした態度のまま答えてくれた。

 そう。秤がいるのは紛れもなく空の上だった。

 秤のアナログな風夢も足下にあるし、彼女が助けてくれたことは疑いようがない。

 だが秤が『ベッドの上』に横たわっているのもまた事実なのだ。


「このベッドって、君の『風夢』?」

『うむ』


 華とは正反対の野太い声が聞こえてくる。

 浮世華の風夢だ。


「ベッドも空を飛ぶのか……もはや何でもありだな」

「違う」

「え?」

「風夢にマットレスと布団を付けただけ」

「な、成る程」


 つまり飛んでいるのは体重計であって、その上にベッドを乗せている訳だ。

 彼女は技術科を選択している。

 こういった風夢の改造も技術の授業の一環なのかもしれない。

 秤も機械弄りは好きなので、今更ながら技術科に興味を惹かれてしまった。一考の余地があるかもしれない。

 もっとも、それは彼女の答えを聞いてからの話だ。


「答えを聞かせてくれるかな」

「……どうして」


 正面を向いたまま話そうとしていた華は、途中で言葉を止めて秤の方に向き直り、視線を合わせてから続けた。


「どうして私をパートナーにしたいの」

「んー……」


 厳密に言えば、秤が浮世華をパートナーにしようと考えた動機は『同情』だ。

 一人寂しく教室で自習している姿に未来の自分を見た気がして、放っておけなかった。

 ただ、今の秤には別の感情が芽生えている。


「一人でいる君を見て、どうにかしてあげたいと思った。君にとっては余計なお世話でうざったいだけだって分かってたけど……」

「……」

「それと、俺は君と同じように外から来たからさ。突然こんな訳の分からない島に一人ぼっちで、正直心細かったんだ。だからこの気持ちを共有できる唯一の存在と友達になりたかった」

「それだけ」

「さっきまではそれだけだったんだけど。今は……」


 命を落としかけた初陣で、秤に芽生えた感情。

 自分でも理解しがたいその感情を告白する。


「楽しいんだ。風夢に乗るのが。初めは体重計が空を飛ぶなんて馬鹿げてるって思ったけど、実際に飛べるようになって分かった。もっと上手く乗れるようになりたい。もっと風夢の力を引き出したい。そのためにはパートナーが必要不可欠だ」

「私を利用するの」


 表情を変えずに悲しい解釈をする華。

 しかしこれで良い。

 執拗に他者を遠ざけてきた彼女が、今更素直になって秤を受け入れるのは色んな意味で無理がある。

 だから『仕方なくパートナーになる』。

 表面的にはこれで充分だ。


「そうとも言う」

「……そう」


 華は溜息混じりに秤から目を逸らし、ゆっくりとベッド付き風夢の高度を下げていく。

 眼下には楓達が集まっているのが見える。

 答えを聞くのはこれがラストチャンスだろう。

 そう思った刹那。

 風の音に紛れて聞き逃しそうになったが、秤は確かに聞いた。


「お願いします」という、とても小さく可愛いらしい返事を。


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